孤龍の碑~21~
喪が明けると開奉と炎城が奪還されたという報せが届いた。この報せに極国の上層部はそれほど驚きを見せず、呉忠も帰還した伶病と赤犀にも敗戦の罪を問わなかった。
「よく帰ってきた。先代を失い、ここでお前達を失っては極国は空洞となってしまうだろう。まずは先代の霊廟に挨拶し、しっかりと傷を治した暁には挽回の機会を与えることだろう」
伶病と赤犀は感涙して新たらしい国主に拝礼した。
「さて、折角得た領土を大半取り返されたわけだが、今後どうすべきか?」
呉忠は集まった延臣に問うた。この問に答えられるのは、延臣の中でも一人だけであった。
「取り返されたのなら、また取り戻せばよいのです」
譜天の明確な回答に呉忠は少し笑った。
「流石は大将軍だな。だが、こうも奪って奪われてが続けば国家は疲弊する。それに青籍が復帰したようだから、今までのように簡単にはいかないだろう」
どうすべきか、と呉忠は譜天に再度問うた。
「青籍は一代の英雄です。優れた戦術家ですが、惜しむらくは龍国に彼を使いこなす器量を持つ者がいないことです」
魏靖朗は密かに鼻で笑った。龍国が使いこなせなかったのは譜天も同様であった。
「ほう。それではまた左遷するように仕向けるのか?」
「戦略的にも戦術的にも一挙に敵を覆滅致しましょう。先代の死によってこの時ばかりと攻めて来るでしょう。それを利用します」
すでに譜天には計画案があるのだろう。呉忠もそれを察してか、それ以上は問わなかった。
「よかろう。すべては大将軍に任せる」
お任せください、と言った譜天はわずかに相好を崩した。
龍信を総大将とする極国討伐軍の総数は三万名に達した。これに伴い、趙奏允と鉄拐が青籍の下から離れることとなった。
「こうして青将軍と暴れまわれると思ってたらすぐこの様だ。もし討伐軍を組織するのなら青将軍を総大将にすべきだろう」
別れ際、趙奏允は憤りを隠さなかった。鉄拐も力強く頷いて趙奏允の言葉に賛同していた。
「まぁ、そう仰らないでください。両将がいれば、いざと言う時も安心できます」
そう言って趙奏允と鉄拐を送り出した青籍であったが、不安は拭い切れなかった。
「嫌なものですね。自らの手の及ばない戦を見守るというものは」
残留することになった袁干の言葉に青籍は頷くしくなかった。
龍信を総大将とする極国討伐軍の作戦は実に雄大であった。龍国と極国との国境まで軍を進め、迎撃に出た極国軍と会戦する。それから二度三度と会戦を繰り返して敵の数を減らし極沃まで達する。作戦を立案したのは夏進。あの夏望角の息子であり、龍信の近侍であった。総大将となった龍信が軍師に推挙したのであった。
夏進は夏望角の再来と言われ、期待され不安視されていた。期待の部分はその机上の秀才ぶりであり、不安の部分は実戦経験がなく、父のようになるのではないかということであった。
作戦の概要は青籍の所にも届けられた。そこに記されていた青籍の任務は炎城を死守するというものであった。
「どう思いますか?将軍」
趙奏允達を見送って暇をもてあました青籍と袁干は作戦の検討を行っていた。
「雄大で壮烈な作戦だ。この作戦通りになれば我が軍は勝つだろう。但し、敵がこちらの想定したように動いてくれたらならの話だ」
自軍の作戦としては完璧であろうと青籍は思った。しかし、敵がこちらの想定どおりに動いてくれることが大前提となっており、しかもそれは龍国軍にとって非常に都合のいいように解釈したものであった。
「この作戦によれば、敵と会戦に及ぶとあるが、相手が会戦に打って出るとは限らない。どこかの城や邑に篭城されれば、それらを逐一踏み潰していかねばならない。そうすれば時間はかかるし、敵陣深く入り込むことにより補給も苦しくなる。もし私が敵の立場ならそうする」
「左様ですな……。ましてや相手はあの譜天ですから」
青籍もそれを危惧していた。極国の将が普通の武人であれば、会戦に誘引することも可能であろう。しかし、極国には譜天がいる。そう簡単にはいかぬであろうことは予想がついた。
「ところで軍師を務めている夏進は将軍と兵学校で同窓だそうですね」
「ああ。あちらは太子の近侍。こっちはしがない平民。接点はなかったな」
思い返してみも夏進の印象は薄かった。夏進は兵学校に入った時から太子龍信の近侍として注目されていて、学科も優秀であった。口減らしで兵学校に入れられ、学科もそれほど優秀ではなかった青籍と交流することはほとんどなかった。卒業前の机上演習で夏進と対決し、散々に討ち破った時に呟くような罵声を受けたのが唯一の交流であった。
「どのような御仁ですか?」
「優秀は優秀だろう。だが、父上があのような不名誉を担っただけに決断に際してやや優柔不断なところがある。龍頭で作戦を立てるにはいいが、前線で臨機応変を発揮できるかは疑問だな」
そう言いながらも案外杞憂に終わるのではないかと、青籍はどこか楽観的になっていた。
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