第22頁 二人の刑事
夕陽が辺りを照らしはじめる中、俺は久しぶりに翠屋の外へ出た。
「おお」
視線を移した先には人の行列。
閉店時間も近いというのに、相馬堂は今日も大盛況のようだ。
「じゃあ乗ってもらって……」
「は……はい」
思わず立ち止まってしまった俺に、男性の声が掛けられる。
ぼんやりしてしまったことに気づき、慌てて眼の前に止まった車に乗り込んだ。
「おう。元気そうでよかった」
「沼田さん……!」
4人乗りの車の後部座席に乗り込むと、隣に座っていたのは沼田さん。
「急に悪かったな。逮捕しようとかそういうんじゃないから安心してくれ」
「そ、そうですか……よかった……」
「動画の件はもちろんだが、ちょっと込み入った話がしたくてな」
配慮にかけたな、と申し訳なさそうにする彼に俺は心底安心してしまった。
ATRA作戦の訓練から2日。
午前中はインキュノベルの練習、午後は訓練という生活に慣れ始めた頃、珍しく翠屋に来客があった。
訪問してきたのはスーツ姿の男性、私服の刑事さんであった。
報道でとりあげられていた動画の件で、事情を聞きたいので署まで来てほしいと言われ連れ出されたというわけである。
スーツ姿の男性は、俺が車に乗ったことを確認すると運転席についた。
「私からも言ったんですよ?もうちょっとやり方があるでしょうって。警察バッジ見せられるだけでも普通びっくりするんですから」
「パトカーじゃなけりゃいいと思ったんだが、今回はお前の言う通りだったな。出してくれ」
阿部です、とバックミラー越しに頭を下げるスーツの男性。
彼は沼田さんの後輩刑事さんだそうだ。
30代前半くらいに見える彼は、細身のスーツがよく似合っている。
沼田さんの言葉に乗用車はゆっくりと走り始めた。
伊予川には少ない車。
公的機関や、一部のお金持ちが所有している……と文さんから聞いていたが、それは本当だったようだ。
「阿部、周囲はどうだ?」
「予定どおりってとこですね。このまま署に行きます」
「少し緩めで頼む。できるだけ引っ張りたい」
承知しました、と阿部さんは頷くとハンドルを切る。
行列のできている相馬堂をバックミラーに映しつつ、車は左へ曲がった。
それとほぼ同時に沼田さんは話を始める。
「お前さんが有名になっちまった一連の騒動だが。俺達のほうで色々と調べてわかったことがある」
「わかったこと、ですか?」
俺が未来ちゃんを襲ったように見えた動画を発端とした騒動。
そのことは警察でも捜査されていたらしい。
「まずは動画をアップした大学生達。彼らは当日とある人物と会う約束があったらしい。そしてその待ち合わせへ向かう途中、偶然現場に訪れた」
駅前の飲食店で集まりがある予定だったそうだ。
「その際お前さんの行為を目撃して、念の為動画撮影をした。そしてそれを都合よく編集しネット上にアップロードした」
彼らの話によると、自分達の活躍を見せびらかしたい、という気持ちが働いてしまったということだそうだ。
大丈夫、と立ち上がった未来ちゃんを見る彼らの表情を思い出す。
どこか納得がいかないようにしていた彼らは、もっと大きく感謝されちやほやされたかったのかもしれない。
「許しがたい行為だ。一筆からすれば
「はい……」
正直腹は立つし、とても悲しい。
だが、今は沼田さんの真剣な表情を信頼して、話の続きを聞くことにした。
「様々なやり方であの動画が拡散したわけだが。メディアへ取り上げるように強く働きかけたグループがあった」
「グループ?」
「番組視聴者やブロガー、匿名の投稿……。いかにも個人個人がやっているように見えたが、実は裏でつながっていたことがわかった」
つながっていた……?
「ある個人アカウントの一部を調べていった時、不自然なところがあってな。捜査の結果、金銭で買収された上で複数の人物を装い情報拡散していた人間達がいた」
「お、俺そんなに恨まれてたのか……」
お金を払ってまであの動画を拡散させたいなんて……。
いかん、泣きそうだ……。
「いや、そうじゃなくてだな。お前さんを退場させようと動いたやつがいるってことだ」
「退場……ですか?」
「ノベラニアを使うお前さんを、身動きとれないようにしたい奴。心辺りあるだろう?」
「相馬堂を襲ってきたアイマスク……!」
沼田さんは俺の言葉に頷く。
「例の大学生達が会う予定になっていた人物も、そうやって複数アカウントを使って情報拡散を行った一人」
動画を撮影することになった大学生達は、その人物と食事をする予定で相馬堂の前を通った……と言っていたのは先程沼田さんが話をしてくれた。
俺がそのことを思い返していると、運転をしていた阿部さんが言葉を加える。
「彼らはそこで、その人物から動画をアップロードしてはどうか。そう提案されたと話しているんだ」
えっ……。
「そう。あの動画は、撮影されるように誘導され、意図的に拡散された。はじめからお前さんを社会的に厳しい立場に置くためにメディアを誘導する、組織的な
その企てによって俺は今の状況に立たされたらしい。
あの時結界が消えたのも。
タイミングよく若者たちが現れたのも。
すべて仕組まれていたんだ……。
「そしてその人物が……青山という若者だった。相馬堂にも出入りしていただろう?」
あ、青山って……あのイケメンで性格も良さそうな彼が?
魔法紙が好きで、文さんも気に入っていた常連客の一人だったはず。
彼が、俺を……?
「キュリズムというサービスは青山が高校時代に手がけたもの。そしてサービスの運営にはムラサキファンドの金が流れていることが分かった。どちらの情報も巧妙に隠されていたがな」
「彼がキュリズムを作ってたんですか……!?」
「青山はもともとプログラミングに強い。今も情報系学科に在籍する
それだけじゃない、と沼田さんは視線を鋭くする。
「有名キュレーターと言われるアカウントの半数はこのサークルの連中。店にスコアをつけながら若者たちに受けそうな投稿で人気を獲得していったわけだ」
「セムっていうVキュレーターも、中身は青山。自身のサービスを使って自身を有名にしたわけだね」
阿部さんが付け加えた言葉に、俺は驚きつつも共通点も思い当たった。
青山という彼である時も、セムである時も「脱飾」というキーワードを主体的に用いていたからだ。
「連中は一般人を巧みに巻き込みながら影響力を増し、彼らのレビューやスコアが人気店を作り出すにまで至ったわけさ。今の相馬堂のようにね」
阿部さんが運転を続けながらも言う。
……確かにそうだ。
セムという彼の一言で、相馬堂は一夜にして人気店になった。
どん底に近い状態からあっという間に……。
「そうやって作り上げた人気店に何が起きたか」
沼田さんの言葉に、俺は伊予川に来た初日のことを思い出す。
ルーシャを割ってしまったスイーツショップで、相馬さんがテリカで見ていたニュース。
――依然として、レビュー人気店への強盗被害が出ており警察が――
もしかして……!
「被害が出た店は今、民間企業の支援を得て復旧している」
支援をした民間企業のバックにいるのは……
「こうやって、奴らはめぼしい店の技術を直接、もしくは間接的に吸収していってるというわけだ」
「ハリボテの人気の維持はできないし、意味がないからね。ある程度素質のある店ばかりだよ、狙われたのは」
二人の刑事の説明で俺は理解した。
頻発していた強盗事件も含めて……すべてムラサキファンドの作戦であったのだ。
それだけじゃない。
キュリズムも、ムラサキファンドに都合よく動く仕掛けの一つ。
彼らが欲しいと思ったものを手に入れるための道具だ。
加えて金銭を使って人を雇い、SNSに自分達に都合の良い投稿、情報の拡散を仕組んだのだ。
「じゃ、じゃあ!!」
俺はそこまで考えて思い当たった。
行列ができるほどになった魔法文具店。
カチューシャという独自技術はムラサキファンドが欲しがっている。
次の標的は相馬堂……!
「わざわざ人気店にしてから襲うという意味がわからんが……。お前さんの予想は当たっちまってる」
「え……!」
俺が事態を飲み込み始めた時、車がゆっくりと車道の端へ止まる。
見ると伊予川警察署、と書かれた建物が見えた。
「……沼田さん、囲まれてます」
車を止めた阿部さんは静かに言う。
「見立てどうりってところか」
唐突な二人の話についていけず困惑していると、沼田さんは少しだけ声のトーンを落とした。
「この車はすでに奴らの勢力に囲まれている。しかも署の人間より数は多いようだ」
「えっ……!」
あまり身体を大きく動かさないように、と忠告を受け身体が強ばるのを感じる。
「ムラサキファンドによる組織的な犯罪。だが今回はどうも規模がでかすぎる。人員も相馬堂に回したはずだったんだが、警官の一部も買収されていたらしくてな」
その人達とは既に連絡がつかない状態になってしまっているらしい。
苦々しい表情のまま沼田さんは続ける。
「奴らは間もなく行動を開始する。だから少しでも戦力を相馬堂から引き離すため、お前さんをここまで連れてきた」
「行動って……まさか!」
静かに頷く沼田さん。
それが意味するのは、今から彼らが相馬堂を襲う……ということだった。
「今ここを囲んでいるのは、相馬堂に張り付いていた奴らだよ。君とノベラニアを排除しようと考えているんだ」
阿部さんがチラリとバックミラー越しに俺を見る。
「囮として使わせてもらってすまなかった。時間がなくてな……」
「翠屋で説明していたら、もろとも襲われそうでね」
多数の集団が相馬堂に集中させないため、彼らの標的の一つである俺を使ったということだったのか……。
「あの暴れん坊の嬢ちゃんは翠屋だろう?」
「え、ええ……。ついて来たがったんですが、諏訪さんが強引に引き止めて……!」
俺は途中まで話をして気づく。
沼田さんと諏訪さんはつながっている。
だから、この作戦を知っていたんだ!
それでアイリアを引き止めてくれた、ってことなんだろう。
「あいつに連絡したのもギリギリでな……」
「沼田さん、そろそろ動きがありそうです」
車内の緊張は阿部さんの一言で更に高まる。
「署も襲われるな……。事態が起きてからじゃなきゃ動けない組織ってのはこういう時弱い」
悔しそうに言う沼田さんは、懐から何かを取り出した。
「これを」
沼田さんが俺に渡してきたのは、500ミリペットボトルより少し小さいサイズのもの。
透き通った碧色で、水晶の結晶みたいな形をしている。
「短距離転移用の魔法道具だ。署から拝借したやつでな、伊予川駅前に転移できる。今からこれを使ってお前さんは逃げろ」
「に、逃げるって……!」
俺の手に収まった魔法道具は薄っすらと光を帯びる。
「俺達はこっちをなんとかしてから向かう。駅には諏訪が迎えにくるはずだ、後はあいつの指示にしたがってくれ」
真剣な表情の沼田さん。
「で、でもお二人は!」
「こっちの勢力としばらくはやり合うことになるだろう。相馬堂へは別働隊の要請をしてあるが……管轄外からの応援だ、時間はかかるのは否定できん」
同時に手元の魔法道具の光が強くなる。
どうやら沼田さんが有無を言わさず起動をしたようだ。
思わず魔法道具に視線を移すと。
――ドンッ!
と車が浮くような衝撃が走った。
「沼田さんっ!」
阿部さんの大きな声。
反射的に前を見ると、先に見えていた伊予川警察署に火の手が上がった。
「出せ!」
「はいっ!」
沼田さんの言葉に、阿部さんがアクセルを踏み込み、背中がめり込むほどの勢いで車が発進する。
車がトップスピードに乗る中、俺の視界には文字が飛び交い始め、眼が開けていられないほどの光に包まれる。
「文句はあとで纏めて聞く、とにかく無事でいろ!」
「自分の身を大事に!」
二人の刑事の言葉に答える余裕もなく。
――まぶたを上げると、そこは既に伊予川駅の前であった。
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