第7話 コブラVSクロノス

「それでは! 第一喧嘩!あのウラノスの息子にして【神速の男】クロノス!VS異邦からの来訪者【トリックスター】コブラ! 開始ィィィ!」


 開始の合図と同時にクロノスの拳が放たれる。


一歩飛び出すように全身して拳を放つ。


 そのスピードはかなりのものであった。クロノスはこれでコブラの顔面に一発当てることが出来たと確信したが、拳の先にコブラの顔はなかった。


 クロノスが前進したのと同時にコブラは一歩後ろに飛んでいたのだ。クロノスの目にコブラの不敵な笑みが映る。攻撃からすぐに防御の構えに入ることはできない。その隙をついてコブラは後退した脚で今度は一気にクロノスに向かって地面を蹴る。


 クロノスは咄嗟に腕を腹部の前に出して盾とした。その腕ごとコブラの身体はクロノスに体当たりを成功させ、クロノスを一気に後退させることに成功する。すぐにコブラは、深追いせず、クロノスから離れて距離を取る。


「へっへっへ。まずは先制勝負もらったってところか?」


 一瞬の攻防に観客たちの興奮の声が沸き上がる。


「すごい! クロノスと言えばその瞬発的な脚力移動からの重い拳をぶつけていくスタイルだが、その一撃目を察知し、なおかつ避けてカウンターを決めたのは、これが初! 力勝負のタウラスでは滅多に見ることのできない戦法だぁ!」


 カナノの興奮した声が会場に響く。


 クロノスは立ち上がる。その時もあのいけ好かない爽やかな笑顔は消えない。


「いやはや、流石【トリックスター】だね。恐れ入ったよ」


「俺もさっき初めて聞いたけどな。その異名」


 一度大きく深呼吸をする。その間に目を閉じている一瞬をコブラは見逃さなかった。クロノスの顔面めがけて拳を放つ。


 しかし、クロノスはまるで誘っていたかのようにニヤリと笑って顔を横に傾けコブラの攻撃を避け、そのままコブラの腹部に拳を放つ。


「意趣返しは気に入ってもらえたかな!」


 クロノスはコブラの痛みに耐えている間にコブラの顔面に一発。また一発放った後、また下から打ち上げるように腹部に拳を放つ。


「ジャブ! ジャブ! ストレート!!」


 この動きをもう一度、繰り返すクロノスの三発目の腹部への攻撃のコブラは腹部に拳が当たった後、そのまま勢いを殺さずに両手でクロノスの腕を掴み、彼の身体に纏わりついた。


「くそっ! 離れろ!」


「ふぅーしばらく腹の痛みを癒すために休ませてもらうぜ」


 冗談を言っているコブラを地面に叩きつけようとクロノスはコブラがひっついている腕を地面に叩きつけようとする。コブラは自分の背中が地面につく前にしがみついていた脚を外してクロノスの顎めがけて蹴りを放つ。


 クロノスはもう一つの手でガードするが、勢いは止めることができず、体勢を崩す。その間にコブラもクロノスの身体から離れて地面に手をついてその手で地面を押して空中で半回転して着地する。


 体勢を立て直したクロノスはコブラに向かって拳を放つ。コブラはその一つ一つをその身軽な動きで避けていく。前へ前へと前進してくるクロノスの攻撃にコブラはどんどん後ろに追い詰められていく。


「くそ! 逃げるな! いい加減にしろ!」


 イラついたクロノスは爽やかな笑顔が剥がれ、獣のように叫ぶ。その様子にコブラは勝機を見いだす。


「お前、もう少し実践経験積んだほうがいいぜ!」


 コブラはニタリとそう笑うと、感情がむき出しになっているクロノスはさらに激情し、コブラの顔面めがけてハイキックを放つ。クロノスは奇襲のつもりだったのだろう。


 しかし、コブラには計算のうちだった。脚の下に空間ができたことでコブラはクロノスの腿を掴んで滑り込むように彼の後ろに回り込む。コブラは突然腿を引っ張られて動揺したクロノスの背から腕を回し、腰にぐっと重心を落とす。


「これで! 終わりだぁぁ!」


 コブラは思いっきり力を入れてクロノスを持ち上げてそのままクロノスを放り投げる。


 あまりに突然のことにクロノスはガードもできず、地面に後頭部を直撃してしまい、意識がふらつき、倒れていく。


「あっとー! クロノスの頭部を地面に叩きつけた! その様はまさに橋! コブラがのけ反り、クロノスを叩きつけて繋がれたこの状態はまさしく橋!このカナノ! この技を『人間橋』と名付けたい! コブラの人間橋がクロノスをダウン! ダウ―ン!」


「カナノちゃん。カウントカウント」


 興奮しているカナノを隣に座っていたクミルが静止させてカウントを促す。


「あっ! すみません! では! ワーン!トゥー! スリー! フォー!――」


 カナノのカウントを見ている皆が固唾を飲んで見守る。他の参加者たちも見ているじっと見ている。クロノスはうつ伏せのまま動かない。流血の可能性を示唆して、バイソンは心配そうに見つめるが、その様子もない。


 ヤマト一人が、勝利を確信してニヤリと笑う。クロノスは意識はあるようで、呻き声を上げるが、身体が動かない様子だった。


 そしてそのまま彼が立ち上がることはなく、カナノのテンカウントが終了する。


「ど、ド派手な決着! ウラノスの息子、クロノスと来訪者コブラの対決はコブラのド派手な投げ技! 『人間橋』での勝利となった! 一試合目から大番狂わせ! これは面白くなってきたぞ! これが外の世界の者共だ! 外からの者はまだヤマト=スタージュンも残っている! 若手がやられたんだ! ベテラン勢はこれ以上ふがいないところは見せることが出来ないぞー!」


 カナノの興奮した叫び声に、バイソン。カウ、カビルの3人の目が鋭いものへと変わる。アンチンのフードから覗く口者はニヤリを笑い、ミノタウロスは表情一つ変えなかった。ヤマトは一人、コブラの勝利への喜びと、自分も勝たなければならぬプレッシャーに身体が震えた。


「いてて……」


「おう、立てるか?」


 目を覚まし、身体を起こしたクロノスに、コブラは手を差し伸べる。その表情は小生意気なしたり顔で笑っていた。


「いやはや、相手を動揺、調子に乗らせて隙を作らせる。姑息だと思ったが、負けた者が勝者にかける言葉は賞賛以外ありえない。見事だったよ。コブラくん」


「本当は今でも姑息だとか思っている癖に」


「はっはっは。そこはご想像に任せるよ」


 クロノスはわざとらしく笑うとコブラの手を取る。コブラは彼を引っ張り立ち上がらせて、二人して会場を後にする。


「全て君の作戦通りだったのかい? 途中僕に殴られたのも」


 ニヤニヤ笑いながらクロノスはコブラに話しかける。コブラはクロノスに殴られてジンジンと痛む頬や顎をさする。


「さぁな。そう受け取ってもらえたらこっちの株も上がるってもんだ」


 二人して隣並んで床に座る。座ろうとした所にいた男たちは嬉しそうにコブラとクロノスに場所を譲った。座る前に、観衆の男たちに歓声や激励の意を込めて、肩などを叩かれまくった。


「えぇー、1回戦での興奮も冷めやまないですが! 第二試合を始めますよー! 第2試合ヤマト対カウの対決を始めます! これまた来訪者とのカードだぁぁぁぁ! 先ほどのコブラ同様に我々の度肝を抜いてくれるのでしょうか! 対するカウもこの大会常連! 見てくださいあの鍛え抜かれた豪胆な肉体を! まさに熊の如き大きなボディを!」


 カナノの言葉を聞き、戦場へ立ち、ポージングを取って、己の肉体を観客に見せるカウ。


 観客たちは一層盛り上がる。ヤマトも会場へと移動して、ポージングをしているカウを静かに睨みつける。カウと言う男はこの国にふさわしい筋骨隆々の男だった。まさにこの町を象徴するかのような鍛えぬかれた巨大な身体。ヤマトは、自分が人を見上げる経験が新鮮だった。確かにこれはカナノの言う通り、クマと同じくらい大きいのではないかと感じる。


 興奮している観客たちとは対照的に、ヤマトとカウは互いににらみ合う。


「あのヤマトって人、強いのかい?」


 コブラがヤマトをじっと見つめていると、隣でクロノスが耳打ちをしてくる。コブラはさっきまで殴り合っていたのに馴れ馴れしく話してくるクロノスに戸惑いを覚えた。これがタウラス民国の住民性なのだろうか。コブラは慣れない様子で、クロノスにやられて痛む箇所を抑えながら彼に答える言葉を探す。


「どうだかな。元は騎士様だから基礎的な戦闘能力はあるだろうが、鎧無し、剣なしじゃ、以外と弱かったりしてなぁー!」


 コブラはニヤニヤ笑いながら、あえてヤマトに聞こえるように大きな声で話す。それを聞き逃すヤマトではない。眉を細めて観客席のコブラを睨みつける。


「聞こえているぞコブラ! 貴様勝ったからと言って調子に乗るんじゃない。ミノタウロスの前にお前を粛清してやろうか?」


「おいおい、目の前の俺と闘う前から勝利宣言はやめてほしいねぇ」


 カウは嘲笑を含めた溜息を吐く。


「済まない。無礼を働いてしまいました」


 ヤマトはそんなつもりもなかったので一言謝罪を入れて、戦闘体勢に入る。ヤマトは指をぴったりくっつけて伸ばす手刀の構えに入った。


「では、よろしくお願いします!」


 丁寧な言葉遣いとそこから放たれる闘志にカウは思わずにやける。


「あぁ! けちょんけちょんにしてやるよ」


「さあさあ! ヤマトくんは拳を作らずに、指をぴっちりくっつけたいわゆる手刀スタイルでの構え。あの構えから叩いてゆくスタイルでしょうか? とにかくカナノ的にはヤマトくんは顔がいいので頑張ってほしいですね!」


「カナノちゃん。本音が出ているわ。ほら、早くはじめて」


「はい。すみません! では第二回戦! はじめ!」


 開始の合図と同時にヤマトもカウも互いに向かって走る――。

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