第2章 世界はいつもわかりやすい

第11頁 高級店相馬堂(自称)

 荷物を降ろし終わるのを見計らったかのように、相馬堂から静かに走り去る車。

 

「おお……自動で……」

「賢いのね……」

「人間の運転手より丁寧な発進よ♪」

 

 優秀な発進を見せたその車には運転手がいない。

 俺とアイリアがその様子に感心していると、文さんはふふっと笑った。

 伊予川の荷物宅配は、こうした自動運転により行われているそうだ。


「短距離転移便は高いの。もう少し安くなれば便利になるんだけどね」

「商品棚直通サービスっていうのもあったわねえ……」


 相馬さんのぼやきに、文さんも同調する。

 商品棚に直接商品をワープで送ってもらうサービスだが、導入には高額な費用が必要らしい。

 現状短距離転移は人の移動には補助があるが、荷物は全額負担で割高なようだ。


 相馬さんはしばらくこちらへ滞在するらしい。

 担当が変わった、という話だったが詳しくはまだ聞いていない。


「それじゃ、紙をしまいましょ。一筆ちゃん、お手伝いをお願いね」

「はい!」



 アイリアと伊予川へ残ると決めてから数日。

 今日から本格的に相馬堂サマーインターンが始まった。


「おう、今日からだったな。一筆、身体の調子は大丈夫か?」


 相馬堂に届いた紙を店内へ運んでいると、沼田さんがやってきた。

 呼び捨てされるようになって、少し距離が縮んだ気がしている。


「はい、特に問題な――」



「公平ちゅぁああんっ♡」


 俺が返事をしようとすると、すごい勢いで文さんが飛んできた。


「紙が欲しいの?それともインク?もしかして……ア・タ・シ?」

「どれもいらん、最後は特にいらん」

「んもう!いけずっ!」


 昭和感のある台詞に、沼田さんはげんなりと返す。

 対する文さんは非常にいい笑顔だった。


「沼田さん、お兄ちゃんのお気に入りなんだよね……」

「お、お気に入りでも限度があるでしょ……」


 運んだ紙を整理してくれているのは相馬さんとアイリア。

 相馬さんは慣れているのか苦笑気味、アイリアは結構引いている。


 アイリアは、相馬さんから借りたTシャツとショートパンツを身に着けている。

 こうしてみると、ノベラニアだとはまったく分からない。

 美人のハーフ女子高校生といった出で立ちである。


 暇だから連れて行け、と言うので今日は一緒に相馬堂へやってきた。


「それにしても……むぐっ……インターン始めちゃってよかったの?一筆ちゃん、どこかの機関に所属するんじゃなかった……んぷっ……かしら?」


 沼田さんにキスをしようとしているらしいが、彼に容赦なく顔を抑えられている文さん。

 そんな状態ではあるが、話をしていることは割と真面目なことであった。


「お偉いさん達がなかなか……。一筆が残ってくれるって言った途端、今度はごちゃごちゃと揉めだしてな」


 はあ、とため息をつく沼田さん。


「も、揉めてるの?」


 そんな彼に少し不安そうにするアイリア。

 俺がこっちに残ったことを気にしているのかもしれない。


「ああ、いや。要は一筆の取り合いだな。禄に訓練なくノベラニアを呼んだって聞いて、色々な機関が根回しやらなんやら……。結局まだどこにも所属が決まらないまま、会議ばっかりやっててな。本末転倒ってやつだ」


 沼田さんは、スカウトみたいにお前さんの給料が上がるんならいいんだがな、と苦笑する。

 国家公務員みたいなものと話していたし、多分待遇には何か決まりがあるのだろう。


「煙たがられるよりはずっといいです。サマーインターンができるのは嬉しいですし」


 むしろ有り難いくらいである。

 今までと逆の状態に、戸惑いすらあるほどだ。

 それに魔法文具にもとても興味がある。

 文さんの説明を聞いてからというもの、どこか心惹かれている部分があるのだ。

 

「いい子ねえ……いっそこのままうちに就職してほしいくらいだわあ」


 文さんの言葉に、うんうん、と頷く相馬さん。

 お世辞だとは思うけど、優しい気持ちがとても嬉しい。


 待たせる側が言うのもなんだが、と前置きし沼田さんは続ける。

 

「ひとまず、ここでのインターンを通して魔法に関する知識に触れておくといいんじゃないか。今後も必須になるだろうしな」

「そうね!アタシが手取り足取り教えてあげるわ!」


 ふふふ……と不敵な笑みを浮かべる文さんはちょっと怖い。


「私も是非そうしてもらいたいわね。馬鹿魔力を振り回されると、碌なことにならないからね……!」


 恨めしそうな声を出すのはアイリアだ。

 おそらく最初に顕現した際の話だろう……後で聞いたが、かなり無茶苦茶な魔素量を送ってしまったらしいし……。


「ちょうど紙もしまい終わったし、初歩的な話からしようかしらね♪公平ちゃんも一緒にどう?ためになるわよ?」

「俺は遠慮させてもらうよ、一応仕事中だしな。一筆も嬢ちゃんも、何か困ったことがあれば連絡しろよ」


 文さんの誘いをさらりと交わし、沼田さんは出ていった。


「ふふっ……沼田さん、書森くん達のこと心配してくれてるんだね」

「ちょっとぶっきらぼうに見せて、優しい所が公平ちゃんの魅力よねえ……」


 確かに。


「じ、嬢ちゃんって呼ばれるの慣れないわね……」

「アイリアはお嬢様っぽいから……暴れん坊って言われてたけど」

「あ、あれは半分アンタのせいだからね!」


 暴れん坊のお嬢様も気にかけてくれるあたり、きっと良い人なんだと思う。



「魔法文字っていうのは『魔法回路』の進化系なのよ」


 いつかと同じように椅子をもってきた文さん。

 それぞれが椅子に座り、テーブルの一つを囲んでいる。


「それはいんだけど……こんなことしてていいの?お客さんは?」


 来客をまったく意識しないその様子に、常識的な質問をしたのは意外にもアイリアだった。

 彼女もちゃっかりと座ってはいるのだが。


「相馬堂は一見さんお断りなの。紹介制の由緒あるお店なのよ♪」

「そうなの?高級店なのね」


 誇らしげにする文さんに、眼を丸くする彼女。


「あのね、一見さん『が』お断りするの。紹介されて勇気を出して入るお店なんだよ……」

「そうだったんですね……」


 しかしその意味する所は随分と違ったらしい。

 アイリアはえぇ……と、笑顔の文さんを見やる。


「前庭もあって中が見づらいし、店主もこんな感じだから……。一部の人からは評判はいいんだけどね」


 たはは、と苦笑する相馬さんはキュリズムを起動する。

 浮かんだ魔素スクリーンに表示された★は3よりやや少ない。


「頑張って入ったけどお兄ちゃんに驚いちゃった人とか、そもそもお店の見た目だけで点数入れる人もいるし。昔からのお得意様はキュリズムやってないって人も多くって」


 それなに?と興味を示すアイリアに相馬さんは仕組みの説明を始めた。

 キュリズムにはもとより、テリカにも興味津々といった様子である。


「アタシは自分を偽らないわよ!飾らないアタシを見せることこそ、脱飾系じゃない♪」


 文さん、さりげなく世間の潮流も意識してらっしゃる……。


「そ、それで『魔法回路』っていうのは何なんでしょう?」


 先程出た単語が気になって改めて質問すると、そうだったわ!、と文さんは説明を再開してくれた。


「魔力を使って魔素に特定の動きをさせる……そのことによって様々な現象がおきる。これが『魔法』」


 諸説あるが、『魔素法則まそほうそく』の略称が『魔法』だそうだ。

 こうした法則を使うという意味で、『行使する』という表現が正式なものらしい。


「大抵は使うっていうわね。ちょっと格好つけた感じよ」


 神様みたいに顕現するわりに、アイリアの解釈は大変俗っぽい。

 そのまま彼女は続ける。


「特定の動きっていうのは、例えば円とか四角を書くようにとか、ギザギザにとか」

「魔素をそんな風に動かすってこと……?」


 ええ、と頷くアイリア。

 そこに文さんが説明を入れる。


「でも魔素は見えないから、なかなか上手くいかない……っていうかほとんど無理だったのね。だから『魔法回路』っていう道を用意したのよ♪」


 『魔法回路』は魔素が通る道のことを指すそう。

 昔は金属に線を彫り込み、そこに魔素を流し込む訓練をして魔法を使ったそうだ。


「でも便利な効果を得ようとするほど、この回路って大きくなったんだって」


 相馬さんはそう言うと、テリカから大きめの魔素スクリーンを出して画像を見せてくれた。

 そこには現代の軽トラックほどの大きな銀色の塊が映っている。


「これ、今で言う冷蔵庫。重いし大きいしで大変だったらしいよ?」

「ああ、あったわね」

「日本の家じゃ使えないですね……」


 長生きしている……というアイリアはこれを見たことがあるらしい。

 様々な老人に呼ばれたそうだから、その中で目にしたのかもしれない。

 

「だからね、これを小さくするべく生まれたのが魔法文字よ。つまり、すっごいミニチュアにした魔法回路が魔法文字♪」


 なるほど……だから魔法文字に魔素を込めることで、魔法を使えるっていうわけなのか。


「でもこの魔法文字もインキュノベルは文字種が膨大。そこで紙やインク、彫り込み方やその道具に細工をすることで簡易的な文字が生まれたの」


 相馬さんは店内のそれらを指差しながら解説してくれた。


「それにも種類があって、回路語、簡易語って言われてるわ♪」


 文さんによると、簡易語は簡単だけど効果もそれなり。

 回路語は難解だけど、熟練すれば幅広く応用できるらしい。


「各々に適した文具があってね。相馬堂はそういったニーズに合わせて紙、ノート、ペン、インクの提供をする文具店なの」

 

 相馬さんは、わかった?、と確認してくれる。

 

「内容はよく分かりました……でも……」


 俺は改めて店内を見回す。


 瓶に小分けにされ、ずらっと並べられているインク。

 それぞれ微妙に色が違う、と聞いた。


 ガラスケースにディスプレイされた、数十種類の万年筆。

 その下にある引き出しには、その倍以上のボールペンが入っているのを先日見せてもらった。


 そして伊予川へ来た初日に見せてもらった大量の紙。

 さっき納品があったものも含めれば膨大な種類がある。


 隣に座ったアイリアも釣られるようにそれらを見て言う。


「これだけの種類を扱ってるお店って他には?」


 その言葉に文さんは満足そうに頷く。


「伊予川魔法街、いえ、国内魔法都市一の品揃えを自負しているわ!」


 小さく、多分、と付け加えた文さんに全員が笑ってしまう。


「まあ、だからますます貧乏なんだけどね。不良在庫だらけみたいなところもあるし」


 苦笑しながら言う相馬さんは、けれども嫌そうではなかった。

 その言葉に、ふんす、と鼻息荒く文さんは言う。



「一人ひとりに魔力の癖があるのは周知の事実。それなら一人ひとりに向き合うのが当然じゃない!人間関係とおんなじよ♪」



 ふふっと笑う相馬さん。

 はいはい、と流すアイリアも口元に笑みが浮かんでいる。


 こういうことをさらりと言える人はきっと少ない。

 そしてそれを体現している人はもっと少ない。


 俺は自身も笑顔になってしまうことを自覚しながら。


 できるだけ偉い人が長く揉めますように……と祈らずにはいられなかった。

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