第8話 朝顔が伸びゆく先
薫風吹く季節、皐月。
朝顔は順調に成長していた。
和澄が植えたご神木の苗木も、元気そうだ。
だがそれに反比例して、夏彦はどんどん弱っていった。
激しく咳き込み、寝込む時間が増えた。
「夏彦……寝とってええんよ?」
「いや、起きてたいんだ。短い命、寝て終わるなんて勿体ないじゃないか」
柔らかな日差しが地を照らす昼下がり、夏彦は弱々しく笑ってそう言った。
元々おっとりしていたとはいえ、ぼんやりすることが増えたような気がする。
和澄が水やりをする姿、もとい宙に浮く桶を眺めていた夏彦は、独り言のように呟いた。
「……朝顔は、何処へ伸びるんだろうね」
「ん?何か言った?」
水やりの手を止めた和澄に、夏彦は「ごめん」と笑って言った。
「朝顔は蔦を絡ませながら、何処までも伸びていくだろう?その先には何があるのかなってね」
「何や難しい話やなぁ。お空ちゃうの?上に伸びていくんやし」
端から考えることを放棄する和澄。
そのまま水やりを再開する。
「まぁ普通に考えたらね。和澄ちゃんは『空』で、三春は『天国』か。私はどうだろうな……」
縁側に座って頬杖をつき、しばらく考え込む夏彦。
和澄が水やりを終える頃、結論を口にした。
「『何もない』な……」
「あれだけ考えてそれが答えなん?我とたいして変わらないやないの」
「若いつもりでも、もう三十だからね。三春のように柔軟には考えられなかったよ」
苦笑した夏彦は、やれやれと首を振ると、顎に手を当てた。
「でも、そうだな……三春の言うように『天国』に届くなら、手紙を挟んでみてもいいかもな。いや、別に天国へ届かなくていい。ただ、最後に何かを残してみたいんだ。少なくとも、この朝顔達は私よりこれからを生きるんだし」
「それもありかもしれんね。何かあっても、ご神木が守ってくれるやろうし。な、な、手紙には何を残すん?」
興味津々な和澄に、夏彦は人差し指を口にあてて悪戯に微笑んだ。
「ふふ、内緒。誰だってそういうのを見られるのは恥ずかしいだろう?」
「えーっずるい!我も知りたい!」
頬を膨らませて抗議する和澄。
夏彦は、そのまま人差し指を振って提案した。
「君は妖怪だから、これからもずっと生きるんだろう?なら、見てくれないか?私が死んだ未来、この朝顔畑が満開に咲いたか。そしたら手紙を読んでもいいよ?」
「分かった!絶対見る!」
顔をパッと明るくさせて頷く和澄。
しかし、すぐに表情を曇らせると両手を腰にあてた。
「っていうか、我は夏彦と一緒に満開の朝顔畑を見るんやよ?勝手に死なんといて!」
「ははっ、分かった。善処する」
和澄の表情を知ってるのか否か、宥めるように笑った夏彦は空を見やった。
「ほら、だいぶ陽も傾いてきたからおかえり。特に最近は山がざわついてるから、早く帰ったほうがいい。世間は物騒だからね。君が三春の二の舞になるなんて御免だよ」
言われて和澄も空を見上げる。
空は陽が傾きはじめ、少しずつ橙色を帯び始めていた。
「もう夕方かぁ。でも我は座敷童やで?物騒なもんの一つや二つ、へっちゃらや!」
「いくら妖怪っていっても女の子だろう?ほら、可愛い子供は帰った帰った」
夏彦に言われた和澄は、不満げに渋々頷いた。
「むー……分かった。また明日な」
「はい、また明日」
手を振った和澄は、ひらりと裾を翻して茂みの中へ入る。
――明日はどうしようかなぁ。手紙を覗き見するんも楽しそうや。
次の日の計画を練りながら、鼻歌交じりに歩き出す和澄。
その後ろ姿を、視えないはずの夏彦が、名残惜しそうにずっと見つめていた。
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