三百二十六話 マナー

会場に入ると、そこにはまだ試合開始前だというのに大勢の客が席に座っていた。


(・・・・・・客層の殆どが裕福層だな。中には冒険者らしき面をした奴も何人かはいるけど。大半は貴族か商人ってところだな)


ジャラジャラと金属が擦れる音にソウスケは眉を顰める。


(俺に他人の趣味をどうこう言う権利は無いが、なんか・・・・・・殆どが豚に真珠って見た目だな)


中には身に付けている一般人からすれば馬鹿みたいに高い金額のアクセサリー等に見合う外見をしている者もいるが、裕福層の殆どはそうでない者達ばかりだった。


(俺は人の才覚を見抜く様な目を持っている訳じゃ無いから商売の才能なんてものは解らない。だから個人の実績や功績を考えれば身に付けてる飾りに見合う人間もいるんだろうが・・・・・・駄目だ。ほぼ豚に真珠って感じにしか見えない)


貴族や商人がソウスケからすれば無駄に高いアクセサリーを身に付けているのには理由があるのだが、まだそういった事に疎いソウスケは直ぐに理解は出来なかった。


「おいソウスケ、丁度四人分空いてたぞ!!!」


ジーラスは丁度四人分空いていた席を見つけ、ソウスケ達を誘導する。


「丁度良い席が空いていましたね」


「うむ、近すぎず遠すぎない。確かにソウスケさんの言う通り良い席だ」


「基本的に俺らはいつも立ち見なんだけどな。立ち見はどこでも出来るって訳じゃ無いし、座れる事に越した事は無い」


腰をドカッと下ろす四人。

その隣で友人と一緒に次の試合を待っていた貴族の子息が、いきなり空いていた隣の席に座ったのを見て驚く。


空いていた席に座る。ソウスケ達がいる場所は金を払って座る事が出来る特別席では無いので特に問題は無いのだが、そこは貴族の子息の友人数人が元々座っていた席だった。


子息の隣の友人も同じく「やっべ、あいつらがトイレに行ってる間に誰か座っちまったよ」といった顔をする。


子息はジーラス達にそこは元々友人達が座っていて、あと少しで戻って来るのでどいて欲しいと言おうとしたが、ジーラスとバルスの顔を見て何かを思い出したかのように顔が固まる。


そして解った真実を隣の友人に話すと、その友人達も「それは諦めるしかないな」といった表情になる。


ジーラスとバルス達はこの街ではかなり有名人。そして貴族からの依頼を何度も受けた事があり、貴族の間でも顔が広まっている。

なので、貴族の子息達は結局ジーラス達に声を掛ける事は無く、心の中でトイレに行っている友人達に合掌した。


その後、試合が始まる三分ほど前に子息の友人たちは戻って来たのだが、友人達もジーラス達とザハークの迫力に声を掛ける事が出来ず、結局試合は立ち見で我慢した。


「そろそろだな」


両選手が解説者の紹介によりリングに入場したとたん、ソウスケ達を除く殆どの客達が空気を割らんばかりの完成を上げる。

しかし剣闘場のマナーとして誰一人椅子から尻を上げる者はいなかった。


「狂ったみたいに盛り上がってますけど、皆椅子から立つような事はしないんですね」


「前の奴が立つと試合が見えなくなるからな。それで昔はしょっちゅう乱闘騒ぎが起こったらしい。そういう問題があったから試合が始まる少し前から基本的に誰も立たなくなったんだよ。興奮し過ぎて偶に立つ奴もいるが、直ぐに我に返って周囲の人間に頭を下げてる」


「剣闘場で初めて賭ける奴らとかは何回かやらかしているけどな。ただ周囲の客も解らなくはないから最初の数度は見逃すし、直ぐに謝れば基本的に許す。まっ、限度ってもんがあるけどな」


周囲の客の呼びかけにも気付かず、立って声を上げてしまう者は力の警備員に会場の外に連れ出され、賭けた金は迷惑料として帰ってこない。


「ってな訳だからソウスケも気を付けろよ」


「はい。面倒は避けたいんで気を付けます」


ソウスケの場合は気を付ける理由が周囲の客とは違っていた。

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