第20頁 彼女達の勘

「なんか笑っちゃうわね、ここまで来ると」


 アイリアは怒りや呆れを通り越したらしく、何かを悟ったような表情で言う。

 

「一言でこんなになっちゃうなんて。時代が時代なら、あの熊が国を作ってもおかしくないわ」


 さんさんと陽が差し込む翠屋のリビング。

 不機嫌そうな彼女は、八つ当たり気味にニノ屋の牛乳パンを食べている。

 そうしながらもその瞳で睨みつけているのは魔素スクリーンであった。


『話題の相馬堂さんの前へ来てみましたが……これは凄い人ですね……!』


 男性キャスターが相馬堂を前に話をしている。

 そしてそこに映っているのは、長く伸びたお客さんの列。


「うわあ……」

「一日にして超人気店とはね。恐れ入ったよ」


 その光景に思わず声をあげると、アイリアの隣で諏訪さんは苦笑する。


『ええ、昨日の夜の番組を見て来ました。セムさんのノートに惹かれちゃって』

『自分に合った紙を選んで貰えるってセムさんも言ってて』


 並んでいるお客さん達が口にするのはキュレーターの話。


「あの番組、相当な人が見てたみたいだね。まあ僕らも見たわけだけど」

「あれは驚きましたね……」


 昨晩放送された番組で取り上げられた相馬堂。

 セムというキュレーターの熱心な語りもあり、一夜にして相馬堂は話題沸騰。

 その結果大量の客が押し寄せ、朝から長蛇の列ができている。


『私は〇〇さんっていうキュレーターが好きなんですけど、彼も少し前に良いって言ってたんですよ!』

『あ、俺は別のキュレーターさんでしたけど、最近お気に入りのリストに……』


 行列に並ぶお客さん達のインタビューは続いていく。

 

「でもまあお客さんが増えてよかった。きっと俺のせいで色々と不都合があったと思うし……」


 相馬堂は一般のお客さん相手の商売はもちろん、会社が教育機関なんかにも納品をしていたはずだ。

 少なからず影響もあったのではないだろうか。

 俺が何もできないのは心苦しいが、お客さんが戻ったことはよかったと思う。


「確かにそうかもしれないけれど……」


 アイリアはやっぱり納得がいかない様子。

 眉間にシワを寄せながら二つ目の牛乳パンにかぶりついている。


「ノベラニアは太らないのかい?」

「っ!!」


 やけ食いを続けていた彼女はその言葉にピタリと動きを止めた。

 身体は魔素を使って実体化しているって言ってたけど、どうやら体重の増減はあり得るらしい……。


「まあ僕も正直納得はいかない」


 相馬さんはアイリアに少し笑みを浮かべた後、真剣な表情で続けた。


「我らが料理長が不当に扱われていることはもちろん。それ以外にも腑に落ちない点が多すぎる」

「腑に落ちないというと……」


 一番に思いつくところは例の夜。

 ティアさんやアイマスク達がこつ然と消えたことである。

 地面に倒れ込んでいたはずの人間も含めて、あっという間にいなくなった事は記憶に新しい。


「ティアとか言う女は、書士に戻された可能性が高いわね。私で言えば、強制的にノートに戻したってところかしら」

「なるほど。擬似的な転移ってことだね」

「とはいっても距離に制限があるのよ」


 諏訪さんが補足をすると、アイリアは難しい顔をした。


「書士がノベラニアから目視できるくらい近くにいないと難しいわよ。アイマスク達の一人が書士だったんじゃないかしら」

「そうか……!」


 アイリアによって無力化されたアイマスクがほとんどの中。

 一人そうでなかった奴がいた。


「未来ちゃんを連れてきたあいつ。あのアイマスクがティアさんの書士だった」

「おそらくそうでしょうね」

「でもそうなると、他のアイマスクが居なくなったのはなんでだろう」


 ティアさんの転移の仕方がそうだったとして。

 他のアイマスク達がノベラニアでないとすれば、一体どうやったのか。


「可能性として考えられるのは、高価な魔法道具を使ったということだね」

「魔法道具?」


 諏訪さんは俺の言葉に頷く。


「書森くんも、短距離転移はパススポットで経験しただろう?それの魔法道具版さ」


 彼女によると、パススポットの機能を持ち歩けるようにしたものがあるらしい。

 無制限とはいかないが、短距離転移をその場で実行できるそうだ。

 

「そんなの持たれちゃ捕まえられないじゃない!」


 どうしろっていうのよ!と苛立つアイリア。

 一応はなだめつつ、俺も同じことを思っていた。


 沼田さんが引き続き捜査を続けてくれているとは思うけれど、そんな集団を捕まえるのは相当難しそうなのだが……。


「それがそうでもない。この魔法道具は使用した痕跡が残る仕様になっている上、保持するには登録が必要なんだ。沼田によれば今回使用されたものは、ムラサキファンドの関連会社であることが濃厚だという話だよ」


 近く捜査に入るという話だ、と諏訪さんは付け加えた。

 なるほど……強力な道具であると認知されていることが、今回はプラスに働いたようである。


「複数人を巻き込めるものは更に高レベルのものだからね。絞り込みはかなり簡単だったみたいだ」

「それはよかったのかもしれないけど……」


 今度はアイリアが難しい表情をする。


「足がつくのはすぐに分かるわよね?あいつらはそんなに馬鹿なわけ?」

「そう。僕が腑に落ちないもの一つがそれ」


 それからね、と諏訪さんは魔素スクリーンを広げる。


「ネット上ではムラサキファンドによる強引な投資計画の噂が出回っている。それから書森くんが相馬堂の店員だという情報も、操作されたものじゃないかという話が広がっているよ」


 彼女が広げたスクリーンには、SNSへの投稿や、個人ブログなども映し出される。

 そのどれもが、ムラサキファンドをバッシングするものであった。


「どれも明確な根拠を示せてはいないが、ニュース系のサイトも割と取り上げ始めている」

「いい気味ね。もっと広がって欲しいわ」


 ゴシップ系のメディアから放送されるのも時間の問題、という諏訪さんの言葉を聞いて、悪そうな笑みを浮かべるアイリア。

 都合二回も面倒なことを仕掛けられたのだ、当然の反応なのかもしれない。


「だからこそおかしいんだ」


 諏訪さんは首をひねる。


「相馬堂や君達を襲ったのがムラサキファンドだとしたら」


 もちろん僕もそう思っていたんだけど、と彼女は前置きする。


「彼らの目的は相馬堂の独自技術、カチューシャだろう」

「そうですね。投資の話もそのためだと思いますし……」


 豊富な資金がある、というムラサキファンド。

 文さんも言っていたが、カチューシャ技術を量産できる商品にして利益を上げたいのだろう。

 諏訪さんは更に続ける。


「一回目の襲撃も、相馬堂をぐらつかせて投資を受け入れさせるため、とは考えられる。でもそれは、あくまで疑いの域を出ないからこそだった」

「ムラサキファンドの可能性がある……っていうだけってことね?」

「そのとおり。だから相馬堂側も邪険に扱えないし、投資の話も継続可能ってわけだね」


 疑いはあるが決定的でないからこそ。

 技術を手に入れられる可能性が上がると見込んだ、と予測できるということだ。

 けれど……。


「しかし君達を襲った一件で、この作戦は崩壊する。ティアというノベラニアの存在が相馬堂に知られ、同時に転移魔法道具の痕跡を残した。むしろムラサキファンドがやっていますよ、と伝えたがっているようにすら見える」

「……そうね。現に噂まで出始めているみたいだし」


 警察の捜査も始まるようだし、もはや投資どころの話ではなくなる。

 彼らは自分で自分の首を締めている状況なのだ。


「ムラサキファンドのような企業が、こんなわかりやすいミスを犯すとは思えない」


 YUKARIの元社長が言うと説得力が違う。

 数年前に辞めてしまったみたいだけれど……。


「そしてもう一つ。例の番組もまるでこの間の件が無かったように動きすぎている」


 メディアが手のひらを返すのは日常だけど、と苦笑する彼女は更に言う。


「出演タレント達が一切その事に触れなかった。見ている側から疑問の声は当然あるはずだ。サップという視聴者からの投げ銭が一つの収入になっているなら尚更ね。現にこういった姿勢を疑問視する声はSNSで上がっているよ」


 確かに。

 あっという間に手のひらを返すメディアを嫌う人は少なくないだろう。

 サップが減れば、番組そのものの収益に影響するのは明らか。


 セムが語る内容だって、事前に打ち合わせを通しているはず。

 その時点で却下されなかったというのはいささか不自然かもしれない。


「ムラサキファンドの仕業じゃない……?」

「でも、ティアとかいう女はムラサキファンド側でしょう?」


 ムラサキファンドの人間が、ムラサキファンドの足を引っ張るようなことをしているのだ。

 どういうことなんだろう。


「ティアというノベラニアとその書士、おそらく彼らがこの一連の事件の黒幕。ムラサキファンドとは何らかの関係はあるとは考えられるけど、目的は別じゃないかと思う」


 諏訪さんはそこで一度言葉を切る。


 目的が別。

 今回の件で、彼らは一体何を得たのだろう。

 どんなメリットがあったのか。

 

「……まだ動きがある、そう言いたいのね?」


 俺が頭を悩ませていると、アイリアが確信を持った声色で諏訪さんに問いかけた。

 

「その可能性は高い。ムラサキファンドの足を引っ張るにしては中途半端だ。ここまでの一連の流れは、何かの準備かもしれない」


 つまり彼らが本当に欲しいものを手に入れようとするのはこれから……ということ。

 高価な魔法道具を使い、出回る情報にも何らかの手を加えた可能性すらある。

 

 要するに、これだけの労力を払うに値する何かを彼らは手に入れようとしている。

 ムラサキファンドに対する根拠のない噂で、釣り合いが取れているとは考えにくいだろう。


 そして。


「彼らが欲しいものは、相馬堂と何かしら関係がある……?」


 俺がつぶやくと諏訪さんは険しい表情でこちらを見る。


「……これは僕の勘だけど、何かの舞台に使われているような気がしてならない」

「舞台?相馬堂が……ですか?」

「そう。彼らにとって都合が良い場所。そういうものを作ろうとしている感じがする」


 簡潔な表現を使うことの多い諏訪さん。

 その彼女が「感じ」と表現することに、俺は言い知れぬ感覚を覚えた。



「ユカリの言う通りなら、襲撃はあり得るわね。私達は多分、黒幕達にとって『都合が悪い』舞台装置のはずよ」



 諏訪さんの言葉の後。

 リビングを沈黙が支配しかけた時、強い意思を感じるアイリアの声がその空気を破った。


「こっちは私の勘ね」

  

 諏訪さんの言葉を真似しながら、ニヤリと笑う彼女。


 アイリアの言うように「都合が悪かった」からこそ彼らは襲撃を仕掛けたとすれば。

 相馬堂の近くに陣取ったままの迷惑要素と思われていてもおかしくない。

 

 様々な手を使っているらしいアイマスク達が、迷惑要素を排除を諦めるとは考えにくい。


 となれば……今のままでは駄目だ。


「諏訪さん」

「なんだい?」


 俺の考えを見透かしたような表情をする諏訪さん。

 でもそれは否定的なものじゃなくて。


 むしろ、言葉にしてごらん、と見守られるようだった。



「もっと強くなりたいです。優しくしてくれた人達を守れるように、訓練をお願いします」



 アイリアに守られているだけでは駄目なのだ。


 あの夜ティアさんを抑えてくれたのは彼女。

 そしてアイマスクに囲まれた俺を助けてくれたのも彼女。

 未来ちゃんに魔法防御をかけてくれたのも彼女。


「あれじゃ嫌なんです。次はあっちの書士も戦いに出てくるはず。アイリアには及ばなくても、せめて足手まといにならないように鍛えてくれませんか」


 アイリアに頼るだけの書士ではいたくない。

 それでは今後切り抜けられない気がしてならないし、彼女だって大事にしたい人なんだ。


「書森くんも男の子だね。プライドが刺激されちゃったかい?」

「ま、まあ……アンタがやりたいっていうなら付き合うけど……」


 意地悪な笑みを浮かべて俺をからかう諏訪さんは、しっかりと頷く。

 アイリアは金色の髪を頬の横でしきりに撫でつつも、嫌そうな表情には見えないので安心した。


「僕も色々考えていたんだ。二人が一番能力を発揮できる戦い方についてね」


 席を立ち、ふふん、と胸を張る諏訪さん。

 そして、例の部屋の扉が青く光りだした。



「名付けてATRA作戦。君達にしかできない戦い方さ」

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