第4話 赤髪の少女

 コブラの目は、牛頭蓋を追っていた。牛頭蓋に距離を取られないように、枝にぶつからないように木々を器用に見極める。彼にはひとつもくろみがあった。あの牛頭蓋から荷物を奪った後、自分も逃げてやろうと。しかし、後ろからは木には登れないからか、コブラを見上げながらある一定の距離を保ってヤマトがついてきている。コブラにとって、もう少しスピードを速めれば目の前の牛頭蓋を捕まえることは容易である。しかし、それだけでは結局ヤマトに捕まってしまう。だから、ヤマトが疲れるまでコブラもまた、ある一定の距離を保ちながら牛頭蓋を追いかける。牛頭蓋はそんなコブラの思惑なんぞまったく知らずに、一人必死に逃げる。そのスピードはコブラも目を見張るものがあった。着地した木が折れそうにすらなっていない。しっかり丈夫な木を目利きして、足場にできることを理解して飛び移り続けているのだ。コブラも牛頭蓋が飛び移ったのと同じ木を着地点として追いかけ続ける。


「まったく、あの二人は猿かなんかなのか?」


 コブラは下から聞こえるヤマトの言葉を聞き、少しヤマトのほうを確認する。少し疲れ始めている様子だった。コブラはそんなヤマトを見て、少し顔をにやけさせる。もう少しこのまま追いかけっこを続ければ、ヤマトはすぐに体力が尽きると核心していたのだ。


「危ないぞ! コブラ!」


 ヤマトの怒鳴り声。その言葉に反応してコブラは前を見直す。すると目の前に大木。コブラは余所見をしていたせいで牛頭蓋の選んだ木のルートを見失ったのだ。既に枝を蹴って、コブラの体は大きな木の幹をめがけて飛んでいた。なんとか体をひねって、顔の直撃は防いだが、肩から思いっきり幹に体をぶつけてそのまま木の葉に巻き込まれながら地面に落ちていく。葉の山になっていたところに落下したコブラにヤマトは近づく。


「身体能力が高くても、頭脳がこれだと意味はないか……」


 ヤマトは倒れたコブラにため息を吐く。


「黙れ。糞騎士」


「どうやらあの牛頭蓋、見失ったみたいだぞ。なんて身体能力だ。貴様が追いつかないなんてな」


 コブラはお前を突き放すためにスピードを抑えていたとはとても言えなくて沈黙を貫いた。


「さて、貴様が任務を放棄しようとしたせいで、我々の食べ物が紛失したのだが、これに対して貴様はどう思う?」


「あの牛頭蓋探して、また奪い返したらいいだろう?」


「そうは言っても、もう見失っただろう」


「いんや。あの野郎も少し息が上がっていた。だとしたらそう遠くには言ってない。なんだったら追いかけてきていたやつらが突然追ってこなくなって少し警戒している頃だ。体力温存がてら、この辺にまだいると思うぜ」


 コブラは自身ありげに答える。ヤマトはその言葉にいまいち納得している様子ではなかった。


「なぜわかる?」


「俺も同業者だからな」


 その言葉にヤマトはもう一度ため息を吐いた。


 しかし、コブラの言葉も一理あると感じ、ヤマトは息を殺して、周りの気配を探る。コブラも無駄口をたたくことなく、まるで獲物を探すかのように、静かにあたりを睨みはじめた。ヤマトもコブラの気迫に押されて邪魔しないように沈黙する。コブラは突然後ろを振り返り始める。小枝が割れた音がしたのだ。


 ヤマトがそれに気づいたときにはもうコブラはそこに向かって飛びついていた。


 ヤマトが振り返る頃にはコブラと牛頭蓋の人間が取っ組み合っている騒ぎ声が響いていた。


「こらっ! テメェ! 俺のメシを返しやがれ!」


「我々のだ! コブラ!」


 ヤマトがコブラたちのいるところに向かった。


「くっそ、てめえ! ふざけたその骸骨外しやがれ!」


「ちっ!」


 コブラは抵抗する牛頭蓋から被っている頭蓋を奪おうとする。牛頭蓋もこれに抵抗するが、それも空しく、コブラは牛頭蓋の被っている頭蓋を投げ捨てる。


 ヤマトもコブラの唐突な行動に警戒心を強めて鞘を掴む。牛頭蓋の髪は埃をかぶったようにぼさついた赤髪だった。


「いてっ!」


 コブラは頭蓋骨の正体を見た時、額に思いっきり小石がぶつかった。ヤマトが思わず石が飛んできた方向を見る。木の陰から小さな人影が見えた。その人影は薄い金の髪をした小さな人間で、コブラたちの前に飛び出して、コブラに叫ぶ。


「離れろ! お姉ちゃんから離れろ!」


 小さな人間は七、八歳くらいに見える少年だった。少年は片手に石を持ち、投げようと構えている。


 コブラにつかまっていた少女はこの一瞬の隙を逃さなかった。コブラの股間にめがけて思いっきり蹴りを放つ。コブラの身体に強烈な痛みが全身に走る。少女はそのコブラを突き飛ばす。コブラはあまりの痛さに悶絶して動けない。少女はすぐに石を投げた少年の方に向かう。


「待て」


 その時、少女の首筋にヤマトの剣が触れる。


少女を見ていた少年が突然のことで固まる。


「命を奪うつもりはない。貴様らを逃してもよいだろう。しかし、我々もこれから長い旅をするための食料が必要なのだ。返してもらおうか」


 少女は頬から冷や汗をかく。その状況を見ている子どもが「お姉ちゃん!」と叫ぶ。


「お、男の子がいるところから……左に四つ先の木の裏に置いて、ある」


 少女は緊張した様子で、食料袋の場所をヤマトに伝えた。


「だそうだ。コブラ。立てるか?」


「うるへぇ。も、もうちょいだけ……」


「因果応報だな」


 ヤマトは悶絶しているコブラを見てクスっと笑った。コブラはよほど痛いのか、少女の言った場所に這って移動する。ヤマトもあの状態のコブラなら逃げようとしてもすぐに捕まえられると高をくくった。


「あったぞ」


 コブラの言葉を聞いた後ヤマトは少女から剣を離して、すぐにコブラの元へ行き、彼が掴んだ手を思いっきり叩いて外して食料袋を取り戻した。


「ふぅー。無事、食料を取り返したところで」


 ヤマトは食料袋を背負った後、再び少女たちを見た。少女に向かって子どもが駆け寄って少女に抱き着いた。


「済まない。君たちについて少し話を聞きたいのだが」


 ヤマトの少女に対する目が鋭くなった。この間にもコブラは彼から袋を奪おうとしたが、ヤマトは彼の手をはたいて防ぐ。少女もヤマトに気迫を感じ、抱きついている少年の背中に手をまわして少年を抱き寄せる。


「その服、あなたオフィックスの騎士団の人?」


「そうだ。私はヤマト=スタージュン。現在も任を命じられて国外に出た者だ」


 ヤマトは自分が言葉を発しながら、目の前の少女の容姿を注視した。彼女の白い肌と、少し荒くなってしまっている赤い髪。この二つの特徴を持った人間をヤマトは人生でこの少女を入れて二度しかない。この少女以外で見たのは、小さい頃、義父であるスタージュン卿に連れられて行った祝宴会で見た、前国王さまの特徴と一緒だったのだ。ヤマトにはそのことが疑問で仕方がなかった。


「任務……ね。処刑ではないの」


 少女は少し悲しそうに目を伏せながら言葉を発する。横の少年も少女の様子に戸惑っていた。


「処刑も兼ねている。そこで倒れているコブラは罪人なのだが、少年の身体能力を評価し、罪を償う代わりに、この少年と監視役の私が国外への任に就いている」


「ふーん。じゃ、私たちとは微妙に違うのね」


「ん? 微妙に……違う? なら、君たちはなんだって言うのだ」


「あなた……騎士団に入ってどれくらいなの?」


 少女は少し眉を細めてヤマトを睨んだ。その目は少し怒りを感じる。


「まだ士官学校を出て3年のみならい騎士も同然の身分だ」


「そう、じゃあ知らないのも無理はないのかもね。あそこは隠すのだけは上手いから。ユウ、戻るよ」


「う、うん」


 少女は少年の手を握って木々の影で奥の見えない森へ去ろうとする。ヤマトの心は動揺が隠せなかった。


「待ってくれ! いったい。騎士団が何をしたというのだ?」


「あなたたちは命を任されているんでしょう? だったらその任務に集中した方がいいよ」


「そうはいかない! 我々には君の言っていることを理解する必要がある」


「俺はねーけどな」


「コブラは少し黙っていろ!」


 ヤマトは慌てていたからか、横やりを入れてきたコブラに対して怒声をぶつけた。


「私の義父、スタージュン卿は私に、まっすぐであれと言われている。今、オフィックス王国の何かを知っている君を目の前に、私は間抜けにそのことを無視することはできない」


 ヤマトはまっすぐ少女の方を見た。コブラは小さな声で「まるで俺が間抜けみたいな言い方しやがって……」とぼやいていた。ヤマトの様子に少女も少し驚いていた。


「……じゃ、ついてきなよ。あなたたちもどうせ山道で野宿でもするつもりだったんでしょ? このあたりはしっかり対策しておかないとムシが多いから、あなたたちだけで野宿だと朝には悲惨なことになると思うよ」


 少女は少し意地の悪い笑みを浮かべながら子どもの手を引っ張って先へと歩いていった。


「なぁ! あの言い方だともしかして寝床貸してくれるんじゃねぇか。いくぞ、ヤマト! 俺、初めてまともなところで睡眠がとれるかもしんねぇ!」


 すっかり回復していたコブラはいつの間にか食料袋から盗んでいた林檎をかじりながら少女の後をついていった。ヤマトはあの少女の髪がどうしても頭に靄をかけていたが、見失ってしまわないように、コブラに続いて彼女の後を追った。


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