第2話 力の国タウラス民国
「ふぅ。どうぞ中へ」
バイソンは息を整えると、朗らかな表情で三人を国に入るように促した。
コブラとキヨはヤマトの後ろで「あんたあれ開けられる?」「いや、絶対無理無理」と話している。ヤマトは自分なら少しは……と自分の過大評価していた。
「さぁ。こちらへ、僕の家に案内します」
辺りはもう暗いが、バイソンの持つ松明や外灯の光のおかげで、レンガ作りの家が並んでいることだけは理解できた。
ヤマト達三人はそのままバイソンの後をついてゆく。一軒の家に着くと彼は扉を開いて「ただいまぁー」と大きな声で叫んだ。三人も後に続いて入る。
「あら、あなた。火事はもういいの?」
「あぁ、犯人をとっ捕まえてきた!」
その言葉に慌てたキヨは手をぶんぶんと振った。その慌てように横にいたコブラは失笑してしまう。
「はっはっは! 冗談だよ。彼らは客人だ。客間で寝かせてやってくれ。あと食事を」
「えぇ、わかったわ。部屋の空きがまだ少しあるはずだから」
話がスムーズに進む。バイソンと彼女の話し方から彼女はバイソンの妻なのだろうと察する。三人はどう対応していいかわからずバイソン夫妻の行動を待つことしかできない。
バイソンの奥さんであろう女性はキヨを見つけてじっと見つめる。
「あら、女の子もいるのね。だとしたら部屋を二つ用意しないと」
「えっ、か、かまいませんよ。そんなわざわざ」
「いいえ。男と女は違うんですからね。あなた名前は?」
奥さんはキヨの言葉を押し切り、彼女の名を問う。彼女も動揺しながら「き、キヨです」と答える。
「うん。いい名前ね。私はクミル。あなたはこっちへ。あなた、そこの二人を二階の三号室へ」
「はいよ。二人はこっちだ」
バイソンに指示されてコブラとヤマトは階段を上がり、三号室と書かれた扉を開く。
「ここで寝てもらうよ」
バイソンに案内されて入った部屋はとても広く、快適そうな空間で、人が座る用に椅子が二つと、四足の頑丈そうな机。その机には左右に奇妙な突起物がある。それと男二人分はあるだろう大きなベッドが一つあった。
「済まないね。元々複数人泊まるようには設計していなくて」
バイソンは申し訳なさそうに頭を掻く。二人ともすぐに察した。二人いるのにベッドが一つなのだ。
「まぁ、大きいベッドだし、二人で寝れば――」
「それは死んでも嫌だね!」
「こちらこそお断りだ」
バイソンの言葉を言い切るよりも先にほぼ同時に拒否の言葉が出た。二人とも、険悪になりにらみ合う。
「はっはっは。やっぱり、そうなるよね」
冗談めいた笑みをこぼすバイソンの表情が一気に真剣な表情へと変わった。
「なら、決めるのはこれしかないよねぇ?」
そういうとにらみ合う二人の前に部屋に置いてあった机を置き始める。二人が何か始めるのかと突っ立っている間に椅子二つも用意する。ニコニコと無邪気な笑みを浮かべるバイソンだけが異様な空気を放っていた。
「さっ! 座って座って」
バイソンの言葉に従ってコブラとヤマトは渋々椅子に座る。座ると二人は対面する形になり、困惑した状態でバイソンの次の言葉を待つ。
「いいかい? 郷に入れば郷に従え。タウラスの男って言うのは何よりも力が必要だ! 力こそが権力! 力こそが絶対。だから、君たちにはこれから腕相撲をしてもらう。勝った方がベッドで寝る。それでどうだい?」
バイソンはニヤニヤと笑いながらコブラとヤマトに語りかける。二人はまだ納得していない様子だったが、しばらく考えるとこれは面白い試みだと理解した。
「いいぜぇ……。日ごろの恨み、きっちりここでつけてやる」
「それはこちらのセリフだ。生憎寝袋ばかりで寝不足なのだ。野蛮な貴様と違ってな」
「けっ! 言ってやがれ」
二人の目を見て、闘う決意を見たバイソンはにこやかな表情でルールを説明する。
「片方の手はその机の突起物を思いっきり握ってくれ。そして肘をつく。肘をついた側の手を互いに握りしめあう。よし、そうだ」
コブラとヤマトは、バイソンの指示通りに突起を力強く握りしめた後、互いの利き手をがっしりと掴み、睨みつけあう。二人が握った拳の上にバイソンが手を乗せる。
「僕が合図として『よーい、ドン』と言って、ドンと同時にこの手をどかせるからその瞬間からが対戦の始まりだ。先に二点先取した方の勝ちね。勝った方がベッド。そうじゃない方は今日も寝袋だ。じゃ、いくよ」
コブラとヤマトに緊張が走る。コブラはこの時点からよーいと言い終えた直後に力を入れることを決めていた。彼からすればバレない擦れ擦れでイカサマをすればいいのだ。勝てたらそれでよい。
「よーい!」
バイソンの声がして、言い終えた瞬間にコブラは思いっきりヤマトの腕を押し出そうとする。が、まったく動かなかった。驚いた表情をしていると、ヤマトはコブラを嘲笑うように見つめた。
「ドン!」
その言葉と同時に、コブラの掌が思いっきり地面に着くのがわかった。ゴンッとコブラの手の甲が机に当たる鈍い音が鳴る。
コブラは呆然とするしかなかった。机に思いっきりついて少し手の甲がヒリヒリする。
もう一度ヤマトの方を見るとコブラの表情が面白いのか失笑していた。
「ちょっとお兄さん。力んじゃったとしても、あまり乱暴に叩きつけないようにね」
「はい。申し訳ございません。では、コブラ。二戦目といこうか」
そういって腕を差し出すヤマトの顔は、余裕に溢れ、嘲笑うような笑みで手の甲を押さえているコブラを見下した。コブラは憎たらしくヤマトを睨みつけ、彼の手を握る。バイソンの声と共にまた机に手が叩きつけられる音が部屋に響いた。
バイソンの奥さんが出す肉料理は絶品だった。ここのあたりで狩れるという鳥獣の肉が筋肉作りに良いとタウラスの国の人達は好んで食べているのだそうだ。プリプリとした食感に、噛んだ瞬間に肉汁が溢れる鶏肉にコブラはご満悦だった。これから地べたで寝なければならないことには目をつぶりたいくらいに。
「それで、あんたボロ負けしたの?」
事の顛末を見ていないキヨがコブラに対して聞いてくる。コブラはそれに答えずに出された食事を貪る。キヨはキヨでなぜか肩から足まで全て隠れるような長続きの衣服に着替えている。心なしか髪もいつもより整っているように見える。その事を指摘すると、キヨはバイソンの奥さん。名はクミルというらしい。クミルに色々手入れをされたのだと、彼女には見えないように溜息を吐いた。彼女は彼女で何かと闘って敗北したのだろう。コブラは少し彼女に同情した。
「コブラも力自慢だったようだが、日ごろから鍛えている騎士の私の敵ではなかったな」
口に入っている肉を飲み込むと、勇ましくヤマトが答えた。その態度が明らかにコブラに対して天狗になっており、コブラは人生でここまで屈辱的なことが存在するのだろうかと、歯ぎしりを立てた。
「いやぁー、確かにコブラくんを圧倒したヤマト君の力はすごかったね。喧嘩祭りに出ても、申し分ないだろうな。はっはっは」
「ん? 喧嘩祭り?」
聞き慣れない単語にコブラはオウム返しをしてしまう。ヤマトとキヨもその言葉に反応してバイソンを見つめる。バイソンは満面の笑みで三人の顔を見る。
「あぁ、この国では挑戦者の希望で喧嘩祭りという祭りが行われる。そこでチャンピオンになるということは、この国で一番偉いということになる。正式王族がいないから小国になってしまっているが、それゆえに治安がいい。それがタウラスの良い所さ」
そういってバイソンはクミルと目があってにこやかに笑う。自分たちは権威を持っている側の人間だったのに、それを手放した。彼らの先祖の人の良さが、この国の治安を生み出したのだろう。
「面白そうね。その喧嘩祭りって、私も参加したい」
キヨも少し興味が湧いたのか会話に入る。クミルに丁寧に結われた馬の尾のような髪が小さくはねた。
「あら、キヨちゃん、貴方はダメよ」
クミルが笑みを戻さずにキヨに話す。キヨはなぜダメなのかわからず奥さんの方を見る。
「だってあなたは女の子じゃない。女の子は優雅に、そして家庭的でないと」
そう言って奥さんはキヨの頭を撫でる。キヨは少し恥ずかしそうだった。クミルには謎の圧力があり、キヨ自身はもちろんそれを見ているコブラも口出しするのが難しい。
「確かに、今日はちゃんとした恰好してんもんな」
コブラはアリエスでのドレス姿のキヨを思い出す。
「今日はって何? 今日はって」
コブラの言葉にキヨがかみつく。しかし、どちらかと言えば照れ隠しの方だろう。彼女はコブラの方を直接は見なかった。
「キヨちゃんほどの逸材ですもの、私も久々に張り切っちゃったわぁ」
クミルは頬に手を当て、楽しそうに小躍りしている。コブラとキヨは彼女に捕まり、世間話を聞かされる。ヤマトは同情するようにクミルに捕まった二人を見つめる。スタージュン夫人も一度スイッチが入るとあのようになっていたなとヤマトは故郷を懐かしむ。
「……バイソン殿、一つお聞きしたいのですが」
クミルを二人に任せて、ヤマトが真剣な眼差しでバイソンを見る。コブラは自分には関係ないと決めつけて、食事に戻る。その態度にヤマトは少しイラついたが、話を進める。
「私たちはオフィックス王国から来た者で、星巡りの儀式を行うため、各国を巡っているのです」
「へぇー、星巡り……」
「えぇ。それで、この国にも占い師と呼ばれる人物がいると思われるのですが、居場所をご存知ではないでしょうか?」
ヤマトが真面目な表情でバイソンを見つめる。バイソンは少し呆然とした後、ニヤリと笑った。
「占い師ねぇ……。多分、クミルがやっている祭司の職業がそれに該当すると思うよ」
「ほ、本当ですか!?」
そういってバイソンがクミルの方を見る。クミルはバイソンの意図を読み、コブラやキヨを世間話から解放し、
「えぇ、私の祖先が昔、訪れた者達に『儀式』を行っていたの。それが今、私たち力比べに使っている喧嘩祭りの始まりなのよ。だから、喧嘩祭りの祭事も私が行っています。ただ……」
「ただ?」
「えっと、なんでしたっけ? あのお札」
クミルが口にした札で、三人はアリエスでもらったものを思い出す。ヤマトは鞄からそれを取り出し、クミルに提示する。
「もしかして、これに酷似したものではないですか?」
クミルはそれを見て、表情を明るくする。
「そうそう! これにそっくりなもの。それがねぇ……」
「どうか、なさったのですか?」
「それが、喧嘩祭りの証明書になっているのよ。いつの世代からか、その札を持つものこそこの国の王だということになりまして」
「つまり、その札を今持つものは……」
「あぁ、悪いが僕たちじゃない。持ち主の名をミノタウロスという。もし札が欲しいのであれば、儀式でもある喧嘩祭りで彼に勝つしかない」
「その喧嘩祭りは我々が希望すれば開催されるのですか?」
ヤマトは少し前に出て問い始める。
「そうだね。一応毎日やられちゃあキリがないから一人開催を希望するのは一度までと決めているが、旅人である君たちならば大丈夫だろう。それに、ここしばらく行っていなかったんだ。みんな喜んで参加するだろう」
その言葉を聞いて、ヤマトは考え込むように顎に手を当てた。
「その大会、私とコブラとキヨで参加すれば、十分にチャンスはありますね――」
「悪いがキヨちゃんは参加できない」
ヤマトの言葉を遮るように強い言葉でバイソンは答えた。その冷酷な態度にコブラは眉をひそめる
「さっきもそんなこと言っていたな。なんでだよ」
コブラはキヨをちらりと見る。彼女の強さはコブラも一目置いている。
「私も闘えますよ。ここの国の男にだって負けるつもりはないです」
バイソンの言葉に不服のキヨとコブラは食い下がる。バイソンは一度咳をして話し始める。
「確かに、引き締まった手足に、その殺気溢れる目、使い込まれた手の平。見れば君は強いのかもしれない。しかし、タウラスの女性は男を支えることこそ使命。そして男は支える女を守り敬うのが使命。その国に置いて力を発揮する喧嘩祭りに女性が参戦すること自体絶対にあってはいけないことなんだ」
キヨは拗ねたのか、何も言わず食事を続けた。元王族だからこそ、国の慣習や歴史に逆らうことは出来ないことを彼女自身が一番分かっているのだろう。だからこそ反論はしなかった。
「ならば仕方ない。私とコブラで参加しよう。我々二人なら、優勝は狙えるはずだ」
「言ってくれるねぇ。タウラスの男たちを甘く見られては困るなぁ。だが、その挑戦を快く受け入れよう!」
バイソンはガッハッハと笑う。ヤマトは笑いながらもバイソンからの威圧感に襲われる。ヤマトの言葉を挑発と受け取った彼なりの喧嘩の買い方なのだろう。ヤマトは思わず慄いてしまった。
「それでは、当日はよろしくお願い致します」
ヤマトは頭を下げる。コブラはそれを見てニヤニヤした。
「キヨには悪いが、これは結構おもしろそうじゃねぇか」
コブラは自分のフォークで突き刺して鶏肉を思いっきり口の中に頬張った。キヨは拗ねたように頬を膨らませながら、肉にかぶりついた。
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