第9話 アンチンVSミノタウロス

 壇上で睨みあうミノタウロスとアンチン。両者の身長差は圧倒的である。


 アンチンの身長はミノタウロスの半分ほどである。会場から少し嘲笑が聞こえる。


「あの小さい身体でミノタウロスに勝てるのか?」


「いやいや、あいつが勝てるなら俺だって勝てるぜ」


 彼らの嘲笑にコブラは、そうやって笑っている奴らは誰に負けているから座っているか忘れているのだろうか。と苛立ちを覚えた。


 しかし、それはコブラだけではなく横に座るクロノスも少しイラついている様子だった。優しい笑みで振り返り




「神聖な喧嘩を貶すならどうぞ。お家でトレーニングでもしていてください」


 とにこやかに話す。嘲笑していた男たちは居心地が悪くなり、逃げるように立ち上がり、どこか遠くへと歩いていった。


 座り直して溜息を吐いたクロノスにコブラは感心して軽く小突いた後口笛を吹く。


「からかわないでよ。ほら、試合始まるよ」


 クロノスが話題を反らすようにコブラの肩を叩く。既に両者戦闘態勢に入っている。


「では! 相手を翻弄する戦闘スタイルの新参アンチンVS圧倒的力でねじ伏せる我らのキング! ミノタウロス! どちらが勝つのでしょうか! それでは開始してください!」


 合図が出ても、アンチンとミノタウロスは互いにじっと見つめあった。


「あのー。初めてくださーい。あのぉ~」


 カナノの不安そうな声が会場内に響く。それでも二人とも動く気配がなく、じっと見つめる。両者とも表情の読み取りづらい風貌なこともあり、会場はざわつき始めた。


「相手の隙を窺っているのかな?」


 隣でクロノスがコブラの肩をちょんちょんと突き、顔を近づけて、耳打ちする。


 コブラはクロノスの質問に答えるためにアンチンをじっと見つめて観察する。


「どうだかな。あの小柄な方、隙を探しているというより攻撃を待っているんじゃねぇか?」


「おっ? お? というと」


 クロノスはわざとらしく疑問符を浮かべるように首を傾げる。本当はわかっているんじゃないかというほどにわざとらしく、それでいて大袈裟なため、コブラは少しウザったくなって呆れてしまう。


「……クロノス。お前友達少ないだろ?」


「え? どうして知っているの。結構気にしているんだけど」


 図星を突かれて驚いている顔も爽やかでわざとらしく、コブラは溜息を吐く。


「…………まぁいいか。俺も小柄なほうだが、小柄な奴が大きい奴と闘うんだったら相手の攻撃をいなしていく戦法が正攻法だ。知識とかじゃなくて、小柄な奴は自然とそういう闘い方を覚える。てめぇと違ってな」


 コブラは横で大きな図体で首を傾げるクロノスに嫌味らしく言い捨てる。


「なるほど。つまり、アンチンは、ミノタウロスの攻撃を待っているんだね」


「恐らくな」


「じゃあ、ミノタウロスはなんで攻撃しないんだろ?」


「そこまでは知らねぇ」


「ええー、そこは答えてよ」


「うるせぇな。見てりゃわかるだろ」


 クロノスの相手をするのは面倒になったコブラが言い捨てるとこれ以上やると本当に怒られそうだと感じたクロノスはやれやれといいながら試合観戦を再開させた。


 ミノタウロスがゆっくり足を一歩動かす。


その一瞬だった。アンチンは突然ものすごい速さでミノタウロスに向かって走る。ミノタウロスは自分のもとに来るタイミングで腕を振り下ろすも、それよりも先にアンチンが上空へジャンプ。アンチンの蹴りがミノタウロスの頭に放たれる。何人かの女性が悲鳴をあげる。上空からの顔面への蹴り、しかも防ぐことが出来なかったもの。並の男なら首を痛めて倒れるものだ。アンチンは早期決着として身軽な自分が出来る最大限の行動に出た。


 しかし、ミノタウロスはアンチンの足を掴み始める。


「ちょ」


 今まで無言だったアンチンが声を漏らす。


 コブラは一瞬聞こえた声に違和感を覚える。明らかに男の野太い声ではなかった。


 ミノタウロスはそのまま明らかに動揺しているアンチンを三度ほど回して投げ飛ばす。


 場外に落ちないように、アンチンは綺麗に着地。観客達からも思わず関心の声が漏れる。あれだけ回されていても、顏が見えることを避けるように片手で抑えていた。


「ん? あのアンチンという者、タウラスの者ではないのか?」


 ヤマトが周りの反応で気になってコブラを挟んで隣にいるクロノスに話しかける。


「んー、確かに見覚えないね。まぁ、僕も初参戦だったりするし、タウラスは虎視眈々と鍛えるために大会を避ける若い戦士は少なくない。彼もその一人なのだろ? 知らないけど」


 クロノスの言葉の終わりと同時にまたアンチンがミノタウロスに対して走る。今度はミノタウロスも同時に突進する。アンチンは走るミノタウロスの股をすべりこみで抜けて両手で彼の両足を引っぱる。勢いと、走っている最中だったのも功を奏して、ミノタウロスは前に思いっきり転倒する。


 その瞬間観客から歓声が響き渡る。あの王者ミノタウロスのダウンをとったのだ。それだけで観客達はこの試合の価値を見出す。


 アンチンはその観客の歓声を聞きながら、倒れたミノタウロスの片足を掴んで乱暴に挙げる。足を痛くさせる関節を攻める技である。


「ほへぇ、関節を攻撃するのか」


 クロノスはまた関心を示すようにアンチンを見る。全てを記憶しようとしているほど貪欲な目だ。コブラもアンチンの見事な攻撃の流れに思わず見惚れる。


「しかも、あの状態。上手いぐらいに立てなくしているな。私が騎士時代に捕縛用に学んだ技に似たようなものがある。体重を乗せ、足の痛みも作用して相手は立てない。あのアンチンと言う男、どこであんな技を……」


 ヤマトも感心して両腕を組みながら試合から目を離さない。コブラはそんなアンチンの闘いよりも気になることがあった。技をかけているアンチンが苦しそうに身体を震わせているのだ。肌が晒されている腕から汗が流れている。


「さあさあ! 初参戦! 小柄なアンチンの体重のかけた関節技が見事にミノタウロスを捕らえた。これからテンカウントを行います!」


 そして一からカノナが数えた瞬間だった。


 ミノタウロスが腕の力だけで身体を起こし、逆立ちの状態になった。その瞬間にアンチンも咄嗟にミノタウロスから離れる。離れた後ミノタウロスは足も地面につけてゆっくりと立ち上がる。


「すごい! 足を封じられてなお立ち上がる! これが王者ミノタウロスの実力か!? 彼は化け物か何かなのかぁ! 物動じない彼に私、正直恐怖を抱いています!」


 カノナが大声で叫ぶ。そこにまた観客が大喝采を会場に浴びせる。コブラだけはそこじゃないところに注目していた。ミノタウロスから離れたアンチンが腕を気にしているかのような素振りをしていた。


 コブラはアンチンの腕に注目してある変化に気付き、冷や汗を流しながら横にいるヤマトを小突く。


「おい、ヤマト」


「なんだ。コブラ」


「昨日言っていた。『熱い』ってどれくらいだ?」


「何を急に――」


「アンチンの腕見ろ」


 コブラはヤマトに促してフードなどで隠れていたアンチンのわずかに見える細い腕を見つめる。ミノタウロスに触れていたところだけがまっ赤になっているのだ。アンチンもその部分に触れて、痛そうにしている。


「あれ、火傷じゃねぇのか」


「っ!? そんなまさか。人間の体温で火傷を起こすわけが――」


「俺たちは思っていた以上に、やべぇ奴を相手にするのかもしれねぇぞ」


 ミノタウロスがアンチンに攻撃を仕掛ける。アンチンは火傷した腕を気にしながらミノタウロスの攻撃をいなす。


 しかし、手を気にしながらのせいで、フードが入り乱れそうになり、慌てて抑える。ミノタウロスの猛攻、手の火傷、フード、その三つを対応しながらアンチンに逆転の攻撃をすることは容易ではなかった。


 ミノタウロスの拳からアンチンの肩に放たれる掌底を放つ。ゆっくりだが、確実に彼を戦闘不能に出来る威力のものだった。アンチンは身体を下げることでこれを避ける。しかし、フードの肩の部分が擦れて、フードが勢いよく抜ける。


 観客達が騒然とする。それはついに顔を見ることが出来るという期待の声と、顔を見てしまった者達の驚きの混じった声だった。コブラとヤマトは驚きで言葉を失った。


 抜けたフードから現れたのは炎のように揺らめく赤い髪だった。


「キヨちゃん! 何をやっているの!?」


 最初に叫んだのは祭司も勤めているクミルだった。驚きで静寂に包まれた会場でクミルの叫びが響き、全員意識を取り戻してざわつきはじめる。キヨはバレてしまったが故の苦笑いをしてクミルの方を申し訳なさそうに見つめる。


「あちゃー、バレちゃったか……」


 罰が悪そうにキヨは頬を軽く指で掻く。


 その状況で皆が呆然としている光景と、キヨの姿を見て、コブラは我慢できずに失笑してしまう。その横でクロノスも驚きながらも舞い上がりながらコブラの肩を何度も叩いている。二人とキヨを交互に見て、全てを察したヤマトはやれやれと項垂れた。観客のほとんどが突然笑い始めるコブラたちと、驚いて身を乗り出しているクミル。そして壇上にいる少女のどこを見て良いのかわからずに全員が唖然としている。


「はっはっは! キヨお前最高だなぁ! あひゃひゃひゃ!」


「何あの美人。コブラの知り合い!? 紹介してよ。誰あの美人! ねぇ! 笑ってないで教えてよ!」


 はしゃぐコブラとクロノスの横でヤマトは溜息を吐きながら、クミルの方を見て何度も頭を下げていた。ミノタウロスはこの喧騒の中、仁王立ちで待っている。


「えーっと、これはこれは……。ものすごいことになってしまいましたぁ。八人に残った強者アンチンの正体は、えっと……来訪者の一人、キヨと言う女性だったという事実にわたくしカノナ! 驚愕を隠せません。えーっと、この場合、どうなるんでしょうクミルさ、あっ、いや。祭司様」


 動揺しているカノナはクミルに話を振る。彼女は腕を組み、しばし熟考した後、言葉を放つ。


「この喧嘩祭りは、本来女性は参加できないことになっている。それは女が弱いからじゃない! 男に、女を傷つけさせないためだ! その意味をわからずに参加したと思って良いな。キヨ。あなたが身分を偽ったことにより、女性を傷つけないというプライドを持った男達を侮辱した行為だ。参加権の無い者の出場という反則行為。さらに、女性がそんな手に大きな傷をつけたこと。そこが許せないわ。早く治療よ。私、祭司のクミルがここに宣言します。アンチン改め、キヨの失格を言い渡します」


「き、キヨ! これはどういうことだ!」


 キヨの失格を聞き、声をかけて良いと判断したヤマトがキヨに対して怒鳴りつける。


「ええー、だって参加したかったんだもん……。ミノタウロス倒すためにも数いたほうがいいでしょ?」


「はぁ……だからと言ってお前なぁ」


 ため息を吐いたヤマトの横でコブラは思いっきり笑い声をあげる。


「いいじゃねぇかキヨ!ぷふっ!はははっ! けどまぁ、反則はバレたらおしまいなんだぜ。諦めな。バレねぇようにやらねぇと」


 コブラの言葉を聞いた後、キヨは穏やかな表情で会場を見渡した。


「うん。仕方ないけど、楽しかったわ。はい。私、キヨ=オフィックスは負けを認めます。そして喧嘩祭りに参加した戦士の皆さま、騙してしまい、そして紳士である皆さまの誇りに泥を塗るような真似をしてしまい、申し訳ございませんでした!」


 キヨは叫び、しっかりと謝罪の一礼をする。戸惑っていた観客達も次第に拍手が上がっていく。


「女だけど、よかったよ!」


「あそこまでよくがんばった!」


 そんな声も上がった。それを聞き届けたミノタウロスも沈黙のままゆっくりと壇上を降りる。キヨもそれを見て壇上を降りる。


「え、えーっと。一回戦最後はまさかのアンチン、改めキヨちゃんの反則負け。という予想外な結末になりました。わ、私は強くて格好良かったキヨちゃんが好きですよ! 皆さん、改めて拍手を! 拍手をお願い致します!」


 二人の闘いに向けられた賛美の拍手が会場内を響く。その歓声を聞きながら、ミノタウロスは表情一つ変えずに、ゆっくりと歩き、その場を離れてゆく。キヨも仕方なく、コブラたちの方へと歩いてゆく。


「さて! これにより、コブラ、ヤマト、バイソン、ミノタウロスの四人が残りました! 明日の二回戦が楽しみですね! それでは、皆さん明日も白熱する喧嘩を見るためのエネルギーを今のうちに補充しておくように! 第一回戦をこれにて終了いたします!」


 カナノの叫び声を聞いて、解散の合図と取ったタウラスの者たちは散り散りに帰っていった。それぞれが今日の感想を嬉々として話している。


 キヨの周りには心配したと説教する女性やかっこよかったと賛美を送る女性に囲まれていた。キヨは何度も何度も頭を下げて、褒めてくれている女性には少し照れくさそうに笑みを浮かべていた。


 コブラとヤマトは、そんなキヨの姿に安心した。ここまで彼女は自由を謳歌している。自分のやりたいことに遠慮しなくなった事実に二人は感慨深くなり思わず頬が緩む。


 二人は、キヨにナンパをしようとしていたクロノスを引っ張りながら、先に宿へと戻ることにした。


 頬が緩んでいた二人の表情は一気に真剣な者へと変わる。ミノタウロス。キヨですら勝てなかった相手を己こそが倒すとその胸に誓って――。


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