第16話 さらば漢たちの国

 目を覚ますと、昨日のことが嘘のように静かであった。


 ヤマトは窓を開けて日の光の眩しさに目を擦る。窓際のソファーでコブラが鼾をかいてまだ寝ていた。ヤマトは、疲れ切っているであろうコブラを起こさずに、階段を下りる。


 居間へ向かうと、キヨとクミルが食事をしていた。ヤマトは丁寧に頭を下げる。


「おはようございます」


「あらあら、ヤマトさん。傷は大丈夫?」


「えぇ、まぁ……なんとか」


「ねぇ、ヤマト。今日にはもう出て行くの?」


 キヨが口のものをごくりと飲んだ後、ヤマトに語りかける。


「あぁ、そのつもりだ。長居しても仕方がないしな。キヨも今回は満足だろ?」


「うん。後悔しないように今回はちょっと早起きしてやってきたから」


 そういうとキヨはニコニコしながら自分が座っている椅子の横にある袋を嬉しそうに撫でていた。あの中には確かキヨの所有物である木の板があったはず。


「どこかの絵を描いてきたのか?」


「えぇ、アリエスでは記憶を辿っての絵しか描けなかったけど、やっぱり実物見ながら描くのも楽しいわ」


「そういえばコブラも私が寝る前にはまだ帰っていなかったな。あいつはあいつで何をしていたんだ?」


「さぁ? 昨日の宴会で騒ぎまくったんじゃないの?」


 キヨは呆れたように言い捨てた。


 昨晩。喧嘩祭りの後、各自が酒や食べ物を持ち寄って、散々喧嘩したあの地で宴会が開かれた。


 もちろん優勝したヤマトは国中の人たちにチヤホヤされた。酒を仰がれたり、縁談話を持ち掛けられたり、様々なことを聞かれたりなどした。皆が言い寄って来るものだから、ヤマトは疲れてしまい、一足早く帰って眠ったのだが、コブラはその後も騒いでいたのだろう。キヨの故郷の集落のときもそうだった。コブラはきっと騒ぐのが好きなのだ。


「ふぁ。おはよう」


 コブラが寝ぼけた目を擦りながら階段を下りる。ヤマトとキヨの挨拶を聞いた後、自分も椅子に座って食事を始めた。


「もう今日すぐ行くんだろ」


「あぁ。そのつもりだ」


「ただ、出口の前で少しだけ待っていてくれ」


 コブラがその言葉だけを残して、食事を一気に済ませた後、渡された牛乳を一気に飲み干して帰り支度をした。キヨもそれを見て、仕度を始める。ヤマトは前日のうちに準備を終えていたのでバイソンの奥さんからいただいた珈琲を静かに飲んだ。


「あんたたちが来てくれたおかげで今回の喧嘩祭りは大いに盛り上がったし、あたしも楽しかったよ。また遊びにおいで」


 優しく微笑みかけてくれるクミルの言葉が三人にはとても嬉しく感じられた。




 出口の前で三人が去ろうというとき、バイソンとクミルが夫婦で見送ってくれた。ヤマトは出口に出る前にキドウのところに行ってお礼を言いに行った。彼は嬉しそうにヤマトの両肩を叩いた。


「君のおかげで私の研究は証明された! あの後早速私に弟子入りしたいと言う若者がやってきてね! ビシビシ鍛えてゆくつもりだ。ありがとう。本当にありがとう!」


 キドウは涙を流しながら何度もヤマトに礼をした。その後、キドウはお礼だからと、ヤマトにいくつかの食事を渡してきた。おかげで今ヤマトの鞄はキドウから渡されたもので溢れている。


「そんなに貰っても管理大変だな」


 コブラがニヤニヤとヤマトのほうを見た。


 確かにこれほど食料の備蓄があっても、保管が用意でない旅の中では多くのものがダメになってしまうだろうと思うとヤマトは残念でならなかった。


 しかし、言い始めたコブラ自身はなぜか大変に思っていない様子だったのが不思議だった。


「いやぁ、寂しいなぁ、このまま去ってしまうのは。また闘おうなヤマトくん」


 バイソンが寂しいと言っておきながら明るい表情で握手を求めてくる。ヤマトはこれに答えた。


 その時だった、遠くからクロノスが慌てて走ってきて「間にあったー」とだけ言って肩で息をした。息を整えてすぐ、キヨの方を見つめる。


 その後、キヨの両手を掴んで「俺、いつでも空いているので! 冒険を終えたら是非タウラスに寄ってくださいね!」と明るくウィンクした。その後もキヨと別れるのが惜しいのか。クロノスは何度もキヨに語りかける。その間もクロノスの圧にやられてキヨは呆然としていた。


「クロノス殿に、キヨは王族の娘って伝えたほうがよかっただろうか?」


「いやぁー、伝えたらもっと五月蝿かったと思うぞ。ああいうタイプは」


 ヤマトとコブラは呆然としているキヨを見て呆れるようにため息を吐いてお互いに笑った。


「そろそろかな」


 コブラがそういうと、また誰かがこちらに向かって走ってきた。


「そういえばコブラ、誰をここで待っているのだ」


「あれだよ」


 走ってくる男を指差すコブラ。その男は小柄だが、なにやら大きな袋を抱えていた。


「ごめん、遅くなったよー」


「あ、アステリオス!? 君も私たちを出迎えてくれるのかい?」


「えっ、僕は君たちの冒険についていくんだよ」


「「えっ!?」」


 アステリオスの言葉にキヨとヤマトは驚いて互いの目を一度見たあと、もう一度アステリオスを見て目を丸くした。


「あぁ、俺が誘った。こいつのカラクリは旅で役に立ちそうだし」


「お、お前なぁ……。アステリオスもいいのか?」


「うん! カガクの研究のためにも各地を見て回りたいんだよね!」


「そういうことならいいんじゃないの?」


 頭を抱えているヤマトに対して覗き込むようにして、キヨに話しかける。


 ヤマトは気難しそうに頭を捻るが、答えはすぐに出ていた。コブラの勝手な行動に溜息を吐きながらも、この結果を望んでいた自分にも気づき、思わず微笑んでしまう。


「そうだな。アステリオス。すまないが私たちの旅のサポートをしてくれ」


「うん! 食事の問題は任せて!」


 そういってアステリオスはヤマトから食事の入った袋を渡してもらう。


「この袋に使っている素材はねぇ、山で取れる植物で作ったんだけど、不思議なことにずっと冷たいんだよ。食べ物の管理に優れていると思って加工したんだよねぇ」


 そういってヤマトの食べ物を全て移した後、それを抱える。その光景を見てバイソンは本当にアステリオスがこの町を去るのだということを理解して、寂し気な溜息を吐く。


「村の最強が去るのも寂しいな」


「僕が去ったら今度はバイソンさんが最強だね。防衛線頑張って!」


 そういってアステリオスはニカっと笑い親指を立てる。その笑顔に彼を陰ながら心配していたバイソン夫妻は安心したように顏が微笑んだ。彼はこの町を出ても大丈夫だろう。


「アステリオス!」


 準備を終えたとき、また怒鳴り声が響いてアステリオスは振り返る。そこにはウラノスがいた。


「あの構え、見事だったな」


「僕は、貴方に憧れていたから……」


 少し後ろめたいのか、アステリオスはウラノスから視線をそらす。話す声も小さい。頬も少し紅潮させている。


「旅に出て、俺よりも強いカラクリ作ってみろ。帰ってきたとき、正式に殴り合いをしてやる!」


 そういってウラノスはアステリオスに向けて拳を差し出す。アステリオスは認められたような気がして嬉しくなり、ウラノスの拳に自分の拳を当てる。


「うん。いつか、絶対に貴方を倒します」


「おう。その意気だ! 俺もこれから頑張る目的ができたぜ」


「まっ、その前に俺が親父を倒してやるけどな」


 アステリオスとウラノスと、クロノスは楽しげに談笑をしていた。コブラたちも、これがアステリオスにとっての最後の談笑だと分かっているので、微笑ましく眺めておく。


 一通り談笑を終えたウラノスは「じゃ、仕事だから」と戻っていった。その光景をコブラ、ヤマト、キヨは温かい気持ちになった。


「じゃあ、行くか!」


 コブラの合図と共に、残りの三人は荷物を持って、出口に向かって歩みを進める。


 漢たちが血と汗を流す力の国タウラス民国での賑やかな祭りを後に、星巡りの旅は続く。それぞれが勲章となる傷をその身に刻みながら。

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