第8話 拳と拳

 開始の合図と同時にヤマトもカウも互いに向かって走る――。カウの放った拳を避けたヤマトはそのまま彼の横っ腹に大振りの手刀をぶつける。一瞬痛みで動きが止まるカウ。その隙を逃さずヤマトは背後に回りこみ、また首に思いっきり手刀を放つ。すかさず腿の付け根、両肩の付け根に一発ずつ放つ。あまりにも軽やかな動きと、しなる腕にコブラの隣で見ていたクロノスは思わず口笛を吹いた。


「く、くそ……腕がうごかねぇ……」


 動揺しているカウに対してヤマトは彼の膝に向かって足を払う。膝を急激に押し込まれたカウは思いっきり尻もちをついて倒れてゆく。尻を地面についた衝撃で小さな呻き声を上げる。腕も脚もヒリヒリと痺れて身体が思うように動かないことに苛立ち舌打ちをする。


「身体の接続部を思いっきり叩いて、痺れるようにしていますからね。しかし、当て身で気絶しなかったので咄嗟の判断でしたが、流石はタウラスの戦士。と言ったところでしょうか」


 膝をついた片足も、痺れていて上げることができない。痺れに耐えて立ち上がるも、その行動に瞬発力がないのでヤマトはさらに相手の動きを封じるように手刀を放つ。


「やっぱり、外から来た戦士ってのは新鮮でいいねぇ、ああいう闘い方もあるのか」


 クロノスは関心したように頷いている。ヤマトは、手刀を使って、拳よりも狭い範囲を思いっきり叩くことで、相手の四肢を痺れさせる方法を取ったのだ。力自慢のタウラスの男たちに勝つには、正攻法ではなく、短期決戦しかない。故に、一撃も攻撃を喰らう前に、相手の動きを封じる騎士時代に学んだ防衛術を実践したヤマトの考えが功を奏したのだ。


「ちっ! クソ。最初っからこんなコテンパンにされちゃあ。どうせ立ち上がっても負けだ。負けでいいよ負けで! クソ!」


 悪態をつきながら敗北宣言をした。この喧嘩でのルールはテンカウントを取られる。あるいは相手が負けを認めた時。すなわちこの短時間でヤマトはカウに勝利したのが確定した。


 降参したカウの言葉を聞いて安堵の息を漏らすヤマトはカウに手を差し伸べて立ち上がらせた後、観客たちを見渡して、コホンと咳をする。


「相手を無暗に傷つけずに捕らえる。行動を不能にさせること。平和の象徴オフィックスにおける基本的戦法にございます。どこかのバカ! おっと失礼。彼と違って、必要以上に傷つけたり、煽るようなことはない。これこそ騎士道、これこそがオフィックスであるとご理解ください」


 手を胸に当てて一礼するヤマトその演説に即決着のついた対決に呆然としていた観客は拍手喝采を送った。ヤマトの紳士的な対応に黄色い声も上がっている。ヤマトはそんな拍手に穏やかな笑みで答える。


「流石! 顔が良い男は闘い方も良い! これにはカナノちゃんもキュンキュンですよ! 第二回戦はタウラスの決勝常連ベテランであるカウを制し、異国からの騎士、ヤマト=スタージュンが勝利! コブラよりもさらに短期間による。相手の闘志に勝利した完璧な勝利! 今回の喧嘩祭りは結果が読めないぞー! 賭けごとをしていた女衆の阿鼻叫喚が私には聞こえますよー!」


 実況の言葉と共にさらに歓声と拍手が響く。ヤマトはそんな声援に答えるように丁寧に一礼をする。その対応にまた黄色い声援が送られる。負けたカウも悟ったような笑みを浮かべてヤマトに引っ張ってもらい、立ち上がる。ヤマトが賞賛される空気の中、一人コブラだけ不貞腐れ、横のクロノスは不貞腐れたコブラを見てバレないように笑うのであった。


「君たち仲いいんだね」


「仲良くなんかねぇよ。くっそ。あいつと対決あたんねぇかな。ボコボコにしてやるのに」


「その時は僕君に賭けてあげるよ」


 コブラのふてくされた顏などからヤマトとコブラの関係性を読み解き、クロノスは益々プスプスと笑った。カウとヤマトは楽しそうに談笑しながら壇上を下りてゆく。


 コブラはその行動に興味が湧いた。このクロノスもだが、この国の男たちは勝った者に敬意を払い、勝者もまた敗者を思いやる。闘いはどちらかを蹴落とすものではなく、互いを求めあっての行為なのだ。一度力のやり取りをした者同士は惹かれ合い、絆を育む。この国はそうして上下関係を築くことで王が必要のない国を実現させているのだとコブラは感慨深くなった。


「それでは第三回戦に参りますよ!コブラにヤマトと、新規参入者の勢いが残る中、次の対決は我が国の古参組の対決!バイソンVSカビル! ともにカウ以上のベテランであります!さあ勝ったコブラにヤマト! 目に焼き付けてください! 今から始まる喧嘩こそ!タウラス民国を象徴する喧嘩だぁ! 観客全員! 叫べ! 喝采しろ! 筋肉が躍る。拳と拳のぶつかり合い! さぁ、二人とも! 異国からの若い衆! 初参戦の若い衆にこの国の生きざまってのを見せてやってくれえ!」


 カナノの激しい叫びと共に会場が熱狂に包まれる。そしてバイソンVSカビルの闘いが始まる。




 三回目に行われたバイソンとカビルの対決にコブラとヤマトは息を飲んだ。互いがまずは真正面からぶつかり、次に殴り合い、腕を組んでの押し合いと戦術の欠片もない。否、戦術はあるのかもしれない。しかし、それは相手を欺くものではなく。どうすれば力が出るか。というものでしかない。互いが勝負を楽しむように笑いながら、互いを殴りあっていた。ただひたすらに相手の身体に拳をぶつける。


 コブラとヤマトは最初こそ隣に座り口喧嘩を始めていたが、彼らの喧嘩に目を奪われて、お互い呆然とクロノスからもらったソーセージにも目もくれず、口が空いたまま見つめていた。そしてクロノスを含むタウラスの国の人々はそれが当たり前のように野次を飛ばして盛り上がっていた。観客の野次や二人の叫び声、カナノの実況が全て合わさり大きな獣の咆哮のように響く。


 確かにこれは祭りだ。呆然とした後、二人して笑みがこぼれ始めた。本当に戦術もへったくれもない押し合い、殴りあいが娯楽として確立していた。コブラもヤマトもいつの間にかバイソンとカビルに対して声援を送っていた。これから闘う相手かもしれないから研究しようとか、真面目なことを言っていたヤマトも、どいつが相手でも一緒だと不愛想にソーセージをかじっていたコブラも子どものような表情で二人の喧嘩を見守り、声援を送っていた。


 カナノの実況も、コブラやヤマトの試合の非じゃないほど白熱していた。もう誰も彼も、冷静さというものを失っていた。熱気に飲み込まれ、フラフラになっている二人を興奮しながら声援を送り続けていた。


 これこそが力を推しはかる王国『タウラス民国』である。


「惜しかったな。カビル。また、今度挑戦しな!」


 最後の一発。バイソンの拳が思いっきりカビルの頬に当たる。会場がまだ終わってほしくないと寂しさを孕んだ悲鳴をあげる。お互いフラフラになっている虚ろな目でカビルはバイソンに対して語りかける。決着がつくかもしれない。と察した観客も野次をやめて息を飲む。会場はざわざわとした静寂に包まれ、みながバイソンとカビルを見守る。


「あぁ、次こそ勝つ。嫁勝負以外で貴様に勝ってやるからな」


「馬鹿言え、うちの嫁こそ最高だ」


「いやいや、嫁なら……俺の嫁の方が最高だ、ぜ……」


 そう言い残しカビルは倒れるとバイソンは彼の肩を抱いて、受け止め、彼の頬をはたく。


「起きろカビル! 訂正しろ! お前の嫁より僕の嫁の方が美人だ! おい! 起きろ!」


 もう気絶しているカビルに何度も往復ビンタをして起こそうと試みるバイソンを観客の男が数名入って止めようと彼を捕まえる。恐らく彼ら二人の共通の友人であろう。


 あまりの結末に実況のカナノは苦笑いをし、静寂だった観客の誰かが失笑し、それにつられてじわじわと笑い声は響き始める。


「バイソンさん!これ、喧嘩祭りであって、嫁自慢大会じゃないから。ね? テンカウント取っていい? 横でクミルさんがすっごい怖い笑顔浮かべているから終わっていい? これ以上は隣にいる私の身が持たないからぁ!」


 旧知の中のバイソンとカビルのやり取りに困惑しているカノナは呆れながらもテンカウントを取り始める。その間も観客たちは爆笑していた。


 決着がついた後、カビルの奥さんが顔を真っ赤にして気絶しているカビルを引っ張って壇上から降ろそうとした。気絶しているカビルに友人に抑えられているバイソンはまだ「確かにお前の嫁さんは美人かもしんないけどなぁ! うちの嫁の方が――」とまだ怒鳴っているので、仕方なく解説席からクミルさんがやってきて、彼の頭をがっと掴み黙らせた後、耳元で何かを言った。バイソンはなぜか何か恐ろしいものを見たように顔面蒼白して友人たちやカビルの奥さんに謝罪して壇上を去った。


 その光景もいつもの光景なのか、観客たちはいまだ爆笑したままであった。


 ヤマトは思った。オフィックスは平和な国であったが、ここまで賑やかな笑みはあっただろうか。穏やかな暮らしはあれど、刺激的な娯楽はあったのだろうか。ヤマトはコブラの方を見る。そういえば、コブラが現れた時は、悲鳴と野次、そして笑いがあふれていたことをヤマトは思い出した。


 今、オフィックスはどうなっているだろうか。バイソンとカビルの旧知の関係を見て、ヤマトは国に置いてきた友人を思い出した。彼らは私がいなくなって心配してくれているだろうか。コブラがいなくなったオフィックス王国は平和を確固たるものにできただろうか? だとすれば星巡りをしてでも防ぐ厄災とは、なんだろうか――。


「それでは! 今日最後の試合! アンチンVS前回の王者ミノタウロスの対決を始めます! 皆さんバイソンたちの対決で興奮しているでしょうが、王者の対決でさらに興奮するものでしょう! 血が上りすぎて倒れないように注意してくださいねぇ! それでは両者! 壇上へ!」


 カノナの言葉を聞いてフードを被った男アンチンと筋骨隆々の巨躯、ミノタウロスの二人が並び立つ。


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