泰平の階~40~
夷西藩の少洪覇、そして赤崔心の反乱が鎮圧されたことにより、条国は安寧を取り戻したかのように思われた。しかし、その安寧は一年も保つことができなかった。この二人を生かしに逃がしたことが大きな誤算であったといい。
まず、最初に息吹を吹き返したのは少洪覇であった。尊毅に戦場で撃破され、藩都も制圧された少洪覇であったが、藩の民衆にかくまわれながらも再起する機会を窺っていた。そして夷西藩が条家の直轄地となることが知れ渡ると、民衆達がこぞって抗議の声を上げた。それに押される形で少洪覇は野に出て、兵を挙げた。少洪覇は藩都坂淵に駐留していた禁軍を押し出し、藩都を奪還することに成功した。
それに呼応するようにして、新莽に敗れて潜伏してた赤崔心も突如として活動を開始した。かつて拠点としていた山城を次々と奪い返していった。怖れを知らぬ赤崔心は、斎都慶師にも乱入して占拠しようとしたが、これは探題の長官である安平がかろうじて阻止した。
「世の乱れが加速している」
斎治が哭島に流されてから条国内を歩き回り、さらなる反条公の扇動活動を行ってきた費俊は、確かな手ごたえを感じていた。特に先の少洪覇ならびに赤崔心討伐に参加した諸将の中には、思ったとおりの恩賞を貰えなかったことに対する不満が拡大していった。
「そろそろ主上をお助けする時かもしれない」
そう考えた費俊は条国南部を歩き、協力してくれそうな有力者を捜した。条国南部は栄倉が南部にあるからなのか条家に忠誠心が強い諸侯が多い。条公から領地を貰っている領主や藩主は期待できそうもなかった。
「和氏しかいない」
条国南部を歩き周り、費俊は結論を下した。
和氏とは条国南部の有力者である。と言っても藩主や領主ではなく商人であった。しかし、その勢力は近隣の諸侯も憚るほど大きく、南部の港町は悉く彼の勢力下にあった。勿論、それらを維持するための兵力も持ち合わせており、彼らのことを『武装豪商』と呼ぶ者もいた。
「問題は彼らの旗色が分からぬことだ」
和氏は斎治にも多額の献金をしていた。これはたぶんに礼儀的なものであり、当然ながら条高にも献金を行っている。彼らからしても今の政治体制があっての商売であろう。簡単に条高を裏切るようなことはしないだろう。
ともかくも、その辺の事情を探る為に費俊は、船丘という津に潜伏することにした。そこで情報を収集してみると、どうやら和交政なる人物が随分と斎公に対して激しい忠誠を見せていると言う。
「交政様はお仲間と一緒に酒を飲まれては怪気炎をあげておりますよ。我こそ斎公一番の忠臣となり、必ず哭島からお助けするのだと」
親しくなった酒場の主が費俊に耳打ちするように教えてくれた。
「和交政様とはどういう人物なんだ?」
「和一族の当主和芳喜様の次男ですよ。ここら一帯を管理しておりますが、次男という気楽さから酒の勢いでよく大言しておりますよ」
酒場の主は笑ったが、決して大言ではないと費俊は思った。
『酒の勢いであっても条家の影響力が大きい所でそのようなことが言えるはずがない。和交政に忠心は本物であろうし、和氏は条家を恐れていない』
これは大きな収穫であった。和氏は港を押さえているから斎治を哭島から脱出する時に有利となる。
『なんとしても和交政に会わねばなるまい』
方針は定まった。しかし、肝心の和交政がどこにいるのか分からず、船丘で和交政について聞きまわっていると、ある日の晩、宿に帰る夜道で数人の男達に囲まれた。
『来たか……』
「貴様、いろんなところで俺のことを嗅ぎまわっているらしいが、何が目的か?」
費俊の思惑通りであった。船丘で和交政のことを聞いて回っていると、彼の方から怪しんで接触してくると考えたのである。
『これが和交政か……』
目元が涼し気な若者であった。面構えもよく、こちらのことを怪しげに思いながらも、いきなり襲い掛からず、問い質そうとする慎重さも気に入った。
「失礼した。私は費俊と言う。どうしても貴殿に会いたかったので、このようなことをしていた。許して欲しい」
「あっ、あなたが費俊様ですか?」
斎治に心を寄せているだけに和交政は費俊の名前を知っていた。それは和交政と行動を共にしている男達も同様らしく、費俊を囲む殺気が一気に消えていった。
「いかにも」
「これは失礼しました。私の言動を聞きつけた条公側の人間かと思いましたので……」
和交政達はまるで費俊が主人であるかのように拝跪した。条高に与する者達が睨まれているとすると、ますます和交政の志は本物であろうと思われた。
「私の名前を知っているとなると、どうして私がここにいるのかも想像ついているだろうな」
「はっ、勿論であります」
「どこか他者の耳目がないところで話がしたい。当てはあるかな?」
「では、私の屋敷においでください」
ご案内します、と和交政は自ら先頭に立って費俊を案内した。
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