第14話 決戦前夜
準決勝が終わった後、コブラは呻き声をあげて目を覚ました。
身体を起こして、窓を眺める。
窓を閉めていても響くほど、観客が騒いでいる。
その声は、ヤマトを祝福するものであった。
コブラは、その声でヤマトが勝利したことを把握する。
「君が配下になるリーチかな?」
コブラの顔を覗いたクロノスの顔を見て、コブラはヤマトとの約束のことを思い出して、爽やかな表情でこちらを見るクロノスに対して嫌そうに顔を歪ませ、冷静に溜息を吐く。
「あれは、俺とヤマトが対決した場合の約束だよ。ってか、聞いていたのかよ」
「まぁね。もう察していると思うけど、ヤマトくん。勝ったよ。何か言うことはあるかい?」
「いいや、あいつなら言わなくてもわかっているだろ」
コブラはそのままベッドから降りて軽く、身体をストレッチする。身体の節々から骨のなる音がする。
その光景を心配そうに見つめるクロノス。
コブラは平気そうな顔をしているが、身体自体は見ている方が痛々しく感じる程傷だらけであったからだ。
「今日はもう喧嘩がない。全ては明日の決勝戦だ。あのミノタウロスとの対決だ。正直、僕は君が勝つと思っていたよ」
「はいはい。お世辞ありがとうよ。ちょっとでかけるわ」
コブラはそういって部屋を出て行く。クロノスはコブラをそっと見守ることしかしなかった。
アステリオスの部屋に侵入する。もう夜も遅くなっていた。アステリオスはこちらが侵入したことも気づかずに作業に集中している。
「おい」
「わぁ! びっくりしたなぁもう!」
小さく声をかけたのに、アステリオスは必要以上に驚いて、尻もちをつく。
コブラも尻もちをついて驚いてしまうアステリオスに罪悪感を抱き、彼に手を伸ばす。
「わ、悪い。今日、すげえガッツだったな」
「……まぁね。我ながら、らしくないことをしたよ」
「それをボコった奴に言うかね」
苦笑しながらコブラは適当な台に座る。
「それで? 用はなんだい?」
「いや、ぶっ倒れちまったからな。賞賛の声を送るのを忘れていたなって」
「そんなことのためにわざわざ?」
「いや、本当はなんかまた美味いものにありつけないかと思ってな」
そうやってニヤニヤ笑いながらコブラは前日にアステリオスが肉を出していた容器をあける。
「こらこら! 人の食材箱を勝手にあけないで! わかったよ。作ればいいんでしょ作れば」
アステリオスが呆れたようにコブラを軽く押して食材箱からいくつかの野菜を取り出して細かく切り始め、あらかじめ炊いておいた米を桶の中に入れてその後、謎の液体を米の中に混ぜる。
「なにそれ?」
「ナツメヤシの木からなる実で作ったシロップを加工して作るものなんだけど、ちょっと酸っぱくて美味しいんだ。これを米に混ぜてここにキュウリなどの生で食える野菜を刻んだものを混ぜて……」
切った食材も桶に入れてかき混ぜる。炊いた米がいい感じに湯気がなくなるまで混ぜてそれを小さな器に移してコブラに渡す。
「食べてみて。これが、もしあれば河で鮭を取って、焼いたものを入れたらさらに美味しいんだけど、なくても満足は出来るよ」
コブラは渡されてそれをスプーンでかき込む。
「っ!? うまいな!」
「でしょ~。この液体の名前も迷ってんだよねぇ」
「酸っぱいんだし、スッパとかでいいんじゃ?」
「何その発想。ダサい。採用」
そういうとアステリオスは紙を取り出して鉛筆で紙に「スッパ」と書いて入っていたビンに糊で貼り付ける。
「このスッパはね。身体にとてもいいんだよ。だから倒れたコブラにはいいと思うよ」
そういうとアステリオスはまた作業に戻る。小さいカラクリを弄っている。
「なにしてんの?」
「君のせいで壊れかけたミノタウロスの修理だよ」
「そうか。次戦うヤマトを是非! ボコボコにしてくれ」
「君たち……仲間なんだよね?」
「あぁ。まぁ、俺はあいつ嫌いだけどな」
「そ、そう。ヤマトさんには感謝しているから、ちょっと後ろめたいけれど……」
アステリオスは自分と義父の喧嘩を止めてくれたヤマトを思い出す。
その後、爆ぜもろこしを美味しそうに食べてくれたことも。
「ヤマトが言っていた屋台ってやっぱりお前のところか」
コブラもヤマトが誘った屋台の人間がアステリオスであると合点がいく。これだけ美味しい飯なら、屋台もさぞ大行列だろうとも考えた。
「爆ぜもろこしもだけど、こうして美味しいって人に言ってもらえるのは嬉しいから、どんどん食べていいよ。僕は作業に戻るけれど」
コブラのほうを見ずにアステリオスは呟くようにいった。コブラもヤマトを打ちのめしてもらうためにも邪魔にならないように黙って作ってもらった飯を食べ続けた。
ヤマトは休憩して身体が動くようになってすぐ、キドウを探すために町を出た。
彼にお礼を言わなければならないのだ。バイソンと闘う日の前日、キドウに話しかけられた時に伝えられた技を、ヤマトは聞き入れてみることにした。
本当に基本も基本をキドウに伝授してもらい、仲間付け焼き刃の状態でバイソンとの戦いに挑んだ。途中で慣れた戦法に移行してしまったが、明日のミノタウロスとの対決では、絶対にキドウの技を覚えることが必須だと、ヤマトは実感したのだ。
ヤマトの手刀戦法では、コブラやキヨを苦しめたアステリオスの熱さに対抗できず、硬いとされるアステリオスの筋肉を痺れさせることはほぼ不可能である。
だからこそ、キドウの技術が必要なのだ。
探している最中に、村の方々にも聞きまわって、ようやくキドウを見つける。彼はまた家の壁にもたれかかるように座っていた。
「だ、大丈夫ですか?」
「あぁ? いや。今回はただの日向ぼっこだよ。ヤマトくん、さっきばあさんに騎士さんが探していたぞと聞いたんだが、やはり用事はあれか?」
キドウは老体となった身体には似合わない鋭い眼光でヤマトを見つめながらニヤリと笑った。
「えぇ、バイソン殿との戦いの中、貴方からお聞きした格闘技術が大変お役に立ちました。あの技を極めるために少しでも近付かなければ、決勝のミノタウロスとの対決には勝てないと」
「そうか、なら少しついてこい」
そういうとキドウは立ち上がり、ゆっくりとどこかに向かって歩き始める。ヤマトは「おぶりましょうか?」と聞くと最初はムキになっていたが、途中から申し訳なさそうにおぶられた。
「悪いな。アステリオスくんに作ってもらった。ものがまだ修理に出ていなくてな」
「修理……ですか?」
「あぁ、車輪を回して座りながら進むことが出来るカラクリなんだがな? この国は爺になる前に亡くなるものが多いからな。私みたいなのは少ない。アステリオスくんはそういった私たちに生きやすいようにカラクリをくれるのだ。他の男共の食い物持ってきてくれたり、負ぶってくれたりも嬉しいのだがね。自分の力で進めている。と実感できるあの子のカラクリで歩くのが、一番心地がいいんじゃ」
ヤマトの背に身体を委ねながらキドウが静かに語った。その後キドウは「決してヤマト君におぶられるのが嫌というわけじゃないぞ? 丁寧で優しく負ぶってくれるからありがたい。
この国でおぶるのうまいのはバイソンとクロノスくらいだ。他は乱暴でいかん」
「それは、ありがたきお言葉です」
「他の男連中も、せめてアステリオスの優しさだけでも認めてやればいいのになぁ。そこ、右だ」
キドウはヤマトを案内しながらこの国に対する愚痴をこぼした。相槌を打ちながらヤマトは聞き届けて数分歩くとひとつの家にたどり着く。
「ここが、わしの家だ。入ってくれ」
そういうとヤマトが扉を開けて入る。そこには広いスペースがあり、不思議な道具もいくつかある。キドウはヤマトから降りて、部屋の隅にある椅子までゆっくり歩いて座る。
「ここが、私の家兼流道の研究室だ」
そういうとキドウはゆっくり立ち上がり、軽くストレッチをした。
「さて、ヤマトくんに負ぶってもらって休憩したからある程度は動ける。一つ、稽古をつけてやる」
キドウは立ち上がり、構える。ヤマトは少し戸惑うがキドウの目が本気だった。
「では、行かせていただきますよ!」
ヤマトは手刀を構えてキドウに向けて走る。
キドウの肩めがけて手刀を放つが、キドウに腕を捕まれて、そのまま流れるように地面に叩きつけられる。これは、自分が見よう見真似でバイソンに放ったものと一緒だ。
「本来流道は力のない私でも使いこなせる戦法だ。だが、力がないと体力がないは話が違う。流道に置いて大事なのは相手の腕と脚の四肢を見つめること。そこから相手の力の流れがどこにあるかを見極める。流れる力にさらにこちらで力を与えてやることで相手の力を暴発させる。これが基本戦術。それを聞いただけで実践できたヤマト君は筋がいい」
「ありがとうございます」
「さっきとは違う攻撃で私に仕掛けてみろ。その全てを受け流してみせよう。君なら、実際に受けただけである程度形にするための情報は得ることができるだろう」
キドウの表情にヤマトは少し笑みがこぼれ、また攻撃を放つ。何度も、キドウに攻撃を流されて倒されてしまう。自身の汗と少し掠れて出た血が混ざった気持ちの悪い液体が身体に付着する。
「ぜぇ……ぜぇ……。済まない。バテた」
キドウは肩で息をしながら椅子に戻ってしまう。
「どうだ。何か掴めたか?」
「えぇ、少しは……ただ、食らうだけでは、まだ」
「そういうと、思って。こういうのを用意している。そこに立て」
ヤマトは言われたとおりにキドウが示す場所に立つ。すると突然ヤマトのほうに大木が迫ってくる。
「ちょ!」
ヤマトは咄嗟に木を掴んでさらに引っぱる。ヤマトを通りすぎた大木は屋根にガコンとぶつかる。
「うむ。それは普通に避けていれば屋根に当たらずに戻ってくる。頑丈な縄で縛っているから、どんどんそれで、技をなれてくれ」
キドウからの言葉を聞きながらも、ヤマトはずっと大木からの攻撃を流道で流し続ける。
「それをまぁ、九の時刻まで行えばいいかな。あまりやりすぎると、明日の試合に支障をきたす」
「はい!」
大木はこちらが流したように飛んでいくので、こちらに来るたびに迫り方が代わって、キドウからくらった流道をくまなく使用しないと、大木に突進されてしまう。キドウの部屋からはヤマトの呼吸音と、大木が屋根にぶつかる音が響きわたった。
会場に立つと、ヤマトは生唾を飲んでしまう。昨日訓練をしたが、果たしてこの闘いで使うことが出来るか。大きく深呼吸して己を鼓舞する。
前列で試合が始めるのを待つキヨは隣にいるコブラに話しかける。
「あんた、昨日はどこにいたの?」
「ミノタウロスと会っていた」
「うっそ……。あんなボコボコにされた後?」
「うるせぇ。そういうヤマトはどこ行っていたんだよ。なんか、雰囲気変わった気がする」
「一昨日に会ったおじいさんところに行ったみたい。あの人が教えてもらった戦法がバイソンを追い詰めたから」
「ほぉ……。なら、楽しみだな。今回の試合」
コブラはニヤニヤと笑い、ヤマトの方を見る。
その後、ミノタウロスの方に視点を移す。
ミノタウロスの中にはアステリオスが入っている。彼が昨日、必死にミノタウロスを修理しているのを、飯を食べながら見ていた。
今回のこの喧嘩祭り、両方の立場を知るコブラにはどちらを応援するではない。この喧嘩を見ること自体に価値があると感じた。
「みなさんみなさんみなさん! ついに! ついにこの日が来ましたよぉー! 四日に渡る喧嘩祭り! その最後の喧嘩が間もなく開始される! 観客の戦士淑女の皆の衆! この喧嘩を楽しみに待っていたか!」
「「「ウォォォォォォォォォォ」」」
カナノの言葉に観客たちが一斉に吠える。
その歓声の中にいるヤマトとミノタウロスは互いに睨みあう。カナノの「よーい!」の声が響いた瞬間、全員が息を飲み、静寂に包まれる。
「どん!」
カナノの声が響いた瞬間に観客が一斉に吠え、ミノタウロスが同時に突進をしかける。
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