第6話 先代王の娘


「どうしましたか? 長老様」


 ヤマトは正座で座って、改まって長老に質問をする。コブラはその横で胡坐をかく。


「いやはや、さきほどの話でヤマトくんも動揺してしまったのではないかな。と感じての」


「その話、俺たぶん全部聞いていないんだけど」


 コブラは長老に突っかかった。さっきヤマトが黙っていたことを改めて聞きたいのだ。


「そこの少年はまだヤマトくんから聞いていなかったか。実は、キヨは先代王の娘なのだ」


「……ほぉ」


 コブラは素直に驚いた。あのボサボサ髪の乱暴女がまさか王族で、自分とは対極の立場の人間だったとは夢にも思わなかったからだ。


「ん? だとしたらなんでこんな集落にいんだよ。王の娘なら、今頃お城でキラキラウフフって生活のはずだろ?」


 コブラは続けて長老に質問を続ける。長老が答えようとするのを彼の前に手を添えて、ヤマトが言葉を発した。


「現国王が、前国王を陥れたということだ」


「……なるほど、醜い王族争いってやつね」


「無礼だぞ! コブラ!」


「わ、悪かったって。そんなに怒んなよ」


 軽口を叩いたコブラにヤマトは怒声を浴びせる。そこまで怒るとは想定していなかったコブラは動揺しながらヤマトを落ち着かせようとする。


「それでだ」


 長老が大きくはないが、場の空気を変えるに相応しい貫禄のある一言を発する。コブラもヤマトも黙って彼のほうに向きなおした。


「一つ、頼みたいことがある」


「なんでしょうか」


 ヤマトは緊張した表情で答える。


「キヨちゃんを、先代の娘、キヨ=オフィックスをきみたちの旅へ同行させてやってはもらえないだろうか?」


「旅に同行だぁ? てめぇ、ふざけんじゃ――ぶっ! んー! んー!」


「して、その理由をお聞きしてもよろしいでしょうか」


 ヤマトは何か余計なこと言う気配がしたコブラの口を押さえて、長老に話を進ませる。


「きみたちは我々と違い、大任を受けていると聞いた。だとすれば、その任の補佐として使われた旅の者も、国へ帰れるのではないかと思ってな。それにあの子は昔から、冒険書などを読むのが大好きだったんだ。それでこの辺りの野や川を駆け回っていた。それが、今ではこの集落を元王の娘と言う誇りにかけて支えようとしてくれている。私たちもいつまでもキヨちゃんに頼りっぱなしではいけない。キヨちゃんには世界を見てほしいんだ。国の中にいた頃から外に憧れていたキヨちゃんが、外に出ても我々国民が束縛している。あまりにもかわいそうでな」


 長老の目からは少し涙が浮かんでいた。


「あの、小さい頃から、キヨさ、いや、王女様を知っておられるご様子ですが、長老様は」


「私はキヨちゃんの屋敷で執事をしていたものです。現国王から幼いキヨちゃんを助けるために外へと逃げたのです」


 長老は自らの素性を語る。王女をキヨちゃんと呼ぶのは、彼女にそうしてくれと頼まれたからだそうだ。コブラはこのキヨという少女に少し自分と重なるところを見た。長老の話を聞いて少し考える。


「あぁ、同行を認めてやるぜ」


「コブラ、お前なぁ!」


 コブラの言葉にやはりヤマトが止めに入った。


「この任務を受けているのはこの俺なんだぜ? ヤマト、なら俺が必要だと思った人材のスカウトはやってもなんの問題もないだろ?」


「だが、元王族が任務を終えて戻ってくるのは……」


「まぁ、それはおいおい考えればいいだろ」


「それで、お願いはもう一つ。彼女は旅をしたいと思いながらも、絶対にそれを表に出さないと思うのです」


 長老はその後も話を進めた。ヤマトとコブラはその言葉に耳を傾ける。


「なにぶん責任感の強い子だ。まだ若いのに私たちを引っぱろうとしてくれている。だから、君たちと旅をすることも普通なら断ってしまうだろう。だからこそ、貴方たちに彼女が旅できるように誘ってもらえないでしょうか」


「いいぜ」


「コブラ……。やけに軽いな」


「まぁ、本当にあの女が行きたいかどうかも確認するけどな」


 コブラはそういって立ち上がり、先に長老の家を出て行った。


「……長老様」


 家を去るコブラを見終えた後、ヤマトは一度部屋の周りを見回した後、長老に対して話を始める。


「いつになるかはわかりません。しかし、我々が大任を終え、私が国へ戻ったとき、機会をうかがってこの集落の者たちが国に戻れるように、努力していきたいと考えております」


「ほほっ、いつになることやら」


「えぇ、私もまだ下っ端騎士ですので……」


「だけど、まぁ、待ってみるのも毎日が楽しくなるから良いかも知れないですな」


 そういうと長老はそのしわしわの顔で何度か笑った。




 コブラはキヨの部屋に侵入する。彼女はまだ帰ってきていない様子だった。


 部屋の辺りを見渡す。壁には自分でも知っているオフィックス王国の紋章が書かれていた。コブラはさっきヤマトがキヨは王族だと言うことを聞いたのを思い出す。


 他にも父親らしき男と一緒に映っている写真なども見える。よほど国と家族を大事にしているのだろう。


 寝床に一冊の本を見つける。コブラはそれを手に取る。その本には『ヘラクロスの冒険』と書かれていた。コブラはこの本を知っていた。彼も自分の国で拾って読んだことがあったからだ。この本には勇者へラクロスが町で蔓延っている病気を治すために必要だと言う薬草の噂を耳にして、国民を救うために冒険に出かける物語である。薬草を見つけた後、村へ戻ったヘラクロスが旅の魅力に取りつかれ、また村を出て以降は、彼がたどり着いた土地について色々語られている。壮大な滝、先の見えない闇の森、奇怪な格好をした部族。太陽が地平線と呼ばれるところに沈んでいく光景。そのような光景にコブラも昔、心が躍ったものだった。この物語は遥か昔のものだ。コブラが過去に読んだものも、今キヨの家にあるものも、とても古びていて、乱暴に扱えば破れてしまいそうなものだった。


 コブラが部屋を詮索していると、いくつかの木で出来た板を見つける。そこにはこの森だろうかという絵が描かれていた。辺りを見ると植物を砕いて生成した絵具も見つかる。


「なるほどね。後は……本人確認か」


一通り探し疲れたコブラは床に座って『ヘラクロスの冒険』を読み始めて時が立つのを待つ。外が少し賑やかになったのを聞いて、コブラは、キヨの帰宅を確信する。


 本を元の位置に戻して、彼女が入ってくるだろうと身構える。扉が開かれてキヨが入ってくる。キヨはコブラの存在に気づいて持っていた何かをさっと背中に隠す。


「あんた……。なんで私の家に入っているの?」


「なに、ちょっと勧誘するために来て、ご本人がいなかったから、待たせてもらっただけさ」


 コブラは当初予定していた通りのセリフをわざとらしく語り始める。キヨは怪しそうにコブラを睨みつける。コブラは『ヘラクロスの冒険』を取り、それをキヨに見せつける。キヨはこの場面でそれを突きつけられると思わなかったのか驚いた表情をしている。


「お前、この本大層大事にしているみたいだな。寝る前に読んでいるのか? 枕元なんかに置いて」


「……それがどうしたっていうの?」


「いや、俺はお前をかっているんだよ。唐突かもしんねぇが、俺らと旅をしないか」


 コブラの言葉を聞いてキヨは眉を細めた。


「そんなことできるはずがない。それにしたいとも思わない」


「本当か? ちょっと確認したんだけど、部屋には冒険の文学書。そして、いつも食料の確保と評して長時間の外出。俺には旅がしたくてうずうずしているようにも見えるけどな」


「そんなわけない。それに、私にはオフィックス王国の王女としてここの民たちを支える必要がある。申し訳ないけれど、その話には乗れないわ」


「そうか。残念だな。俺も無理強いは出来ないから、とりあえずはお暇するわ」


 コブラはキヨの家の窓から出ていく。意外とあっさり帰っていったコブラにキヨはしばし呆然とした。彼女は背に隠していたものを出した。それは、彼女が狩りの間に描いたこの辺りの川の絵だ。彼女はそれをいつも収納しているところに入れる。


 キヨは寝床に座り『ヘラクロスの冒険』のページを捲る。何度も何度も読んだページを読む。その後、部屋に飾っている王国紋章の幕を見つめて、彼女はそのまま寝床に倒れ込んだ。


コブラは、炊きだしをしているおばさんたちの近くで座っていた。飯が出来てすぐにありつくためである。その横にヤマトがやってくる。


「確認をするとか言っていたが、どうだったんだ?」


「あぁ、あいつ。長老の言っていた通り、王族の誇りってのが、邪魔をしているんだろうな」


「そうか……。それで? どうするつもりだ」


「どうするもこうするも、本人が行かないって言っているんなら俺たちがとやかくいう資格はねぇよ」


 コブラはそういうと立ち上がる。炊き出しが完成したようだった。


「ただまぁ、正直に生きないのも考えもんだけどな」


 コブラはそう言い捨てて炊き出しのところに行った。ヤマトはその場で考え込む。ヤマトはコブラの任務の管理者としての立場なのだ。コブラが簡単にキヨをスカウトすると言っていたが、それを許してもいい案件なのか。もし無事任務を終えてオフィックス王国に戻るときに人数が増えていても通してくれるのだろうか? など余計なことが頭をよぎる。


「あいつは?」


 横からキヨの声がした。ヤマトは思わず驚いて身じろいでしまう。


「こ、これはキヨ様。コブラに何か用でございますか?」


「そういうのはいいよ。長老にもキヨちゃんって呼ばせているし、今更だよ」


「……も、申し訳ない。王族が目の前にとなると咄嗟で」


「うん。昔はみんなもそうだったから」


 キヨは淡々とヤマトに話した。ヤマトは彼女のこのサバサバしたところに違和感を抱く。


 この少女はきっとたくさんの苦労があったのだろうと予想した。彼女の年齢はいくつくらいだろうか? 少なくてもまだ18にも満たない少女だろう。国内でそれくらいの少女を見かけたことも何度かあるが、みな母の手伝いをするまだ幼さを残す少女たちだった。


 しかし、キヨにはそこが見えない。違う、きっと見せないのだ。幼いなりにこの集落を纏めようと躍起になっている。だから、大人たちよりも積極的に狩りに出ている。


「君は、王族の権威には興味がないご様子だな」


「そうね。あんまり崇められるのも恥ずかしいし。それに、王族って言っても追放された身よ」


「なら、王族の身であることを捨てないのか」


「それは出来ない。父のためにも、民のためにも私が導かなければ」


「そうですかねぇ」


 ヤマトは少し疑問に思った。目の前で炊き出しをしている人達はとても豊かそうに見えた。彼女だけがこの豊かさを作り上げているのだろうかとヤマトは感じた。そんな時、一人の少年がこちらに歩いてきた。


「キヨ姉ちゃん。見てみて!」


 少年の手には、たくさんの木のみがあった。どれも食べることが可能なものだ。


「へっへっへー。取ってきたの! あげる」


 少年はその一つをキヨに渡す。そしてまた戻っていく。ヤマトは自分には渡されなかったことに少し残念がった。キヨはその横で驚いたような表情をしていた。


「どうしたんだ?」


「いや、あの子、いつの間に森なんか入れるようにっと思って」


「また、食料確保の人材が一人増えたな」


 ヤマトは少し笑う。その後、キヨの顔を見てもう一度表情を引き締めた。


「キヨ=オフィックス様。一つ頼みがあります」


「なんでしょう」


「我々と旅をしてくれないでしょうか」


 ヤマトは彼女の目を見て訴えた。キヨはその目線からすぐに反らした。


「さっきあいつにも誘われたけど、そのお誘いに答えることは出来ません」


「理由があるのです」


 ヤマトはキヨに聞いてもらえるように少し怒鳴るように言い放つ。キヨは少し驚いて反らしていた目をヤマトに戻した。


「我々二人は、王国の伝統である星巡りの儀式のために旅をしております。しかし、各国の占い師や王と話すとき、コソ泥1人と下っ端剣士では面会すら行ってもらえぬ可能性も出るのです。ですから、王族である貴方がいてくだされば、安心なのです」


「け、けど」


 キヨは少し動揺している様子だった。まだ踏み込めないのだろう。


「一応、長老様にも話はつけております。ですので、あとは貴方様の気持ち次第です。その事だけ、お伝えさせていただきました。では、私も少々お腹が空いたので、あちらに行かせていただきますね」


 ヤマトはへりくだったようにいいながらキヨの元を去った。ヤマトには長老に頼まれたことを遂行するにはこの方法以外自分にすることは出来ないと判断したのだった。自分が行きたいかよりも、必要とされていることを伝えることで、彼女の罪悪感を減らそうと考えた。ヤマトは話を聞いていたキヨの表情を見て、コブラが言っていた『正直に生きないこと』について納得した。ヤマトは炊き出しの女性からご飯をいただき、子どもたちにお願いをして彼らと一緒に食べることにした。


そこではコブラが何やら子どもたちといろいろと話していた。キヨはその光景を見守っていた。


「ほら! キヨちゃんもちゃんと食べなよ! あんたが取ってきた肉なんだから」


 向こうからおばさんがキヨを呼ぶ声がした。キヨは微笑んでその場からコブラとヤマト動揺にみんなと一緒にご飯を食べた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る