第13話 コブラVSミノタウロス

「それでは! 待ちに待った喧嘩祭り準決勝! コブラとミノタウロス! 壇上へ上がりましたね! それでは喧嘩、開始してください!」


 カナノが、前半に頑張りすぎたのか、息切れの声で開始の合図をする。


 目の前のミノタウロスとコブラは互いに様子を見てしばらく動きがない。


 観客たちも息を飲む。もはやこの睨み合いに異を唱えるものはいない。キヨとミノタウロスの闘いで彼らも学んだ。真の闘いとは初動が肝心なのである。


 今まで身体をぶつけることしか考えていなかったタウラスの男たちにとって、この闘い方は新鮮である。男たちは今後の己の闘いに活かすために、二人が睨み合っているのをしっかりと観察している。男たちの視線にコブラとミノタウロスは己を震わせる。


 最初に動いたのはミノタウロスの方であった。


 その重厚な足が一歩また一歩と、コブラに向かって走ってくる。コブラの直前に来て、彼は大きく拳を上げる。コブラはバク転をしてから振り上げたミノタウロスの腕めがけて蹴りを放つ。一瞬よろけるミノタウロス相手にコブラはさらに胸部と腹部に二発蹴りと入れて、最後に急所めがけて両足で飛び蹴りを放つ。その怒涛の流れにミノタウロスは思わずダウン。隙を与えずにコブラは倒れているミノタウロスを踏みつけるため大きく跳ぶ。


 しかし、ミノタウロスは両手で地面を押して勢いよく立ち上がり、コブラの蹴りを跳ね返す。


 コブラの闘い方を見て、ヤマトは腕を組んで感心したように何度も頷く。


「なるほど、蹴りか」


「何が納得なの?」


「キヨ、お前の火傷を見て、ミノタウロスの圧倒的な熱に履物をしている足での攻撃を中心にして、熱の対策としたんだろ。盗人時代の経験から動きの俊敏なコブラなら蹴り技の方がむしろ向いている」


「へぇー、彼元々盗人なの」


 ヤマトの言葉に納得したキヨとクロノスは感心の声が漏れる。


 キヨは昨日の闘いを思い出し、火傷した自身の腕を軽く撫でる。


 キヨはぐっと下唇を噛み、コブラとミノタウロスの対決を見守る。


 キヨは、目の前で闘っているコブラに対して大声で叫ぶ。


「頑張ってー! コブラー!」


「わかってる! 頑張らないわけねぇだろ!」


 コブラはキヨの言葉に怒鳴りながらミノタウロスが放つ拳から身を躱す。


 隙を見て蹴りを放つがミノタウロスの屈強な身体が生半可な蹴りなどはじき返して攻撃してくる。ミノタウロスが放った拳と、コブラが放った蹴りが互いに衝突する。鈍い音が響いて会場で小さな悲鳴が湧く。互いに勢いに負けて少し後退した後、再び攻撃を始める。ミノタウロスの拳を避けたコブラがミノタウロスの腕を上り、頭の上に乗る。そのまま踏みつけるように何度も蹴りを入れる。しかしミノタウロスに片足を掴まれる。


「あっつ!」


 ズボンの上からでも熱を感じ、思わず声が出る。コブラは脚を掴まれたまま思いっきり投げ捨てられる。地面で受け身を取って痛みを最小限に抑える。


 しかし、着地した時にはミノタウロスが目の前に来ていて、彼の太い腕がコブラの横っ腹に思いっきりエルボーを放つ。


 受け身も取ることが出来ず、コブラはエルボーをを受けた横っ腹を抑えながら転がる。


 あまりの痛々しさに会場で悲鳴が聞こえる。


 見ているキヨは一度目を反らしてしまう。ヤマトとクロノスは目を背けたくなる感情を抑え、しっかりと目の前の闘いを見つめる。


「今のは、モロにくらった! これにはコブラも苦痛の表情を隠せない! あそこまで完璧な攻撃を喰らったら、屈強なタウラスの男たちでも苦痛で顔が歪み、弱いものならそこで心が折れてしまうほどの攻撃! コブラは大丈夫なのか、今も唸っている!」


 カナノの実況が会場を包み込む。コブラは身体を震わせながらも、立ち上がる。アバラあたりに痛みがあるせいで呼吸が難しく、肩で息をする。ミノタウロスはそんなコブラを見て右肩に手を当てて右腕をぐるんぐるんと回転させる。


 コブラは悔しそうにミノタウロスを睨みつける。


「どうした? 昨日の威勢は?」


 たどたどしく、野太い声でコブラに挑発をするミノタウロス。コブラはそんな声どこから出しているんだ、アステリオス。と心の中で少し笑った。


 あいつのことだ。声を変えるカラクリなんかも作っていそうで怖いな。と関係のないことが頭の中によぎった。


 右肩をこちらに向けて走ってくるミノタウロス。コブラは片足を上げて、その突進にかまえる。突進が当たる直前、コブラの上げた足は思いっきりミノタウロスの胸部に叩きつける。


 しかし、勢いが足りず、ミノタウロスのタックルがそのままコブラを上空でふっとばした。


 クロノスたち観客はさらに悲痛と興奮の声をあげる。


 コブラは一瞬気を失いそうになるが、顔を振って正気を取り戻す。上空にいるなら利用できると考えた。下を見るとミノタウロスは降ってきたコブラに攻撃を加えるつもりだろう。拳を構えている。


 タイミングを計って服を脱ぐ。ミノタウロスが拳を放つと同時に脱いだ服広げて盾にする。服を殴った勢いと、コブラが地面に着地して服を地面に向けて引っ張った反動でミノタウロスの身体は半回転して地面に思いっきり倒れる。重厚な身体をしているミノタウロスが物凄い勢いで倒れる。


 その音が凄まじく、観客も一瞬息を飲み、会場は数秒の沈黙が流れる。


「……こ、これは驚きです! コブラが衣服を利用した戦法にミノタウロス。完全に頭から地面に叩きつけられました。これには流石のミノタウロスも気絶しているのでしょうか!? 一向に動く気配がありません!」


「カナノォ! テンカウントを取れ!」


 コブラは実況のカナノに対して怒鳴りつける。カナノはコブラに怒声に慌てて、一度深呼吸をした後、テンカウントを取り始める。


観客たちの方から「もしかして、勝てるのか?」


「あのミノタウロスを破るのか?」


「あれは俺が喰らったら絶対に起き上がれない……」


「ミノタウロスの伝説もここまでか」


「いいぞー! コブラ」とそれぞれの言葉が響く。


「ファーイブ!」


 カナノの声が響く。見ていたキヨやヤマト、クロノスもコブラの勝利を祈って生唾を飲む。


「俺は……負けられない……」


 その小さな声を聞き取ったのはコブラだけであった。


 しかし、ピクリと動き始めたミノタウロスを見た者は押し黙り、それを感じ取り、騒がれていた声は徐々に減っていった。カナノもカウントを一度止める。


 のっそりとミノタウロスが立ち上がる。不気味な立ち上がり方に思わず悲鳴の声が会場に響く。


「あの人に、勝つまで、この国で、最強になるまで、負けられない!」


 立ち上がったミノタウロスの肩から湯気のような煙が舞い上がる。コブラはその光景に冷や汗をかいて生唾を飲む。


「くっそー……いけると思ったんだけどなぁ」


 コブラ自身、先ほどの攻撃でこれ以上戦闘しても勝ち目が見えないのを自覚していた。


 頭が火照り、息が荒くなる。コブラはふらつく自分を戒めるように顏を何度も振るう。


 立ち上がったミノタウロスがコブラに向かってくる。コブラはその拳を避けて、蹴りを放つ。


 しかし、血気迫るミノタウロスにその蹴りは意味を成さない。何度かの攻防を続けている時、ミノタウロスの大きな拳をコブラは避けることが出来ず、左頬に衝突し、遠くまでふっとばされる。火傷するほど熱い拳を思いっきり叩きつけられて頭が揺らされて景色が揺らぐ


「ウオォォォォォォ!」


 吠えるミノタウロス。起き上がらないコブラ。


 数えられるテンカウント。その間、観客は一言も声を発することはできなかった。テンカウントを数え終えた後、キヨの小さな「嘘っ……」と言う声を皮切り、観客たちの歓声が響き渡る。


「やはり! やはりこの男の力は本物だ! 怪物ミノタウロス! 彼はもしやタウラスの喧嘩祭りに現れた勝利に飢えた亡霊なのでないか! それほどの執念! この喧嘩は執念の喧嘩だったと言えましょう! 勝者! ミノタウロス! ミノタウロスゥ!」


 カナノの声が響き渡り、ミノタウロスは舞台を降りる。キヨとヤマトはコブラの元にかけよる。


「ははっ、くっそぉー。最後の最後に負けちまったぜ。ヤマトをパシリにするチャンスがなくなっちまったな……」


「バカ言え。私の配下になる機会を逃したと考えるんだな」


 ヤマトの言葉に「へへっ」と軽く笑ったコブラをキヨが抱きかかえる。


「キヨ。無理すんな。火傷の腕痛むだろ」


「はいはーい。退いた退いた。無様に負けちゃったコブラくんは僕が運ぶよぉー」


 観客をかきわけてやってきたクロノスがコブラを抱きかかえた。


「いやぁ、僕を倒した男が倒れているのは絶景だね。ざまあみろ」


「おめえ……タウラスの人間にしては性格悪いだろ。絶対友だち少ない。絶対」


「ははは、否定はしないよ。では、キヨさん! あなたもまだ怪我している身だ。このチビは私が運びますので、あなたも安静にしておいてくださいね」


 そういって気障な笑みをキヨに向けてクロノスはコブラを運んでいった。その光景にキヨは戸惑いながら「よ、よろしくお願いします」と手を振っておいた。


「彼、君に気があるのかもな」


 ヤマトがクスっと笑ってみせるとキヨはその言葉に「ないない」と軽く否定する。


「では、私もバイソンとの闘いがあるからこれで」


そういってヤマトもキヨの元から離れていく。


 キヨはもう一度自分の火傷した腕を撫でる。ミノタウロスに負けた悔しさもあるが、あのコブラとミノタウロスの闘いを見た後だと、自分もあそこまで勝負に執念を持てる人間と一生懸命闘ったのかと思うと誇らしくなってきて、自分の火傷後を撫でながら少し微笑んだ。


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