第10話 夢の国
キヨが目覚めたとき、辺りは草原だった。しかし、草原を取り囲むように煉瓦家屋に囲まれていた。大きな賑わいが耳障りで起きあがる。ここはアリエス王国にある公園だろうか。塔へ向かう途中で見かけたような気がする。彼女はその光景に驚く。
「ここ、アリエス王国なの?」
彼女が思わず声を漏らす。彼女の近くにある噴水近くでたくさんの子どもたちは楽しく遊んでいる。それを見守りながら、親であろう人たちは雑談をしていた。彼女はなんだかその光景が恐くなった。急いで辺りを見渡してコブラとヤマトを探す。まだ倒れているコブラとヤマトを見つける。
「コブラ! 起きてコブラ」
何度も揺すり、それでも起きないコブラにキヨは何度か頬を叩く。頬が赤くなった頃にようやくコブラは目を覚ます。彼は何が起こったかと呆然として、目を擦りながら起き上がる。キヨがヤマトの方も揺すっていると、まだ頬が赤いコブラはニヤニヤと笑いながらヤマトの頭を思いっきり叩いた。ヤマトはその痛みで目を覚まし、痛みの犯人がコブラだとわかると彼に向かって思いっきり蹴りを入れようとして二人は喧嘩を始めた。
「二人とも! 寝起きだからってはしゃがないで! 回り見て!」
キヨはそれを止めて、周りを見るように促した。コブラとヤマトは互いの頬を引っ張り合うのをやめ、辺りを見渡す。
「なんだこりゃ?」
「みんな、起きている? 私たちがあの塔にいる間に昼寝の習慣は終わったのか?」
「ううん。それもおかしいの」
キヨは二人に空を見るように言った。二人は見上げてまたその違和感に気づいた。まだ日が落ちていないのだ。ずっと明るい。むしろ明るすぎて路地裏などで生活を続けていたコブラには鬱陶しさすら感じる明るさだ。ヤマトはすぐに自分の荷物袋から時計を取り出した。時計は六の数字を出していた。朝の六時にしては明るすぎる。夜の六時ならなおさら暗くないとおかしい。時計自体が狂っているかと疑った。
「貴方たち、見ない顔ですね?」
三人が困惑していると一人の女性に声をかけられた。
「あっ、いえ、我々は他国からやってきた者でして……」
「あらあら、他国からでしたか。ようこそ、夢の国アリエスへ。ワタシはシープと言います」
シープと名乗った女性はウフフと笑いながらヤマトたちに言った。怪訝そうにシープを睨みつける。
「はっ! 夢の国とは、御大層なもんだな。なぁあんた。ここってどうなっているんだ? あんたたち寝ていただろ? なぁ」
コブラが女性に対して少し脅すように睨み付けて問い詰めた。シープはそれでもウフフと笑みを保っている。コブラはそれでさらに彼女に疑念を持つ。シープはコブラの問いに答える。
「えぇ、ですから。寝ているんです。ワタシたち」
「はぁ?」
コブラは首を横にかしげた。それを聞いていたヤマトとキヨも同等だった。三人とも眠るというものは目を閉じるものという考えが媚びりついているのだ。
「ですから、ここは夢の国とおっしゃっているでしょう?」
女性は三人の困惑顔を見て何がおかしいのかわからない様子だった。女性の様子と言っている意味にいち早く気づいたのはキヨだった。
「二人とも、この人の言っている意味。わかったよ」
キヨの言葉を聞いて二人はキヨのほうへ向いて彼女が言葉を続けるのを待つ。
「彼女の言うとおり、私たちは。眠ってしまって、夢の中にいる」
「キヨ、それはどういうことだ? もう少しわかりやすく頼む」
「……あぁ、なるほど。俺もわかったぜ。キヨ」
キヨの言葉を聞いてコブラも現状の理解を果たした。わからない問題が理解に達した時の幸福感は何物にも代えがたい。コブラとキヨは達成感から来る悦びを分かち合った。二人を見てさらに困惑しているヤマト。
「お前、頭が固いなヤマト。つまりだな。ここは夢の中。眠った時にたまに見るあの夢の中ってことだ。ここの住人は夢の中を共有しているってこと。だよな? あんた」
コブラは確認のために先の女性に話しかける。
「はい。その通りです。ここは文字通り夢の国アリエスなのです」
シープがアリエス王国を語った際の夢の国というのは夢のような国ではなく夢そのものの国及び夢の中ということだ。
「じゃあ、国民全員が寝ているのは」
ヤマトもやっと理解したようで、少し驚きながらコブラに確認を取った。
「あぁ、全員『こっち』にいるから寝ていたんだろう。ってことは、俺たちも眠っちまったってことになるのか……。いつの間に寝たんだっけ?」
コブラたちはまた頭を悩ました。コブラは辺りを見渡す。すると一つの違和感に気づく。
「おい、あっち見ろよ」
二人にも自分が見ているほうを見るように促す。キヨとヤマトも気づく。自分が登っていた塔がこの夢の国では存在していないのだ。
「とりあえず、またあそこに戻る必要がありそうだな。あの塔だけが、夢と現実での立地が違う。ということは、なんか訳ありだろ?」
「えぇ、そういうことです」
コブラの言葉に答えたのはシープだった。彼女はまだウフフと笑っている。
「まず、最初に、あなた方が眠る前にいたという塔の跡地にきてください。そうすれば、あなた方の知りたいことがわかるでしょう。ウフフフフフフフッ」
そういって微笑むと女性は不気味に笑いながら陽炎のように消えていった。キヨは恐かったのか、思わずヤマトの背に隠れてしまう。
「なんだ、キヨ。お前ゴーストとか恐いのか?」
「五月蝿いよ。コブラ」
「お前よくそれでヘラクロスの冒険六章読めたな」
「あ、あれは……物語の世界だから……」
二人が話している最中も、ヤマトは顎に手を置いて熟考を続けている。
「あの女性。シープと言ったか。どうやらあのコルキスとか言う少女が遣わした幻影……ということだろうか」
「あぁ、そんなこと出来るのか? 占い師ってのは」
「わからない。ただ、ここは夢の国だと言っていたからな。こういったことも可能なのかもしれない」
ヤマトの言葉を聞きながら、コブラは二、三度足をまげて屈伸して、大きく息を吸った。
「とりあえず、まずはあの塔跡地に行けばいいってことで。俺たちはあの占い師に喧嘩を売られた。って認識でいいんだよな?」
コブラの表情はとても嬉々としていた。その表情にヤマトもキヨも少し呆然とした。
「それは少々横暴なんじゃないのか?」
「完全に何か申し込む気満々だったよね。あの娘。買ってあげようじゃない」
「よし、なら行くか。もう一回あのコルキスってガキに会いに行くぞ」
「おい、二人とも……血の気が多いなぁ。まったく」
そう意気込むとコブラは二人を連れてコルキスの待つと言う塔の跡地へと向かう。
町は異様なほど明るかった。それは日がずっと頂上にあるからと言う話だけではない。
コブラはオフィックス王国で様々な人間を見た。呆けているからか、いつもニヤニヤとしている者。なぜか顔を歪ませて苛立っている者、その苛立ちを暴力でぶつけられ、涙を流す者。そんなことが起こっているとも知らずに無邪気に遊ぶ子どもの姿。家という空間に閉じこもらずに町に溶け込んでいたコブラはそういった人間を何人も見てきた。しかし、この国、コルキスは異常だ。みんなが笑顔なのだ。みんな不幸なんて一つも抱いていないと言いたげに満面の笑みを浮かべている。
「ねぇ! あれ見てよ」
キヨは喫茶店と思われる場所のテラスに座っている男女を指でさす。ヤマトとコブラもそんなキヨの指の先を見る。男女は楽しそうに話している時だった。男の方が指をパチンと鳴らすと、目の前にコーヒーが現れたのだ。
女性の方も指を鳴らし、自分の分の紅茶を出現させる。それを二人してにこやかに話しながら口へ含んだ。その光景に三人は驚くしかなかった。
「あれ! どういうことだよ」
「どうって……」
慌てて問い詰めるコブラにキヨは何も答えることが出来なかった。
「ふむ。どうやらさっき話した夢の国というのは本当のようだな」
ヤマトはそういって自分の手にサンドウィッチを持ち、それをコブラたちに見せる。
「てめえ! こっちも腹減っているのにどこに食料を隠し持ってた!」
「いや、だから。こうして……」
ヤマトはコブラの目の前で指を鳴らして見せる。すると彼が持っていたサンドウィッチがもう一つ現れる。ヤマトはそのサンドウィッチをキヨに渡す。
「あ、ありがとう」
キヨも受け取ってサンドイッチを咀嚼するが、不思議そうな表情をした。
「うむ。ちゃんと食べることもできるようだな。本当に不思議だ」
サンドウィッチを咀嚼しながら首を傾げるヤマト。自分の分をあえて出してこないことを察したコブラは怒りがこみ上げて眉間にしわを寄せる。
「私もやってみよ。ヤマトどうやったの?」
「自分の出したいものをイメージしてから指を鳴らすんだ」
「ふーん」
キヨは一度視線を上にして、出したいものを考えた後、軽く指を鳴らす。するとこんがり焼けた獣の肉が木の皿に乗って現れる。キヨは嬉しそうに声を上げて、それを同じく出したフォークで刺して食べ始める。
「旅をしてから猪の焼き肉食べてなかったから、美味しいー! さっきのよりも!」
美味しそうに懐かしの味を満喫するキヨは、コブラがなぜかこちらを睨んでいることに気づく。
「どうしたの? コブラ」
「……うっせえ」
コブラは悪態をつきながらキヨから視線を逸らす。
「ははぁん。さてはコブラ、貴様、指ならせないなぁ?」
コブラの異変に気づいたヤマトはいやらしい笑みを浮かべながらコブラに近寄りもう一度指を鳴らして、出したコーヒーを飲んだ。
「そうなの? コブラ」
キヨも確認のために声をかける。コブラの眉間の皺がどんどん深くなっていく。
「あぁ! そうだよ! さっきからやってみているけどできねぇの!」
コブラはそういってヤマトやキヨがしている指を鳴らす動作を試みるが、音が全くならない。
「コブラ、私の肉食べる?」
哀れに思ったキヨは肉の乗った皿をコブラに渡した。コブラは悔しそうにその皿を受け取ると肉を頬張る。
「ん? 味、しなくねぇ?」
「えぇー嘘よ。あんた盗人稼業だったらしいし、調理した料理の素晴らしさも理解出来ないのね。そんなこと言うなら返してよ」
「じゃあさ。じゃあさ。キヨが変わりに俺の食べたいものだしてくれよ。モルカって飲み物なんだけどな?」
「私、それ知らないんだけど……」
「えっとなぁ。ちょっと牛乳が多めに入っているカカオ豆の粉末と砂糖を混ぜたものなんだけど」
「んー、なんとなくイメージは出来た。やってみる」
そういってキヨは指を鳴らす。そこにはマグカップの中に入った温かいモルカが出現する。コブラは嬉しそうにそれを受け取る。
「お姉さんが入れたこれが本当に好きだったんだよなぁ」
「ほぉ、私に捕まった時に行こうとしていた茶屋か」
「そうだよ! てめえのせいで飲み損ねたからな。身体がモルカを求めているんだよ」
コブラはヤマトの悪態をあしらい、キヨが出してくれたモルカを飲み始める。
「ん? なんか、牛乳と甘さが別々の味になっている。混ざってない……」
「えぇ? なんでよ」
「好きなものが出せるんじゃねぇのかよぉ」
「まぁコブラ。仕方ない。キヨが上手いこといっていないのだろう。私のサンドウィッチをあげよう」
そういうとヤマトは溜息を吐いたのち、コブラにサンドウィッチを渡す。「感謝するように」と一言添えるヤマトに「恩着せがましい奴」と悪態をついてコブラは受け取ってそのサンドウィッチを食べた。今度のはちゃんと味もしたし、美味しかった。モルカを出してくれた店で食べたサンドウィッチの味を思い出した。
「さて、結果として腹ごしらえもすんだし、引き続きコルキスのところに急ごうか」
ヤマトがそう仕切り歩き始める。キヨはまだ指を鳴らして食べていた焼きドングリをつまみながら「美味しいんだけどなぁ」と釈然としたい表情のまま咀嚼していた。コブラはそんなキヨの肩に腕を乗せる。
「キヨよお、お前ここの生活のセンスねえんじゃねぇの?」
「そもそも鳴らせないあんたに言われたくないわよ」
と後ろでキヨとコブラは雑談をしていた。
ヤマトはこの国のシステムは不思議さについて考えていた。指パッチン一つで好きなものが出せる。ここにいる者はみな魔法使いのようである。しかし、ここは夢の世界なのだ。当然と言えば当然かと、納得させるしかなかった。
「いらっしゃい。薬草いらないかい?」
「こちらで美味しいコーヒー販売しております!」
最初に来たアリエス王国とはイメージが全く違っていた。みなが活気にあふれていて、町も充実している。ここにいる人達はみんな夢を共有しているのだろうか?
そんな時、コブラたちはある家族を見かける。それでヤマトはここがやはり夢の国であることを確信させる。キヨが浴場に入った家の者達だったのだ。幸せそうな顔で眠っていた家族は、食事処で楽しげに食事をしていた。
「おい、ヤマト」
「ん? どうしたコブラ」
コブラが真剣な顔つきでヤマトに声をかける。ヤマトはコブラが次の言葉を放つまでじっと彼を見つめる。
「気づいているか? この国の外」
言われてヤマトは町の外側を見るように振り返ってみる。すると、町のある一定の場所から奥が真っ暗になっているのだ。
この夢の国も、オフィックス同様円形となっており、その境目には黒い水のような影に覆われている。本来ならコブラ達がこの国入るために通った森が見えるはずなのに、だ。
「なんか、不気味だとは思わないか?」
「そうだな」
「それと……」
「なんだ、コブラ」
「キヨの奴がどっか消えた」
「っ!?」
ヤマトはコブラの言葉を聞いて慌てて彼の方を見る。確かに彼と隣に歩いてついてきていたはずのキヨがいなくなっているのだ。
「どうしたものか。こんな異界の地で、王女様を一人にするとは……」
ヤマトはあまりにも唐突だったので、頭を抱えながら溜息をもらす。ただでさえ何が起こるかわからないこの空間でなにがあるかわからない。ヤマトはそこが心配で仕方がない。
「まぁ、キヨのことだから大丈夫と思うけど?」
「仮にも王族だ。何かあったら危険だろう。コブラ、探してきてもらえるか? 私は先にコルキスのところへ行っているから」
「りょうかい」
正直面倒だったコブラだが、ここでヤマトの命令を断るのはもっと面倒なことが起こると察して大人しくキヨを探しに行く。
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