第11話 それぞれを探して


 ヤマトが目を覚ましたのは、牢の鉄格子を何度も蹴る大きな音がしたのがきっかけだった。


 目の前には、キヨ姫の兄君であり、ヤマト=スタージュンを捕らえた張本人。コブラ=ジェミニクスの姿があった。


 ヤマトはひどく驚いた様子で目を丸くしている。


「おい! とぼけんじゃねぇ! てめえ、キヨに何をした!」


 目覚めて早々に怒鳴られる。このような経験が今までなかったヤマトは状況を把握することができずに困惑する。


「こ、コブラ騎士団長。キヨ姫様に、何があったと言うのですか?」


 ヤマトは必死にコブラに問いかける。その態度にさらにコブラは腹を立て、舌打ちをする。


「お前何しらを切ってやがる! 昨日、妹がここに来たのは確認済だ。そして今朝いなくなってやがる! お前が何かしたに決まっているだろ!」


 コブラ騎士団長はそういってまた大きく鉄格子を蹴る。このまま折れてしまうのではないかというほどの強い蹴り。


「騎士団長様。私が証言します。この者は件の姫様失踪事件とは関係はありませんよ」


 怒り狂う騎士団長を静止したのは、一日中ヤマトを監視していた看守であった。


「それに、昨晩。また辻斬りに一人の騎士が斬られたと報告を受けました。この者は辻斬りではありませんよ」


 ヤマトは擁護してくれる看守に視線を向ける。それと同時に、キヨ姫が消失した。という事実に驚いた。


「看守、お前こいつから賄賂とか、受け取っていないよなぁ。捕まった時、こいつの身なりは良かった。隠し金でも忍ばしていたかもしれねぇ。それに、件の辻斬りだって、捕まったこいつに影響されて、真似ただけの愉快犯の可能性もある」


 コブラは先ほどまでの怒りをそのままに、しかし、冷静に看守に詰め寄った。看守も信用を得るために、じっとコブラの目を見つめる。しばらくにらみ合う両者をヤマトは見守るしか出来なかった。


「……ちっ。後ろめたいことはないようだな。だが、妹が来たことは本当だな」


「えぇ。事実です。騎士団長様には内緒にしてほしいと仰っていましたが」




「何を話した。全て正直に言え」


「かしこまりました」


 看守は説明した。


 昨日、キヨ姫がヤマトの元へ赴き、自分はヤマトには身の潔白があると話したこと。ヤマトが騎士団長であるコブラと同じ顔をした男と知り合いであること。さらにはキヨ姫と顔が同じ者とも知り合いであること。


 この国に伝わる『ドッペルゲンガー』の話。その全てをコブラに伝えた。


「俺と同じ顔の男だと?」


 眉を細めてヤマトを睨むコブラに対してヤマトは一度大きく息を吸って気持ちを落ち着かせる。


「えぇ。私の友人、コブラという男は、私たちがやってきたオフィックス王国では、盗人を働いておりました。今はその贖罪の旅として、オフィックスの周囲にある12の国を巡る旅を行っておりました。


「それでてめえは?」


「罪人コブラがしっかりと任務をこなすよう監視を仰せつかった騎士として彼の旅に同行しておりました。」


 捕まった当初は、説明をする余裕もなかったが、ヤマト自身。この国にはドッペルゲンガーという伝説があること。そしていまは自分よりも意識を向けなければならぬ問題を騎士団長が抱えていることに、話を聞いてもらえる機会だと考え、自分たちの経緯を話す。


「オフィックス、あのでっけえ壁に囲まれた鎖国か。あそこから使者ねぇ。よく出来た話だ」


「信じてくださらないのですか?」


 ヤマトはじっとコブラを見つめる。その目をコブラはじっと睨み返す。


「……話全てを信じるわけではないが、お前が騎士だっていうことはわかったよ。まっすぐな目をしている」


 コブラは根負けしたように溜息をついて、ヤマトから目をそらす。


「それで? 看守の言葉を信じるのであれば、こいつは妹の失踪に関わっていない。間違いないな」


「えぇ、もちろん辻斬りでもございません」


「その潔白はまだ信用できない」


 騎士団長コブラは強情にヤマトを辻斬りだと疑った。ヤマトはどうすれば証明できるか必死に考える。


「そうだ。その昨晩斬られた男を連れてきてくださいますか?」


「どうするつもりだ」


「私とその件の辻斬りは恐らくドッペルゲンガーです。昨晩斬られた彼が、私を見て、斬った男と同じだと言えば、それは外に私と同じ顔の男がいると言うこと。そして私本人は看守殿の証言により、ずっとここにいることが証明されています。で、あるのであれば。私と同じ顔の辻斬りが存在し、私はそれに間違えられて囚われた。ということで間違いないのではないでしょうか」


「……確かにいい案だ。斬られた奴も騎士のはしくれ、斬った奴の顏くらいちゃんと見ているだろう。連れてこい」


 ヤマトは思わず歓喜に顔が緩んだ。このまま斬られた男がしっかりと辻斬りの顔を見ていれば、ヤマトの身の潔白を証明できる。この牢からの解放も不可能ではないだろう。


「騎士団長殿」


「なんだ?」


 斬られた騎士を待っている間、ヤマトはコブラ騎士団長に話しかけた。


「もし、これで私に無実が証明された場合、私の処遇でございますが」


「……牢からの解放がお望みか?」


「えぇ、それはもちろん。しかし、私がまた野に放たれれば、あなた方は、私と辻斬りの見分けが難しく、振り出しに戻ってしまいます。ですので――」


 ヤマトの言葉を聞いたコブラは思わずにやけてしまう。彼自身。件の辻斬り事件に大きく前進すると感じたからであった。








 両手に手錠をしている状態でヤマトは出所した。しかし、逆に言えば、それ以外は正装である。腰には自身の剣も携えている。


 彼の横には騎士団長コブラと、その部下が二人ついている。


「いいのか? 両手塞いでしまって」


「えぇ。騎士団長様。いざとなれば貴方様が切ってくださればそれで。なるべく信用されたいので」


 ヤマトがコブラに提案したのは、自分のキヨ姫捜索。そして辻斬りの捜索への協力だった。


 斬られた男の証言により、無実が証明されたヤマトは、自分と同じ顔の男に興味が湧いた。そしてこれこそ、このジェミ共和国(今は王国であるが)における『儀式』の一環なのだろう。と理解した。


 だとすれば、恐らく自分と瓜二つの人間に会うこと。それを解決の糸口にしようと考えた。


 そこで提案したのが、自身の臨時騎士団への入団であった。


 キヨと瓜二つの少女を知る男がいることで、仮にキヨ姫と同じ顔の者を見つけた時、その娘がキヨ=オフィックスかキヨ=ジェミニクスか。判断できるのはヤマトのみである。さらに、辻斬りが出た時の判断基準に出来る。ヤマトはここに来る前、騎士団の者たちに物凄く顔を凝視された。彼らもヤマトの顔を覚えたのだ。


 これで『騎士団長と一緒にいないヤマトのような顔の者』は辻斬りということになる。


 騎士団たちの捜索率もぐっと上がったのだ。


「では、行くか」


「えぇ」


 コブラとヤマトが肩を並べて、キヨ姫捜索を始める。








 少女は興奮していた。ここまで強い風に煽られ、命の危機を抱いたことは初めてのことだったのだ。


「す、すごいのですね! 屋根の上というのは」


 少女は小さな声で、自身をこのような場所に連れてきた男に話しかける。男はそんな彼女の方を見ずに、注意深く屋根の下を確認する。


 少女はおずおずと怯えながらも、気持ちのよい風に興奮していた。状況が状況なら、国民にバレてもよいほどの大きな声で叫んでしまいたいほどだった。


「おい、姫様。しばらくここに立ち止まるぞ」


「あっ。はいおにいさ――いえ、コブラ様」


「わざわざ敬語はいいっての」


 目の前の男。盗人コブラは、慣れない様子で頬を掻いた。目の前の少女、キヨ=ジェミニクスに敬語で話されると、コブラは背中の辺りが妙なくすぐったさに襲われてしまうのだ。


「しかし、屋根伝いに移動してゆくとは驚きました」


「つっても、お前もすぐに順応しやがって。やっぱり元がキヨってことか」


 この二人、城の窓からは死角になって見えないように屋根から屋根に移動を続けている。


 飛ぼうと思えば飛ぶことは容易な屋根から屋根の移動は、不慣れなものからすれば、相当度胸の必要な行為であるが、キヨ姫はコブラが飛び移った行為を見ると、ひょいっと簡単に飛んでしまった。これにはコブラも感心した。今の姫は姫だとバレぬように麻布を服のように被り、頭部を隠してる。


 コブラはもう一度ぐるりと辺りを見渡す。


「よし、降りるぞ」


「はい」


 コブラの指示に従い、ゆっくりと、屋根から裏路地の道へと降りてゆく。


 キヨ姫は恐る恐る降りるので、コブラ一人の時よりも時間がかかる。コブラは、常に騎士団たちを警戒する。そろそろキヨ姫が失踪して捜索を始めている辺りだ。町に騎士の数が増えた気がする。


「これで、キヨがどこにいるのかわかれば早いんだがなぁ」


 コブラは、キヨ姫に言われ、キヨの居場所へと案内しようとしていた。


 しかし、そのコブラ本人も、キヨの居場所を知っているわけではない。騎士にバレないように。キヨを探していかねばならない。


「もしかして、お前を攫わずに、俺だけでキヨを探して、キヨ連れてきた方が良かったかもな」


「そう意地悪を言わないでください」


 キヨ姫は困った顔をしながら、コブラの袖を掴んで懇願した。このようなキヨも新鮮で、またコブラは背中の辺りに妙なこそばゆさを感じた。


「とにかく、誰か知っている奴に会えたらいいんだけれどな」


「ヤマト様とかでしょうか」


「あいつはいらない。アステリオスって奴と、キヨに会わないと」


 コブラの言葉を聞いてクスクスとキヨ姫が笑う。


「なんだよ」


「いえ、ヤマト様とコブラ様は仲がよろしいのですね」


 クスクスと笑うキヨ姫にコブラはさらに困惑し、彼らは町の影に潜んでゆく。








 目を覚ましたアステリオスとミノタウロスは子どもたちに別れを告げて町中を歩く。


「わりと堂々と歩くんだね」


「あぁ? なんでだ?」


「ほら『ラビリンス』って騎士団にも追われているって」


「あぁ。確かにな。だが、堂々としてれば案外どうってことねぇって。町の人は親切だしな」


 そう言いながら、一人の女性がミノタウロスに挨拶をしたので、ミノタウロスも女性に挨拶を返した。歩いていると、何度かこういった光景を見る。


「騎士団だって、本来なら現行犯でしか捕まえれねえんだよ。しいて襲ってくる騎士がいるとすりゃ、それは手柄が欲しい出世狙いの奴くらいだ。そういった連中なら、返り討ちにしてやればいい」


 その筋肉で太い腕をアピールしてアステリオスに笑顔を向けるミノタウロス。


「本当に、頼もしいね。それで? どこに向かおうとしているの?」


「……『影の町』だ。きっとそこにお前さんの仲間はいる」


 ミノタウロスはさっきの笑顔を無くし、まっすぐと前を見て話した。


「昨日も言っていた『ドッペルゲンガー』と関係があるの?」


「あぁ。ドッペルゲンガーは自分の知っている人と同じ姿になって子どもたちを『影の町』へ連れていっちまう。という話がある。もちろん、実際には影の町の治安の悪さからそこに近づくなって意味の御伽噺だが、身を隠さなきゃなんねぇ連中なら、あの町はいい場所だ。……子どもを捨てるのにもな」


 ミノタウロスは最後に言った言葉の後、眉が少し歪んだ。何かにイラついているようだった。すぐにアステリオスはその意味を理解した。


「もしかして、ラビリンスの子たちって」


「あぁ。俺が『影の町』から拾ってきた。みんなこの世の全てに絶望したような顏をしていたよ。捨て子なのかなんなのかわかんねぇが、ほっとけなかったのさ。それこそ、本当にドッペルゲンガーに攫われちまったのかもな。あそこにいた時の経緯は俺が介抱している間にみんな忘れちまっている。いや、忘れようとしているのかもしんねぇ」


 ミノタウロスとアステリオスは歩みを進める。だんだん人通りが少なくなってゆく。空気も重くなってゆく。


 『影の町』が近づいているのだ。カラスの鳴き声と腐敗臭が少しする。


「料理人にとって、もっとも嗅ぎたくない匂いだな」


「ははっ。ちげぇねぇ」


 アステリオスとミノタウロスが足を踏み入れた影の国はそこら中にだらけきった人間が壁にもたれていたり、床に寝そべっていたりした。その全員が少し痩せこけており、目から生気を感じない。目を開けていても、起きているのかわからない。


 平和そうに見えたジェミ王国からは想像も出来ない。


「ただ、なんでこうなっちまっているかは誰にもわかんねえんだよ。突然、姿を消し、次に家族とかがここで見つけた時にはこの状態ってことなんだ。うんともすんとも言わねえ。そのうち家族とかも腫物を扱うように、離れちまう。まぁ、そもそもこの環境に足を踏みいれたくないのが正直なところだろうな。突然家族が消えた。必死に探すも見つからない。だとすればこの町で……。ってところまで想像して、その現実を見たくないからここには滅多に人が来ない。だからガキ共を捨てるのにもちょうどいいんだよ」


 ミノタウロスはぼやきながらも辺りを見渡す。アステリオスも、自分の知り合いがいないかどうかを必死に探す。


「あっ!」


 アステリオスは思わず声を出す。ミノタウロスもその声に反応してアステリオスの近くに来る。


「キヨ! キヨ!」


 アステリオスは慌ててぐったりとしている彼女の元へと駆け寄った。


 倒れて眠っている彼女にミノタウロスは酷く困惑した。


「どうやら、アステリオス。お前が言っていたことは本当のようだな。なんてこった。本当に王女様と瓜二つじゃねぇか」


「起きてキヨ! 起きて!」


 とても弱っているのがわかった。アステリオスは、キヨの呼吸があるのを確認すると、持ってきていた水を彼女に飲ませた。


「はぁ……はぁ……」


「なぁ。アステリオス。こいつ。本当にお前の知り合いのキヨって子なんだよな?」


「うん。来ている服も、僕らが国に入った時と同じものだ。僕は姫のキヨを見たことがないからわからないけれど。お姫様はこんな恰好しないでしょう」


「かはっ!」


 キヨは喉にアステリオスに飲まされた水を詰まらせたのか大きく咳込む。


 その後、ゆっくり目を開けて、アステリオスを見る。


「あれ? アステリ……オス?」


「そうだよ。キヨ! 起きて、何があったの?」


 キヨは朦朧とする意識の中でアステリオスを見つめるが、その視界は揺らめいてゆく。


 そしてまた気を失って眠ってしまう。


「とりあえず、『ラビリンス』まで運ぶか。このままだと姫に間違われて騒ぎになる。顏を隠して運ぼう」


「そうだ。それなら僕の調理機材も取りに行きたい。まだあそこにあればいいけど」


「とりあえず。安全な場所へ向かおう」


 ミノタウロスはキヨをおぶって『影の町』を出ることにした。


 その様子を星術師の一人、ポルックスが見つめている。


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