第19頁 青天に複雑
――貴店のますますのご活躍をお祈り申し上げ……
「白々しいわねえ」
「お祈りメールって
はあ、と兄妹でため息をつく。
これで三社目だろうか。
午前中にこんなメールが来ると気持ちが萎えてしまう。
「こんな時ばっかり日本企業は行動が早い気がするわ」
「契約するまではどんくさいのに、切られるのは一瞬だもん」
ぐぬぬ……と二人で唸る。
「定期納品先がこれだけ無くなっちゃうと、久しぶりに新規営業がいるかしら」
今回もらったメールは、定期的に商品を納めていたとある企業から。
社内の一部で相馬堂のカスタムノートを使ってもらっていた。
社員の方からの評判もとても良かったんだけど、今回の騒ぎで印象が悪化し、次回納品からは他店のものに乗り換えるそうだ。
「外も静かになったし、飛び込み営業でもしにいく?」
「いいわね♪『営業の自由』を行使しましょ♪」
店の前での待機はもちろん、ひっきりなしの取材依頼。
現状を知らずにお店を訪れようとした人まで質問攻め。
無礼も居座りも『報道の自由』という言葉で正当化されるらしい。
魔法文字よりよっぽど魔法の言葉だと思う……。
「でもあれよね、わかりやすいっていうか」
「うん、騒ぐのも早いし、飽きるのも早い」
二人で思わず苦笑いをしてしまう。
書森くんを映した動画が話題になってから5日。
相馬堂の前にメディア関係者の姿は無い。
相馬堂は昨日から営業再開。
昨日の午前中は取材に訪れた人たちはいたけれど、その後はぱったりと来なくなった。
世間では、あのニュースはもう過去のものなのだろう。
「書森くん……大丈夫かなあ」
「メールは来てるんでしょう?」
「まあ、そうなんだけど」
私はテリカを取り出し、今朝に来たメッセージを確認する。
『お疲れ様です。書森です。体調は問題ありません。インターンでお世話になっているのにも関わらず――』
そんな書き出しの彼のメールは、その後お詫びの言葉が続く。
ビジネスメール講座で習ったことをしっかり実践しているんだろう。
書森くんらしいけど……。
「物足りないのかしら?」
「べ、別にそういうわけじゃないけど」
もうちょっと心を開いてくれてもいいんだけどなあ。
まああんな理由で、彼を連れてきた私に言えたことはないのは分かっているんだけど。
あのニュースが流れて以降、彼は翠屋に缶詰状態。
外に出るのはもう少し待ったほうがいい、というのが諏訪さん達の見解だった。
ふう、とため息をついて通りを眺める。
店の前は少し前までの騒がしさが嘘のように落ち着いている。
「見事なくらい開店休業状態だね」
「この間までの騒がしさよりずっといいわよ♪」
「確かに」
二人で顔を見合わせてふふっと笑う。
危機感がない、と言われるかもしれないけれど。
のんびりと過ぎていくこの時間が、今の私達にとってはとても懐かしく暖かい。
前庭に居着いたセミ達の声を聞きながら、良くも悪くも平和な午前は過ぎていった。
「こんにちわー!」
元気な声とともに美男子達が現れたのは、その日の午後のこと。
「青山くぅん♪いらっしゃい!」
「文さん!お久しぶりです。詩織さんもお疲れ様です」
「いらっしゃいませ」
彼はここ一年くらいで相馬堂の常連になった子。
たしか書森くんより一つ歳下だったと思う。
とても綺麗な顔をした、今をときめく大学生というような感じ。
私は見た目には気を配っているつもりだけれど、中身は地味女のまま。
だからどちらかというと、こういうキラキラした男性は少しだけ苦手だったりする。
「あらあ!今日はイケメンが沢山ね♪」
「あ、俺の友達です!相馬堂を知ってほしくてつれてきちゃいました。ご迷惑でしたか?」
「そんなことないわ!大歓迎よ♪」
そして類は友を呼ぶというか。
イケメンの友達はイケメンらしく、店内はあっという間に美男子だらけに……。
ファッション誌の撮影と言われても信じてしまいそうだ。
ま、まあ相馬堂でそんなことはないと思うけどね。
「おお……これ見ろよ」
「うわ!限定モデル……!」
早速万年筆コーナーに夢中になっている所を見ると、彼らは魔法文具には詳しいみたいだ。
数人の美男子は各々テリカで写真を撮ったり、興味深そうに商品を見て楽しんでくれている。
「こいつら魔法文具関係にはちょっとうるさくて。だからこそ相馬堂がいいんじゃないかって思ったんですよ」
「嬉しいこと言ってくれるわねえ♪」
「全員大学のサークル仲間なんです」
青山くんの言葉に、こんちわっす、と美男子達がそれぞれ、軽くお辞儀をする。
「随分美男子だらけのサークルじゃない♪アタシも入れて頂戴?」
「あはは!ただのPCオタクっすよ僕ら」
「毎日プログラム書いて喜んでるだけだもんな」
「PCオタクで文具オタクなんで、超インドア野郎の集いっすよ!」
彼らはそう言って笑い合う。
青山くんもテリカのアプリを作ったりしているそうだ。
情報系の学科で勉強している仲間同士で立ち上げたサークルだったが、魔法文具好きという共通点もあったのだと言う。
「例の騒ぎがあってから、本当はすぐに来たかったんですよ。あの男はともかく、店にまで色々言うやつがなんとなく許せなくて。お前ら店を見たことないだろって」
彼がそう言うと、周りにいた美男子達もそれぞれ頷く。
「青山の言う通りっすよ。その男が悪いだけで、商品や店を見もしないで判断ってのは考え方が浅いっていうか」
「そうそう。青山に聞きましたけど、あいつ接客だってろくにやってなかったって」
「面接だけ上手くやるやつっているからな。むしろ店のほうが被害者だっつ―話でさ」
きっと相馬堂という店の味方をしてくれようとしているんだと思う。
それは分かるのだ。
彼らなりに見えている範囲で考えて言ってくれてるんだとも思うけど。
分かっていても……私は手を握りしめて必死に怒りを抑えるので精一杯だった。
「
冗談めかしてさらっと言うお兄ちゃん。
「そうっすね」
「いや、さすが店長さんっすわ」
バツが悪そうに笑う彼らには「なかったことにしてくれ」というメッセージに聞こえたのだろう。
でもそれは違う。
私達が知っているのは、強面だけど優しい男性店員なのだ。
彼らの言うような人なんて、初めからこの店にいない。
これが私達の主張。
世間が決めつけた答えに対する、せめてもの抵抗。
だからそんな店主を見習って、私も精一杯の笑顔で付け加えることにしたのだ。
「ゆっくり見ていってくださいね」
その対応で、美男子達は少しの居心地の悪さを忘れてくれたらしい。
「じゃ、遠慮なく!」
青山くんが調子良く言うと、他の男子達も賑やかさを取り戻していく。
「内装もいいし、店員さんも美人だし。店の前しか見ないのはもったいないな!」
「お、PARKの限定もあるよ……!すみません、これって――」
笑顔を浮かべた彼らはいくつか商品を買っていくだけにとどまらず、夕方までお店を楽しんでいった。
「若い子にも通用してよかったわ♪」
「……私はちょっと複雑」
美男子達を送り出し、閉店作業を終えると満足そうにする店主。
一方の私は、うまく気持ちを割り切れずつい愚痴をこぼしてしまう。
せっかくの気分に水を差してしまったかな、と思っていると。
「アタシはかなり複雑」
結局お兄ちゃんも苦笑していて。
ああ、この人と兄妹で良かった、と私は思わず笑ってしまった。
そしてこの複雑な気持ちは、もう少し大きく育ってしまうことになる。
『ぜひご紹介したいのが、この相馬堂さん』
魔素スクリーンを前に、私達は朝から声を失う。
書森くんとも一度見た番組。
そこに映っているのはCGで表現された、可愛らしい熊だ。
隣に座るのは、番組の看板でもある女性キャスター。
『おお、こちらもセムさんお好みの脱飾系チョイスってことですか?』
『むしろ一押しって言ってもいいです。前から紹介したかったんですけど、魅力を完全に理解してからがいいなって』
こ、これって……。
「し、詩織ちゃん。このセムってセムよね?あの……有名な」
「そ……そうだよ。脱飾系の代表みたいな……」
今若者中心に一番人気のあるVキュレーター。
彼の一言に、今日もサップが殺到している。
『この一言でうちの月商くらい稼いじゃう』とぼやいていた状況が繰り返されている。
『カチューシャっていう魔法紙シリーズが本当に良くて。一年前に偶然立ち寄ってからずっと使わせてもらってます』
熊のコメントに合わせて、女性キャスターの前にはカスタムノートが置かれる。
「……これ、うちの店のだよね……?」
「そうね……アタシすごく見覚えがあるわ……」
女性キャスターは驚いたように見せながら、それを手に取り話を続ける。
『おお、サイズは手頃ですが表紙の革がいい感じの色になってますね?もしかしてこれは……?』
期待の目で彼女がセムに視線を移すと、熊は嬉しそうな表情になり大きく頷く。
『これ僕の個人的なもので。この相馬堂さんで作っていただいたものなんですよ』
『えええッ!これセムさんの私物ですか!』
キャスターがやや大げさに驚くと、他の出演者達も盛り上がる。
『ほー!こりゃあレアものやん?サップえらいことなっとるで!』
『かわいいー!!このお店で作ってもらえるんですか?』
賑やかになっていく番組。
取り上げられているのは相馬堂。
番組の中では「脱飾系」のお店としてどんどんと持ち上げられていく。
あまりに急で、予想外の出来事に私が呆けていると。
肝心の店主がぽつりとこぼす。
「あのカスタムノート……青山くんが使ってるやつね……」
「ええっ!?」
同じ組み合わせの可能性も無いとはいわないけれど……と前置きしてお兄ちゃんは言う。
「セムっていうの、青山くんだったのね……サービス当初からどうこうって確かに言ってたわ」
ため息混じりの言葉。
確かに彼は店内の写真を撮ったりしていた。
まさかこのためだったなんて……。
「あ、あはは……凄いね」
この事態にどう言葉を述べるべきか分からず、私は乾いた笑いを上げるしかなかったが。
「閉店後で良かったと思うべきかしら。明日の朝が怖いわねえ……」
お兄ちゃんの一言で、私の笑いは引き攣るのだった。
「休みにする……?」
「一応商売よ?ま、腹をくくりましょ♪」
店主の笑顔は力強かったけれど。
「お前も道連れだぞ」みたいな雰囲気があったことは否めない。
そして翌日。
相馬堂はある意味修羅場を迎えることになるのだった。
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