孤龍の碑~52~

 調印式を終えた青籍は、極公そして翼公、泉公を見送ると、炎城に帰還した。そこには龍悠と袁干が待っていた。調印式を祝ってささやかな宴を開いたが、そこで上ってくる話題はこれからの龍国をどうするかということであった。そこで青籍はかねてより決めていたことを袁干に告げた。


 「正式には龍頭に戻ってからとなるが、袁干、お前を丞相としたい」


 「は?」


 袁干は手にしていた箸を落としてしまった。


 「そういうことだ。よろしく頼む」


 「主上、それはなりません。龍国にはまだ賢人がおりましょう。ぜひご再考ください」


 「そういうと思っていたが、もう決めたことだ。極国との和平が成った以上、軍事のことはひとまず現状維持とした。寧ろ、お前の事務処理能力を政治や経済に活用して欲しい」


 「ですが、私は政治も経済も知りません」


 袁干が給仕から箸を受け取りながら言った。


 「私も知らないよ。お前と同じでずっと武人として過ごしてきたからな。龍悠もそうだ。これから龍国の中枢を担う我らは誰一人して政治は未経験だ。でも、極国はどうか?あの国の中枢にいる者達はいずれも市井の人々か下級兵士だ。譜天は国力が劣りながらも我らを困らせてきたし、魏靖朗は見事に戦を続けられる国家として運営してきた。彼らに出来て我らにできないはずがない」


 「しかし……」


 青籍は必死になって説得した。確かに袁干の丞相としての手腕は未知数と言っていい。それでも青籍は袁干を傍において政治を行いたかった。


 「考えさせてください」


 と言った袁干であったが、翌日には承諾の返事を寄越してきたのであった。




 宴が終わり袁干が去ると、龍悠と二人きりになった。こうして二人きりになるのは実に久しぶりであった。


 「しかし、大胆なことをしましたわね。神器を龍頭から出して国境線に突き刺すなんて」


 「この話をした時、君は面白そうですわねと言ったじゃないか」


 「ええ、言いましたわ。でも本当にやるとは思っていませんでしたわ」


 龍悠は実に楽しそうに笑った。


 「神器は真主の証。それはそれで意義があるのかもしれないが、実際に国を運営していくうえではまるで役に立たない。精々、和平の証としての碑ぐらいがちょうどいい役割だよ」


 「否定しませんわ。国を作るのも発展させていくのも人ですから」


 私でもそうしたかもしれません、と龍悠は穏やかな顔で言った。龍悠は夫の処置を心の底から賛同しているようであった。


 「だが、その人がいない……」


 目下の青籍の悩みはまさしくそれであった。国家運営を担う人材がいないのである。袁干を丞相に据えたが、青籍と袁干だけでは国家の運営はできない。武官には旧知は多いが、文官に知己はほとんどいない。


 「それもこれからですわ。焦る必要はありません。私達の国はこれからなのですから」


 「私達の国か……」


 良い言葉の響きだと思った。私ではない、私達の国。青籍や龍悠だけのものでもない。この国に生きる者すべての国なのである。


 「不甲斐ない国主かもしれないが、これからもよろしく頼む。私は君を妻にできて本当によかったと思う」


 「私もですわ、あなた」


 青籍はそっと龍悠の手を握った。温かみのある手の感触に、これまでの苦難が癒されていくような気がした。


 これからもきっと艱難辛苦が待っているだろう。しかし、龍悠が、袁干が、そして青籍を信頼してくれる国民がいれば、きっと乗り越えていけるだろう。青籍は強い確信を抱いた。

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