第二章 タウラス民国の喧嘩祭り

第1話 喧嘩と山火事

 風で草木が揺れて、生き物の咆哮のように鳴り響く。アリエス王国からタウラス民国へ向かう旅は数日経った。


 日は既に沈んでおり、中央の薪火を囲んで、コブラ、ヤマト、キヨの三人は三角形を作るように座って、中央の薪火を囲む。


 三人は互いに睨み合っていた。三人の瞳は殺気を孕んでいた。三人の腹の虫が鳴く。


「平等に三等分なんだよなぁ? 二人とも」


 コブラの言葉に二人は何も答えない。コブラは一度川の方を見つめる。視線の先には自分たちが作った小池がある。あそこには日が出ている時に三人で釣った数匹の魚が入っている。


「あ、あんた食料ないとか言っていたくせに隠し持っていたじゃない!」


 キヨがコブラに反論する。そう。この魚を三等分する前に、コブラは二人には内緒で木の実を確保。それを自分の麻袋に隠していたのだ。これから魚を焼こうというタイミングでコブラの麻袋から美味しそうな果実が見つかった。


 これにはヤマトとキヨは激怒した。


「それに、貴様結局魚をほとんど釣っていないではないか」


 ヤマトもキヨに続いてコブラに追及する。


 コブラも悔しそうに歯ぎしりをする。コブラは、飽き性が災いし、コツコツと二人が釣っていた間もサボって散歩などに出かけていたのだ。その先で得た木の実を自分だけの物にしようとした。ヤマトは膨れ上がる怒りを抑えるために大きく深呼吸をする。


「ならば、貴様が飽きて散歩に行ったときに拾ったその果実も、我々に三等分するべきだと、私は思うのだが? コブラ」


「う、うるさい! これは当初の約束とは関係ない代物だろ? だったら俺のもんだろがよ」


「はぁ……。みんな腹が減っているのはわかる。食い意地が張ってしまうのも。昨日、一昨日と川を見つけることができず、まともな食事をとっていないからな。そこに関してはキヨ、それは同じだぞ」


 ヤマトがキヨをジロリと睨む。キヨは気まずそうに目をそらすが、すぐに反論する。キヨの顔にほんのり汗をかいている。


「だ、だって三等分するのは数でしょ! だ、だったらこれは私が食べたっていいじゃない」


 キヨが背中から出した籠にはかなり大きな鮭が入っていた。湖しかないオフィックス王国周辺ではまず味わうことの出来ない珍味。それをキヨは釣り上げ、こっそり自分のものにしようと企てたのだ。


「てめえキヨ! それも三等分だろ!? 魚は三等分なんだからよぉ! その大きさに、あの珍味鮭だぞ!? 俺にも食わせろ! 特に魚卵! 噂ではとんでもねぇ美味さで震えるって聞いたぞ」


「うるさいわね。あんただってそこの果実三等分でしょ!」


「やだね! これは約束に含まれてない!」


「だったら私だって一匹を三等分するなんて約束なかったもん!」


 二人の口論を聞くヤマト。普段の彼なら自分が我慢して、うまいこと代替案を用意する。もちろん今も、実際に収穫したコブラとキヨにはそれぞれ多めにして三人で分ければいい。と言えば納得するだろうとわかっている。


 ただ、それだとコブラが少し得をする。彼は魚も釣らず、自分が取った果実も、多めにもらえる。それが今日に限ってヤマトは許せなかった。


 今朝彼は、コブラに仕掛けられた落とし穴に落とされたのだ。アリエスでのコブラの儀式への前向きな姿勢に騙された。様子見をしてくると先行したコブラが川を見つけたというから後を追うと、ヤマトは見事に彼が用意した落とし穴に足を落としてしまい、少し捻ってしまった。その痛みが彼を今もイラつかせる。


 なので、ヤマトも絶対にコブラだけには得させまいと頑固になっている。空腹はここまで人を凶暴にさせるのだ。


「くっそぉ! 頭きた。こうなりゃお前ら気絶させて俺一人で堪能させてやる!」


「それは失言だぞコブラ。貴様が私に勝てるとでも思っているのかぁ!」


「そうよ。あんたなんか、私でも倒せるってのに」


「やってやる! 鮭も果実も俺のもんだぁ!」


 そういってコブラはヤマトに殴りかかる。ヤマトは鞘に収めたままの剣を取り出し、コブラの拳を受け止める。コブラを睨む目の中で光が揺らめいていた。


「まったく君はどこまで野蛮なのだ!」


 二人とも、目が血走っていて周りが見えておらず、お互いを睨み合う。二人が取っ組み合っているのを見ていたキヨは突然狼狽えだした。夜だというのに三人の表情が鮮明に照らされる。


「ふ、二人とも! まわり見てまわり!」


 キヨも慌てて二人に呼びかける。二人も何事かとあたりを見渡すとあたりの木々が燃えていた。三人の薪火が風で当たりの木に映ってしまったのだと三人はすぐに理解した。


「み、水で消さないと!」


 コブラは慌てて籠に水を入れに川へ走る。ヤマトは火に向かって土をかけてそれを踏みつける。キヨも慌ててコブラと一緒で水を取りに行く。


 三人が必死に火を消そうとするが火はまったく消えない。薪火が広がっていく。


「あっ! 俺の果実!」


「今はそれどころじゃないだろ!」


 三人で必死に消そうと試みるが上手くいかない。


「皆のもの! 列形成開始!」


 森の奥から巨大な影が何人も飛び出してきた。彼らは全員がバケツを持ち、一列に並んでバケツリレーのように形成して、一斉に水を消し始めた。他の集団も土嚢のようなものを持ってきており、火に向かってそれをかけて踏みつけた。コブラたち三人は突然現れた巨漢の集団に呆然としている以外なかった。


「ちょっとちょっと、君たちかい? 山火事の犯人」


「えっ、あっ、はい。申し訳ない。そして鎮火、感謝します」


 一人の男が話しかけてきたので、ヤマトは慌てて頭を下げる。動揺が隠せないからか、必要以上に何度も頭を下げる。その間の多くの人たちの鎮火作業のための怒鳴り合いと、水がぶつかる音が響く。


「この調子なら消せそうだから大丈夫だったけど。とりあえず僕たちの国が近くだから案内するよ。話はそこへ向かう途中で聞く」


 そういって男はにこやかな表情を浮かべた。三人は突然の火事に呆然としたままで男についていった。一足先に冷静さを取り戻したヤマトは彼を観察する。短い頭髪にさわやかな顔立ち、優しい中年男性という印象を抱かせる男だった。


 しかし、彼の身体付きにヤマトは目を見張った。服の上からでもわかるほど、筋肉が発達しているのだ。彼の周りの鎮火にあたった者全てそうだ。頼もしさを感じると同時にわずかな恐怖心を抱かせる集団に、ヤマト達三人は囲まれている。


「君たち、旅の人? 珍しいね。僕はバイソン。国じゃあ一応村長をさせてもらっている。君たちみたいな他所からの人なども受け入れているから安心して頼ってほしい」


 バイソンと名乗った男の話を聞く気力が残っていたのはヤマトだけだった。残りの二人は呆然としたままついてくるだけついてきている状態で二人とも「私の鮭が……」「俺の果実が……」とぼそぼそ言っていた。


「それで、バイソン殿。あなたの国というのは……」


「あぁ、タウラス民国さ。外から炎が見えていたから駆けつけた」


 その言葉に呆然としていた二人も意識をはっきりさせて、目の前の扉を見る。重そうな鉄扉で囲われたタウラス民国の入り口だった。


 タウラス民国の外壁は五メートルほどの、オフィックスに比べれば小さい囲いであったが、その扉のみはオフィックスの比じゃないくらい頑丈そうな鉄の扉となっていた。


 呆然と歩いていた間に彼らは目的地であるタウラス民国へとたどり着いていたのだ。


「ちょっと待っていてね。ふんっ!」


 バイソンは一度大きく深呼吸をした後、その扉に手を付ける。喝を入れる声を上げると思いっきり扉を押し込んだ。扉が少しずつ動いて開かれる。


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