第9話 友達なら
それは突然やってきた。
夏彦と別れたその日の、誰もが寝静まる晩――
カーン!カーン!カーン!!
闇に響く、静寂を破る鐘の音。
畳の隅でうつらうつら寝ていた和澄は、思わず飛び起きた。
「何なん!?何の音なん!?」
続いて、ドタドタと廊下を走り回る音。
徐々に寮内が騒がしくなっていく。
状況がのみこめず、呆然としていると障子がバンと開いた。
忍者衣装に身を包んだ澪里だ。
黒髪に結わえられた鈴が凛と鳴る。
夜間修行に出ていたはずの澪里が戻ってきている――それはすなわち、緊急事態が発生したことを示していた。
「和澄!」
「澪里!何なん、何が起きたん!?」
混乱状態の和澄に、澪里は緊迫した表情で事を告げた。
「隣山で戦だって!相手が奇襲をかけてきたみたいで!」
「隣山?もしかして西の……」
「そう!ここまで戦の火がまわってて危険なの!今すぐここを離れろって命令が出た!だから……」
早口に言って手を引こうとする澪里を、和澄は「待って!」と制止した。
「その西の隣山に、友達がおる!逃げる前に助けに行かんと!」
「駄目、戦火の中心に行くなんて自殺行為だよ!」
「でも、でも!あそこには夏彦がおる!ただでさえ病気で弱っとるんや!あいつ一人じゃ逃げられん……!!」
キッと顔をあげると、澪里の手を振り払う。
「我だけでも助けに行く!我なら死なんし!やから、澪里は先に逃げて!」
「だから駄目だって!あんなに砲丸や矢が飛ぶ中だもん、和澄だって無傷じゃ済まないでしょ!第一、妖怪は不死なんかじゃないでしょう!?」
振り払われた手で、もう一度和澄を掴む澪里。
普段のオドオドした表情は、そこになかった。
「気持ちは分かるの!友達を助けたい気持ち!でもね、死んじゃったら意味ないの!和澄が死んだら駄目なの!そんな結末、きっと夏彦さんだって望んでない!夏彦さんが、和澄の友達なら絶対に!!」
言われて和澄はハッとする。
別れ際に夏彦が言っていた言葉。
『君が三春の二の舞になるなんて御免だよ』
これは、こうなることを予想していたのだろうか。
「何で気づかなかったんやろ……」
ギリリと歯を噛みしめる。
気づいていたら、何か出来たかもしれない。
しかし、悔やむには何もかもが遅すぎた。
「和澄!!」
青い瞳を揺らして、澪里が懇願する。
和澄は気にかけるように夏彦の住む山を見やったが、目を閉じると首を振った。
「……分かった」
澪里が頷いて、和澄の手を引っ張る。
廊下を走りながら、前を向いたまま「ごめんね」と呟いた。
「和澄に辛い決断をさせちゃった」
「いいん。……夏彦がここにいたら、きっと澪里と同じようなことを言ったと思うし」
言いながら、夏彦の顔を思い浮かべる。
――ごめん、ごめんな。助けに行けへんくて。
自然と零れる涙。
拭っても拭っても、一晩中その涙が止まることはなかった。
数日かけて避難したその先で、被害状況が報告された。
戦はかなり激化したらしく、数多くの一般人をも巻き込んだという。
忍者養成所の上層部は、避難先にそのまま定住することを決定。
一人で遠距離行動することが困難だった和澄は、夏彦の元へ行くことが叶わず、結局戦が起きた日が夏彦と会った最後となった。
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