第4話 騎士団長コブラ
扉を開けたヤマトは辺りを見渡した。
カストルと、ポルックスはこの国に入った瞬間に儀式が始まると言っていた。ヤマトにはその意味を探る必要があった。
しかし、町を見る限り、そのような不思議な町ではない。
アリエス王国のように国民全員が眠っているわけでもない。
タウラス民国のように国民一人一人が屈強な男という印象もない。
皆が平凡であり、皆が平和であり、オフィックスとなんの違いもない一般的な国の形を成している。
「それにしても、アステリオスも、コブラもどこへ行ったんだ。なぜ勝手に動くのか……」
ヤマトは思い出したように溜息を吐く。この出口を出た時、既にコブラもアステリオスも姿を消していた。ヤマトは今、こうしてキヨが出てくるのを待っている最中なのである。
あの二人は入る前からはしゃいでいた。きっと外に出てすぐに、コブラが町を散策してしまい、その後出てきたアステリオスはコブラがいないのを察して自分も我慢できずに散策してしまった。と言う光景がまざまざと浮かぶ。
「しかし、嫌なものを見たものだ」
ヤマトは思わず声に出して先ほど見た光景を思い出す。
合わせ鏡で自分の姿を映され、恐る恐る渡ってゆく。他に誰かがいそうな怪しい雰囲気、コブラの悪戯かと思ったが、そうではなかった。何よりも、記憶から消したい自身の姿を捕らえた時には悪い夢を見ているのではないかと溜息が出たものだ。コブラにあの姿を真似ることは出来ない。
「キヨ、遅いな」
かれこれ数分は待っている。しかし、キヨは姿を見せない。
「もしや、出口は複数あるのか?」
ヤマトは考えた。入り口が一つで、出口が一つしかないとは言っていない。自分が迷路にかかった時間以上にキヨは迷路に彷徨っていることになる。キヨに限ってそのようなことはない。複雑な迷路だ。そもそもそこで人間を分散させるのが目的ならば、入り口に一人ずつしか入れない理由も頷ける。
「そうなると……待ち損か」
ヤマトは次にどうしようか考えた。その間も扉からキヨが出てくることはない。
「各々動いて、全員を見つけるしかないようだな」
ヤマトは移動を始める。歩いている一般人に声をかけて、なるべくこの国についての情報を集めないといけないと判断し、話しやすそうな人を探すために周りを見渡す。
「すみません。私旅の者なのですが」
ヤマトは丁寧な口調でこの国の住人であろう婦人に声をかける。
「はい。どうなさいました?」
「このジェミ共和国について、何も知らない故、教えていただきたいのですが……」
ヤマトの言葉を聞いて、婦人は首をきょとんと傾けた。ヤマトが不思議なことを口走っていると思っているのだ。その顏にヤマトも困惑してしまう。
「共和国? ここは王政の国ですよ? ジェミ王国。現在は王女がこの国を統治してくださっています」
「なんですって?」
ヤマトは驚いた。自分たちの情報が間違っていたのだろうか。否、ここに入る前、カストルとポルックスは確かにジェミ共和国と答えていた。
だとしたらどういうことか。戸惑っている感情を抑えて、軽く咳込んだ。
「ありがとうございます。その女王の場所などはわかりますか?」
「え、えぇ。あそこにあります城ですが、もしや他国の遣いの者でしょうか」
「えぇ、そのようなものです。ありがとうございます」
ヤマトが一礼をすると、婦人はじっとヤマトの腰に携えている剣を見つめる。
「どうかなさいましたか?」
ヤマトは婦人に訊ねる。婦人はまだ彼の剣を見つめる。
「いえ、この辺り、最近辻斬りが出ると聞いたので、そのように剣を携えている方は心配した方がよろしいかと。なんでも町の力自慢は皆斬られてしまっているとか。貴方も強そうでしたので、一応お伝えした方がいいかと思いまして」
彼女が言うには、この国に辻斬りが現れるというのだった。ヤマトは彼女が親切だけで言っているのではなく、単純にヤマトが持っている剣に恐怖していることも理解した。彼女は目をキョロキョロとさせている。
「ありがとうございます。申し訳ございません。確かに、この平和な町で旅客にこのようなものを持って歩かれては恐ろしいでしょう。その辻斬りと勘違いする輩も多いかもしれません。ご忠告ありがとうございます」
「い、いえ。私はそのようなつもりでお伝えしたわけではなく」
「わかっております。もちろん、私本人もその辻斬りとやらに襲われぬように、気をつけます。そうだ。宿なども教えていただけないでしょうか?」
「宿でしたら、ここから西に歩いた少し先にございますよ」
「ありがとうございます。それでは」
ヤマトは一礼して、その宿へと向かう。まずは皆が休める場所を確保することだとヤマトは判断した。アステリオスも同じ思考で動きそうだが、彼なら手持ちにそこまで金を所持していない。全員が泊まれるほどの金を持っているのはヤマトのみと考えると、きっと彼はヤマトが選んだ宿を探すだろう。ならば、一つ宿を取ればいずれは出会うと踏んだのだ。
ヤマトは宿に泊まり、荷物を最低限にして、町へと出た。大きな剣を持っていては先ほどの婦人のように怯えさせてしまうと考え、護身用の短剣のみを懐に隠し、後は少しの金銭を持って、王女がいるという城に向かって歩き始める。
見慣れぬ町。というのはそれだけで心が躍るものだ。辺りを見渡しながら歩いてゆく。食料水準はオフィックスよりも上かもしれないとヤマトは見回りながら感じる。よほど食料を作るものたちが多いのだろうか。野菜も果物も、充実している。
何よりも、みなが安定して働いているように見える。この国には人手不足というものが存在しない印象を受けた。
ヤマトは小さな小道を見つける。建物と建物の間の通路。コブラならこういった所から国の特徴を見つけてゆくだろうと考えた。ならば小道を通ってゆけばコブラと鉢合わせるのではないか。とヤマトの脳内に答えが出る。
否、それは言い訳かもしれない。コブラに聞かれると恥ずかしいが、ヤマト本人も、こういった小道に心が惹かれてしまう特性を持っていた。この国に入る前にコブラからオフィックス王国の小道について聞いたからであろうか。心が浮ついてしまう。
ヤマトは近くにあった店から果物を購入して、小道へと入ってゆく。
コブラのような裏道を渡る生活をあまりしてこなかったヤマトだが、歩いている今は、コブラのことを蔑むことができぬなと笑みが出る。
小道、裏道、人の多い通路から少し離れただけでこの静けさと暗さ、まるで別世界のようで少し心が躍った。買った果物を大きく丸かじりする。
「おい」
後ろから声がする。背中に何か小さなものをこつんと当てられている。固い。金属だろうか。
「なんでしょうか」
ヤマトは警戒するために振り返らずに言葉を発する。こういった状況で迂闊に動けば、相手に何をされるかわかったものではない。
「答えろ。ここで何をしていた」
「少し小道を散歩していたのです。旅の者ですので」
ヤマトはなんとか距離を取る方法を考える。この金属がなんなのか。針のような刃物ならば、答えを間違えるだけで殺される可能性すらある。
「顔を見せろ」
ヤマトはそういわれてゆっくりと振り返る。
ヤマトは驚いた。目の前にいるのは間違いなくコブラなのだ。入る前とは違う恰好をしているが、声も、顔も、全てがコブラと同じであった。
「コブラ。何をしている。私へのいやがらせのつもりか?」
「あぁ? 何を言っているんだ貴様。それに貴様の顏……とぼけてんじゃねえよ。この殺人鬼が」
「はぁ?」
ヤマトはコブラに突然言われた意味のわからない言葉に思わず声が漏れた。
その瞬間。コブラは手に持っていた金属の棒をヤマトに振り下ろそうとしていた。ヤマトはコブラの殺気に気づいてすぐに後退する。
「どうしたコブラ! 悪戯にしてはやりすぎだぞ!」
「何言ってやがる! てめえ!」
コブラはヤマトに襲いかかる。ヤマトはそれから必死に逃れる。ヤマトは状況を理解できなかった。
「コブラ! 本当にどうしたんだ!」
「貴様を捕まえて、王女に裁いてもらう!」
ヤマトとコブラの会話はかみ合わない。ヤマトはコブラがおかしくなってしまったと判断した。手に持っていたかじりかけの果物をコブラに投げつける。コブラはその不思議な形をした金属の棒で果物を払う。しかし、果物が砕けた果汁がコブラの目に入り、染みてしまい、コブラは目をこする。その隙を見て、ヤマトは裏道を駆けてゆく。
「貴様! 逃げるな!」
コブラの怒声が向こうから響く。
ヤマトは必死に状況を整理する。
あの不思議な恰好をしたコブラはヤマトのことを殺人鬼だと勘違いしている。殺人鬼とは、恐らく先ほどの婦人が言っていた辻斬りのことであろう。そこまではわかった。だが、コブラが殺人鬼を捕まえようとしている理由がわからない。そしてコブラが自分のことを完全に忘れていることも疑問である。
「わかることは……あいつはどうやら本気で私を捕まえようとしている。ということだけか……」
ヤマトは、コブラが発している殺気を感じ取った。憎しみにも似た感情。普段の悪戯を仕掛けてくるコブラでも決して発しない殺気。コブラが本気でヤマトを襲おうとしていることは一目瞭然であった。
「休憩してんじゃねぇぞ殺人鬼!」
ヤマトはすぐにしゃがんだ。いつの間にか近くに来ていたコブラの金属の棒がヤマトの頭部があった地点を通過する。避けなければ横殴りにされているところであった。
ヤマトは戦闘態勢を取り、コブラを見つめる。
もう一度よく観察する。コブラは整った身なりをしている。ありえない。顏が似ているだけの別人だろうかとヤマトは考えた。そこまで似ている者が存在するだろうか?
だが、先ほど目の前の男はコブラと呼ばれた際に反応した。と言うことは彼の名もまたコブラなのか? 同じ名前の似た顏の者が存在するものであろうか?
「おい、いつも持っているあのほっそい剣はどうした?」
コブラはヤマトに対して問い詰める。もちろんそのような細い剣をヤマトは持っていない。
だが、身に覚えはあったが、その事実かどうかを確認する手段はヤマトにはなかった。
「ま、武器を持ってねえほうが好都合だがな」
ヤマトはコブラに捕まるわけには行かなかった。罪人として王女に会うなどあってはならない。儀式を執り行うことすら難しくなる。そうなれば『星巡り』を達成することも叶わない。
「済まない。コブラ。どうしてこのようなことになっているのかわからないが、私は捕まるわけには行かない!」
「やっとやる気になったか!」
そう叫んだ瞬間コブラは高くジャンプする。人間離れした身体能力。やはり奴はコブラだ。建物の壁と壁を飛び移り、どこから攻撃するか予想されないように縦横無尽に動くコブラ。
ヤマトは目で追うのがやっとだった。
コブラはヤマトの後ろに回り込み、その金属の棒でヤマトの背中を叩く。ヤマトは悲痛の叫びをぐっと我慢して、その金属の棒を持っている腕を掴み、思いっきりコブラを投げて、床に叩きつける。タウラス民国で見せた背負い投げ。これで背中を思いっきり痛めたはずだとヤマトは思ったが、コブラはすぐに足でヤマトの足を払ってヤマトを倒す。ヤマトはこのままマウントを取られて身動きが取れなくなることを恐れて、膝で思いっきりコブラの股間に蹴りを入れる。
コブラは悲痛の叫びをあげて、その場でうずくまった。ヤマトはその場からすぐに逃げる。
右に、左に、裏路地を曲がって外へ出る。一気に景色が明るくなる。後ろを見る。まだコブラが追ってこない。
目、背中、股間を痛みつけたのだ。しばらくはまともに追いかけてこれないはずだ。
「俺を舐めるなよ……」
突然上空から人が飛びついてくる。あまりに唐突のことだったので、そのままヤマトはマウントを取られて身動きが取れない状態になっている。
「き、貴様」
「この町を熟知している俺から逃げきれると思うなよ!」
ヤマトはコブラに馬乗りにされていた。辺りから歓声が聞こえる。どうやら住民たちがヤマトを捕まえたコブラを見て拍手を送っているようだ。
「流石は騎士団長様だ!」
「そいつは何をやったんだい!」
「今日もカッコイイ!」
戸惑っているヤマトと、騒いでいる民衆を他所にコブラは仲間を呼ぶために警笛を鳴らす。
「待て! コブラ……お前……騎士団長だと!?」
ヤマトの困惑の声にもコブラは対応せず、彼の仲間たちが駆けつけ、ヤマトは多くの騎士団に取り押さえられ、捕らえられてしまった。
腕に手錠をかけられ、口も布で取り押さえられ、箱のようなものに押し込められ、運ばれる。ヤマトは目も布で覆われて何も見えなくなってしまった――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます