第5頁 魔法文具と桃色男

「ここって、相馬さんの実家なんですか……?」

「そう、お店の名前もまんま『相馬堂』だしね」

「正確にはアタシ達の、よん♪」


 えっ……?


「お兄ちゃんなの」

「……え゛っ……!」

「相馬 ふみよ、ふみちゃんって呼んでちょうだい♪」


 俺はあまりの衝撃に足が震えそうになった……。

 まさか兄妹きょうだいとは……この世は広い。


 あはは、と苦笑した相馬さんは、俺の背中をぽんっと叩いて促す。

 ガラスのはまった扉を横にスライドさせて、文さんは店内へ手招きしている。


「おお……」


 促されるまま前庭から店内へ入ると、思わず声が出てしまった。

 

 そこは外からでは想像がつかないほど、モダンだったからだ。

 

 歴史を感じる飴色の床は綺麗に磨かれ光沢があり。

 その色にマッチした棚やテーブルが、センス良く並べられた店内。

 

 奥には同じ飴色あめいろをした木材で作られた上り階段が見える。

 いたの間には隙間があり、向こう側が見えるため圧迫感がない。


 まるで『Casa Caesar 古民家ライフスタイルのすゝめ特集号』で取り上げられていたお洒落カフェ。

 都内のハイセンス女子も喜びそうな内装に、とにかく驚いた。


「これは……ブックカバーですか?」


 そんな店内のテーブルの一つに、A5サイズの革のような物が並んでいる。


「それはね、ノートの表紙サンプルよ」

「ノートの表紙ですか……?」


 やや呆け気味の俺の言葉に、ふふん、と文さんは頷く。


「確かにここは文具のお店。でもねえ、その辺にある既成品を並べたところとは違うわよ♪」


 両手を広げる文さんにつられて、店内を改めて見回す。

 ガラスの引き戸つきの棚には万年筆が並び、手帳のようなものが置いてあるテーブルも目に入る。


「全部アタシが目利きして納得したもの。でもね、うちの売りはオーダーメイドノート」


 キョロキョロとする俺に、こっちよ、と文さんは声をかける。



「すごい……」


 文さんが案内してくれた場所にあったのは、山程引き出しがついた古いタンス。

 そこのすべての引き出しに、真新しい用紙がつまっていた。


 サイズはもちろん、無地から方眼、見たことのない構成の用紙まで。

 その種類の多さに圧倒される。


「表紙だけじゃなく、裏表紙も選んでもらうわ。もちろん好みのリングもね」


 そう言って手渡されたのはリングノートだった。

 手触りの良い茶色の表紙に、落ち着いた銅色のリング。

 裏表紙も表と同じ素材で統一されている。


 中の紙は、ほんのりクリーム色でうっすらと等間隔にドットが打たれているものだ。

 一度見た高級ノートが、こんなような紙を使っていた気がする。


「あ、このノートは次のディスプレイ用?」

「そうよ、地味かもしれないけど分かりやすいのもいいかなって思ったのよ♪」

「夏休みだし、新学期に向けて買いに来る子がいるかも」


 宿題もあるもんね、と兄妹は仲睦なかむつまじく話をしている。

 しかし、俺はあることが気になっていた。


 このうっすらと書かれたドット。

 綺麗に並んでいるが、一つひとつ僅かに形が違う気がする。


「この点ってもしかして、手書きですか……?」


「「!」」


 仲良く話をしていた二人が、驚いたように俺を見る。

 あれ……まずいこと言った……?


「ね?適任でしょ?」

「持つべきものは妹ね」


 得意満面といった顔の相馬さん。

 そして、にやりと頷く文さん。


 獲物を見るような目は辞めてほしい……。

 俺が言うのもおかしいけれど、ちょっと顔が怖いです。


 というか適任と言われても、インターンの中身の説明は『店の手伝い』みたいなざっくりした感じだった。

 一体俺は何をやらせてもらえるのだろうか。


「詩織ちゃん、魔法文具まほうぶんぐのことは?」

「ううん、全然。基本的なことは聞いてもらったけど、文具のことはインターンの一環いっかんにしよっかなって」


 そうね、と頷いた文さんは店の奥から椅子を持ってきた。

 商品をディスプレイしているテーブルの一つを囲み、俺と相馬さんは椅子に座る。

 文さんは、他のテーブル近くに置いてあった椅子を寄せて座った。


「よいしょっと……さて、何から説明したらいいかしらね……って詩織ちゃん、一筆ちゃんように適当に服もってきてあげて?いくら夏でも風邪引いちゃうわ」

「あ!ごめんね、書森くん。適当にTシャツもってくる!」


 パタパタと階段を上っていく相馬さん。

 二階はおそらく生活スペースなんだろう。


 

「それで?一筆ちゃん。詩織ちゃんとはいつから付き合ってるの?」

「ごほっ……!!」


 相馬さんが二階へ行ったのを見送った文さんの第一声がこれである。

 唐突すぎたのと、予想外すぎたのが合わさって思わずむせてしまった。


「つ、付き合ってないです……」

「えっ、詩織ちゃんは好みじゃないの?我が妹ながら可愛いと思うんだけど」


 確かに美人なのは間違いない。

 とはいえ、生きる世界が違いすぎる。

 あっちは女神、こっちは野獣である。


「だからこそといいますか……。俺この顔が原因で、キャリアサポート課の職員さんも二回変わってるんですよ」


 大学のキャリアサポート課の職員さんでも、大抵俺には怯えてしまいまともな面談にならなかった。

 

 始めは、職員さんも色々教えてくれようとしてくれる。

 当然聞き逃すまい、と真剣になる。

 しかし、どうやらそれが駄目らしいのだ。


 数少ない友人曰く……。


「二、三人は人を殺してそうな顔になるそうです……」

「ぶっ……!」


 あははは!と大きな声で笑われてしまった。


 職員さん達も、別に悪気があったわけじゃないだろう。

 でもカタカタと震えだしてしまうのだから、仕方がない。


 そして次の機会に窓口に行くと、担当が変わりました、という話になるのだ。

 

「相馬さんはそんな俺に、こうしてインターン先を紹介してくれました。それなのに、嫌な顔ひとつ見せず頑張っているんだから、イケメンでお金持ちで性格も良い人と出会って幸せにならなきゃ不公平です」

「そんなのが義理の弟になったら、兄の立つ瀬がなくなりそうねえ……」


 そう言って、ふふっ……とおかしそうに笑う文さん。

 その様子は相馬さんそっくりで、やっぱり兄妹なんだな、と思った。


「……でも、よくわかったわ。あの子が貴方を連れてきた理由。まあ……詩織ちゃん、少しズルいわね」

「ズルい?」


 モヒカンからは想像もつかないほど優しげな表情で、文さんはゆっくり頷く。

 

「あの子も、貴方と似ているところがあるのよ。そのうち分かると思うわ」

「い、一緒?」


 いや、むしろ対極に位置すると思う。


「それからね、美女と野獣は上手くいくのがこの世の摂理せつりなの。イケメンもいいけど、野獣にも良さがあるんだから♪」


 そんな摂理が本当ならどんなにいいか、と思った時。

 パタパタと足音が聞こ、二階から相馬さんが降りてきた。


 ニコニコと……ショッキングピンクのTシャツを持って……。



「魔法文具っていうのは、『魔法文まほうぶん』を書いて魔法を使うための道具よ」

「ま、魔法……ですか?」


 文さんの言葉に俺は改めて別世界に来たこと実感する。


「『魔素』があるっていうのは説明した?……ぷふっ……ぐふっ……」

「そこは一応わた……私が……くくっ……んふっ……!」


 真剣だったはずの文さんの表情はふいに崩れ、つられるように相馬さんも笑いだした。


「あははっ!もう駄目!ピンク来たまま真剣な顔しないで!」

「似合ってるよ、書森くん!あははは!!」


 相馬さんの有無を言わせない圧力に負け、着せられたTシャツ。

 それを着た俺は、野獣というより珍獣であった。

 持ち主だという文さんが着ても、大差ないと思うけど黙っておく。


 ま、まあ怖がられるよりはいいか……。


 ひとしきり笑ったら落ち着いたらしく、文さんは改めて説明を続ける。


「その魔素を利用して、なんらかの効果を起こすことを『魔法』って呼んでるわね」

「ソトシマにあったグラスも魔法を使ってるんだよ?」


 あの飲み物が冷える効果は、つまり魔法だったということだろうか。

 俺は割ってしまったんだけど……。


「今はね、こういうのを使ってるのよ」

「これは……文字、ですか?」


 そう言って文さんが見せてくれたのは、漢字と図形が合わさったようなものだった。

 紙に書かれたそれは手書きらしく、インクのせいだろうかツヤツヤと光っている。


「これは『魔法文字』、この魔法文字に魔素を込めると……」


 相馬さんがその文字を指でなぞるようにすると、文字そのものが青く発光する。


「おお……!」


 そして文字は発光したまま、ゆっくりと紙から剥がれるように宙へ浮かぶ。

 ほどけるようにして複雑な模様を描いたかと思うと、カメラのフラッシュのように明滅した。


「うわっ!」


 思わず目を覆ってしまうほどの光量。

 それが落ち着くと、紙に書いてあった文字は掠れほとんど読めない状態になっていた。


「驚いた?こうやって文字に魔素を注いで、効果を発動させるの。この文字のことを『魔法文字』、並べたものを『魔法文』って言うの」

「魔法文字、魔法文……」


 俺は掠れてしまった文字を見る。

 魔法文は、魔法文字で作る呪文……様々な組み合わせが日夜研究され、生み出されているそうだ。


 さっきのグラスをはじめ、テリカ、パススポットの看板にもこういった魔法文が彫り込まれているらしい。


「でもね、研究するにも学ぶにも毎回掘ってたら大変でしょ?」


 相馬さんにそう言われて、小学生の版画の授業を思い出す。

 絵はもちろんだが、名前を刻むのにもなかなか苦労した覚えがある。

 画数の多い漢字に似た魔法文字、慣れたとしても刻むのは手間だろう。


 しかも自動で刻む機械は高価な上、刻む前にも試作は当然必要になる。


「そこで、『魔法文具』の出番ってわけ。紙に書いて魔法を検証して、試行錯誤できるのよ♪」

「伊予川には学校も研究所も多いから、特に需要ニーズがあるんだ」


 なるほど、『魔法文具』というのは比較的手軽に魔法を使って試すための道具なのか。

 これは俺の知っている文房具とは随分と役割が違う。


「そんな文具を扱うのが、魔法文具店。相馬堂はそういうところなの♪」


 文さんの分かりやすい説明に俺は頷く。 



 魔法は俺が普段いる世界、『表層』ではまさにファンタジーであった。

 それがここ『次層』の伊予川、見た目は日本の地方都市にしか見えない場所で実在していたのだ。


 俺は店内を見渡しながら、今までの就活にはなかった気持ちが湧いてくるのを感じた。



 そしてそんな瞬間を、俺はずっと待っていたような気がしてならなかった。

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