第6話 伝説の息子クロノス
その日の晩。ムスっとしたヤマトとコブラは互いに互いを睨み合った。机に座ったまま、互いに睨み合う。これがかれこれ三十分は続いている。
「何か言いたげだな。ヤマト」
「あぁ、もちろんだ。まったく。人をうんこ呼ばわりとは」
「まだ気にしてんのかよ。器が小さいんじゃないですか? 騎士様よぉ」
「器の問題ではない。他者に対して使う言葉ではないと忠告するのだ。貴様はオフィックスからの大事な使者であることをゆめゆめ忘れるな」
「なんだ? じゃあ説教がしたくて睨んでんのか?」
コブラは机に脚を乗っけて脚を組む。その素行の悪さにも一つ物申したかったヤマトだったが、話が進まないので咳をして本題に入る。
「明日からの本戦の話だ。コブラ、残ったメンバーについて、どう思う?」
先ほどとはうって変わって真剣な表情で見つめるヤマトに対して、コブラも集中することにする。頭の中で、今日の闘いを思い出す。腕を組んで唸る。
「そうだな。世話になっておいてなんだけど、バイソンはかなり強敵になると思うぜ」
「わざわざ私を煽ってまでぶつけた相手か。彼が他の参加者をふっ飛ばしていく様を見ていたよ。まさに暴れた牛の如くって感じだったな。コブラではなくても正攻法の闘いでは勝てないだろうな」
「そっちはなんかめぼしい奴がいるか?」
「そうだな。クロノスって男と一戦交えたが、とても若いのに力と器量溢れる好青年って感じだった。と言っても私より少し年下ってくらいだが、後はあのフードで小柄の……アンチンと言う名だったか」
「あぁ、あいつな。タウラスには珍しいタイプだったよな」
「あぁ、今回の喧嘩祭りでも相手に攻撃していたというよりはいなしていた。といった印象だ。めぐり合わせが悪くて交えてはいないが、明日闘うとなれば、勝てる可能性は五分だが……面倒ではあるだろうな」
コブラはヤマトの言葉に納得した。アンチンという男に対してのコブラが抱いた印象は無傷であると言うことだ。さらに必要以上に動かないようにすることで、あのフードすら脱げなかった。相当顔を見せたくない事情があるように見える。
「どうしてフードで顔隠しているんだろうな? ヤマト」
「ふむ……ああいった戦闘方法だからな。素性を隠したいのかもしれない」
この国では、力を持たぬ者は辛い境遇になる。それをヤマトはアステリオスとの出会いで知っていた。きっとアンチンもアステリオスのように苦しんでいる一人なのだろう。
「後は……ミノタウロスか」
「そうだな。やはり奴は規格外といったところか」
「俺、結局あいつに近づけなかったんだけど」
「私は一度触れることが出来たな。深追いすると逆に返り討ちにも合いかねないのですぐに撤退したが」
「弱虫」
「撤退も作戦だ。第三者に狙われる危険がある状態で本丸に突撃するものほどバカはいない」
「それで? どうだったんだ?」
コブラは机に乗せていた脚を戻して今度は肘を机についてヤマトを睨みつける。
「そうだな……少し触れた程度だが、奴は、熱いんだ。ミノタウロスは」
「……は?」
ヤマトの言葉にコブラは困惑して思わずついていた肘が滑る。手の平に乗せていた顏がずるっと机に近づく。
「いや、本当だ。熱い。奴の身体、熱い。悪いが、それ以外はわからない。闘い方は不動、そして豪快という感じだ。特に特徴的な闘い方はしていない」
「となると、まぁ明日誰かがぶつかって闘っているのを見るしかねぇってことか」
コブラはそういうとヤマト同様背もたれにもたれかかる。
「二人とも、今日はお疲れー」
扉を開いてキヨが入ってくる。コブラとヤマトはそんなキヨを見て思わず呆然としてしまう。二人とも喧嘩祭りに必死でキヨのことなんて完全に忘れていたのだ。二人はバツが悪そうにキヨの目を直視できずにどもる。
「き、キヨ。私たちの闘いをどこで見ていた?」
「そ、そうだぜ。お前のことだ、さぞ悔しそうに見てたんだろう?」
「えぇ、見ていたわよ。美味しいソーセージ食べながら」
「ウラノスさんとこのだろ?」
コブラは明日も食べてぇなぁとボヤキながらキヨに話しかける。
「えぇ、ウラノスさんの店のソーセージはとっても美味しかったわ」
「そうだキヨ。アステリオスって少年を見ていないか?」
「ん? アステリオス?」
「あぁ、元々ウラノスさんの所の隣に爆ぜもろこしと言う料理をふるまっていたんだが、私が二度目に訪れた時にいなくなっていてね。もしかしたら食材確保のために一時離れていたのかと思っていたのだが……」
ヤマトの言葉に、あったことすらないコブラは爆ぜもろこしと言うワードにだけ引っかかり、耳を傾ける。
「んー、ごめんね、ヤマト。私もずっとウラノスさんのところ近くにいたわけじゃないから、見ていないのよ」
「そうか。一度無料で味見をさせてもらったんだ。お前が財布を持って行ってしまった時に。その時の金をしっかり払いたいのだが……」
「まぁ、まだ三日あるし、会うだろ」
コブラはそういって椅子から立ち上がってそのままベッドに飛び込む。ヤマトはまだどちらがベッドで眠るかも決めていないのに、勝手に布団に入られ、苛立ちを覚えた。
しかし、ここでとやかく言うのも大人げないと感じてヤマトはただただ溜息を吐く。
「コブラもお疲れのようね。私も戻るわね。あんたたちの中で誰がミノタウロスに勝てるか。私とクミルさんで賭け事しているよ。それがこの国での娯楽だそうよ? 私、貴方たち二人にそれぞれ賭けているんだから頑張ってね」
「おい、キヨ。どっちの方が掛け金多いんだよ」
コブラはニヤニヤしながらキヨに問い詰める。
「んー、内緒」
そういって不敵な笑みを浮かべながら扉を閉めて去っていった。コブラはそんなキヨを見届けてすぐに布団に入って、寝息を立てて眠る。ヤマトは完全に布団を奪われたことを受け入れて溜息を吐く。
「はぁ、私も眠るとするか」
ヤマトは独り言をぼやくと先日コブラが眠っていたソファーに寝転がり眠りに落ちる――。
先日に続き、タウラス民国の喧嘩祭りは盛り上がっていた。否、先日の比ではない。先日の選考に落ちた男たちもエールを片手にまだ始まっていないのにも関わらず、既に会話に華を咲かせている。
前日の会場とは違い、今度は円状の石畳の壇上が用されている。あの上で喧嘩をするのだろうとコブラたちは把握する。
「さぁ! 今日は、先日勝ち残った八人の一対一の喧嘩を開始しますよー! 見ている淑女や少年少女はもちろん! 負けた男たちもこの対戦カードが気になって気になって仕方ないと思われますが! 一試合ずつ発表していくよ! まずは第一試合! コブラVSクロノス! 両者壇上へ。ちなみに今回の実況をしますは、わたくしカナノと申します! 祭司様も実況は疲れると申しまして……と茶を濁している場合ではないですね! ではでは、両者壇上に立ち上がりましたか?」
カナノと呼ばれる実況者の言葉に観客席で見ているバイソンの奥さん・クミル。
そしてその他の人物が笑っていた。笑っていないのは壇上に立ったコブラや目の前のクロノス、そして残った六人のみ。
「それでは、改めてルール説明。ルールはシンプル! 相手が負けを認めた場合に勝利とします! 基本的にしてはいけないと言うルールはなし! また、相手が倒れて気絶しえいる可能性がある場合、私カノナがテンカウントしても立ち上がらない場合は立っている方が勝ちとさせていただきます! よろしいですね?」
カノナの言葉にコブラもクロノスも軽く頷く。その後、クロノスが自分を見つめているのにコブラは気付く。彼はコブラに話しはじめる。気さくな笑みを浮かべる好青年という印象だった。
「君が来訪者コブラくんだね。僕はクロノス、よろしく」
クロノスはコブラに対して手を伸ばし、握手を求める。コブラは戸惑ったが、ノカナの合図があるまでの攻撃は反則になるとの発言を聞いて、握手に応じる。クロノスはコブラに微笑みかける。
「予選で君と当たることが出来なかったけれど、期待はしているよ。多彩な動きは一朝一夕で見につくものじゃない。元は盗賊をやっていたんだって?」
「へぇ、お兄さん俺についてやけに調べているんだなぁ?」
嘲笑を混ぜた笑みでクロノスを睨みつける。この男の笑顔はコブラにとって嫌いな部類に入るものだった。昔オフィックスで居候とさせてやろうと持ち掛けてきた男と同じ笑み、その男はコブラの身体を重労働をさせる奴隷として欲していたのだ。それに気づいたコブラはその男から避けて生活もしていた。このクロノスは同じ笑みをする。裏がある。そんな笑み。
「これは失敬。実は僕、ウラノスの息子なんだよ。そのプレッシャーがあるからね。相手のことは知って少しでも勝率をあげないといえないんだ。あっ、ウラノスっていうのは、今日もやっているけれど、ソーセージ売っているあそこのお爺さん。君、父さんに話していたでしょ? 父さんから聞いたんだ」
「あのおっさんの息子か。なら、強いんだよな」
コブラはクロノスの身体をじっくりと観察する。筋骨隆々としており、それでいて、動きやすそうな細身。無駄な肉が無く、筋肉が詰まっている。という印象だ。その辺の身体がデカければ良いという鍛え方をしている奴らとは一味違うことは、聞くまでもなくわかっていた。
「うん。そこは安心して、君より強い自信はあるから!」
「やっぱあんた嫌いだわ」
コブラは苦虫を噛んだ顔でクロノスを睨みつける。
コブラとクロノスは互いに拳を握りファイティングポーズを取る。それを確認したカナノは声を整えるために一度咳をする。
「それでは! 第一喧嘩!かのウラノスの息子にして【神速の男】クロノス! バーサス! 異邦からの来訪者【トリックスター】コブラ! 開始ィィィ!」
開始の合図と同時にクロノスの拳が放たれる。一歩飛び出すように全身して拳を放つ
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