第10話 悠久を生きる者
時は流れ、あらゆる物のデジタル化が進み続ける現代。
蝉もうだるような炎天下の中、二つの影が山道を登っていた。
一つは着物の少女、もう一つはブレザーを着た少年だ。
「ねぇ~和澄~……目的地はまだぁ……?」
汗を拭いながらフラフラと歩く少年。
体力が限界を迎えているのか、その瞳に光はない。
「もーっカンナしっかりしてぇな!あんたそれでも男なん!?」
両手を腰にあてて怒る少女――和澄。
座敷童の彼女は、何百年経っても姿は変わらない。
相変わらずの辿々しい関西弁で、少年――カンナを激励していた。
「ほらふぁいとーっさくれーつっ!やっけ?あれみたいに早く早く!」
「あれと一緒にするなよ……俺、体育系じゃないんだからさ……」
ゼェゼェと肩で息をするカンナ。
小柄な身長に、丸く淡い紫の瞳と可愛らしい顔立ち。
白くてふわふわな長髪が特徴の彼は、かつての澪里の子孫だ。
あれから数百年経った今、和澄は同じく霊感の強いカンナを家族として守護していた。
「なぁ、ここであってるんよね?何やずいぶん久しぶりやから、ちょっと自信ないんやけど……」
そわそわする和澄に、カンナはスマホを取り出して頷いた。
「和澄が言ってた条件が正しければ。数百年前に作った、朝顔畑……だっけ」
「そう。……我の心残り」
和澄は頷く。
あれから数百年、夏彦と過ごしたあの土地に戻れず、約束を果たせないまま過ごしていた。
いつからか記憶も薄れ、思い出へと変わりつつあった今日、カンナが親戚からもらった朝顔を見たのをきっかけに、急に蘇ったのだ。
『見てくれないか?私が死んだ未来、この朝顔畑が満開に咲いたか』
最後に夏彦と交わした、あの約束が。
それからは居ても経ってもいられなかった。
「現代は便利なもんやね。電車やらでホイホイと何処へでも行けてしまう」
「文明の力ってやつだな。でもこんな山奥じゃ、スマホも圏外で使い物になんないし、和澄の記憶が便りだからね?」
和澄が大きく頷いた。
「分かっとる。絶対辿り着いてみせる」
それからしばらく獣道を進む。
虫に驚くカンナの悲鳴をBGMに、和澄は考えていた。
――朝顔畑は咲いたんやろか。
何百年経ってしまった今、朝顔が咲いている確率は低いかもしれない。
ましてや戦場の中心地だったら、焼き払われていてもおかしくない。
いくらご神木を植えたからって守れるものとそうでないものがある。
「最後まで見届ける言うたんに、何一つ守れなくてごめんな……」
歩きながらポツリと呟く。
状況が状況だったとはいえ、拭えない罪悪感が和澄の中にはあった。
「……あのさ、俺はその場にいたわけじゃないからよく分からないんだけど」
カンナが後ろから声をかけた。
「せっかくならさ、笑顔で行こう?悲しい顔で行くより、笑って行ったほうが相手も嬉しいと思うよ」
「……我、悲しい顔しとった?」
「悲しいどころか泣いてる」
そう言ってカスミの頬に触れるカンナ。
その手に水滴がついていた。
「は!?いつの間に!?」
慌てて袖で拭うカスミ。
カンナがクスリと笑った。
「和澄も泣いたり落ち込んだりするんだな。意外だ」
「なっ……我を何だと思ってるん!?」
怒り出す和澄をカンナが宥めた。
「まぁまぁ。ほら、いつもの和澄に戻った」
「え……」
「いつもが一番だよ。いろいろあったみたいだけど、今泣いたって悔やんだってしょうがないだろ。いつも通りにいこう?」
淡く優しい瞳が和澄を見つめる。
澪里と何一つ似ていないカンナだが、吸い込まれるような大きく澄んだ瞳と、相手を気遣う優しさに、彼女の面影を見た気がした。
今では彼女も故人だ。
「……そうやな」
かつての友の影を重ねて少しだけ寂しくなった和澄は、頷くと再び道を歩いた。
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