第10話 1日目を終えて
宿に戻ってコブラとヤマトはチェスをして遊ぶことにした。散々力比べをして疲れた二人は、宿部屋でぐったりしている時に見つけたのである。二人して机に対面してチェスを始める。
しかし、ここで問題が起こる。コブラがルールを把握していなかったのである。
ヤマトは仕方なくコブラにチェスのルールを教える。コブラは「つまり動きが制限されている駒で王様潰せばいいんだな?」と言って始めた。最初のほうはもちろん、ヤマトが圧勝してしまう。
コブラは駒の動き方を覚えただけで、必勝法や基本戦術など持ち合わせていないからである。
流石にヤマトも大人気なかったか。と後悔していた時だった。三戦目にしてコブラに異変が起きた。三局目でヤマトに勝利したのである。これにはコブラがガッツポーズを取る。ヤマトは唖然としていた。
「すごいな。コブラ」
コブラの吸収力の高さに驚きを隠せないヤマトは思わず声を漏らす。
ようやくチェスの楽しさに気付き始めたコブラは嬉々として駒を元の位置に戻している。
コブラと遊んでくれるのはルールのある遊びなんかできないガキばかりだったこともあり、新鮮で無邪気な笑みを浮かべてしまう。
その様子をじっと見つめているヤマトの脳内にある考えがよぎる。
「コブラ、貴様この旅が終われば騎士団に入らないか?」
「あぁ?」
「いや、先日から考えていたのだ。アリエス王国での指鳴らしを覚える時も、今回の喧嘩一回戦でも、相手のパワープレイをすぐに理解し、その対抗策を見つけて勝利して見せた。そして今のチェス。お前にはその場に溶け込む能力や、学習能力の高さがある。騎士団に入り、訓練を詰めば、本来の騎士たちよりも早く腕が上がるだろう。私もそうだが、異邦者も確かに忌み嫌われるが、権威を得れば、コブラも安心した生活が手に入る。どうだ」
ヤマトの提案にコブラは少し頬を撫でて考えた。自分があの日出会ったヤマトのような騎士団の鎧を身に纏っている姿を想像する。
「……やめとく」
「そうか。いや、無理強いはしない」
「なんかガシャガシャするし、鎧」
「それが理由か……」
「まぁ、誘ってくれたのは嬉しいよ。まっ、この旅が終わって無事戻れたらの話だけどな」
一瞬暗い顔をした後、ヤマトに向けてニカっと笑みを向ける。ヤマトの頭にオフィックスの親友と自分、その横にコブラが並んでいる光景が頭によぎった。
「そうだな。そのためにもまずはミノタウロスだな」
「はぁ……疲れたぁ。二人ともまだ起きている?」
扉を開いてキヨが中に入ってくる。クミルから貰ったワンピース型の寝間着を着ている。彼女はベッドに腰掛け、ベッドとテーブルで三人がそれぞれ目を合わせる形になる。
「クミルさんにこっぴどく怒られたよー。あの人怒ると恐いんだよねぇ……。喧嘩祭りの開催時の声でも怖かったけど……。面と向かって怒られると萎縮しちゃうわ。ちょっとおリザベラを思い出しちゃった……」
「ん? リザベラとはどなたですか?」
キヨが何気なく言った言葉にヤマトは疑問を呈する。
「あぁ、小さい頃の私のお世話係。怒ると怖いのよねぇ。思い出したら身震いしちゃう」
よほど恐かったのか、げんなりとした様子で表情が疲弊していた。
「そうだキヨ。腕のほうは大丈夫か?」
ヤマトが聞いた言葉を聞いてキヨは袖を捲くって腕を二人に見せる。ミノタウロスに触れた部分に濡れタオルを着けている。それを外すと、その部分の皮膚が少しだけ爛れていた。
「火傷ってなんか変な気分よね……。ここだけ風当たるときの感触が違うのよ。後、なんかヒリヒリするし」
滅多にしない怪我にキヨは戸惑っていた。
コブラも初めてみる皮膚の爛れ方に思わずじっと彼女の腕を見つめてしまう。
「それで? やっぱりミノタウロスは、熱いのか」
「えぇ、熱いどころの騒ぎじゃないわよ。身体に触れて火傷よ?」
「まぁ、普通に考えておかしいな」
ヤマトとコブラはともに腕を組んで首を捻らせた。
「まぁ、熱いなら熱いなりの対策はあるさ」
コブラは何かを思いついたようにニカっと笑った。コブラはその後、何気なく窓の外を見る。
「じゃ、まぁ。軽く外に出てくるわ」
「そうだな。外の空気を吸うことは大事だ。私も行くとするか」
コブラが立ち上がるのを見てヤマトも続いて立ち上がる。
しかし、コブラは一人で散歩に行きたいのか、ヤマトに追いつかれないように小走りで宿を出てしまい、ヤマトも仕方ないので、キヨを誘って二人で宿を出ることにした。
「……どうして大会に出場したんだ」
ヤマトとキヨの二人で歩いている。キヨはまだ痛いのか、腕を押さえながらヤマトと並んでいる。
「面白そうだから……」
「本当にそれだけか?」
「まぁ、それが大まかな理由よ。もうひとつは、仲間外れみたいで嫌だったから。私も役に立てるわよ」
少し恥ずかしいのか、ヤマトから目をそらしてぼそぼそというキヨ。ヤマトは少しため息を吐く。
「キヨ。君は役に立っていないと不安なのかい? 人には働くべきところとそうじゃないところもある。楽しそうだったからが、大きな理由なら良いのだが、役に立ちたいと言う気持ちのために今日みたいな無茶をするべきではない。昔私も親代わりのスタージュン卿にお叱りを受けたことがある。心配性なだけだが、是非心に留めておいてほしい。君は大事な姫君でもあるのだから」
「姫扱いはやめて。……でも、忠告ありがとう」
キヨは微笑みながら上目遣いでヤマトを見つめる。月明りに照らされているキヨを見てヤマトは、美しいと感じた。これは彼女がおフィックスの姫、キヨ=オフィックスであることの証明であった。彼女の赤い髪が風で揺らめく。
「そこの者、アンチンとヤマトではないか?」
二人で話していると、突然しゃがれた声で呼ばれた気がして、声のほうに振り返ると、お爺さんが二人を指差していた。
「どう致しました? おじいさん」
ヤマトが慣れた様子で近付き、お爺さんに話しかける。キヨは少し不振に感じ、ヤマトの後ろに隠れるように移動する。
「いや、お前さんたちの戦いを見ておってな。わたしは、キドウと言うものなのだが、お主、カウを圧倒したヤマトじゃろ?」
「え、えぇ……そうですが」
キドウと名乗る男は急にヤマトの両腕を掴んだ。ヤマトも戸惑いながらキドウの相手を続ける。
「お、おじいさん。具合でも悪いの?」
キヨもヤマトの背中から顔を出してキドウに話しかける。警戒はしているが、心配もしているのだろう。このような時間に一人で座り込んで入れば、不審者か具合の悪い者しかいない。キヨの対応は正しいといえば正しい。
「いやはや、足腰が弱ってしまってね。ちょっと休憩ついでに座っていただけだよ。ありがとうね、お嬢ちゃん」
そういうとキドウはのっそりと起き上がってキヨの頭を撫でた。
「して、ご老人。私たちを呼んだ理由はなんでしょう?」
ヤマトが立ち上がったキドウに驚いた。痩せほけてはいるが、身長がヤマトと大差ないのだ。猫背でヤマトと目線を合わせているだけにヤマトよりも大きい可能性がある。そして見つめてくる目力にヤマトも思わず緊張してしまう。
「いやはや。来訪者が次々とこの国の男を蹴散らしているのを見ていて血が高ぶっていた所に本人たちが現れたらそりゃ声もかけるだろうて」
「では、用事はないと?」
「いんや、そんなことはない。私が外に出ていたのは、あわよくば貴方たちに会えないかと思っていたからなのでね。ぜひ聞いてみてほしい話がある。ミノタウロスの攻略法だ」
二人は思わず目を見開いてキドウを見た。
キドウはその表情を見てニヤリと笑みを浮かべた。捕まえた虫をこれから母親に見せにいく子どものような純粋な笑みだった。
ヤマトにとっては願ってもいない話だが、些か疑問が残った。本当にそんなものがあるのか? と。
「ご老人――」
「キドウと呼べ」
「……では、キドウ殿。その攻略法は具体的にどのようなもので? それをなぜみなに公表しないのです?」
そう、攻略法があるなら、すでにタウラスの男たちが実践しているはずだ。それでもなおミノタウロスは倒れていない。そこに矛盾点が生じる。キドウは他の者に話さなかったということになる。
「なぁに。ひとつはもうわたし自身がそれを実行できる肉体を持っていないのだよ。わたしは昔からひ弱でね。筋肉が付かなかったんだ。どれだけ鍛えても、どれだけ食べても……。そんな奴の言葉、聞く耳持つものがこの国におると思うのか?」
キドウの目は悲しみを抱いていた。ヤマトはすぐに「それは失礼した」と謝罪する。
「良い。この国の者共は頭が固い。だからおまえたちのような連中に負けるのだ」
ヤマトに気を使ってくれているのか。わざとらしく悪態をつくキドウ。
「それでだ。だから、話を聞くことができるヤマトくん。君に用ができたんだよ。本当はバイソンのところに向かっている途中で疲れて座っていたんだが、いやぁ、運がよかったよ」
このまま立たせるのも悪いと思い、ヤマトは地べたに座ろうとする。
しかし、その後キドウはそれを止め、ゆっくり話せる場所に移動しようと誘導を始めた。ヤマトとキヨはキドウに案内されるままキドウの家があると言う方向へと歩いてゆく。
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