第3話 鏡迷宮のジェミ共和国

 ジェミ共和国を目指し、歩みを進める四人。


 コブラは途中で拾った固くて大きな葉で自分を仰ぐ。こうすると心地の良い風が来るのだ。


 心地良い風を受けながらコブラはカッカッカと陽気に笑う。


「いやぁ、愉快愉快」


「はぁ、まったくコブラは」


「あんたも懲りないわよねぇ」


「バカ言え、ただの旅でも少しは楽しさを見出そうとしてやってんだろ? なぁ! アステリオス」


 コブラは四人の中で一番後ろにいるアステリオスに話しかける。彼は大きな荷物を背負って、少し息が切らしながら、三人についていっていた。


 国も近いことだし。とコブラがゲームを持ちかけた。ヤマトとキヨは彼の思惑が簡単に想像できたので、そもそも参加を断ったが、旅をしてまだ数週間のアステリオスは面白半分でこの勝負に乗ってしまった。


 ゲームの内容は銅貨を一枚裏と表を決めて、上に投げて、キャッチした時に裏か表かを当てるものだった。


 二人しかいないこともあり、アステリオスとコブラの対決のルールはコインが表か裏か、コブラが当てることが出来たら勝ち。というものだった。アステリオスは簡単にこれを承諾。ヤマトとキヨは嫌な予感がしたが、はっきりイカサマを見抜けず、これをスルー。


 結果。コブラがコインを当て、コブラの荷物は全てアステリオスが背負ってゆくこととなったのだった。


「まぁ、いい筋トレになるよ……」


「アステリオス。無理をするな。私も手伝おうか?」


「いいよいいよ。ヤマト。僕がのって、僕が負けたんだ。タウラスの男は勝負事での約束を反故にはしないからね」


 重たそうにぜいぜい言いながら、歩くアステリオス。キヨとヤマトは、彼を心配して同じ速度で歩いてゆく。


 コブラはそんなアステリオスを見て、豪快な笑みを浮かべながら、先へ先へと歩いていく。次第に三人との距離は離れていき、ついには互いの姿が見えなくなった。三人とも勝ち誇って歩いてゆくコブラを呆然と見つめているしかなかった。


「まったくあいつは」


 ヤマトは呆れたように溜息を吐く。キヨは少し心配そうにコブラの向かった先と、重そうにしているアステリオスとを交互にきょろきょろと見渡す。


「一人で先々行って平気かなぁ」


「あいつならクマが来ても逃げ切れるわよ」


「盗賊から逆に奪ったりしていないといいが」


「ははは。ありえる」


 ヤマトとキヨは話し始めたら止まらないくらいコブラの悪口を言っている。しかし、その表情はどこか明るかった。アステリオスは彼ら二人の微笑みから自分がいなかった時の三人の光景を垣間見た気がした。


「二人ともコブラと仲いいんだね」


「あたしはコブラのこと好きよ。生意気だけど」


「私はもう少し厳格な男であってほしいとは思うがね」


 二人はそう答えながらも少し照れくさいのか、アステリオスと目を合わせなかった。キヨは思いついたようにアステリオスに手を差し伸べる。


「それよりアステリオス。コブラも見てないし、荷物持つの手伝おうか?」


「いいよいいよ。どうせもう少しでジェミ共和国だ」


 キヨの誘いを断って、アステリオスはさらに頑張って歩く。こんなやり取りでも、タウラス民国でまともに友人がいなかったアステリオスにとっては


「おーい! お前ら早くこいよー!」


 遠くからコブラが三人を呼んでいる。三人はすぐにコブラが呼ぶ意図を理解した。


 ここからでも見える。ジェミ共和国の国壁。


 アステリオスは必死に歩く速度を速める。ヤマトとキヨもそんな彼に合わせながらも早足で歩いた。アステリオスは重たい荷物に歯を食いしばりながらも、思わず微笑んでしまっていた。


 彼にとっては初めての知らない土地だからである。


「遅いぞ。お前ら!」


 やっとコブラの姿を捕らえたとき、彼の横に小さな少年が二人いるのを確認した。


 彼らは髪の分け目が左右で別れており、見た目は瓜二つだが、片方は背中が曲がり、おっとりとした表情をしており、片方が背筋をぴっと伸ばした快活な表情をしていた。


「ここが、ジェミ共和国か」


 ヤマトはようやく辿りついた目的地の存在に安堵の息が漏れた。キヨもその壁に呆然と見つめていた。アステリオスはコブラの荷物を降ろして息を荒げていた。


「よし、全員揃ったな。これが俺たち4人だ」


 コブラは目の前の少年二人にそう話しかける。二人の少年はケラケラと笑った。


「君たちが新しい入国者だね」


「よーろーしーくー」


 顏だけでなく声までもがまったく同じの二人を見て、ヤマトは戸惑った。


 何か幻覚でも見ているのではないかと思い、言葉が出ない。


「貴方たち、もしかして双子?」


 キヨがヤマトの代わりに言葉を紡いだ。


「うん。」


「そーだよー。僕の名前はカストル」


「僕はポルックスだ。よろしく」


 ポルックスの方がキヨに向かって手を差し伸べるので、キヨはそれに答えて握手をする。


「キヨ。双子とはなんだ?」


 ヤマトは聞き慣れぬ言葉に首を傾げた。コブラとアステリオスは知っているようで、一人戸惑っているヤマトを意外そうに見つめていた。コブラはしたり顔をして小さく咳払いをする。


「こほん。嫌だねぇ。貴族様は。国を守る騎士様の癖に世間知らずときた」


 コブラがわざとらしくヤマトを嘲笑する。ヤマトはそんなコブラを睨みつける。


「稀にあるのよ。一人の女性の腹から同時に二人の赤ちゃんが生まれることが。そういった子の容姿が似ることもあるの。あたしの集落にもいたわ」


「俺もオフィックスの頃に見たぜ」


「僕のところには双子のお爺さんがいたなぁ。いっつも二人で腕相撲してた」


 ヤマトはコブラとキヨ、アステリオスの反応を見て、無知な自分を自覚する。


 彼はすぐに背の小さい二人と同じ目線になるためにしゃがむ。謝罪のために頭を下げた。


「見慣れぬ故に稀有なものを見るような視線を送り、申し訳ない。許してもらえぬだろうか」


「いーいーよー」


「はい。ここに入国する方々はみな似たような反応をするので、お気になさらず」


「なぁ、そんなことよりも早く入ろうぜ」


「そうね。私も早く中に入りたい」


「僕も、早く……入りたい」


 ヤマトを除く3人はウズウズとした様子でヤマトを見つめた。ヤマトはカバンから入国許可証を取り出す。カストルがそれを確認して大きく頷く。


「君たち『星巡り』でここに来たんだねー」


「えぇ、ですので、占い師の方の居場所などもお聞きできたらいいのですか」


「その必要はないよ。この国の占い師、僕たちだし。ね? ポルックス」


「うん。カストル」


 二人が笑う姿を見て、コブラがほぉーと声を漏らす。


「僕たち、ポルックスとカストルは、占い師兼、入国審査官なのさ。この国に入る人を案内することが仕事なのさ」


「じゃあ、儀式の内容もここで教えてもらおうか」


 コブラがヤマトと双子の間に割って入って睨みつける。


「それはできない。教えることができるのは、この国に入った瞬間。儀式が始まるということかな。じゃあ、案内するよ」


「こっちー」


 カストルとポルックスはそう言ってついてくるように促して先へと歩いている。4人はそれについてゆく。


 コブラはさっきのポルックスの言葉についてじっと考えながら歩く。


「考え事か?」


 ヤマトがコブラの横に移動して耳打ちをする。


「あぁ。さっきのガキの言葉、どう思う?」


「恐らく、アリエス王国と同じく、占いと国の在り方が密接につながっているのだろう」


「入った国に従えたらクリアってか。郷にいらずんば郷に従えってやつだな」


「ヘラクロスの冒険でヘラクロスが言っていた言葉だな」


「おっ、ヤマトも読んでいたのか」


「まぁ、一応な」


 コブラは、自分の憎き男も、共通の書物を愛していると知り、心が躍ったが、当のヤマトの表情があまり明るいものではなく、不審に思い、それ以上話すことが出来なかった。


 ヤマトの表情が暗いのはいつものことだが、先ほどの彼の表情はコブラも初めてみる表情であり、戸惑いを見せた。


「皆さーん! 到着しましたよー」


 カストルの恍けた声と共に皆が足を止める。


 目の前には小さな扉が一つあるだけだった。


「この扉が入り口か? 随分小さいな」


「なるべく動物を入れないようにしてあるのです。 この扉の大きさから、一人ずつしか通れません」


「中はちょっとした通路になっていてねぇ。そこを通り切ったら国の中さ。誰から通りますー?」


 二人が扉の横に立ち、4人を見つめる。四人はそれぞれ探り合うようにお互いに視線を送る。


「俺が最初だな!」


 コブラは辛抱ならない様子で、小走りですぐに扉の中へと入っていった。


「あぁー! 狡い! 次! 次僕!」


 扉を閉めたコブラを見て、怒鳴るアステリオスが残ったヤマトとキヨに対して言い放つ。


 キヨとヤマトは明らかにはしゃいでいるアステリオスを見て思わず微笑んでしまう。


「わかったわかった。次はアステリオスでいい」


「じゃあ、行ってくるね」


 アステリオスは扉を開いて入ってゆく。


 入っていった二人の声は聞こえない。ヤマトは二人が入っていった扉を見て、溜息を吐いた。


「まったく、警戒心のないのか、あの二人には」


「そういってヤマトもウズウズしている癖に」


 ヤマトは図星だったのか。悔しそうな顔をしている。その表情を見て、キヨはクスクスと笑う。


「ああいう扉を見ると、入ってみたくならないか? 少年の頃、スタージュン夫人の部屋に色々な化粧品や、宝石が置かれているらしいと知って、入りたいが、養子である私にそのような無礼をする資格はない。と我慢したものだ」


「だったら今回は譲ってあげる」


「良いのか?」


「えぇ、私は大人なので」


「自分で大人っていう奴は大人ではないと思うが?」


 ヤマトの真面目な返事にキヨは唇を尖らせてヤマトの横っ腹を小突く。その行動もヤマトにとっては嬉しい物だったのか、少し照れ笑いをした。


「うるさい」


「では、お言葉に甘えさせてもらおう。すぐに合流しよう」


 ヤマトは少し微笑みながら扉の中へと入っていった。


「男の子ってこういう時、すぐはしゃぐなぁ」


「そういうお姉さんもはしゃぎたいんじゃないの?」


 キヨの言葉にポルックスは無邪気に返した。キヨはその言葉に思わず笑みがこぼれる。


「そうね。こういうのに男も女もないわね」


「じゃあ、早く行こうよー」


 カストルとポルックスはキヨを誘う。キヨはそんな彼らに相槌を打ちながらじっと扉を見つめる。重厚な壁に貼り付けられている、木製のシックな扉。その光景と、国の入り口という意味合いが持つ風情を、キヨは楽しんでいた。その光景は心に刻んで、次の絵にしようと感じていた。正直に言えばもうここに腰を落ち着けて書き始めたいのだが、そうはいかない。中にコブラたちが待っている。自分は扉を通らなければならない。


 目で見た扉の光景を焼き付けるように、強くまばたきをした後、扉に向かう。


「では、お姉さんも楽しんでね♪」


「この国はー、とっても楽しい国だからー」


「「それでは、いってらっしゃい」」


 二人の声を遮るようにキヨは扉を閉めた。




 扉の中に入ってキヨは戸惑った。


「これ? 鏡?」


 壁一面全てが鏡、右も左も、鏡。ここまで大量の鏡を用意することも難しいはずなのに、この通路の壁という壁が鏡で構成されている。


 壁を見れば、無数の自分が映っている。それだけで戸惑い、足を止めてしまう


「何体も何体も自分の顔があるっていうのは、あんまりいい気しないわね」


 キヨがキョロキョロと自分を見てまわりながら歩みを進める。


 自分の正面に自分がいる。これは行き止まりの道らしい。だが、右には通路がある。ここが曲がり角であることがわかった。そのまま歩みを進める。


「どうやら迷路になっているわけね」


 キヨの動きに合わせて均等に動き回る。鏡の中の自分たち。


「ふふふっ――」


 誰かの声がして、キヨは振り返る。鏡の中のキヨも一斉に振り返る。女性のような高い声。コブラでも、ヤマトでも、アステリオスでもない声。


「誰か……他にもいるの?」


 誰も返事をしない。キヨの視界の端に靡くスカートが見えて、それを目で追う。しかし、見失う。映るのは自分と同じ動きしかしない無数の自分だけである。


 何度も動きまわり、動いている自分を見ていると気分がおかしくなりそうになり、探すのをやめて、鏡の壁に手をついてなぞりながら歩いてゆく。こうすれば、迷路はいずれ出口にたどり着く。とヘラクロスの冒険で、読んだことがあった。


「あはは――」


 また声がする。確実に誰かいる。この鏡の中で、誰かがいる。


 何度も振り返り、同じ動きをする鏡の中で、遠くに映る自分の一人が、自分をじっと見つめている気がした。


 キヨはその視線を感じて振り返る。そこには自分と違う動きをしている自分が映っていた。


 キヨは自分を見つめてほほ笑んでいる自分に戸惑い、唇が震える。


 キヨを見つめている鏡の中の自分は、ドレスを身につけていたのだ。


「どういうこと?……いたっ」


 一瞬見えたドレスを身につけた自分はすぐに消えてなくなった。消える彼女を追おうと走ると何かに頭をぶつける。彼女が頭をぶつけたものを見ると、それは扉だった。


 どうやら出口までたどり着いたようだった。キヨはいまだに戸惑いを隠せなかった。


「なんだったの。さっきの」


 鏡合わせの場所で頭がおかしくなってみた幻覚だろうか。それとも、あの双子が何かしたのだろうか。キヨはその正体もわからぬまま。仕方なく扉を開く。扉の外から光が注がれ、キヨはジェミ共和国へと足を踏み入れた。


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