第5話 猛牛バイソン
会場は広い広場を囲うように木製の杭が打たれている。そこから境界線を作るように、杭から杭へ、縄がつながるように結ばれている。縄で作られたステージは巨大な六角形になっており、その中に男たちが密集している。
コブラもヤマトもその男の群の中に混ざっている。彼らが立っている先にある祭壇にクミルが登壇する。その表情は血気迫るものがあり、宿でお世話になった時とは印象が変わった。
この町の男たちをも圧倒する覇気を持つ彼女に男たちは息を飲んだ。彼女の旦那であるバイソンだけは誇らしげに頷いている。
彼女は取っ手のある不思議な筒を持っていた。明らかに人口のモノではないように見えるそれを口元に添える。
そんなクミルが吠えるように語り始める。
「皆の者! タウラスの男は、勇敢でなければならない! タウラスの男は屈強でなければならない! 己の身を盾とし! 己の身を斧とする! ここに、前王であるミノタウロスからの権威の証を預かっている! 皆の者! 一度問う。覚悟はできているか! この一月の研鑽を示す準備は終えたか!」
「おおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
一斉に響く怒号にコブラとヤマトは動揺した。ここの男達の迫力やエネルギーその全てに圧倒されるのだ。彼らはクミルの言葉に呼応するように吠える。クミルはさらに吠える。
「今回の喧嘩祭りはいつも以上に馴れ合いじゃない。ミノタウロスが勝ってから久しい外部からの参加者も来ている! 中央国オフィックスで騎士をしていた男! 小柄ながらも優れた肉体を持つ者!二人とも修羅場を潜り抜けた強者であることは折り紙付きだ! この二人の力は未知数。己の研鑽を高く見て、彼らを甘く見ていると、寝首掻かれちまうよ! タウラスの男として恥をかくような真似はあたいが許さねえぞ!」
「おおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
「さらに! 今回はあの生ける伝説! ウラノスの息子であるクロノスも参加する! 若くてもその肉体と鍛錬はウラノスが育てた究極の逸材だ! だが! そんな若造にデカい顏させるようなヘタレ共じゃねぇだろう! 今日は過去最大級に盛り上がること間違いなし! その中でてめえら! 大番狂わせ、新世代の王が生まれる瞬間をあたいたちに見せてくれよ!いいなぁ!」
「おおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
さらに怒号が響く。コブラはここで負けられないと自らもまた吠える。男たちの雄たけびが町中を包み込む。彼らはもうすでに喧嘩が始まっているかの如く、声を競いあう。冷静を保とうと考えていたヤマトも場に飲み込まれ、気づくことには自らもまた怒号を吠えていた。
自身も興奮冷めやまぬ様子だが、クミルは深呼吸をして冷静さを取り戻した後、吠え続ける男たちを静止する。しばらくして皆が吠えるのをやめてクミルの言葉を待つ。
「それでは、今回は参加者も多い。ビッグイベント。ルールは最初に既定させてもらう。これはチャンピオンのミノタウロスも参加してもらうよ。あなたたちの周りに用意した、円を描くように設置している。腰ぐらいまでの高さで縛ってある縄。そこよりも外に出たものを退場とする。もちろん。審判としてこの町の女、子どもがしっかりと見ているからね! 出たのに、戻るなんて情けない男の片隅にも置けないことはするんじゃないよ! ルールはそれだけ、あとは殴る蹴る投げとばす! 好きにやって良い! 八人になるまで数を絞らせてもらう。では、私が降りてから。笛の音が響いたときが合図。みんな、準備はいいかい?」
クミルの声にまた男たちが吠える。こればかりは少しヤマトが動揺する。
先ほど一緒になって吠えたが、ヤマトにはやはりこの獰猛な男たちの空気に混じることは至難の業であった。
「おい、まさかこの密集している状態でいきなり始めるつもりなのか!?」
これまで力比べと言えば、騎士道として互いにしっかり距離を保ち、礼をして戦いを始めていたヤマトは突然のことに戸惑いが隠せなかった。彼は辺りを見るが、全ての者がそんなヤマトにかまっていられるほどお人良しではなく、間もなく始まる試合の緊張感で筋肉を強張らせていた。
「おいおい。何言っているんだヤマト。これは喧嘩祭り。スタートを待っているだけまだお利口さんってことだ」
「……どうやら、始まった瞬間に拳が飛んでくると、考えたほうがいいな」
「あぁ、互いに札を取るためにミノタウロスを倒さないとな」
「そうだな」
ヤマトとコブラが話している間にクミルは祭壇から降りていた。先ほどまで叫んでいた男たちは気配を消すかのごとく音を立てず、じっとしている。
笛の音が響く。
その直後、ヤマトとコブラは互いの拳を頬に受け、互いに殴りあいを始める。同時に男たちの怒鳴り声があちらこちらから響く!
「てめぇ! 騎士道はどうした騎士道は!」
「はっ! ここは喧嘩祭り! 任務も関係ない! 安心しろ。ミノタウロスは私が倒す。コブラ! お前は黙って股押さえて外野で見ていろ!」
ヤマトの蹴りがその直後に、コブラの股間めがけて蹴りを放つ。コブラは後退することでこの攻撃を躱し、ヤマトめがけて殴りかかろうとする。
しかし、参加者の男が間に割り込んできて、彼の厚い腹筋がコブラの拳を受け止める。
「お前が、来訪者か! 俺と喧嘩しようぜ!」
「ちっ! ヤマトを仕留め損ねた!」
そして間に入ってきた男とコブラの殴りあいが始まる。
相手は大男だが、こういった相手に対してコブラはオフィックス王国での盗人時代に、何度も戦い慣れている。こういうタイプは大振りだからそこを躱し、急所に目掛けて拳を一気に放つ! やはり力自慢で闘うタウラスの民族にとってこういった戦法は新鮮なのか、ノーガードで金的をくらう。激痛に悲鳴を上げている男を背に向けて、コブラはその場から移動を開始する。倒れている男を見つけた他の男が奴をそのまま場外へと投げ飛ばす。
(なるほど、ああやって戦意喪失。または動けないって判断されたら他の連中がそいつを場外に投げ飛ばすわけか。周りにもう戦えないと判断されただけでもおしまい。圧倒的な力で相手をねじ伏せてこそというわけだ)
コブラは男たちの境目を走り抜けながら、この喧嘩祭りについて観察する。
しばらく、周りの攻撃をいなして攻撃をしていた。その間にも、次々と脱落者が現れる。ある者の強烈なタックルが複数の男たちを襲い、そのまま吹き飛ばす。ある者はまるで相手の力を利用するように、相手の肩から肩へと移動して攪乱し、隙の出来た敵に、一気に体重を乗せて相手を頭から落としてゆく。
ヤマトも騎士時代の武術を駆使して、力自慢たちを翻弄する。人数が次々と減ってゆく。
コブラは、周りの状況が知りたくなった。コブラは襲ってくる男の拳を躱し、その男の腕を登り、男の肩を土台に上空に飛ぶ。上空から一瞬見ているだけでも、最初とは比べ物にならないほど参加者が減っており、一人一人を認識出来る余裕があった。その中でも目立つ奴がちらほらいた。一人はもちろんヤマト。上空にコブラがいるのに気づいて、コブラの名を吠えた。一方で男たちの頭上から頭上に移動するフードの男。彼は同じく空中戦を選ぼうとしたコブラ目掛けて残った男たちの肩から肩へと飛び乗ってくる。そして五人ほどを相手に圧倒しているミノタウロス。
「よう! コブラくん。面白いことをしているな!」
突然呼ばれた声に驚いた。コブラは脚を掴まれた事実に気づく。もしかしたら先ほどのヤマトの怒声はこれを知らせるものだったのかもしれない。同じ目の高さにいるフードの男に気を取られていたことをコブラは後悔する。
コブラの視界に映ったのは、バイソンの嬉々とした表情だった。一気に地面に吸い込まれる。他の男たちも逃げてコブラは思いっきり地面に叩きつけられる。
「はっはっは! しっかり僕たちの土俵に来たまえ!」
「バイソンこの野郎!」
コブラは自分の脚を掴んでいるバイソンの手に蹴りを入れようとする。バイソンはそれを避けるように手を離し、コブラとバイソンに一定の距離が生まれる。互いに呼吸を整えるために大きく息を吐く。
互いの覇気にやられたのか、他の男たちはコブラとバイソンの周囲から距離を詰めてくることはなかった。
「みんなも空気を読んでくれているみたいだな」
「なんだ? サシでやろうってことか?」
「邪魔は入ってこないみたいだよ?」
コブラの目から見ても、バイソンは他の男に比べて屈強な身体付きをしている。さらに、今まで殴ってきた。いなしてきた男たちと違い、落ち着きも見える。不意打ちならともかく、真正面からの戦闘では勝つ道が見えなかった。
「いくぞ! コブラくん!」
コブラの考える時間などくれず、バイソンは肩を前に出してタックルを仕掛ける。コブラは一発目を避ける。避けた先にいた男が不意打ちをくらい、勢いのまま飛ばされてそのまま場外に落ちてしまった。
「おっとっと。悪いね。けど、そこにいた君が悪いよクレタ」
優しそうな表情で平謝りをするバイソン。本来狙うはずのコブラを外して分散した力で衝突した相手を、しかもコブラよりも大柄な男を一気に場外に飛ばしたその力に、コブラはひやりと汗をかく。
「さて、二突目、行くよ!」
またバイソンは肩を前に出してタックルを仕掛ける。コブラはやるなら今しかないと、完璧に作戦を成功させるタイミングを図るために、目の前のバイソンと、交互に見つめる。
「今だ! ヤマトのうんこ野郎!」
コブラはそう叫んで一歩後ろに飛ぶように後退する。すぐ目の前にいるバイソンの横から何者かが思いっきりバイソンに横から掌底を喰らわせた。その正体はヤマトだった。
「誰がうんこだぁぁぁぁ! 誰がぁぁぁぁ!」
「なっ!?」
バイソンは呆気にとられる。真横からヤマトの攻撃がバイソンをふっとばした。
コブラはそれを見て思わず笑みがこぼれる。
「よし! 作戦成功! あとはずらかりずらかりー」
「待てコブラ! 貴様の暴言見過ごせんぞ!」
「やっべ」
コブラの肩をヤマトは強く掴む。あまり強く握られ、逃げ道を見つけられなかったコブラは、抜け出すために関節を外して衣類を脱ごうと試みる。
「静粛! 静粛ゥゥゥゥゥ!」
「「っ!?」」
コブラとヤマトは驚いて互いに動きを止める。最初に開始宣言をしていたクミルが大声で吠える。冷静になって回りを見ると、すでに男たちの数は八人ほどに減っていた。
コブラは関節を外したせいで腕がだらんと垂れ下がっていたのをゆっくりと直す。
「ラストスパートに一気にミノタウロスが男たちを一蹴! 残り人数の規定になったので、ここで予選を終了する!」
「……そゆこった。喧嘩祭り以外での乱闘騒ぎはダメなんじゃないかぁ?」
コブラはニヤニヤしながらヤマトに対して言い放ち、肩を掴んでいるヤマトの手を払う。ヤマトも渋々コブラを睨みつけて「また旅館でな」と言い放ち、コブラから離れていった。
「では! 残った八名を発表する!
『コブラ』・『ヤマト=スタージュン』・『アンチン』・『バイソン』・『クロノス』・『カウ』・『カビル』・『ミノタウロス』の以上八名!
明日から残ったこの八人から対戦表を構成し、その中から第一で四試合。その翌日に二試合。最後は一日かけて、どちらかが参ったというまで闘う。どうだい! 明日から三日間。熱い戦いを繰り広げることを期待しな!」
そんな大声を聞きながらコブラも会場を後にした。
「いやぁ、さっきはまんまとやられたよコブラくん」
呆然と立ち尽くしているコブラの元にバイソンがやってきて話しかけてくる。コブラは思ったより疲れていてすぐに返事ができるほど余裕がなかった。
「しかし、次は一対一だ。さっきみたいな手は使えないよ?」
バイソンはコブラの背中をバンと大きく叩いて前方に見える水を流し込むように飲んでいる汗だくのクミルの元へとかけていった。
タウラス民国の星巡りの儀式『喧嘩祭り』はコブラとヤマトにとって、予想以上に過酷なものとなった。二人はそれぞれ明日からの本戦に覚悟を決めるように、大きく息を整えた――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます