第5話 追放者の集落
森の中を歩くと、森全体を覆っている正体のわからない臭気がヤマトの鼻を通る。彼はこの匂いをなぜか気に入り、思いっきり匂いを吸い込む。どれが放っている匂いなのかわからない。この森にあるありとあらゆる花、木、姿の見えない生物全てが混ざった森の香りなのかとヤマトは一人で納得した。自分は小さい頃から壁に囲まれた国の中で過ごしていたから、この自然の香りが新鮮だった。野菜などを育てている畑はあったが、ここまでの匂いは発していなかった。目の前の少年。コブラもそうなのだろうか? 彼は国の路地裏などで寝て過ごしていたという。もしかしたら自分が知らない町の側面が見えていたのだろうか。また時間があったら彼の生活について聞いてみようとヤマトは思い至った。
「そろそろ着くわよ」
「結局、なんなんだ。お前たちはよ」
前でコブラと少女が話していた。少女は慣れた手つきで道なき道を渡っていく。
「そうだ。案内される前に名前を聞いておきたいんだが?」
ヤマトはその確認を忘れていたことを今になって思い出す。名も知らぬ相手についていくのは不安と言うものだ。少女は少し気まずそうに目を反らした。
「私の名前はキヨ。何者なのかの詳しい話は後で。ついたから」
少女がそういった大きな草を手で払う。するとさっきまで木に遮られた光が一気にこちらに放たれる。
「おぉ! すげえ!」
コブラの大きな声が響く。コブラの目の前には集落があった。藁で三角型に建てられた建設物が点在し、そのために集落一帯の木々が切られ、そこだけが日光に当たり、とても暖かい光に包まれていた。
「お帰り! キヨ姉ちゃん! ユウ!」
キヨと少年、ユウの所に数人の子どもが寄ってくる。彼らは二人に抱き付きにいくが、すぐ後ろにヤマトとコブラと言う知らない人間の存在に気づき、怯えたようにコブラたちを見つめる。
「……済まない。我々は旅の者です。私はヤマト=スタージュンと言う。君たちのお姉さん。キヨ殿に案内されて、この地へ来ただけ。決して危害は加えるつもりはない」
ヤマトは地面に膝ついて子どもたちと同じ高さまで視線を落として優しい口調で語りかけた。子どもたちはその態度にまだ困惑している様子だった。
「う、うそだ! お、お前……きしだんの服着ているもん!」
一人の子どもが怯えたように声を震わせながらヤマトの顔を指さす。
「ちょっと、フレッド」
「そ、そうだ。きしだんの人たちはわるい人だもん」
フレッドと呼ばれた少年の言葉につられて一人の少女もヤマトに怒鳴る。子どもたちの怯えた表情や罵声にヤマトは困惑する。
「よーし! なら、その服着てない俺は大丈夫かな? くそガキども」
その時、ヤマトの後ろにいたコブラがニカっと笑いながら子どもたちの方に歩み寄り、しゃがんで彼らを睨む。まだ子どもたちは怯えた顔のままだ。コブラは突然一人の少年を捕まえる。
「フレッド!」
子どもたちは驚いて捕まった。少年の名を叫ぶ。少年も一瞬の出来事に慌てていた。
「はっはっは! くらえ! トルネード!」
コブラは捕まえたフレッドをしっかりつかんで、自身の身体をぐるぐると回す。最初は慌てていたフレッドも回されている自身の状態がおかしくなったのか、キャッキャと笑いはじめた。コブラはその笑みを確認してフレッドを下ろしてやると、フレッドの頭をくしゃくしゃと撫でまわした。子どもたちはそんな光景を見て、そわそわし始めた。その様子をコブラは見逃さなかった。
「次はだれが回してほしい? 俺らは寝床を貸してもらえることになっているからな! お前らの遊び相手になってやるぜ」
コブラがニカっと笑みを浮かべながら子どもたちに呼びかける。すると一人の少年が「次! 僕! 僕にもさっきのやって」と要求してきた。コブラはその子を捕まえてまたぐるぐると回転させる。その様子に回されている子どもは嬉々として喜び、みんなの警戒心よりも好奇心が勝ったのか、「次は私!」「オレも!」と子どもたちはコブラに歩みよっていった。ヤマトはその光景を呆然と見ることしか出来なかった。
「子どもたちの相手はあいつに任せておきましょ。とりあえず私の部屋でいい?」
キヨは呆然としているヤマトの肩に手を置いて歩き始める。ヤマトはまだ戸惑っているが、キヨの後ろをついていく。
「さっき、微妙に事情が違うとかなんとか言っていたが、どういうことなんだ? さっきの子どもたちの態度もそうだが……」
ヤマトはさらに、周りの視線にも気づいていた。子どもだけじゃない。ここにいる村人のほとんどが自分に恐怖の目を向けてくる。
「キヨちゃん」
後ろから声がする。振り返ると、高齢のお爺さんが杖で身体を支えて立っていた。
「長老。どうしたのですか?」
キヨは毅然とした態度で長老との会話を始める。
「聞きたいのはこちらの方だよ。そのお方、オフィックスの騎士さんだろう。なぜ、そんな者がここに……」
彼は周りでこっそりと覗いている人達を代表として声をかけてきた様子だった。ヤマトは自分がこの空間から拒絶されていることに、胸が苦しくなり、右手で心臓部に手を当てる。
「長老にも聞いてもらいましょう。入って」
歩いているうちにキヨの家と思われる場所へついた。この集落の家は土製のかまくら型になっている。その家がいくつか点在している。彼女の家もそのどれとも同じような様子で、一番偉いものと象徴するような建物は存在していなかった。
ヤマトはキヨの家に入る。家の中は基本的な寝床と、数本の本が入った手製の棚が目立つ。しかし、一番ヤマトの目に飛び込んだのは、家に飾っている紋章付きの幕だった。
「若い騎士さんだと思っていたが、その表情を見ると、この紋章の意味はしっかりわかるようだな」
横にいた長老がヤマトの表情を見て言った。
「えぇ、当然です。この紋章。我がオフィックス王国の国旗として使われているものですよ。オフィックス王国の近くに人の住む集落があることに疑問を抱いていたのですが」
そこでヤマトは言葉を止めた。この後は、予想の範囲で口にしてはいけないような気がした。何よりもこの予想が本当だった場合、彼には受け止めることが用意ではないことだったのだ。その様子を見たキヨは一度溜息をついた後、ヤマトにこの幕が飾られている理由を話す。
「ここの集落に住む者はみんな、元オフィックス王国の人間よ。あそこの子どもたちも含めて」
ヤマトは自身が予想していたことと同じことをキヨにぶつけられて困惑した。では、ここにいる大勢の人間全員、オフィックス王国から追い出されたということになる。自分が知らないところで、平和の町オフィックスはこうして国民を追放し続けていたという真実にヤマトの思考は追い付かなかった。ヤマトの脳裏には今目の前で話している少女の容姿の特徴と同じ自身の幼い頃に見た王の記憶が巡る。
「騎士さんだから言うが、そこのキヨちゃんはなぁ。本名キヨ=オフィックス。先代王の娘だよ」
長老から放たれた言葉にヤマトは驚いた様子で目の前の少女を見つめた。 ぼさついてしまった赤髪に、土こけた白い肌。そしてこちらをまっすぐ見つめる瞳は紛れもなく、幼い頃に見た王の目と同じものだった。
子どもたちに囲まれているコブラは彼らと楽しく遊んでやることにした。彼はまだオフィックスにいた時、こうして子どもと遊ぶことも多かったのだ。商売人にとってコブラは自分の商品を盗んでいく悪しき盗人であったが、町の子どもたちにとってもは兄のような存在だった。コブラも、そんな子どもたちを弟や妹のように可愛がっていた。町の子どもたちは、自分がいなくなったことにもう気づいている頃だろうか。悲しんでくれているだろうか。そんな感情が集落の子どもたちを見て、コブラの心の中を埋めていった。
「お兄ちゃんどうしたの?」
見上げてくる子どもにコブラは頭を撫でてやる。考えたって俺たちはしばらくあの国には帰れない。自分にもあの国に置いてきたものがあったんだな。コブラは実感した。
「いんや、なんでもねぇよ。次は何して遊ぼうか!」
コブラがそういうと子どもたちは自分のしたい遊びをどんどんと言っていく。どれもこれも一致するものがなく、選択肢が増えるばかりで、こうして言い合っていること自体が一つの遊びのようにみんな楽しそうにしている。
「コブラ」
後ろからヤマトに呼ばれてコブラは振り返る。ヤマトの表情は真剣なものだった。コブラも何かあったのだろうかと思い、子どもたちに一言侘びて、ヤマトのほうへ向かった。
「どうした? 子どもに懐かれている俺がうらやましいか?」
「いや、ただ。子どもたちが私を避けている理由がわかったよ」
そう答えたヤマトは奥でコブラとヤマトを見つめている少年たちの目を見ることができないのか、目をそらす。
「で、あの女はどうした?」
「あぁ、もう一度食料を確保しに行くんだそうだ。我々のものは盗めなかったからな」
「ふーん。それで? 結局お前はなんで俺を呼んだ」
コブラはヤマトを睨みつける。なんとなく調子が違うヤマトに喧嘩を売るつもりだった。
しかし、ヤマトはコブラの睨みに答える余裕がないほど憔悴しているようだった。
「我々も明日にはこの集落を離れる。早く行かねば任務に支障をきたす」
「あぁ? 俺はここにいてもいいと思っていたんだが……」
「いいや、ダメだ。貴様は他の者たちとは違う。しっかりとした任を受けている。なんだったら、この後すぐに移動しても良いくらいだ。まだ日も落ちきっていない」
「どうしたんだよ。焦るなよ」
コブラはヤマトの態度にさらに腹を立てた。
ヤマトは何かを押さえ込もうとしているように無表情のままだ。
「あれを見ろ」
ヤマトがコブラの後ろを指差す。コブラは振りかえると、さっきまで遊んでいた子どもたちがやはり不安そうにコブラとヤマトを見ていた。
「やっぱりお前、ガキ共に嫌われているらしいな。なんでだ?」
「この集落は、オフィックス王国から追放されたものたちが寄り添っている場所なのだ」
無表情を貫いていたヤマトの表情が少しずつ歪んでいく。コブラも納得が言ったように何度か頷く。
「お、お前! キヨちゃんはいないみたいだなぁ!」
ヤマトの頭部に小さな石がぶつかる。さらに怒声が響く。子どもたちはその声に反応して逃げていった。ヤマトは振り返ることはしない。コブラにはこの石を投げた男の姿を見ることができた。
「おめぇ、急に石を投げることはねぇだろが!」
コブラが怒鳴った怒声に圧倒されたのか、投げた男は腰を抜かして尻もちをついた後、そそくさと逃げていった。コブラはヤマトの方を見ると、ヤマトの額に血が滲み出ている傷口ができていた。
「わかっただろうコブラ。私、いや……オフィックスの騎士はこの集落に歓迎されていないみたいだ」
「おめぇ、知っていたのか?」
コブラ一度ため息を吐いて落ち着いた後ヤマトに問いただした。ヤマトは大きく息を吐いた後、首を左右に振った。
「確かに、我が国は犯罪の少ない国であると信じていた。今回も任務という形で我が王国から派遣すると言うことで罪を償わせるおつもりなのだと思っていた。
しかし、オフィックス王国は、何度もここの集落の人を追放していっていたということだ。私のような下っ端の騎士や国民には気づかれないように……」
ヤマトは拳を思いっきり握りしめていた。彼の爪が彼自身の手をえぐる。
自分の国は素晴らしい国だとずっと思っていた。鉄壁の防壁で外部からの敵から国民を守り、子どもたちが犯罪をしても牢に入れて束縛することのない法律。しかし実情はこの防壁は外部の敵のみならず、一度追放した国民を二度とこの国に帰ってこないようにするためのものだったのだ。自分の愛した国がこのような外道を行っていたことに憤りすら感じた。
「まっ、つまり俺とお前も、その追放者の一人なんじゃねぇか?」
コブラは軽い気持ちで答える。彼自身。そんなつもりはしていた。ただの盗人である自分がただ身体能力が高いと言うだけで、このような大任を任されるだろうかと考えていた。
「ははっ、そうかもな。だとすれば、私も……」
ヤマトはここで知った出来事があまりにも衝撃的だったのか、憔悴した表情を隠す余裕もない様子だった。コブラは今の話だけでヤマトがここまで落ち込むものなのかと疑問を抱いた。まだ何かある。コブラは直感で思った。
「まだ、言いたいことがあるんだろう?」
ヤマトは黙ったままだった。コブラがヤマトを見ていると、視界の端に長老の姿が見えた。長老はコブラとヤマトに対して手を招いているようだった。
ヤマトにもそのことを伝えて、コブラとヤマトは長老のほうへ向かう。
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