第12話 イメージ

 街へ戻ったコブラたちはある宿のものに声を掛けられた。彼らが疲れているならうちの宿をお使いください。と言ってくれたのだ。コブラは部屋に入ると早速部屋の中にある豪華なベッドが目に入る。思わずそこに寝転がる。


「ん? なんだ。いいのは見た目だけかよ。これじゃあキヨの集落の布団と一緒くらいか。まっ、それでも俺からしたら贅沢なんだけどさぁ」


 少しがっかりした様子でコブラはそのベッドでゴロゴロする。


「コブラ、すまないが、私は少し街の者たちにコルキスについて聞いてみる。彼について知ることができたら突破口が見えるかもしれないからな」


 そういってコブラは部屋を出て行った。キヨは別室にいるし、ゴロゴロすることも数分すれば飽きてしまうものだ。彼も結局ヤマトと同じように外へ出ることにした。


 コブラがぶらぶらと外を歩く。街の人たちはみんな笑顔で好きなように生きている感じがした。コブラはオフィックスの頃のように町の路地裏などももう一度歩き回っていたが、やはり笑顔で溢れていた。オフィックスも似たような平和な国だったが、ここはさらに輪をかけて平和で一周回った不気味でさえある。コブラはやはりこの街に対しての警戒心は抜けないなと感じた。その時だった。路地の公園で一人の少年が何か遊んでいた。


「何やっているんだ? 坊主」


 コブラはオフィックスの頃からの癖でこういった子どもがいたら声を掛けたくなる。


 少年はコブラを不審な目で見る。彼の手には大きめのボールが抱きしめられていた。


「兄ちゃんとボールであそばねぇか?」


「ボールでどうやって遊ぶの?」


 子どもは遊ぶというフレーズを聞いて少し興味を持ったのか、不審がっていた目が少し変わった。コブラは二人でもできる遊びを考える。


「じゃあ、カルチョでもするか!」


 コブラはそういって少年からボールを受け取って何度かそれを足で上へ蹴り上げた後、ボールを地面に落として足でそれを押さえる。カルチョとは、互いに拠点を選んで、相手の拠点にボールを蹴ってぶつけていくという遊びだ。足裁きが重要なこの遊びはオフィックスにいる時に子どもたちにも人気で、盗人業を生業にしていたコブラは得意であった。


 少年はカルチョを知らなかったらしく、コブラは一からそれを説明し始めた。


「じゃあ、えっと名前は?」


「ロベルト」


「そうか、じゃあロベルト。俺のこの脚に向かってボールを蹴ってみろ」


そう言われてロベルトはボールを蹴る。だけど、ボールはあらぬ方向に飛んでいく。


「大丈夫だ、ロベルト。いいか、この足のココ! ココを俺に向けて、ボールを蹴ればまっすぐ飛ぶから」


 少年は少し落ち込みながらもう一度やるが、やはり変なところへ飛んでいった。コブラも不思議に思った。この少年はコブラが言ったことをしっかりとできているのだ。足の側面を対象の場所に合わせて、そのあと蹴れば、ボールはまっすぐ転がる。少なくても斜め横なんかに飛んでいきはしない。少年もいまだ納得していない様子に、コブラは何かを感じた。


「どうしたロベルト? 難しいか?」


 コブラはロベルトに目線を合わせるようにしゃがむとロベルトは少し泣きそうになりながら言った。


「だって、真っ直ぐボールが飛ぶイメージができないんだもん」


 その言葉がコブラには何か引っかかった。それに、ここで笑顔ばかりの人がいるアリエスで子どもの泣き顔を見ることになるとも思っていなかったからだ。


「ここは夢の国なんだろ? 願えばなんでも」


「だって、イメージができないんだもん!」


 ロベルトはついに泣き出してしまった。わんわんと鳴く声を聞いたからか、奥のほうからロベルトを呼ぶ女性の声。この状況で見つかると面倒だと思ってコブラは、ロベルトに一言謝罪をしてそのまま逃げていく。


「どうしたの? ロベルト?」


 母親らしき女性がロベルトを見つけた声がした。コブラはさっきのロベルトの言葉が引っかかり、そのまま宿の部屋まで戻っていった。


コブラにはさっき泣きながら叫んだ少年の声が引っかかった。


(だって、イメージができないんだもん!)


イメージ。その言葉の意味をコブラは理解していた。彼が良く行ったパン屋の店長が彼に対して愚痴をこぼしている時によく口にしていたからだ。要は出来たときの想像。ってやつらしい。


「もしかすっと……」


コブラは思わず声を漏らす。彼の目は何か決心したように鋭いものになった。




 ヤマトは宿に戻る。落ち込んだように溜息を吐く。街の中を散策したのだが、特に解決の糸口になりそうなものはなかった。ただ一つ気になったのはここの人達に「いつからここに?」と問いただすとずっと前から。との事。この夢の国に入ったら確かにいつまでもいてしまうだろうな。ただし自分にはここからさらに国を巡る義務があるから早くこの街から出たいのだが。なんて考えながらヤマトは自分の部屋の扉を開ける。


「コブラ、今戻ったぞ」


 コブラは返事をしなかった。代わりに横にいたキヨがおかえりと言ってくれた。キヨはヤマトの顔を見た後、再びコブラの方を見た。何かを教えているようだった。


「どうしたコブラ、キヨ。何をしている」


 覗き込むと親指と薬指を合わせて勢いよく弾いていた。これは指を鳴らすときの行動だが、コブラがやっても軽快な音は出ず、ただこすれた音しかしなかった。


「くっそお!」


 コブラが悔しそうに叫びながらベッドへ倒れこむ。


「なんだ? 欲しいものがあるなら私かキヨが出してやるのに」


「なんか、覚えないといけないんだって」


 キヨは溜息を吐きながらヤマトに話しかける。


「かれこれ一時間は練習しているんだけどねぇ」


 キヨも少し疲れたのか椅子にもたれかかる。キヨが一時間、コブラに指を鳴らす方法を教えていたのだ。中々できない人に教えるのは大変だと、旧友が愚痴を話していたのをヤマトは思い出した。


「もうちょい! もうちょいなんだよ。もうちょいでここから抜け出す方法を見つけられる」


 コブラの言葉に、ヤマトとキヨは仰天して思わず彼を見た。


「コブラ、今貴様なんと言った」


「あぁ……あれ? 言ってなかったか」


「聞いてないよ! 攻略法がわかったの」


 キヨはコブラに向かって詰め寄る。コブラは少し困惑しながらキヨの目を見る。


「あ、あぁ。あの儀式の理屈がわかったからな。そのために、俺は指を鳴らせるようにしなくちゃなんねぇんだ」


「コブラ、済まない。詳しく聞かせてもらえないか?」


「もとより、そのつもりだ。二人とも、よく聞けよ?」


 その後、ヤマトとキヨを相手にコブラは語った。コルキスが出してくるこの羊数えゲームのトリックと、その解決法を、ヤマトとキヨも納得して彼の指鳴らしの練習を手伝った。


 コブラは練習しながら、ヤマトとキヨが指を鳴らしているのをしっかりと目に刻む。


「キヨ、悪いが俺の服来て髪を帽子で隠して、その状態で指鳴らしてくれ」


 キヨにコブラは自分の服を渡す。キヨは少し抵抗感があったが、これを承諾して、自分の部屋に戻って着替える。


「これでいいの?」


「お前やっぱり今朝のドレスより、こういう野蛮な格好の方が似合うな」


「うっさい」


 キヨはコブラの悪態を一蹴した後、その格好のままコブラがしそうなポーズを想像して構えた後に指を鳴らす。それを真剣な目で見つめられるので、少し恥ずかしくなってくる。


「や、ヤマトがコブラの恰好をしていたらいいんじゃないの?」


「ダメだ。こいつとじゃ、身長差ありすぎて俺がやっているって感じしねぇ」


「だ、そうだ。もう少し頑張ってくれキヨ」


「えぇー、この服ちょっと匂うし、やなんだけど……」


「なんだとてめぇ!」


 コブラがキヨに向かって殴りかかる。キヨとコブラが小競り合いを始めると、それをヤマトが止めに入る。その後も、何度も何度も、キヨが鳴らすのを見て、自分でもやってみて、時には目を閉じて音だけを聞き、練習を重ねた。


「よし、いくぞっ! いくぞぉー」


 コブラは部屋の中央に立って深呼吸をする。それをヤマトとキヨは真剣な表情で見つめる。コブラは静かに腕を上げて、その手は指を鳴らすために親指に薬指を軽く引っ掻ける。ヤマトとキヨは思わず生唾を鳴らす。コブラは勢いよく指をはじいた。


 パチン! という音が部屋の中に響いた。唖然としているコブラと、思わず笑顔になるヤマトとキヨはそのままコブラの元へ駆け寄った。


「出来た! 出来た!」


「すごいぞコブラ! たかが指鳴らしなのにこんな感動したのは初めてだ」


 ヤマトは大袈裟に目に涙を浮かべていった。しかしコブラは、まだ満足していない感じだった。


「今度はこれを作戦でも使えるようにしないといけない。指を鳴らすイメージに集中しなくても鳴らせるようにしないと」


 コブラはそういってもう一回指を鳴らそうとするが次は上手いこといかなかった。その様子にヤマトとキヨは少し落胆して溜息を吐いた。


「でも、一回鳴らせたからだいぶイメージは掴んだ。後は俺だけで練習するからお前らは休んでいろ」


 コブラの言葉を聞いてキヨはおとなしく自分の部屋に戻る。実際に眠ること自体は出来ないが、気休めでも休もうと、ヤマトは自分のベッドの中に入って横になることにした。その二人を見守ったコブラは外を見る。月が見えているが、あの時は本物ではないと実感した。コブラは月を見ながらもう一度指を鳴らしてみる。今度は鳴った。その後もコブラは一人黙々と指を鳴らすために練習を繰り返す。パチン!という音と、かすれた小さな音が、ヤマトの鼓膜に届く、少しずつ、パチン! と言う音の頻度が上がっていく。

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