短編お題:無駄が嫌いな妹 ハロウィンパーティ
ろくなみの
妹は無駄が嫌い
渋谷のハロウィンというものを実際に目にするなんて思いもしなかった。自分にはそもそも無縁なものだと思っていたし、それに準じた友人もいない。そもそも埼玉と東京は近いといえども月とスッポンと言っていい。
「よくお前、ここに来ようと思ったな」
「無駄な会話をするつもりはないわ。いいからハロウィンを兄さんは楽しむべきよ」
「引きこもりを連れ出す場所としてはいささかハードルが高くないか?」
「無駄な過程を踏むより、まずは一番高負荷なもの。手っ取り早くていいでしょ?」
ただでさえ人が苦手なのに。周りはゾンビやアニメのキャラの服を着た人達が、まるで異次元にいるようなハイテンションでスマホを片手に自分たちの醜態をレンズに収めている。
「そのお前の無駄が嫌いなことはわかったよ。この時間は無駄じゃないのか?」
「兄さんが無駄な存在にこのままではなってしまうからよ。まずは人に慣れなさい」
妹はそう言うと僕からすたすたと構わず離れていってしまう。
「おい! 僕、そもそもコスプレも何もしてないし、したとしてもどんなものがいいか……」
「してるじゃない、コスプレ」
妹はポケットから百円ショップで買ったようなチープなイヤホンを僕の白シャツのポケットに入れる。
「短髪。白シャツ。黒いズボン。イヤホン。どこからどう見てもエヴァのシンジ君よ」
コスプレまで無駄なコストをおさえていやがる。
「……それで、このコスプレをして僕は何をすれば?」
「決まってるでしょ? まずは美女とライン交換。そうすれば兄さんも外に出る理由ができる」
「友達がいないのにナンパをしろと?」
「友達なんて無駄なものより、生産的でしょ? 子孫繁栄と少子化防止を考えるのであれば、まずは女性との関係を持つことが一番の近道よ」
「お前ペンギンに空飛べって言ってんの?」
「羽ばたいたことがない鳥は戯言を言う前にまずは翼を動かしなさい。とりあえず兄さん、好みのタイプを言いなさい」
好みのタイプっつっても。そんなまず僕が女性に関わっても何を言えばいいかわからないし、ラインを聞いたところでうまくコミュニケーションがとれる自信もない。
「なあ、やっぱり」
帰ろうぜ、というつもりだった。
「あの人、好きでしょ。あの胸、推定でもFカップはある」
「なんでお前は人の女性の好みを知ってるんだ」
というかお前の好みでもあるだろう。
「すいませーん」
まずは中継ぎとして妹は先陣を切ることにしたようだ。はた迷惑な行為はあの巨乳さんにご迷惑をおかけする形になる。
妹は巨乳さんと数分話した後、二人で手をつないできた。
「近くにいいお店あるんだって! お姉さん私たちを案内してくれるみたい!」
そのいい店は果たして僕の未だに母親からもらっているおこづかいで賄えるものなのだろうか。ただ、女性のスタイルは確かにいい。ゾンビのメイクで肌がえぐれている風なのはなかなか心臓に悪い。だがナース服のふくらみは確かにすばらしいものだ。
「よし、行こう」
目の前のエサに食らいつくレベルで僕は愚かだったようだ。言われるがままに僕、妹、巨乳さんの三人は近くのバーに行くことになった。
「へえ、ご兄弟でハロウィンパーティなんて、仲がいいのね」
「いやあ、へ、へへ、へえへへ」
だめだ。まともに笑えている気がしない。
「面白いでしょ? うちの兄さん。うぶでねえ、やさしく接してあげて?」
「かっこいいって言われない?」
僕は自分の顔のスペックが世間でどの程度なのかはわからない。だが少なくとも彼女からしたら僕のスペックはそんなに悪いものではないらしい。
「ど、どうも」
「お仕事は?」
「無色です」
言った瞬間空気が凍り付いたのを感じた。この年で働いていないで、ハロウィンにはしゃぎに来たというサイコ野郎であるという事実は、女性をドン引きさせるのには十分だろう。やけになって僕は妹の注文した漫画のタイトルでもある『アブサン』というカクテルを一期に飲んだ。その瞬間猛烈な眠気に襲われ意識を失った。
目が覚めたとき、席には僕は一人だった。
「お客さん、お連れさん行っちゃったよ?」
僕にマスターがそう言う。慌てて携帯を見ると、妹からラインが一件届いていた。
『ごくろうさま。口説くための無駄な時間が少し減りました』
そこには半裸で抱き合う妹と巨乳さんの写真があった。
そういえば妹は、彼氏を作ったことがない代わりに、女性のヌード写真集ばかり集めていた。
無駄が嫌いなあいつらしい。
引き立て役がいることが、人を口説く一番の近道ということか。
僕はもう一杯同じカクテルを注文することにした。
完
短編お題:無駄が嫌いな妹 ハロウィンパーティ ろくなみの @rokunami
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