第13話 ヤマトVSバイソン

コブラとミノタウロスの闘いに観客は興奮していた。


 その興奮冷めやまぬうちに次の闘いが始まる。


 会場はさらに歓喜の声に湧いた。これから闘う二人の戦士がそれぞれ壇上へ上がってくる。


 試合会場の上に立つヤマトとバイソンが互いににらみ合っている。


 観客たちは各々二人に声援を送り続けている。


 バイソンは流石この国で育ったベテラン選手なだけあり、ライバルや友人である男からの声援が特に激しい。


 対するヤマトは先日の闘い方を気にいった者。そして何よりも若い少女たちからの黄色い声援が響く。


 だが、二人はそんな声援に意に介さず、互いを睨み合う。


「いやぁ、宿泊客と闘うっていうのは、気が引けるね」


「そんなこと、本当は思っていないですよね?」


 にこやかに笑うバイソンを相手に思わず微笑むヤマト。自分の真意を見抜かれたバイソンは子どもっぽく目を丸くして構え始めるヤマトを見つめた後、ハハッと小さく笑う。


「バレたかぁ。勝負の世界は真剣じゃないといけないからね。お客さんと言えど手加減はしないよ? んじゃ、まっ! 行くよ!」


 バイソンが構えに入った段階でカナノが開始の合図を言い放つ。


 合図と同時にバイソンの突進が迫ってくる。


 ヤマトは大きく深呼吸をしてその攻撃を、右足を軸に半回転してかわした後、掌底でバイソンの背中をそっと押す。


「うぉっと!?」


 バイソンは背中を押されたことで耐性が崩れてそのままずっこけてしまう。彼の人柄なのか、こけた後、観客たちから暖かい笑いの声が響きわたる。ヤマトはこっちが悪役のような気持ちになり、少し落ち込む。


 バイソンはにこやかに笑みを浮かべながら立ち上がる。


 しかし、攻撃に転じた瞬間の目はまるで獲物を狩るクマのように鋭くなる。


「いやぁ、なんか調子が狂うな!」


 バイソンの拳を避けた後、ヤマトはバイソンの腕を引っ張る。すると殴りぬけた力の勢いにバイソンはまた倒れそうになる。追い打ちで脚を引っかけて転ばせる。


「申し訳ないバイソン殿。これがあなたたちに対する最大の攻略法です」


 ヤマトは倒れるバイソンを見下ろし、いまだ油断せずに構える。


 バイソンは過去に出会ったことのない闘い方をする者に、昨日とはまた違うヤマトの闘い方に興奮して、笑いがこみ上げる。


「ハハッ。面白い! ならば私はそれを愚直に超えてみせよう!」


 そう答えてバイソンはヤマトに向かって再び突進を放つヤマトは一度大きく手を叩いて音を出して、手刀を構える。


 ヤマトは先ほどと同じようにバイソンの攻撃を躱し、背中を押そうと考えた。


 だが、バイソンは突進の途中で腕を広げてヤマトの首に思いっきりバイソンの太い腕が衝突する。


 ヤマトは頭を地面にぶつけることだけは防ぐように両腕を首の後ろに回して、地面に落下する。


 ヤマトはすぐに立ち上がり、バイソンの首に腕をしならせて、手刀を放つ。


 バイソンはその攻撃を腕で止める。


 しかし、防いだ腕にヤマトの手刀が直撃したので思わず手が開いてしまう。


「くう! しびれるなぁ!」


 バイソンの意識が痺れた腕に向かう。


 この隙をヤマトは逃さない。


「このまま続ける!」


 ヤマトは手刀を放ち続ける。バイソンはその攻撃を防ぎながら自分も拳を放つ。


 ヤマトは改めて一対一で闘うことでバイソンと言う男の厄介な強さを実感する。


 バイソンの闘い方はその大きな身体と屈強に鍛えられた肩を主軸にするタックル攻撃。


 その威力は乱闘の場で男を四、五人吹っ飛ばすほどである。


 腕っぷしが強いタウラスの民に対して、バイソンは遠距離の方が強いタックル戦法を好んだのである。


 しかし、だからと言って彼はタックルだけの男ではない。


 単純に腕力が強いバイソンから離れたいとも考えるが、離れれば彼が得意としているタックル戦法に切り替えられる。


 背中を見せれば命取り、だからこそ対戦相手は彼の間合いの中で闘うことを強いる。


 これがバイソンと言う男の闘い方である。


 自分から逃げれば、自分はさらなる強さで貴様を襲うと、こちらを威嚇しているようである。


 バイソンの拳がヤマトの頬に当たる。口の中が切れて血が出る。ヤマトもすかさずバイソンの脇に手刀を放つ。数分に渡る殴り合い。観客たちもお互いを応援していた。


「コブラがこれ見ていたらどっち応援すると思いますか?」


 コブラを運び終えたクロノスがキヨの横に現れて話しかける。


 キヨは突然話しかけてくるクロノスに思わず驚いて肩を震わせてしまう。


 キヨはクロノスの顔と今の戦況を交互に見つめた後、少し首を傾げ、想像する。


「んー、バイソンさんの応援しそうですねぇ」とやんわり答える。


 キヨはこのクロノスとの距離感を掴めないでいる。故にクロノスに対して丁寧な口調で話してしまう。コブラもヤマトもそばにいないことをキヨは悔いた。


「あいつ性格悪いんですねぇ」


 クロノスは笑ってキヨに言う。


「なんか、私があった時から仲悪かったんで、あの二人。詳しくは知らないんですけど。けどまぁ……」


「けど?」


「コブラのことだからヤマトが勝つと思っているからバイソンの方を応援するんじゃないかなって、思います」


 キヨがそういったと直後、会場はどよめき出す。キヨも慌てて舞台を見直す。


 ヤマトが両手の手刀でバイソンの左右首根っこを力強く叩いていたのだった。一進一退の攻防の末なのだろう。攻撃をしたヤマトも肩で息をしている。


 バイソンがしばらくして、膝をついてそのまま倒れていく。カナノがテンカウントを取る。テンカウントの間だけは、観客もみな静かにバイソンが立ち上がるのを待つ。


「女房が、見てんだ。一回のダウンで負けてたまるかい!」


 バイソンは苦しそうにしながらも立ち上がり、ヤマトに向かって突進をする。


 観客たちはより歓声が沸く。キヨはそのバイソンの気迫に気圧され、ヤマトの勝利を祈って両手をぐっと握りしめる。


 ヤマトはバイソンの突進に対して今までしてこなかった構えをする。


 この構えには観客が不思議そうにざわついた。


 ヤマトの頭の中でよぎる。昨夜キドウと言う男から聞いたバイソン最高の技をここで試すしかないと――。


 ヤマトは突進してくるバイソンの腕の裾と脇あたりを掴み彼に背を向けて、彼の腰を、自身の腰で押し出して、バイソンの足が地面を離れ、ヤマトの身体の上に乗っかる。


 バイソンのタックルの威力もあり、あまりに一瞬の出来事にバイソン本人は戸惑った。


 ヤマトはそのまますかさず肩を掴んで引っ張り上げてバイソンを思いっきり転倒させる。


 バイソンはまるで自分の力を全て利用されて痛みとして跳ね返ったような感覚に襲われる。


「はぁ……はぁ……」


 またバイソンが倒れる。何が起こったかわからず、あまりの背中に痛みに声も出ない。


 カナノがテンカウントを取る。


 ヤマトも疲れて膝をつく。テンカウントが進んでいく。観客たちは突然の出来事と、この後どうなるのかの期待で生唾を飲み、二人を見つめ続ける。


 祭司としてこの大会を仕切っているクミルは腕を組みじっとカナノのテンカウント中も倒れるバイソンを見つめる。


 祭司は私情を挟むべきではない。立ち上がらない夫に檄を入れることも忍ばれ、そっと目を閉じる。己の中に溢れる気持ちをじっと抑え、心の中で愛する夫、そして最高の戦士に対しての労いの言葉をかける。


「テーン! 勝者! ヤマト=スタージュン! 我らのリーダー。優しき暴牛! バイソンのダウン! これで決勝は外からの来訪者ヤマト=スタージュンと喧嘩祭りの亡霊ミノタウロスの対決となります!」


 カナノの声が響き渡り、ヤマトは安心しきってしまい、全ての気力が尽きる。喜びの雄叫びもあげることが出来ず、仰向けになって倒れた。


 二人の闘いに、喜びと悔しさの雄叫びを上げることの出来ない男二人の代わりと言わんばかりに観客たちは大きな賞賛の雄叫びを上げた――。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る