最近追放され過ぎじゃない? って思ってたら自分も追放されたけど、その先で追放された貴族令嬢に出会いました。

Yuki@召喚獣

最近追放され過ぎじゃない? って思ってたら自分も追放されたけど、その先で追放された貴族令嬢に出会いました。

 世の中には理不尽な出来事がよくあるし、いつそれに自分が見舞われるかなんてわからない。それは往々にして因果応報とか言われることもあるけど、少なくとも俺はそんなこと言われるほど悪いことした覚えはないし、これからもやろうだなんて思ったことは無い。

 まあそれはそれで置いておくとして、昨今の冒険者事情というものはそれはそれは厳しいものがある。

 なんかよくわからんけど、いにしえの魔王だとかなんとかが復活するし、それまで底辺職の代表みたいだった冒険者がいきなり担ぎあげられるし、勇者だなんだとか出てくるし、そんな世の中だから以前よりも実力主義ってのが蔓延るしで、とても生きづらくなっている。

 冒険者に限ったことではないんだけど、それが顕著に現れているのが冒険者というだけで。

 そんなご時世なもんだから、なんだか最近はパーティを解散したりだとか、実力的に劣る人材を追放したりだとかが流行っている。いや流行ってちゃダメなのはわかるんだけどさ、皆死にたくないしね。魔物のレベルは上がってるし、冒険者はわりと皆休みなく働いてるし。そんな中自分たちの足を引っ張るような輩がパーティにいたら、そりゃ罵って追放したくなる気持ちもわかる。

 でもな、一歩引いてよく考えてみてほしい。それは追放する側の理屈であって、される側の理屈ではないのだ。された方はたまったものではない。

 今まで複数人と一緒に活動してたからこそなんとかなっていた現状から、いきなり放り出されるのだ。それはどう考えたって死活問題だし、追放されてそのままお亡くなりになったなんて話も珍しくない。

 だから問いたい。安易にパーティから追放してしまうようなヤツらに問いたい。


「あなた達に良心はないんですか?」

「人のいる町で声をかけてやったのがせめてもの良心だ」


 俺の目の前には、なんだかキラキラとしたイケメンがいる。金の髪が輝いていて、なんだか伝説の武具っぽい鎧と剣を持っている。

 両隣りには夕陽のような髪色の、切れ長の瞳の女戦士と、深い海のような髪色の、おっとりとした女僧侶。

 それと、後に一歩引くようにいるのは、俺の幼馴染の灰色の髪をした大人しめの女性。


「お前の弱さにはほとほと愛想が尽きた。僕達は魔王を倒しに行く道中にいるのであって、日々の日銭を稼ぐために魔物を狩っているわけではない」

「それぐらいわかっていますが」

「ならば、わかるだろう? 君の実力は、その程度だと言っているということが」


 目の前のキラキライケメン――勇者レオナルドに言われて、俺は返答に窮した。

 何故ならば、言われていることは至極真っ当であり、俺の実力では目の前の勇者には遠く及ばないからだ。

 勿論、勇者と一緒に行動している以上、俺だってそれなりの実力者だっていう自負はある。街を一匹で壊滅させるような災害級モンスターとだって一人で戦って勝てるくらいの実力はあるし、実際それが認められてここにいたのだから。

 でも、勇者の言っていることも最もではあるのだ。

 この勇者パーティが相手にするのは魔王だ。魔王がどれ程の実力者かなんて言うのは俺にはわからないが、魔王軍の幹部クラスの敵と戦ってきてハッキリしたことがある。

 あいつらははっきり言って異常だ。災害級モンスターを一人で倒せる俺でさえ、大人にあしらわれる子どものような戦いしかできなかった。

 その時、確かに今のままでは俺は実力不足に違いないと感じたものだ。

 しかし、それは――


「俺の実力が足りないのは認めますが、それなら他の三人もそうなのでは? 勿論、それぞれ役割があって一概には比べられないとは思いますが」


 実際のところ、勇者以外の全員が実力不足だと思われる。

 皆それぞれ特別なスキルは持っていよう。それをある程度使いこなせているということも認めよう。そして、俺にはそんな特別なスキルなんてものもないことだって認めよう。

 女戦士には【剣王】というスキルがある。おそらくこの地上で一番剣の扱いが上手いに違いない。女僧侶には【聖人】というスキルがある。全てを許し、全てを治すスキルだ。極めれば死者の復活すら可能になると言われている。そして、俺の幼馴染――シャオには【預言者】という未来を見通すことの出来るスキルがある。このスキルのおかけで、俺たちは次にどこに行けば良いのか、敵はどんな奴でどこにいるのか、なんてことがわかっていたのだ。

 しかし、それらを加味しても、俺が他の三人よりも劣っているとは思わない。むしろ、純粋な実力で言えば俺のほうが強いはずだ。

 何より、シャオは俺の恋人だ。危険だとわかっているのに、恋人を放ってパーティを離れるなんてことが出来るはずがない。

 だから俺は言うのだ。


「俺がこの先の戦いについていけないのなら、他の三人だってついてはいけないはず。それなのに、俺だけ置いていく理由はなんですか?」

「他の三人は代替が効かない。スキル持ちのパーティメンバーとしても、僕のパートナーとしてもだ」

「……パートナー?」


 勇者レオナルドは国が認めた勇者だ。俺は大嫌いなクソッタレな国ではあるが、国が認めた、というのはやはりでかい。まあ、俺も国が認めたパーティメンバーではあるのだが。

 ……ていうか、パートナーって?

 いや、うん、意味はわかっているよ? そりゃあね? 俺だって子どもじゃないし。でも、今、三人って言ったよね? 二人じゃなくて。

 聞き間違いか?


「……さんにん?」

「三人とも、だ」


 わけがわからない。

 ちょっと混乱している。

 二人じゃないのか?

 三人って言ったらシャオも含まれてるじゃないか。なんで?

 シャオって俺の恋人だったよね?

 生まれた時からお隣に住んでて、ずっと仲良くて、自然な感じに恋人になって。こんなパーティなんかに選ばれなければ、そのまま自分たちの村で一生を穏やかに笑いながら暮らしてた。

 それが良かったね、なんて、話し合ってたじゃないか。


「シャオ……どういうこと?」

「どうもこうも……そういうことだけど」


 シャオの返答は淡々としていて、なんだか事務的なやり取りに感じた。

 俺とは視線を合わせず、ぶっきらぼうに言う。


「私は……レオナルドとそういう関係になったの。あなたとは……うん、もう終わったのよ」

「終わったってどういうことだよッ!!!」


 瞬間的に頭に血が上って、思わず怒鳴りつけてしまった。

 勇者からパーティから出ていってくれ、なんて言われたことよりもよっぽど心に響いた。


「お前、この旅が終わったら故郷に戻って一緒になるんじゃなかったのかよ!!」

「ごめん……それは、無かったことにして。今、私は考えられない」

「そんな、こと……? そんなことってなんだよ!!」

「やめないか!!」


 思わずシャオに掴みかかりそうになった俺を止めたのは勇者レオナルドだった。

 キッと俺を睨みつけていて、止めた時に掴まれた方に、グッと力を込められた。


「やめないか。シャオが怖がっているだろう」

「ッ!」


 シャオが怖がっている――お前がそれを言うのか!

 誰のせいで俺がこんなに憤ってると思っているんだ! どうして俺が悪いみたいな言い方をされなければならないんだ!!

 でも、そんな俺とは対照的に、シャオは自分を庇ってくれたレオナルドにうっとりとした視線を向けている。


「シャオ!」

「おっと、それ以上はもう見過ごせないね」


 なおも言い募ろうとした俺を、女戦士が後から羽交い締めにする。

 スキルと、基礎的なステータスの差で、後からがっちりと組まれると身動きができない。

 それでも、俺は納得なんか出来ていない。

 パーティから追い出されるのは、いい。でも、それとこれとは話が別だろ!


「離せ! 俺は納得なんかしちゃいない! なんの説明も、言い訳も聞いてないぞ!」

「説明も、言い訳なんかもあるもんかい。アンタがレオナルドに負けた、それだけだろ」

「うるさい!」


 そんな言葉で納得出来るならこんなに叫んでいない。

 そんな言葉で納得するほど、俺は人間が出来ちゃいない。

 そんな言葉で納得できるほど、シャオとの絆は浅くなかったはずだ。


「いいから、離せ、離せよ!」


 女戦士の拘束を、体を捻りながら外そうとした時――


「いい加減、静かにしてください」


 静かにそう告げた女僧侶の言葉と同時にかけられた睡眠の魔法で、俺の意識は眠りの底に落ちていった。

 普段なら、こんな、ま、ほう、なんかに…………。











 俺にだって理不尽なことが降りかかるのだから、そりゃ俺以外の人間にだって降りかかるわけで。

 昨今の冒険者事情もそうだが、貴族事情もなかなかに酷いのだ。まあ、世の中がこんなんだから支配者層の貴族だってピリピリしていても何ら不思議ではない。

 王族と婚約していた貴族の子女が婚約破棄されて追放されたり、市井に降りてきたり。王族だって一歩間違えればそうなるようなシビアな世の中だ。

 誰だって自分の一族には優秀な人間を欲しがる。大勢の人間が見ている前で盛大に失態を犯したような人間をそのままにするはずがないということか。まあ、貴族なんていうのはそんなもんなんだろう。

 そんな貴族社会から敗北した敗北者を何人か見てきたが、今の俺だって似たようなものだ。栄光の勇者パーティから脱落し、挙句の果てには将来を約束していた幼馴染の恋人がいつの間にか寝取られていた。兆候なんてものは感じなかったし、よくわからない。

 レオナルドはあんなことを俺に言ってきたが、一緒にいる間は悪いやつじゃなかった。シャオも簡単に心変わりするような人間じゃなかった。ここ数年一緒に活動してきた中で、情が移ってしまったのだろうか。勇者に絆されてしまったのだろうか。

 それならそうと、俺に相談して欲しかった。許されないと思ったのだろうか? 相談もできないような小さい人間だと思われていたのだろうか。

 それとも俺はずっとレオナルドに騙されていて、俺だけが何も知らなくて、あんな状態になってしまったのだろうか? ……考えてもわからないか。

 グルグルと頭の中で纏まらない思考が回り続けて、そして考えるのを止めた。

 鉱物と生物の間の様な存在になって、考えることを止めたい。











 目が覚めると、故郷の近くの森の中だった。

 小さい頃に毎日のように入っていたからわかる。ここは、俺とシャオの故郷の森だ。

 どうしてこんな所にいるんだろうか、なんてことをはっきりとしない頭でぼんやりと考える。だんだんと自分に起きたことを思い出して、じくじくと胸が痛む。


「なんなんだよ、ちくしょう……」


 力なく声が漏れて、それだけで気力がすべて持っていかれた。立ち上がる力も湧いてこない。

 なんでこんな森の中に寝ていたのかなんてわからないが、どうせシャオか女僧侶が転移の魔法でも使って俺をどこへなりと飛ばしたのだろう。ここに寝てたってことはシャオが使ったのだろうか。

 睡眠魔法で寝かせておいて、宿に泊まらせるようなことすらしない。シャオの一件もあって、俺の中で地に落ちていた勇者パーティの評判は、いよいよ限界突破して地下にまで突入した。

 人の女寝取っておいてなおかつ三股もするような最低の人間が、なーにが勇者だ!! ただのスケコマシじゃあねーか!!!

 それに引っかかるシャオもシャオだクソが!! 俺と過ごした20年余りの時間よりも、たった数年しかいなかった勇者の最低野郎の方がいいってか!? そんな奴だとは思わなかったわ!!

 それにあの勇者の腰巾着の二人組!!

 俺より弱いくせに、なに勇者パーティの実力者ヅラしてんだよ!! 何度庇ってやったと思ってる!! 何度助けてやったと思ってんだ!!

 特別なスキルも何も無い俺がここまで来るのに、【預言者】なんてスキルを持ってるシャオに相応しくなるために、どれだけ努力したと思ってる!! スキルに頼り切りで大した実力もなかったお前らのために、俺がどれだけ骨を折ったと思ってんだクソが!!

 あーもう!! クソッ!! クソクソクソクソクソクソ!!

 もう、もう――――――――!!

 ……どうでもいいなあ……なんだかさ。

 努力も全部無駄。信頼関係? あると思ってたのは俺だけでしたー残念!!

 なーんて、やってらんないよなぁ。


「はぁー……これからどうしよ」


 思わず口から漏れる。起き上がってからなーんにも気力が湧いてこない。

 右手を顔の前に持ってくる。なんとなくの行為だったけど、それで俺の装備までも剥がされていることに気付いた。まあ、俺の鎧は精神に作用する魔法以外を弾く特別製だったもんなぁ。転移でここまで飛ばしたなら、着けたままだったらさぞかし邪魔だったことだろうなぁ。だから外したんだろうけど。

 右手を下ろして、首を横に傾ける。

 傾けた。

 もう一度上を見た。

 それからもう一度同じ方向に傾けた。


「んん?」


 なんぞあれは。

 なんか人くらいの大きさの人っぽい何かが転がってるなぁ。

 お姫様っぽいドレス着てるけど、俺は貴族の出じゃないからそれがどんなドレスかなんてことはわかんない。

 ていうか、そんなこと問題じゃないよな。

 あれは人なんだろうか。

 いやまあ形は人っぽいけどさ。ここ森だし。普通倒れてなくない? あんなドレス着た人。

 て言っても、俺も森に倒れてたしなぁ……。人のこと言えないわ。

 じゃあやっぱり人なんだろうか。にしても偶然過ぎない? なんで俺が倒れてる時に同時に倒れてるわけ? ちょっとよくわかんないなぁ。

 なんて、また別のことで思考がグルグルし始めたところで、その人形の何かからうめき声が上がった。「ん……うう、ん……」とか言ってるし、やっぱ人なんだろうか。

 立ち上がる気力もない俺だったけど、何となくそんな非現実的な光景を見ていると、立ち上がらなきゃいけないような気がしてきて、なんとか立ち上がった。

 歩いて近づいて見る。人っぽい。流れるような銀髪だったんだろうな、というような髪の毛は今はくすんで灰色に見える。灰色の髪の毛は、その、今はいい気分ではないが……まあ、この人に罪がある訳では無いから、そこは流して。

 うつ伏せで倒れているから顔は見えない。でも、こんなドレスを着ているのだからどこかの貴族令嬢なのだろう。俺はほとんど貴族なんて見たことはないから確証は持てないが。

 まさか人目人科ヒトモドキなんてものがいるわけないし、これは人なんだろう。さっき呻き声を上げたことからも生きているのは確定だ。死んでたらそもそも声なんてあげない。


「大丈夫ですか?」


 とりあえず声をかけてみる。意識はなさそうだったが、うめき声を上げたということはもう少しで意識を取り戻すかもしれないということだ。声をかけて損は無い。はず。

 すると、そんな俺の考察が当たったのかピクリと頭が動いたかと思うと「う……ん……」なんて言いながら頭が持ち上がった。

 鈴の音のような綺麗な声だった。


「あな、た……は……?」


 持ち上がって俺の方を見た顔は、まだ意識がハッキリしておらず、ぼーっとしているにも関わらず、俺が見てきた中で一番の美人と言っても過言ではなかった。

 女僧侶も、女戦士も美人だった。もちろんシャオだって美人だった。勇者パーティは顔で選ばれてんじゃないかって感じだったが、その三人よりも更に美人さんだった。俺の語彙力が恨めしい。

 文学的表現ができない。大きな眼から零れそうな瞳に、分厚く長いまつ毛。ぷっくりと膨らんだ桜色の唇にスっと通った鼻。シミ一つない肌は芸術品のようだった。まさにお姫様、というような顔立ちだ。俺はこの人がこの国の王女様です、って言ったら秒で信じるね。

 そんな感じで女性の顔をマジマジと見ていたが、質問されていつまでも答えないのも悪い。声を先にかけたのは俺なのだし。


「なんというか……貴女の状況がわからないのですが、簡単に言うと貴女と同じでここに倒れていた者です」


 自分でもどうかと思うような返事だったが、まあ事実なのだから仕方ない。勇者パーティでもなくなったのだし、ここで魔法騎士マジックナイトです、なんて答えるのも変だ。自分の名前を言ったところでこの人からしたら「だから?」となってしまうだろう。俺だってこの人に名乗られたって「だから?」ってなってしまう。今この場で俺の名前は重要ではないのだ。知りたいのは名前ではなくどうしてここにいて自分に話しかけてきているのか、ということなのだから。


「近くに貴女が倒れているのを見て声をかけました。と言っても、自分も倒れていたのは同じなんですけどね……」


 ハハッ、と乾いた笑いを漏らす。こちらから声をかけてはいるが、状況的には似たようなものだ。たまたまこちらが先に見を覚ましたから声をかけただけのことである。


「そう、なんですね……。わざわざご親切にありがとうこざいます」


 完全に体を起こした彼女はお礼を俺に言ってきた。


「声をかけただけですよ。お礼を言われるほどのことではありません」

「でも、わたくしと同じということは、気付いたらここに倒れていたのでしょう? その状況で声をかけて下さったのです。お礼のひとつも言いましょう。いや、お礼を言うことしかできない今の私をお許しください」


 この会話からしても、この人はいいところのお嬢様なのだろう、というのがわかる。教育を受けていて、礼儀の何たるかも知っていそうだ。だからこそ、こんなところで倒れているのが尚更解せないのだが。


「ご自分が、今どういう状況なのかわかりますか? 以前は何をしていて、どうしてこんなところにいるのか」

「それは……」


 聞いておいて、しまった、と思った。

 こんな所に倒れているのだ。当然訳ありだろう。しかも、見た目からしてまだ年若い貴族かなにかのいいとこのお嬢様だ。その心に深い傷を負っていても不思議ではない。

 自分も似たようなものだが、少なくともこの子よりはおそらく年上だ。そして、男でもある。まあこういうことに男女なんて言うことは関係ないが、少なくとも自分を多少強く保つために「自分は男なのだから」と思うことはある。そして今がその時だ。


「申し訳ない。言いづらいことを聞いてしまいました」

「いえ……お気遣い、ありがとうこざいます」


 少しほっとした様子の彼女に、今度は俺から自分の境遇を話すことにした。別に彼女の境遇を聞き出したいわけではないが、まあ俺の境遇を勝手に話す分には問題ないだろう。それに、誰かに吐き出したかったって言うのもある。

 出会って数分の名前も知らない女性に聞かせる話ではないし、内容的にも自らの恥を晒すような内容だ。

 それでも、話したかった。それで俺の心が楽になるかはわからない。でも、話して、この人の警戒心が少しでも解けるようなことにならないかな、なんて思ったのも事実だ。


「先に、自分から話すべきでしたね。俺の名前はカー。ただのカーです。家名はありません」


 シャオが「将来、私は○○になるんだね」と言っていた家名は、今捨てた。そんなものを持っていたくなかった。


「俺は――」


 そうして俺は、自分の身に起きたことを目の前の彼女に話した。意識を失う前に、俺に起きたこと。その前から続いていたシャオとの関係。すべてすべて無くなったこと。

 全部話したのだった。











「そんな、そんなことがあったのですね……!」


 彼女は、俺の話をよく聞いてくれた。俺自身まだまとまってなくて、拙い話だったと思う。それでも、彼女は相槌をしながら、時には俺に質問したりしながら、親身になって聞いてくれた。


「そんなことをされて、その方達を恨んではいないのですか?」

「うーん、どうだろ。今は、恨むとか以前の状態なのかなぁ。とにかくもう顔も見たくないというか、どうにでもなーれって感じでさ。あいつらが死のうがどうなろうがどうでもいいやって」


 話していくうちに、いつの間にか敬語は取れていた。元々俺の方が年上っぽかったし、何より彼女は聞き上手で、いつの間にか固さが取れていた。


「そうなのですね……。ああ、今更で申し訳ないです。申し遅れましたが、私シャルロッテと申します。つい先日までは王妃候補などと呼ばれていましたが、今はもうただのシャルロッテです。……ふふ、貴方と同じですね」


 シャルロッテ。シャルロッテ=オースティンの名前は、いくら貴族に疎い俺でも聞いたことがある。

 俺の故郷がある国、マルキアレス王国の大貴族のご令嬢だ。幼い頃から王太子の婚約者としてその名を広く知られていた。

 俺が勇者パーティの一員として王城に行った時は不在だったが、そうか。こんな顔をして、こんな声で喋る娘だったのか。


「シャルロッテ様?」

「様、などとおやめください。先程も申しましたが、今はもうただのシャルロッテなのですから」


 そう言ってため息を吐いたシャルロッテ様――いや、シャルロッテは、今度は深く息を吸い込むと、眉をキリッと上げて、決意を秘めた顔で俺の顔を見た。


「カー様――」

「その呼び方はやめてくれ。俺がお母さんみたいじゃあないか」

「……カーさん」

「それも一緒みたいなものだろ」

「…………カー」

「それでいいよ」


 決意を込めたんだろうなーって所を気の抜けるようなやり取りをして悪いが、カー様、とかカーさん、とか呼ばれると俺がお母さんみたいで嫌だからこれだけは言わせてもらった。

 まあ、あんまり決意を込められるとシャルロッテが疲れるというのもあるけど。


「カーが話してくださったのですから、私もお話しさせていただきます。私に何があったのか――その前に、私自身のことについても」


 そう言ってシャルロッテは、自分のことを話し始めた。

 そしてその内容は、とても突拍子もないことというか、なんというか――勇者、なんていうのはシャルロッテに比べればありふれた存在なんだな、なんて思わざるを得ない内容だった。











 端的に言うと、シャルロッテは王太子に婚約を破棄されたらしい。貴族が通う学園に通っていた所、突然田舎から入学してきた爵位の低い娘に王太子が惚れてしまい、やってもいないことの罪を被せられ、挙句に婚約破棄されて貴族社会の恥だと追放されてしまったのだとか。

 それはそれは悲しい出来事があったのだろう。辛くて苦しい思いもしたのかもしれない。自分の婚約者を寝取ったその娘に恨み辛みもあるかもしれない。

 でも、申し訳ないが俺はそんな話には、あまり心が動かなかった。

 そんなことよりももっと衝撃的なことがあったからだ。

 それは――


「シャルロッテは、別の世界の人間、なのか?」

「正確には、別の世界の記憶を持った人間、です。私はあくまでシャルロッテという人間なのですが、私の頭の中には別の世界の記憶がはっきりとございます」

「それは何が違うんだ?」

「記憶、というとわかりにくいですか。私は別の世界の記録を持っている人間でございます。考え方や人格などは、シャルロッテという人間のものですわ。記憶の中の人間とは喋り方も感じ方も考え方も違いますから」

「そう、か……そんなこともあるのか」

「……信じてくださるのですか?」


 小さな声で、おずおずと言った感じでシャルロッテが訪ねてきた。信じるも何も、この状況で嘘をつく必要がない。よしんば嘘だったもしても、俺にはそれを見抜く手段がない。だから信じる。


「嘘をつく必要がないしな。俺は信じるよ。まあ、突拍子もない話だけど、クソッタレな現実よりもよっぽど面白い話だ。だから、そうであった方がいいと思ったんだ」


 俺がそういうと、シャルロッテは目を大きく見開いてから、ウルウルと涙を溜めた。涙をこぼすようなことはなかったが、感極まっているというのはその表情と雰囲気でわかるというものだ。


「信じて、くださったのは、カー……貴方が初めてですわ」

「そっか。……まあ、そういうこともあるよ」

「そういうこと、ですか」

「そういうこと、だよ。俺もシャルロッテもクソッタレな目にあった。でもその後、こうして出会って話ができた。クソッタレな中にも何かしら得るものはあるってことだよ」

「地獄に仏、ってところかもしれませんね」

「それはシャルロッテの言う別の世界の格言か何か?」

「ええ。悪いことの中で良いことに出会う、というような意味ですわ」

「そっか。そうだな。シャルロッテに出会えたのはいいことなのかもな」

「なのかも、ではなく私は良いことだと思ってますわ。少なくとも、あなたに出会わなければ私は一人この森で途方に暮れていたのですから」

「俺も、そうかもしれない。そう考えるといいことなのか」


 目が覚めた瞬間は、もうどうでもいいと思っていた。どうなってもいいし、もちろん気力なんて湧いていなかった。

 それが、今は笑いながらシャルロッテと話ができる。それだけこの出会いに救われている自分がいるということだ。

 これが幸運と言わずなんと言えようか。


「なあ、これからどうするよ。街に戻る? って言っても、追放されてるような所には戻れないか」

「カーこそどうするのですか? 幼馴染を取り戻しにでも参りますか? 【預言者】というスキルは特別な意味を持ちます。もしかしたらその幼なじみの方は――」


 そう言ったシャルロッテの声を遮る。【預言者】のスキルのことくらいわかっている。それぐらいのことは俺だって思いついていた。でも、それでも今は。


「やめてくれ。思い出したくないんだ」

「じゃあ、どうするのです?」

「そうだなー……んー……なーんにも考えが浮かばないや」

「私は、やりたいことができましたわ」


 シャルロッテが力を込めて言う。

 やりたいこと、とはなんだろう。元婚約者とかを見返すとかだろうか。復讐的な。シャルロッテの性格的にそれはないか。

 聞き上手で、穏やかな語り口のシャルロッテが、他人に復讐してる姿なんて想像出来ないしな。


「やりたいことってなに?」

「カーは魔法が使えるのですよね?」

「まあ、魔法騎士だしね。でも本職の魔導師程じゃないよ」

「使えるだけで十分ですわ」

「ふーん……なにするわけ?」

「私の別世界の記憶の中に、科学、というものがありますわ」


 聞きなれない単語だ。カガク? なんだろう。


「なに、それ。この世界にはないことなわけ?」

「いえ、この世界にもあるはずです。ただ、まだ誰も研究していないだけで。錬金術は似ているようでまた違いますし」

「へえー……。それをどうするの? 俺は魔法は使えるけど錬金術は使えないよ。錬金術師アルケミストじゃないし」

「問題ありませんわ。科学というのは……そう、簡単に言うと」


 彼女はそこまで言って、近くに落ちていた乾いた木の枝を拾った。


「カー、この枝を燃やしてくださいませんか?」

「お安い御用だ」


 彼女が何をしたいかわからないが、すること自体は簡単だ。

 俺は火炎ファイアの魔法を唱えて、シャルロッテが持っている枝の先端に火をつけた。


「この枝が、どうして燃えているかわかりますか?」


 唐突に、シャルロッテがそんなことを聞いてきた。


「それは、火炎の魔法を使ったからだろ?」

「火炎の魔法は火がつくきっかけに過ぎませんわ。この火が燃え続けているのは、全く別の理由からです。火炎の魔法で火をつけたから燃えている、だと、火そのものが魔法の効果ということになって、枝が無くなっても永遠に火が残り続けてしまいますわ」


 シャルロッテに言われて、確かに、と思ってしまった。

 火炎ファイアは確かに火をつける魔法ではあるが、火をつけ続ける魔法ではない。魔法をずっと維持するというのは馬鹿にならない労力がかかる。俺は火炎でつけたあの火を、魔法を使って維持している訳では無い。だから枝が全部燃えたら当然火も消える。燃えるものが無くなるからだ。

 それならば、何故、燃えているのか? 火がついたなら燃え続けるのは当然だろう。それ以上のことは考えない。


「火がついているのだから燃えているのは当然では?」

「何故、火は燃えているのでしょうか?」

「それは……」


 それは、何故だろうか。なぜ燃えているのだろう? 考えたこともなかった。


「その何故? を追求していくのが【科学】というものです」


 シャルロッテはそういうと、土を枝にかけて火を消した。


「そうなのか……だが、それが――」

「それがなんの役に立つのか、と思われたでしょう?」

「うっ」


 確かに、思ったが。シャルロッテは人の心でも読めるのだろうか。


「私の持つ記憶では、この科学の発展のおかげで、とても高度な文明を築いていました。馬よりも速く走る鋼鉄の塊。遠くのものとでも即座にやり取りできる技術。大勢の人間を乗せて空を飛ぶ道具。魔法など無くとも、魔法なんかよりもよっぽど便利で強力なものを作り出していました」

「馬よりも速い? 空を飛ぶ? 遠くの人間とやり取りができる? ……すごいな、それは」


 俺がそう言うと、シャルロッテは目をキラキラさせて俺に詰め寄ってきた。


「そう! 科学というものはすごいのです!! そして、無限の可能性があります!! 私は、その可能性を見てみたい!!」

「お、おお……」

「そして私は常々思っていたのです! この世界には魔法がある! 科学と魔法を組み合わせれば、その可能性を見れるのではないかと!」


 もはや、顔と顔が衝突しそうな程に近付いてきたシャルロッテが、興奮しながら叫ぶように言う。


「私の記憶を誰も信じてくださらなかった。私自身は魔法が使えない。でも誰も信じてくれない……けれど、カー。貴方は違った。信じてくださった」

「そ、そうだな……」


 あまりの勢いに少し引いてしまったが、仕方ないことだろう。だって怖いし。


「追放されて、どうしようと思ったけれど……追放されたということは、裏を返せば自由になったということ。ならば、私の好きなことをして何が悪いのですか?」

「なんにも、わるくないよ」

「ですよね! カー!」

「ああ、うん。そうだね」

「私と一緒に、科学の、魔法の可能性を見てみませんか!?」

「い、いいよ?」


 …………っは!? しまった! 勢いに流されてつい返事をしてしまった!?

 シャルロッテは俺の返事を聞いて、両手を上げて喜んでいる。なんだかそのまま抱きついてきそうな勢いだ。喜びようがすごい。


「カーがいるのなら、追放されたのもよかったと思えてきましたわ!」


 まあ……でも、シャルロッテがここまで喜んでいるのなら、別にいっか。

 勇者パーティから追放されて、幼馴染から捨てられて……このまま鬱屈とした人生を歩むかもしれなかったのだ。シャルロッテと一緒にカガクとやらを研究するのも悪くないと思える。


「魔法と科学があわさって最強に見える、ですわー!」


 大丈夫、だよな……?











 後年、古の魔王を倒したのは勇者でもその仲間でもなく、二人組の男女のパーティであったと伝えられている。

 男の方は初めて科学を魔法に転用した人物として知られ、古の魔王を超える最強の魔法騎士マジックナイトであった。その実力は【勇者】のスキルを持っていた当時の勇者ですら足元にも及ばなかったと言われている。

 そして、その魔法騎士に科学と魔法の融合とでも言うべき技術を与えたのが、パーティの女の方だった。元は貴族の令嬢であったと言われているが、定かではない。

 彼女はまだ「科学」という言葉もない時代から科学について研究し、魔法騎士と共に科学と魔法の可能性を追求した。そして、ついには世界で初めて【真理の扉】を開いたと言われている。

 真理の扉で何を得たのか分かってはいないが、そこで彼女が何かを得ただろうことは、後の時代に真理の扉を開いた研究者の証言からも明らかである。

 とにかく、現在の魔法科学の礎を築き、古の魔王を倒した英雄が、その男女のパーティであることは間違いない。

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最近追放され過ぎじゃない? って思ってたら自分も追放されたけど、その先で追放された貴族令嬢に出会いました。 Yuki@召喚獣 @Yuki2453

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