第14話 夢迷いしアリエス王国

 コブラが目を覚ますと、大きな羽根車がゆっくりと回っている天井が見えた。身体を起こして辺りを見渡すと、自分はベッドの上で寝ていたことがわかる。


 コブラ同様にキヨとヤマトも眠っていた。


「おい、キヨ! ヤマト。起きろ」


少し怒鳴ると、二人とも目を覚まして起き上がった。キヨはゆっくりと身体を伸ばす。


「起きたかい。君たち」


部屋の中に老婆が入ってくる。コブラとヤマトは警戒し、老婆を睨む。自分が不明瞭な状況に追いやった犯人なのは明確だった。


「なんだい。なんだい。そんなに睨まないでよ。床で寝かせるのも悪いと思ったからベッドに誘導しただけだよ。それより、儀式を済ませた君たちにこれを渡そうと持ってきたんだよ。受け取りなさい」


老婆は袖から複雑な模様が描かれた札をコブラに渡した。その札の中央には大きく「牡羊」を模したであろう紋様が目立っていた。


「儀式……札? 婆さん何者なんだ?」


「私かい? 私はコルキスだよ。何言っているんだい。さっきも楽しく話していたじゃないか」


老婆がコルキスを名乗り、まだ寝起きでふらふらしていたキヨさえも驚いて目をまん丸にしていた。三人には子どもの姿と今の姿がどうしても一致しなかった。


「おめえが、コルキス!?」


「あぁ、夢の国ならではの楽しみ方だろ?」


老婆は長めのスカートをひらりと回した。三人はそれを苦笑いしてみるしかなかった。


「失礼して、すみませんコルキス様。あの夢の国は一体なんなのですか? お聞かせください」


ヤマトが布団から上がり、膝を付いて改めてコルキスに対して問い詰める。コルキスは少し考える。


「あの術、『夢想空間』はずっと昔からある魔術だよ。この国にかけられたものだ。私も代々受け継いで保護している。この国の人達はその文化が根付いているからね。あの夢から自然に抜け出すのには、元の世界がしっかりあると認識させる必要がある。ここの国の人々はなんでも叶う夢の国でほとんどの時間を過ごす。けれど、夢の国で物事を叶えるためには現実で新しい情報を得ておかないといけない。だから夢の世界から抜ける。これがこの国、アリエス王国の実態さ。現実と夢が反転している国ってわけさ。皆、生きるために寝るのではなく、寝るために生きている」


コブラはその話を聞きながら窓から町を眺めた。まだ町は静かで日も出ているのにまだ夜のようだった。コブラはしばらく窓から外を眺めた後、大きく息を吸い込む。


「みんなぁー! 起きろー!」


大声で怒鳴ったコブラの突然の行動にキヨは驚いて硬直、ヤマトは耳を塞ぎながらコブラを怪訝深く睨んだ。


「おい! コブラ、何をしているんだ。大丈夫かキヨ」


「う、うん……」


コブラを見て、コルキスは思わず失笑してしまう。


「いやぁー。済まない。この国を体験した者は何度も何度も二度寝、三度寝をして、寝る時間の方が起きている時間より長いのが当たり前だからね。起こすって行動が新鮮で新鮮で」


「夢の中じゃ、知っていることは叶えられても知らないことはどうしようもねぇからな。そういうのはちゃんと起きて外出なきゃいけねぇんだよ。夢ばっかりじゃよくねぇよ」


コブラは無邪気な少年のような眼差しで街を見てそう呟いた。ヤマトもキヨもコブラの言葉に納得したようにコブラの背中を見つめた。コブラの怒声で目を覚ましたのか、町からは少しずつ灯りや、家から人がちらちらと出てきた。彼らは寝起きにはまぶしすぎる太陽の光を浴びる。


「さてと、じゃあさっき渡した札の事でも話そうかね」


コルキスは近くにあった台座に座って三人を見つめる。


「それは星巡り。アリエス王国を達成した証としての札だ。恐らく他の国もだが、占い師は代々この札を引き継ぐ。そして星巡りを行う者と儀式を行い、達成した証にその札を渡す。その札には特別な力があるらしくてね。中央としてそびえ立つオフィックスの地下にあるらしい遺跡に奉納すれば、星の加護は十三の国を守ることになるだろう。と言う逸話がある」


「それなら、すぐにお渡しすれば良いのではないですか? 自国を守るための札でもあるわけですよね?」


ヤマトがコルキスの話に割って入るように発言した。その言葉にコルキスはヤマトに足して不敵に笑みを浮かべる。


「なぁに。代表であるオフィックスが堕ちているかもわからんからな。堕ちた国にこのような星の力を与えてみよ。何か悪いことに使われる。と言うのが表向きの儀式の理由だ。もちろん儀式を達成して、初めてこの札が効果を発揮するとも言われている。だから儀式は必要なのだよ。あの儀式そのものに札に力を込めるものなのだよ。試練じゃなくて儀式なのはこれが理由ってわけさ」


「じゃあ、俺達はあれで達成ってことでいいんだよな?」


「あぁ。大丈夫だよ。このコルキスが出した儀式を見事達成したね」


「じゃあ、これで一安心ってことね」


キヨはおおきく息を吐いて、布団に思いっきり寝転がって、また布団で身体を包んだ。このまま二度寝をしようとしているのだろう。


「ヤマト、次はどこへ行けばいいんだ?」


ヤマトは自分の鞄から地図を探して取り出す。


「次は……。タウラス民国だな」


「タウラスか。あそこはとても面白い国だと聞いている。ワタシは占い師兼国王の都合上、めったに外には出ないからねぇ」


 コルキスの言葉を聞いて、コブラは歓喜で身震いして、布団から飛び起きる。


「なら、早速いくぞ。睡眠はバッチシとったしな!」


「えぇー、私はもう少しゆっくりしたいんだけど……」


嬉々として出発の支度をするコブラと、それに次ぐように準備を進めるヤマトに対して、まだ寝ぼけているキヨはそんな二人を見て駄々をこねる。


「そうか。じゃあキヨお前はこの国に残れよ」


「…………行くわよ。行けばいいんでしょ、ただ一つ寄りたいところあるから」


コブラの淡泊な物言いに腹を立てたキヨは少し不貞腐れながら、渋々準備をして部屋を出た。


「短い間だったが、面白かったよ。じゃあね。三人とも、残りの星巡りも頑張るといい」


部屋を出ていく三人にコルキスは手を振って見送った。




 長い階段を下りていく三人。ここを上るときはとてもしんどい思いをしたのを思い出す。


「そういえば、俺たちこの横の羊を数えていたんだよなぁ」


「あぁ、なるべく数えないほうがいいぞ」


コブラが壁に書かれた羊の話題に触れるとヤマトは前だけを見てその話題を拒絶した。


「なんでだよ」


「恐らく、これを数えている間に眠りに誘って、あの世界へ迷い込ませるのがコルキスの手口だったんだ。だから降りている時もこの羊を数えたらまた夢の世界へ逆戻りだぞ」


「そうか。キヨ。さっきから黙っているけどだいじょ――」


振り返ると今にも倒れそうなくらいふらふらしているキヨがいた。キヨの目は既に閉じられていた。眠っているようだ。


「こいつ、さては数えていたな!」


「コブラ! 早くキヨを支えろ!」


 フラフラして倒れそうなキヨを相手にあたふたした2人の声が塔の中で響き渡った。


 コブラはキヨをおんぶしている状態で塔の外へ出る。町の人たちはまだ寝ぼけ眼で外でもぼーっとしていた。寝すぎだから身体がうまいこと動かないんだな。とコブラは納得した。


アリエスの出口までの道を歩いていると、突然ボールがコブラの方に飛んできた。コブラはそれを脚で受け止め、飛んできた方向を見ると、夢の中でカルチョを教えた少年ロベルトが嬉しそうに手を振っていた。「ボールこっちに頂戴!」ロベルトの言葉に、コブラも脚でまっすぐ少年に向かってボールを蹴った。


 少年はそれをうまくキャッチした。ボールを持ち上げた少年はまた練習を始める。ロベルトの母親らしき人物が嬉しそうに彼に話しかける。よく見るとロベルトの脚や肘にはこけたのか汚れていたり、小さなかすり傷も出来ていた。


「どうしたの? ロベルト、急にカルチョの練習なんか始めて……。あんたにカルチョ教えたかしら?」


「なんかねー! 夢の中でよくわからないお兄ちゃんに教えてもらったの!」


そんな親子の会話を聞いていたコブラは思わず微笑んでしまう。普段は見ない微笑みだからか、コブラのそんな表情にヤマトは興味を引いた。


「コブラ、あの少年は知り合いか?」


「あぁ、俺達の恩人だよ」


コブラの言葉が理解できず、ヤマトは首を傾げた。コブラの背中で眠っていたキヨが唸り始めて、ゆっくりと目を開く。


「あれ? 美味しいドーナツは?」


コブラの後ろからとぼけた声がする。意外と食い意地が張っているなとコブラは後ろから聞こえる声で思わず笑ってしまう。


「起きたかキヨ。もうコルキス出るぞ」


「……えっ、待って、ちょ、ちょっとだけ寄り道! お願い!」


「ダメだ。このまま寄り道したら外に出る前に日が落ちちまう」


「もう一日くらいゆっくりしない?」


「ここで寝たらまた起きるのに一苦労だぞ? 我々にそのような時間はない」


「そんなぁー……。夢の国の時に見た噴水広場がいい絵になると思ったのに! 描かせて! 描かせてよー!」


後ろで暴れるキヨを落とさないようにコブラは腕に力を入れる。キヨの悲痛の叫びを町中に響かせながら、三人は次の目的地であるタウラス民国へと向かうために、アリエス王国の小さな出入り口の扉を通過した。


こうして、孤児と異邦騎士。そして先代王の娘の三人の奇妙な占いの旅は始まったのだった。


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