泰平の階~27~
捕縛されてから一週間後、栄倉から処分を報せる使者が到着した。使者の口から哭島への流刑が告げられると、斎治は一瞬にして顔を青くさせた。
「哭島への流刑など死罪と同様ではないか……」
使者が去った後、斎治は袖で顔を覆って嘆いた。斎治も哭島がどのようなところか十分に承知していた。
「主上、申し訳ございません。すべては臣の責任でございます」
費俊も涙を禁じえなかった。策謀を弄した費俊からすると最悪の形となってしまった。
「その方らのせいではあるまい。すべては余の不徳の致すところだ。私が哭島に流されたのちは、斎興を盛り立ててやって欲しい」
斎興は斎治の長子であり、現在は留学という名目で界国にいる。斎治に何かあった時、累を及ぼさないための措置である。
「主上。ぜひとも哭島には私がお供いたします!」
費俊は声を上げた。哭島へのお供は三人までとされていた。すでに寵姫である阿望は連れていくことになっており、残りは二人となる。
「いや、費俊。お前はこちらに残れ。主上のお供は私と千綜がする」
北定が声を潜めた。佐導甫は建物の中には兵士を入れないようにしてくれているが、敵の耳目はどこにあるのか分からないのだ。
「しかし……」
「お前は本土に残って条国内のかく乱を続け、主上が脱出する際の段取りをするのだ。それができるのはもはやお前しかいない」
北定はちらりと坊忠を見た。彼は自分が哭島へのお供をしなくてよいと分かると、やや晴れやかな表情になっていた。そのような男には大事は任せられない、と北定は言いたいのだろう。
「……承知しました」
費俊は項垂れながら承諾した。
「費俊。苦労をかけるな。しかし、お前が残ってくれることが余にとっての唯一の希望だ。よしなに頼む」
斎治はそっと立ち上がり、費俊の手を取った。愁いを帯びた顔をしていたが、その言葉からはまだ諦めていない力強さを感じた。
「ああ、主上……」
このお方ならばきっと回天を成し得る。費俊はそう思えたからこそ、斎治から離れて一人残ることを決意した。
費俊はその日のうちにひっそりと大甲を脱出した。佐導甫は、費俊の脱出を見逃してくれた。
斎治一行が哭島へと連行される日が来た。
「哭島までは長い道中となります。私が先導して、主上の無聊を少しでもお慰め致します」
佐導甫自らが道中の指揮をすることになった。並々ならぬ配慮であると言ってよかった。毎夜、出される膳は地元の名産を用いた選りすぐりの料理が出され、配膳も必ず佐導甫が行った。斎治が酒をたしなむ日は、時として佐導甫自らが舞を舞って斎治の目と耳を楽しませた。
『佐導甫の赤心は確かなものか……』
そのような日々を目のあたりにした北定は、今になって悔いを感じた。本当に頼むべきは佐導甫であったかもしれない。だが、佐導甫が条高に近いと言うのも事実である。真意を確かめるべきではないか、と北定は思うようになっていた。
いよいよ哭島への船に乗せられる前の日の晩。佐導甫は惜別の宴を開いてくれた。その宴もささやかながらも、貴人をもてなすには失礼のない心遣いが行き届いたものであり、少ながらず斎治達を感動させた。
「佐導甫。これまでの処遇、感謝しかない。礼を申す」
宴もたけなわになると、斎治は感謝の言葉を述べた。佐導甫は涙を浮かべ、深く頭を垂れた。
「勿体ないお言葉でございます。この佐導甫、このように斎公の身辺のお世話をできて幸せでございます。条公も月日が立てばお気持ちも落ち着かれ、斎公のことをお許しになられるでしょう。その時は必ずや私が斎公をお迎えしたいと思います」
佐導甫の言葉は芝居がかっているようには思えなかった。やはり佐導甫の赤心は強い。そう考えた北定は、その日の晩に密かに佐導甫と面談した。
「いよいよ明日は哭島へと渡る。そうなると二度と聞けなくなるかもしれないから、お尋ねする。佐導甫殿は、斎公に対して赤心はおありか?」
北定は単刀直入に切り出さなかった。まだどこか信用がおけないところがあった。
「当然でありましょう。条公も斎公も我らにとってはお仕えすべきお方。赤心がないものなどおりましょうや」
佐導甫の回答は、当然ながら北定を満足させるものではなかった。
『韜晦しているのか……』
こうなれば単刀直入に聞いてやる、と北定は腹を据えた。
「その上でさらに尋ねる。もし斎公が条公を討てという綸旨を出した場合、どうするおつもりか?」
佐導甫の目がぎらりと光った。危うい話に付き合わされている。そのように警戒する目であった。
「北定殿。そのような仮定の話、お答えできませぬな。武人である以上、お仕えすべき方に仕える。それだけです」
佐導甫は答えをぼやかした。これは脈があるかもしれない。流刑に処される最後の夜に大きな収穫を得たと北定は大いに喜んだ。
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