千三十四話 ふっくら
「ソウスケ様、ミレアナ様でよろしいでしょうか」
翌日、ソウスケとミレアナが宿の朝食を食べ終えたタイミングで、一人の老紳士が声を掛けてきた。
「はい、そうですけど……もしかして、イスタンダル辺境伯家の方でしょうか」
「えぇ、その通りです。お二人とザハーク様をお迎えに上がりました」
「ありがとうございます」
二人はイスタンダル辺境伯家が用意した場所に乗り、ザハークはいつも通り徒歩で構わないと伝え、場所と並走して歩く。
「……あの、執事さん。屋敷に到着する前に少し質問しても良いですか」
「私が答えられる事であれば、何でもお答えいたします」
「助かります。えっと、自分たちに鍛えてほしい依頼してきたヌレールア様は、どういった方で、どういった得物を得意とする方なのでしょうか」
先日、色々とどういった訓練を行おうか考えてはいたが、実際にどういった訓練を行うか、自分たちに依頼してきた人物……ヌレールアの戦闘スタイルによって変わってくる。
「……ヌレールア様は、元々魔法を専門とした学園に通っておりました。しかし、事情があって中等部を卒業したのを機に屋敷へ戻ってくることになりました」
(この事情ってのには、突っ込んで質問しない方が良さそうだな)
ヌレールアが抱えている事情とやらに……ソウスケはある程度予想が付いた。
もし、その事情が予想通りであれば…………ソウスケは是非とも、ヌレールアの力になりたかった。
「なるほど。では、魔法が専門なのですね…………? 失礼、その……ギルドからは、自分がバカな酔っ払いの同業者をぶん投げるところを見て、自分に指導依頼を出したとお聞きしてるのですが」
「その通りです。身内である私から視ても、ヌレールア様に決して魔法の才がないとは思えません。ただ、その……現在、やや以前までと比べて体形が崩れておりまして」
(……デブってことかな?)
絶対に口出してはならないが、心の中で呟くだけなら何も問題はない。
「そうなのですね……魔法の適性があるものの、肉体的な強さも欲している。といったところでよろしいでしょうか」
「無茶を言っているのは承知です。ですが……ヌレールア様をどうか、よろしくお願いします」
「……出来る限りのことを、やらせていただきます」
ソウスケは貴族界で生きる住人ほど、人の表情から本音を探ることは出来ない。
それでも……老執事の声には、確かな慈愛が、優しさが含まれていたのを感じ取った。
(うん、中々大きいな)
異世界で活動し始めたばかりの頃であれば、呆然とするほど驚いたかもしれない。
だが、もうこの世界で活動を始めて一年以上が経過しており、目の前の屋敷以上の建物をそれなりに見てきた。
「ご案内いたします」
案内された場所は……屋敷の中ではなく、訓練場として使える庭だった。
そこには、激しく動いても問題無い服装を身に付けた……全体的に、少々ぽちゃっとした男性がいた。
「ヌレールア様、ソウスケ様たちをお連れいたしました」
「おおお!!! 待っていました!!!!」
(……うん、確かに体形が崩れてる、な? 顔が美形……なのは解るんだけど、顔周りのふっくら感が、思いっ切り台無しにしてる)
ソウスケがバカな酔っ払い同業者をぶん投げる姿を見ていた令息は、身長はソウスケよりも高く、約百八十センチ。
高い方ではあるものの、全体的にふっくらしてしまっており、色々と台無しにしてしまっている。
「初めまして! 僕、ヌレールアと言います!! よろしくお願いします、先生!!!」
「そ、ソウスケです。これから二十日間、よろしくお願いします」
「ミレアナと申します。よろしくお願いいたします」
「……ザハークだ。よろしくお願いする」
約一名、全く貴族に対する態度ではないが、ヌレールアが底を気にする様子は全くなく、寧ろその筋肉に衝撃を受けており……三人のヌレールアに対する第一印象は、なんかちょっと面白い人となった。
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