第8話 静かなアリエス王国

 キヨを加えてコブラ、ヤマトの三人は森の中を歩く。彼ら三人は荷物を順番に運んでいる。ヤマトは何か苦しそうに荷物を背負っている。彼は長距離を三人分の荷物を運んでいるのだ。


「よし、約束の地についたな!」


 ヤマトはつらそうに荷物を地面に下ろす。コブラはニヤニヤと笑みを浮かべ、その表情にキヨは呆れている様子だ。


「じゃあ、早速次運ぶ者を決めようか」


 そういうとコブラは手をグーにして前に出す。キヨもこれと同じ構えをする。


「コブラ。お前の口をふさがせろ」


「え? なんでだよ」


「さっきと同じ手を何度も使わせないためだ!」


 ヤマトはコブラに対して気迫に満ちた目で睨んで怒鳴りつける。


 彼らはおおよそ一キロ歩く度に、手を握り占めるグー。手を広げるパー。そして指を二本付きだすチョキ。として決め事をする際に、スムーズさを追求したゲーム「ジャンケン」で次に荷物を運ぶ相手を決めていた。最初キヨは三等分すればいいのでは? と言ったが、コブラがこれを拒否、楽出来ることならしたいと言う彼の要望と、そもそも刑期も同じ身分のコブラに全てを運ばせようとしたヤマトが対立した結果。このような決め方になった。結果キヨも重い画材を持ってもらえる可能性が出たのでこれを喜んで承諾。しかし、問題が起きた。


 コブラはジャンケンをする直前に思いっきり大きな声で「グー!」と叫ぶのだ。これにより、驚いた二人は思わずグーを出す。そしてコブラはパーを出して勝ち誇るのだ。これで二度目も行われた。来ると思っていても思わず驚いてしまい、また引っかかる。三度目でやっとキヨがこの攻撃に慣れ始めたが、ヤマトはこれを攻略することが出来ず、これで四度目、つまり四キロの距離を三人分の荷物を背負ったのである。


「おいおい、流石に次も引っかかることはないだろぉ?」


 コブラは半笑いでキヨに話を振る。もう慣れてしまったキヨは彼への同情もあるので、どちらの味方でもないようにふるまう。


「とにかく、今度は正々堂々のジャンケンだ!」


 ヤマトは剣の鞘を掴む。これにはコブラも流石に慌てた。


「わかったわかった。真面目にやりゃあいいんだろう?」


 そういうとヤマトはまだ警戒心を抱きながらも、手をパンチの構えにして前に着きだした。


「じゃあ行くぜ!」


「「「じゃーんけん!」」」


「パーッ!」


 その一瞬、コブラは驚愕。耳元にキヨの怒鳴り声が響いたからだ。驚いて手を広げてパーにしているコブラに対してキヨはけらけらと笑っている。ヤマトはかろうじてチョキを出していたので、このジャンケンに負けたのはコブラということになった。


「キヨ! てめえ!」


「だって、流石にヤマトが可哀想だったんだもん」


「くっそぉ……」


 悔しがるコブラの前にヤマトは全員分の荷物を出す。コブラはぶつぶついいながら全員分の荷物を工夫して背負い始める。その光景を見てキヨはニヤニヤと悪い笑みを浮かべる。ヤマトはそんなキヨに近づいて耳打ちをする。


「こ、これでいいのか? キヨ」


「いいのいいの。どうせ次のアリエス王国まですぐそこでしょ」


 キヨは軽口でそう言った。確かに、アリエス王国のものらしき高い建物がもう見えている。


 もう少し、それこそ後一キロも歩けば到着するだろう。ヤマトはコブラの方を見直す。


 小さい身体で工夫して荷物を全て背負ってこちらに向かっているコブラを見て、ざまあみろと思った。


「お前今絶対俺のこと見下しただろう!?」


「因果応報だ。黙ってアリエス王国までその荷物を運べ」


「いやぁー、こんなに旅が楽なものなんだったらもっと早く出てればよかったわぁ」


 ここ五キロほど何も荷物を持つことなく歩くことが出来たキヨだけが楽しそうに空を見上げて歩いていく。


 彼女は集落の人達が心配でもあったが、彼らは自分よりも年上のものも多い。自分がいなくても大丈夫だろうと意志を強く持つ。それより、この任を終えて、集落に帰った時にコブラとヤマトの二人とこれからの冒険について語ることにしようと彼女は考えるのだった。アリエスへ向かうまでの数日感で、彼女は既に三枚ほど絵を完成させている。


「ほら、コブラ。もうすぐそこだと思うから頑張って!」


「くっそぉ……。あの女絶対どっかで復讐してやるぅ」


コブラの負け惜しみを聞いてキヨはまた小さく笑った。




 「ふぃー、重かったぁ」


 壁の前でコブラは荷物を下ろした。悔しさに顔を歪めながら彼はアリエス王国まで運んだのだ。この国の壁はオフィックスほど巨大ではなかった。あくまでここまでが領土であると示すためだけのもののようにも感じた。


「ちょっと……二人とも」


 キヨの動揺した声がする。ヤマトは自分の荷物だけを持った後キヨの元へ行く。


「この扉、もう鍵空いているんだけど……」


「使者もないのか。オフィックス以外の国は、こんなものなのだろうか?」


「あぁ、壁も随分低いし」


「どうするの? 入っちゃっていいのかな?」


 キヨは何度もヤマトに問いかける。ヤマトも少し考える。何分彼自身も外へ出たことは初めてで、外の国など見たことすらないのだ。


「と、とりあえず許可証があるのだから、もし中に入って何か言われても大丈夫だろう」


「とりあえず腹減ったよ。中入ってなんか食い物屋でも入ろうぜ」


 そう答えて気にせずコブラは国の中へ入っていった。キヨとヤマトは、コブラの無頓着なところに少し呆れたが、しばらくして二人も少々警戒しながら入っていく。


 アリエス王国に入った最初の印象はとても静かだというものだった。石畳で出来た屋敷が多く点在し、地面も石板を使っていて、歩く度に小気味良い音が響く。瓦の茶色の屋根は街の風景を彩り、いつものキヨなら早速板を取り出して絵を描き始めるだろうに、そうはしなかった。三人が不審に思うほどこの国は、まったく音がしない。人が住んでいる気配はする。建物も存在する。


 しかし、誰も外を歩いていない。かといって家の中ではしゃいでいるような音もしない。コブラが一つの店の扉を開こうとすると鍵がしまっていた。


「ちっ! くそ! 開かねぇ!」


「鍵は閉められているみたいだな」


「じゃあ、この辺りのお店は全て閉まっているってわけ? まだそんなに日も沈んでいないのに?」


 キヨも首を傾げた。この国は何かがおかしい。ヤマトとキヨは二人とも不安げな表情でお互いを見つめ続けた。


「おっ、食いもん発見」


 コブラだけは特に深くは考えず、運良くカフェの前に置いてあった硬くて長めのパンを拾ってかじっていた。


「おい、それ犯罪の可能性があるぞ!」


「誰も警備してないほうが悪いだろ? こんなもん」


「腹壊しても知らないよー? 落ちているもん食べて」


 恐らく店頭で売っているものだろうとヤマトは判断したが、確かにこうしてコブラが現にパンを盗んでいると言うのに誰もやってこないことにヤマトの不安はさらに大きくなった。


「とりあえずどうしようか」


 キヨがヤマトに対して問いかける。ヤマトは腕を組んでどうしようか考えた。コブラはそんな二人を見ながら新食感のパンを楽しんだ。


「まず、あそこに行ってみるべきじゃねぇ?」


 悩んでいるヤマトに対してコブラは適当に国の中央にある高い建物を指さした。


「あんな真ん中に偉そうに立っているんだ。ここの国王とか住んでんだろ」


 口をパンでもちゃもちゃさせながらコブラは話す。コブラの行儀の悪さを気にしたヤマトだが、彼の言う通り、中央にある巨大な塔に意識がいき、彼を注意することを忘れていた。


「そうだな。この国の星巡りに関係のある人物の家を探すにはまずは城に挨拶に行くべきだろう」


「わ、私こんな格好のままでいいのかな?」


 キヨは少し恥ずかしそうに答える。元王族として過ごしてきた期間があるからか、今の動きやすさを重視した格好では、城に不釣り合いだと感じ取ってしまう。改めてみると、ボロ布を縫い合わせてチュニックのような恰好をしている。ドレスを着ていた時期もあるキヨにとっては、公の場の恰好ではない。


「大丈夫でしょう。コブラがあの調子なのですし。しかし、確かに女性としては気にしたいところではありますね。どこか湯浴みでもできるところがあれば早いのですが……」


「おい、鍵空いている家あったぞ。入ろうぜ」


「コブラ! また貴様は!」


 コブラが空いている家に勝手に入っていくのでヤマトはそれを止めるために追いかける。


 しかし、誰もコブラに対して怒鳴りつけるような声も、悲鳴も聞こえない。コブラもバレないように慎重に入ったとは言えないのに。キヨにも一緒に来るように促して二人もコブラに続いて家の中に入る。


「何か食いもんあっかなぁ」


 コブラは早速部屋の貯蔵庫を漁っていた。ヤマトはそれを止めようとも考えたが、目の前の光景に少し動揺してそれどころではなかった。遅れてキヨも様子見をしながらゆっくり入ってくる。


「この者達、寝ているのか?」


 入った部屋では、大きなベッドが存在し、そのベッドでここに住む家族であろう四人がまるで死んでいるかのように静かに眠っていた。コブラが騒いでいてもまったく起きない。本当に死んでいるのではとヤマトは戦慄した。


 一番端で寝ていた父親と思われる男の脈を確認するが、ちゃんと生きている。ここまで部屋に侵入されているし、実際に触れてもいるのに、本人たちは起きる気配すらないことにヤマトは少し恐怖を感じた。


「あのさ、ヤマト」


 その時、キヨが申し訳なさそうにヤマトがいる部屋をのぞき込んでいた。


「ここの浴槽借りちゃダメかな? 流石に汚れているし……」


「いや、流石に……。いくら寝ているとはいえ」


「いいんじゃねぇか。入ってこいよキヨ」


「コブラ! 勝手に決めるんじゃ」


「用心してねぇ方が悪い。これは泥棒やっていた俺の持論だ」


 キヨの入りたそうな顔と、コブラの言い分。そしてここで止めれば他にこの国の中で湯浴みができそうな所を模索する苦労を考えるとヤマトは悩み苦しみながらも、コブラの持論に納得するしかなかった。


「はぁ、仕方ない。一応宿泊金のようにここに少しお金を置いていくとしよう。コブラ、お前が食べた食べ物の料金もな。途中で起きたら素直に謝罪して許可を取ることにしよう。話を聞いてもらえないようだったら逃げるしかない。キヨもその覚悟は持っておくように」


「わかった」


 キヨはそういうと少し嬉しそうに浴槽のあるところまで行った。ヤマトはここまでの旅、顔や体のふしぶしを水で洗うことはあったけれど、がっつりと水浴びを記憶はない。キヨにとってはコブラやヤマトには考え付かないほどの死活問題だったのだろう。


「コブラ、一応言っておくが、覗くなよ」


「やんねぇよ流石に。そんなこと考えんなよムッツリ」


 コブラの言葉に憤りを感じたが、ここは押さえた。ここで喧嘩になってここの人達が起きると面倒だ。


 ヤマトは寝ているこの家の住人達をじっと見つめる。本当に安らかに眠っている。この様子、そして町の不気味な沈黙にヤマトは何か問題を感じざるを得なかった。


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