第11話 儀式『羊数えゲーム』

 キヨはコブラの隣を歩いていたが、ある呉服店で思わず足を止めてしまった。少し濃い赤みがかった布地のドレスがあるのだ。キヨはまだ幼い頃、まだドレスを着ていた頃を思い出す。そして自分の今の恰好を確かめる。動きやすいように、手足の肌を出している。さらに野宿に次ぐ野宿で身体は洗えたが、衣服はぼろいままでとても女性の恰好とは言いがたいもの。こんな恰好、父上に見られたら叱られてしまうだろうか。とキヨは少し笑ってしまう。


目の前のドレスをじっと凝視した後、彼女は一度指をパチン! と鳴らしてみる。すると自分が来ている服が目の前で見ているドレスに変貌した。彼女は小さい時にやったようにドレスの端を少しつまんでくるりと回って見せる。呉服店の鏡に映る自分の姿を見て、自画自賛だが、こういう格好の自分も可愛いじゃないかと少し浸る。同時に、こんな恰好、コブラやヤマトには見せられないなと、鏡に映る自分の恰好を見て笑う。


「中々可愛い恰好しているなぁ。お嬢様」


「っ!?」


 後ろからコブラの声。後ずさりをして振り返ると、そこにはやはりコブラがいた。キヨは恥ずかしさで身体全体が熱くなっていった。想像以上に動揺するキヨの姿に思わずコブラも狼狽してしまう。


「あー、えーっと……。どんな恰好でもお前の自由だと……思うぞ。んじゃ、先ヤマトのところ戻っているから」


「変なところで気を使わないで!」


 キヨは指を鳴らして元の衣装に戻してコブラを追いかけていった。




 ヤマトは塔跡地にたどり着いてその光景に呆然としていた。


「なんだよキヨ。あの恰好のままでもよかったんだぞ?」


「コブラ、それ以上言ったら殺すからね」


「おぉーこわっ、お前の場合本気で殺せそうだな」


「ん? 二人とも、追い付いてきたか」


コブラとキヨの声が聞こえて正気に戻ったヤマトは二人に声をかける。


「おぉ、戻ってきた戻ってきた。キヨの野郎が――」


 その直後に次は痛くする。という殺意を込めた、軽いひじ打ちがキヨから放たれたので、それ以上コブラはへっへっへと笑って言葉を続けなかった。


「それで? ヤマトはなんでこんなところでぼさーっとしてんだよ」


「そ、それがな……」


 動揺したヤマトの声、ヤマトの見ている方角を見るとそこには大量の羊の姿があった。


「うっわ。やばいな、この数」


「私こんなたくさんの羊を見たの初めてかも」


 コブラとキヨも驚く。塔の跡地は木の柵で囲われた牧場になっており、そこには数十匹はいると思われる羊がいた。


「いやぁー。待ったよ。オフィックスの使者たち」


 羊の群れの中から三人を奈落に落としたあの少女がこちらに向かって歩いてくる。


 コルキスはヤマトの目の前まで近づき、彼を見上げる。ヤマトも、この少女から漂う威圧感に負かされそうになりながら、彼女を見下ろしている自分になんとも言えない違和感を抱いた。


「改めまして。僕がこのアリエス王国の占い師兼国王、コルキスだよ」


 少女は三人に向かって丁寧にお辞儀をする。キヨはなんとなく彼女にお辞儀を返す。


「んで? 占い師とオフィックス王国の遣いが揃ったらどうしたらいいんだ?」


 コブラはコルキスに警戒を示しているのか、腕を組んで彼女を睨みつける。


「もちろん。儀式を行う。しかし、今さらオフィックス現国王が掘り返してくるよは想定外だな」


「伝統ある儀式ではないのですか?」


「あぁ、伝統な儀式だよ。前にやったのはえーっと、30年前? まだオフィックスが壁を作り始める前だからねぇ」


「どうして君はそんなに詳しいの?」


 キヨは少女と視線を合わせるためにしゃがみこんでコルキスに語りかけた。コルキスは目があったキヨに対して作ったような笑みを向ける。


「……まぁ、占い師だしね。せっかく来てもらったからには儀式をしてもらわないといけないよね」


 彼女は少しにやけながら三人を見つめる。


「して、その儀式っていうのは、どういうものなのでしょうか?」


「うん。ヤマトちゃんは礼儀正しくていいね」


「ヤ、ヤマトちゃん、ですか」


「うん! じゃあそんなヤマトちゃんに免じて教えてあげよう、まぁ。正直に言うとね。儀式に型にはまった形式はないんだ。その占い師が、差し向けた遊戯にオフィックスの遣い、史実では『星巡者』と呼ばれる者が達成すれば良い。だから『星巡り』の度に行われる儀式は微妙に異なることがある。ヤマトくんは勉強している様子だけど、文献に残ってなかったでしょう?」


「えぇ、確かに。この旅の前に『星巡り』のために少しは調べましたが、十二の国を巡り、そこで儀式を行う。以上のことは大した情報を得ることができませんでした」


「そうでしょう? 一々毎回変わるルールを誰がきちんと名義しますか? ってことだよ」


 コルキスは呆れたように溜息を吐いた。その様子にコブラはイライラし始めていた。


「なあ。御託はいいからよ。結局、俺達は、お前とどんな儀式をすればいいんだ?」


「おっ、いい質問だね。コブラくん。じゃあさっそく始めようか」


 そういうとコルキスは三人に柵の中へ入ってくるように合図をした。三人はまだ少し警戒しながら少しずつ柵へと足を運ぶ。


「よし、三人とも入ってきたね。じゃあ僕からの儀式はこの柵の中にいる羊を数えてもらおうかな。名付けて「眠っちゃダメよ! 羊数えゲーム!」なんてね♪」


 コルキスは小さな子どものような無邪気な笑みを浮かべる。三人は唖然とした。彼女の後ろには何匹いるか想像も付かないほどの羊が柵の中で存在しているからだ。一目では数はわからない。三人はこれを数えるということも過酷さを一瞬にして理解した。


「じゃ、いっくよー! アリエス王国の星巡りの儀式『眠っちゃダメよ! 羊数え』ゲーム!よーいスタート!」


 コルキスは笑顔で開始の合図として指を一度鳴らした。






 コルキスによって始まった羊を数えたという試練に対して、三人はまず、数え終わった羊を別のところへ誘導することから始めた。


「いーち、にー、さーん。ちょ、ちょっとそっち行かないで!」


 キヨが逃げていく羊を追いかけている間に囲んでいた羊達も走って逃げていく。その光景を目の当たりにして三人は大きなため息が出た。


「がんばって33匹まで数えたんだけどな」


「あぁ、だが、まだたくさん残っていたし、33匹以上は確実ってことだな」


 三人は柵で囲われた牧場の羊達を見つめて話を進める。ここの羊はどうやって数えるのが効果的かを考える。ただ闇雲に数えても終わらないのだ。


「わざわざ数えたのと、数えていないのを区別するために移動させるからダメなのではないか?」


 それが彼の閃いたときの動作なのか、一指し指を胸の辺りで上を伸ばしていた。


「つまり? どういうことだよ」


 いまいち、状況がつかめていないコブラの質問に答えずにヤマトは指を一度鳴らす。するといくつもの赤い紙が束になって出てきた。


「これは?」


 キヨはヤマトのほうへ歩みよって質問をする。コブラもそれを覗く。ヤマトはその束から一枚、皮を剥くように剥がしてキヨに渡す。


キヨは一か所変な感触の場所を見つけて指で何度もつつく。


「これは、騎士団で使われていたもので、粘着力のあるノリンという木の樹脂を使って加工紙なんだ。元々生成した紙の一部にノリンの樹脂をつける。するとね」


 そういってヤマトはキヨの背中にその紙の一枚を貼り付ける。キヨはそのくっついた紙に驚いていた。ヤマトに指示されて、キヨは何度かぴょんぴょんと飛ぶ。


「すごい! 飛び跳ねても落ちないよ!」


 キヨは落ちないその紙に興奮して落としてやろうと何度も飛び跳ねる。


「へぇー、便利なものがあるもんだな」


「ここは夢の国なんだからこうして道具を出すことも可能だと思ってね。数え終わった羊にこれを貼っていけば全ての数はわかるんじゃないか?」


 そういいながらヤマトは「一匹、二匹」と数えながらその羊の背に貼り付けていった。コブラとキヨも彼から紙をもらって数えては貼る。貼る場所も背中の真ん中部と決めた。そうしなければ一匹で二枚貼っている羊が現れてしまうからだ。


 コブラはため息を吐いた。ヤマトの作戦通り数えては貼っていったのだが、一向に終わらないコブラ自身だけでもすでに54匹は数えている。


「ヤマトぉ。そっち今何匹だ? こっちは54匹なんだけど」


「私は63匹だ。キヨのほうはどうだ」


「私は78匹」


「合わせて195匹か。これで全部の羊に貼ったと思うが……ん?」


 その時、ヤマトの前を一匹の羊が横切った。この羊に囲まれた状態で自分の近くにいる羊はあらかた貼ったつもりだったんだが、まだ背中に貼っていない羊を見つけた。ヤマトは「79」と声を出してその羊にも紙を貼った。


「いつになったら終わるのぉー! もぉ!」


 キヨが弱音を吐いていた。これでヤマトは再び疑問を持った。明らかに貼った羊の数と第一印象のときの密集度がおかしいような気がした。最初にまだ数え始めのときに200を越えそうなほどの羊がいたのか? 流石にそこまではいなかったはずだ。


「まさか……増えているのか?」


「はぁ!?」


 ヤマトが震えた声で言った言葉を聞いたコブラは思わず怒鳴ってしまい、近くにいた羊達は鳴き声を上げて逃げてしまった。それを見たキヨはへたーと、腰を下ろして「もォー!」と叫んで座ってしまった。もう想定外のことが起こると冷静さを欠いて怒鳴ってしまうくらい三人とも余裕がない。コブラはヤマトを睨みながら詰め寄る。


「いやいや、待てよ、待て待て。増えるわけねぇだろ。羊だぞ? キヨ、お前この柵に羊が入ってくるところ見たか?」


 コブラの問いにキヨは「みてなーい!」と自棄になったかのように叫んだ。


「では、気のせいか」


 ヤマトは冷や汗をかいて下を見ると、貼ったはずの紙が一枚落ちていたのがわかった。


ヤマトはさらに顔が青ざめた。この紙が、貼っていたのに落ちたものなのか、コブラかキヨが貼る前に落とした紙かを断定する方法がなかったからだ。紙を持ったヤマトの手も思わず身震いが止まらない。コブラとキヨも震えるヤマトに気づき、彼の持っている紙を目を丸くして見て身震いする。


「あーあ。振り出しに戻る。だね」


 コルキスが歩いてきて青ざめているヤマトの前に現れる。


「コルキスてめぇ! このゲームにインチキしてねぇよな!」


 コブラはコルキス相手にいちゃもんをつける。


「やめなよ。コブラ、相手は小さい女の子だよ」


「うっせぇ! こいつ最初っから俺たちをおちょくりやがってぇ」


 コブラは眉間にしわを寄せてコルキスを睨みつける。コルキスは睨まれても笑みを崩すことはない。


「最初に言っておく。僕はインチキをしていない。答えはしっかりとある。君たちがそこに到達できないだけじゃないのかい?」


「ぐぬぬう……」


「コルキスの言うとおりだからね? コブラおちついて。どーどー」


「人を猛獣扱いしてんじゃねぇよ。この女ぁ!」


「だから落ち着きなって! 私もイラついてんだから!」


 キヨとコブラとコルキスが話している間もヤマトは悩んでいた。コルキスの言うことが真実ならあまりにも奇怪な出来事が起こっている。33匹で逃げた時もあと少しで終わると思っていた。あの時も移動させるための羊の数はあと少しだった。けれど、テープを貼ったときにもそろそろ終わると思った時にもあと少しだと思い込んでいたのに増えた。


「ひとつ訊ねたい。コルキス」


「なんだい? ヤマトくん」


「あなたの言うイカサマの中に羊の数をこっそり増やすというのは含まれていますか?」


「んー、増やすことはイカサマじゃありませーん。って僕が言うと思っているの? それだったら安心して。僕はこっそり増やしてなんかいないよ。堂々と増やしているわけでもない。まっ、発想の転換って奴さ。がんばって」


 コルキスはそういってまた去っていく。ヤマトはさらに頭を悩ませる。キヨは「発想の転換」とぶつぶつと独り言を呟く。コブラは地面に胡坐をかきながら指を鳴らそうとしてならない自分に腹を立てていた。


「ほら、コーヒーか?」


「今はどっちかっつうと牛乳が欲しい」


 ヤマトは指を鳴らして苛立って爪を噛んでいるコブラに「行儀が悪いぞ」と一喝した後、牛乳を渡してやる。


「なんか。味濃くないか?」


「そうか? 文句があるならいらないか?」


「いいや、飲む飲む」


 コブラはそういってヤマトから受け取った牛乳を一気飲みする。


 「ねぇ、二人とも」


 キヨがコブラとヤマトに話しかける。彼女は二人の目を確認して話しを続ける。


「私にひとつ考えがあるから耳塞いでてもらえる。可能性はあると思うんだけど……」


 二人はキヨの言葉が不思議で、首をかしげたが、したがって耳を塞ぐ。キヨはそのまま牧場の真ん中に立ち、羊達に囲まれるような状態になる。


「あいつ、何やる気だ」


「何か数えるためのいい方法でも思いついたのか?」


 キヨは大きく息を吸いこむ。彼女の肺に空気が入っていくのが、彼女の胸部のふくらみからわかる。次の瞬間だった。コブラとヤマトは耳を塞いでいたのに思わず身体が驚いて動けなくなった。彼女の口からまるで巨大な獣のような怒号が響いたのだ。


「……あれ?」


 叫び終えた彼女はさっきまでの獣らしさと一転。少女のような声で周りの状況に動揺する。


「おいっ! キヨ。お前何がしたかったんだよ!」


 コブラはまたキヨに怒り、彼女の元へかけよる。


「いや、ごめん。狩りの時、こうやって熊とか鹿とか誘導して捕獲したり、村に近づかせないように逃がしていたから。羊にも効くかなぁって試したんだけど……。ほら。この柵から全員一か所に集まったら数えるの楽でしょ? 何匹か逃げてくれたら減るし、でも羊って随分音に対して強い動物なのね」


「いや、恐らく他の動物と同じようなものだと思うが……」


「そーなの?」


 ヤマトの言葉にキヨはきょとんとしているだけだった。


「なぁ、今日は一旦降参ってダメかぁ?」


コブラが二人に提案した。それが可能なのか? とヤマトは驚いた顔をしていた。


 キヨも驚きはしたが、正直そうしたい気分だった。ずっと何かを数えている作業と言うのは中々堪えるものがある。この発言にヤマトもキヨも異議を唱えなかった。二人も頭が痛くてたまらないのだ。


「一度撤退をする。と言うのはアリなのだろうか?」


 ヤマトはコルキスに確認を取りたいと考えた。もし彼女の中で一歩でもこの柵から出たらその時点で失敗なんていわれたら元も子もないからだ。


「どうしたんだい? 三人とも」


 そんな時にコルキスが奥からやってきた。コブラはすぐにさっき自分が言った提案をコルキスに話した。


「うん。いいよ。柵からも出てもらっても。あっ、けれど一応忠告。君たちはこの世界で眠ることはできないよ? 儀式中だからね。覚えておくように」


 コルキスの言葉を聞いてコブラは我先にと柵の外へ出た。キヨもそれに続いて出て、最後にヤマトも出る。コブラが出た後も柵のほうを見ているので、二人も彼に続いてみる。


「やっぱり、中にいるときと明らかに広さが違う気がするんだけど」


「そうか? 私は変わらないと思うが」


 コブラはヤマトと意見が合わないことに違和感を抱く。そのことを頭に入れながら町のほうへと戻った。

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