第9話 眠りの国
コブラは町を一通り見て回ることにした。ヤマトも誘ったが、自分はキヨが上がってくるまで待つと断られてしまった。仕方なく一人で回ることにしたのだが、確かにこの町には賑やかさの欠片もなかった。一つの家をよじ登り、窓から部屋の中を覗き込むと、そこでは子どもがぬいぐるみを抱えながら眠っているのが見えた。コブラはそのまま家の屋根まで上り、王国の全体像を見渡す。人がまったくいないわけではない。ただ、声がしない。この町は中央に長い塔があり、その周りを囲むように周囲に家が点在している外観だ。
「まさかと思うが……この国の住人全員が寝ているってことないよな?」
コブラは理解しがたい状態に口元をにやけさせながら言葉を漏らした。
まだ日も落ちていない。正確な時間を理解するための時計を持っていないコブラでも、今がまだ夜ですらない昼の真っ只中であることはわかる。確かに、夜に仕事をする者もいることは知っている。彼らにとってはこの昼の時間こそが眠る時間なのもわかる。だが、この町はそんな者たちだけで構成されているのか? それはありえない。小さな子どもだってこの時間に寝ているのだ。明らかに異様だとコブラは驚いた。この屋根から下りて、キヨたちがいる家まで戻る。家の前にはこちらに向けて手を軽く振るヤマトと、まだ風呂上りだからか、髪が下ろされているキヨの姿があった。
「ほぉ、そっちの方がまだ女らしさあるぜ」
コブラは軽口を叩くとキヨはそれに怒ったのか、彼の横っ腹に軽く蹴りを入れた。
「それで、どうだった? この国の様子」
ヤマトは横っ腹を蹴られて悶絶しているコブラに対して質問する。
「あぁ、色々見て回ったけど。間違いない。この国の人間、まだ昼真っ只中だってんのに、全員寝てやがる」
「ふむ。やはりか、この静かさは全員が眠っているからということなら納得はいく」
「でも、そんなことってあるの? 王国の人間全員が寝ているなんてこと」
「ふむ。確かに異様ではあるが、もしかしたら国単位で昼寝が法としてあるのかも知れない」
「いいなぁー、お昼寝出来る王国かぁ」
「お前んとこの集落も似たようなもんだろ」
コブラの軽口にキヨは勘に障ったのかキッと睨む。
「それは違うわ。私たちのところは、食料も限られていたから腕に自信あるものは体力があれば狩りに出ていたし、女性たちも住人の家事を任されていたから。こんなにゆっくり眠る時間なんてないもの」
「ずっと寝ているってのも、俺は退屈だと思うがね」
コブラはキヨの言葉の後に、自分はあまり好まないということを話す。
「寝るってのは、ルールで決められるもんじゃねぇだろ? 寝たいときに寝かせろってもんだ」
現にコブラはこの旅が始まるまでそうしていた。夜に寝る日もあれば、昼に熟睡する日もあった。自分が眠いと感じたら眠る。それが彼の生活だった。そんな彼からすれば、眠る時間まで国に決められているなんて違和感しかなかった。
「とにかく、全員集まったことだしこの王国の王の元へ向かうとしよう。占い師殿の居場所を聞かなければならない」
「その王様も寝てんじゃねえか?」
「その可能性もあるわね」
コブラとキヨはそう笑いながら先を歩くヤマトの後についていった。目指す場所はこの国の中央に位置する巨大な塔だ。ここを歩くまで、どの道にも人を見かけなかった。コブラもキヨもヤマトも、誰か人は起きていないか。歩きながら辺りを見渡した。そろそろ誰か起き始めたりしないか。実は眠っていない者がいないか。冷静さを保ちながら探す。途中綺麗な草原が出来ている公園も見かけるが、もちろんそこにも人なんていなかった。三人とも、まだ不安が拭いきれない。この王国に入ってから、誰もこの王国のことを話してくれない。知っているものはみな、眠りについてしまっている。未知の土地で歩き続けることがこれほど不安だとは彼ら三人も想定外だった。
「結局、塔についてしまったな」
「これ、扉って開いているだろうな?」
「ここの警備の人もいないもんね」
三人とも、その巨大な塔を前に呆然とした。誰も教えてくれないこの土地で、この扉を開けてしまっていいのかさえ不安になっていた。
「まぁ、行くしかねぇだろ」
そういってコブラはいち早く扉へ向かって開けようとした。すると、ドアノブが簡単に動き、そのまま扉を引くと、簡単に開いた。鍵はかかっていないようだ。
「ずいぶんと、無用心ね。うちの集落よりも無用心かも」
「ここ数十年は外敵が来なかった証拠だろう」
コブラを先頭にそのまま扉の中へヤマトとキヨも入っていく。中は天井まで届く螺旋階段が存在し、それを見上げたコブラたちは驚いてしまう。階段の横には羊の絵がたくさん描かれている。
「アリエス王国の守り神は羊らしい。その優しき衣で神の子を守ったとか、なんとか」
コブラが階段横の羊の絵を凝視していたのを見て、ヤマトは自分が知っているアリエス王国の情報を語った。キヨは壁に描かれていた絵に興味深々で壁を撫でながら心を弾ませていた。ヤマトの話なんかまったく聞いていなかった。
「ねぇ、これってこの階段を登れってこと?」
キヨは階段の一段目に足を乗せながらヤマトとコブラに確認を取る。ヤマトは辺りを見渡して他に部屋はないかを確認したが、扉の存在を確認できない。もしかしたらこれは何かのオブジェで王国の城は他にあるのではないかと不安になる。
「まぁ、上がっていくしかないっぽいな」
コブラはそういうと、先にキヨは階段を登り始める。コブラも彼女についていく。ヤマトもとりあえず上を確認する必要があると判断してのぼりはじめる。
「しっかし、この階段をただ登っていくのも退屈だな」
「なら、横に書かれている羊の数でも数えていたらどうだ?」
「ヤマト、ナイスアイデア! でも、今の段階で何匹なんだ?」
「15匹よ」
「キヨ、お前さては最初っから数えてたなぁ?」
「こうやって法則的に描かれていると数えたくならない?」
キヨは前を見たままコブラに対してそういった。コブラも「それもそうだな」と言った後「羊が16匹 羊が17匹」と階段の横にいる羊の数を口に出しながら階段を上がっていった。
階段を上がりきる頃には三人とも息が上がっていた。
「結局、羊何匹だっけか?」
「お前、数えてたんじゃないのか?」
「だって、途中から階段上がるのも疲れちまって」
「それに、途中から羊の絵の間隔が不規則になっちゃったし」
今の言い振りだとキヨも数えることを途中で放棄してしまったのだろう。最初から数えるつもりのなかったヤマトだが、二人が数えていたので、その結果は楽しみにしていただけに彼は少しだけ落胆した。
登りきった階段の先には、扉がある。この先に誰かいるのだろうとヤマトは確信した。仮にこれで誰もいなかった場合、彼は絶望するほかないと思った。彼は何度か扉をノックする。
「はいはーい。ちょっと待っててねぇ」
扉の向こうから声がして三人は安堵の息を漏らす。
扉は開かれて、中から小さな少女が出てきた。
「えっと……君は?」
「僕の名前はコルキス。貴方たちは? 誰?」
目の前の少女はコルキスと名乗った。王とは思えない少女の登場にヤマトは呆然としてしまい、彼女の質問に答えるのに五秒ほど遅れてしまう。ヤマトは急いで許可証を彼女に見せた。
「あっ! 申し遅れました。私はヤマト=スタージュン。こちらの者は任務を任されているコブラと言います。もう一人、彼女はこの旅に同伴していただいているオフィックス王国王族のキヨ=オフィックスと申します。我々は『星巡り』のために、此度オフィックス王国から御国アリエスに参上した次第であります。あの、国王様は?」
「国王に何か用なの?」
少女はまたも質問を返す。
「国王様には、この国の占い師の居場所を教えていただきたく――」
「だったらその必要はないよ! 僕が占い師兼ここの国王だから」
そういうとコルキスという少女は指を一度鳴らした。すると突然ヤマトたちがいた床が崩れていった。ヤマトたちはあまりにも突然の事だって対応出来ずにそのまま長く登り続けていた塔の下まで落下していく。
「オフィックスの使者の皆さんようこそ! 夢の国、アリエス王国へ! 僕は君たちを歓迎するよ!」
落下していく三人を見下ろす形で少女は叫んだ。
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