第13話 羊100匹
コブラは練習をしながら、カーテンの隙間からずっと光を見ていた。ずっと光が明るいままだった。カーテンで光を遮らないと、ここの世界はどれだけ時間が立っていても明るい。これも夢の世界独特のものなのだろうかと思いながら、コブラはまた指に意識を集中する。
「コブラ、まさかお前ずっと練習していたのか?」
ベッドから起き上がったヤマトが窓を眺めるコブラに対して問い詰める。
「あぁ、元々ここは夢の世界だ。眠たくならないっていうのも、悪くないかもな」
コブラが笑うとヤマトは納得したような表情をした後、首や肩をほぐした。あまり快眠はできなかった様子だった。
「確かに、目を閉じていただけで私も寝ていなかったのかもしれない」
「二人とも、起きているー?」
キヨが二人の扉を開ける。三人はそれぞれ目が合い、これから昨日話した作戦を実行するのだと考えると少し胸が躍った。
「どう? コブラ、指鳴らしはしっかりできそう?」
「それは今日の儀式でのお楽しみだ」
ニカっと笑うコブラは一足先に部屋を出る。ヤマトとキヨもそれに続くように宿を出た。
牧場にたどり着くと多くの羊が柵の中にいた。そしてその柵の奥から憎たらしい少女コルキスが歩いてきた。
「やあやあ。お三方。また挑みにきたのかい?」
「あぁ、今度は絶対にクリアできるぜ」
自信満々のコブラの表情を見て、興味深そうに笑う。
「へぇ。じゃあ、早速挑戦してもらおうかな」
コルキスは柵の扉を開けて三人で扉を開ける。コブラたち三人は意気揚々とその柵の中に走ってゆく。
「さあさあ。これより牡羊座の星巡り儀式! 羊数えゲームを始めてもらいます。昨日も言ったけれど、ルールはここの柵の羊が全てで何匹いるか数えること。じゃあ、始め!」
叫んだコルキスは開始の合図と共に指を鳴らした。指の音に反応して何匹かの羊がメェー!と鳴いた。
三人の周りを羊たちが囲む。三人は慌てることはなかった。それに誰も数えはじめはしなかった。その様子にコルキスは不思議そうに見つめる。
「よし、二人とも。計画通りに行くぞ」
「あぁ」
「うん」
二人が返事をしたのを確認してコブラは大きく深呼吸をする。そして腕を上げて、指を鳴らすときの構えに入る。ヤマトとキヨも同じ動作に入る。
「ほぉ」
少しにやけながらコルキスはその三人を見つめる。しばし沈黙の後、コブラ達三人が大きく叫んだ。
「「「羊の数はー! 百匹!」」」
叫んだ声の後、三人とも同時に指を鳴らした。当然コブラの指の音も、牧場内に響いた。
しばらく牧場は沈黙に包まれるが、安心したように頷いた後、コブラはヤマトとキヨに視線を向けた。
「よし! 出来たな。じゃあコブラとキヨ。数えはじめてくれ」
「わかった」
そういうとキヨは羊をヤマトの所へ誘導し始めた。ヤマトはその羊に触れながら
「百、九十九、九十八」と数えはじめて行く。
二人の数えている光景を見つめて、コルキスは観念したような表情になった。
「このゲームの攻略方は最初に数を設定して、その数からゼロになるまで数えるのが正解だろ?」
コルキスの元へニヤニヤと笑いながらコブラが近づいてきた。コルキスは目を丸くしてコブラを見つめ直した。まさかこの一日で昨日の体たらくから答えを見つけてくるとは思っていなかったのだ。コルキスは観念するように大きく息を吐いて、コブラに対して苦笑した。
「あぁ、その通りさ。ここは夢の国アリエス。しかし、同時に自分のイメージを固定しないといけない世界さ」
「そもそも何匹いるかわからない羊を数えても、自分たちがわかっていなかったら羊の数も永遠に数え終わらないってことであってるよな」
「あぁ。ここはなんでも思い通りになるけれど、しっかり思い続けないと思い通りも何もないからね。それにしても君、指鳴らせなかったんじゃなかったのかい?」
コルキスは意地悪い表情をしてコブラを上目遣いで見る。
「このトリックに気づいた時に俺も鳴らせるようにして。三人でこの羊の数を共通認識で持っておかないといけないからな。誰か一人でも何匹かの答えにブレてしまったらその瞬間に羊の数は変化する。気づいてみれば簡単な問題だ」
「でも、これが意外と解けないもんだと思っていたんだけどなぁ」
コブラはその言葉に対して無礼とは思わなかった。現に彼は少年に会わねばこの事実に気付くことはなかった。
「この街でカルチョを知らねえガキに会った。そいつにそれを教えてさ。不安そうにボールを蹴ったら、蹴り方は完璧なのにあらぬ方向にボール飛んでいっちまってよ。それで、この世界では自分ができるって信じないと出来ないって気づいた。そしたらこのゲームのトリックも、攻略法も、全部芋づる式に解けたよ」
「へぇー、君。野蛮なガキだと思っていたけれど、案外頭が切れるんだね」
コルキスがそう言ったと同時にヤマトとキヨの「ゼロ!」と言う叫び声が聞こえる。
「これで、証明されたな。この柵の中にいる羊の数は百匹だ」
「あぁ、お見事。正解だ。君たちを元の世界へ返してあげよう」
コルキスが微笑むと、辺りは白い光に包まれて、世界が徐々に崩壊していく。俺もキヨもヤマトもその崩壊していく街と共に白い光に吸い込まれていった。
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