幽霊姉(ゆうれい)は後悔しない。

とりけら

幽霊姉(ゆうれい)は後悔しない。

ピピピッ ピピピッ ピピピッ

「ん~……ん~……ぐぅ……」

「はぁ……あの子ったらまた……」

今日も今日とて変わらない朝。

鳴り響く目覚まし時計が止まらない朝。

「ちょっと!起きなさい!もうこんな時間よ!未来(みらい)!」

私は未来にかかっている布団を取り、揺すり起こす。

「ん~……おねえちゃんおはよ~寒いね~……ぐぅ……」

「もう!あと30分しかないのに!私、先行っちゃうからね!」

「ぐぅ…………え?あと30分……?」



「お母さん、行ってきまーす」

「いってらっしゃーい…あ、望未(のぞみ)、帰り少し遅くなるんだっけ?」

「うん、ちょっと委員会の仕事があってね……」

「お姉ちゃん!なんでもっと早く起こしてくれなかったの!」

洗面所から未来が走ってきた。顔を急いで洗ったのか、前髪がびしゃびしゃだ。

「ちょっと!水、垂れてる……もう高校2年生なんだから、ちゃんとしてよね」

私はポケットからハンカチを取り出し、拭こうとしたのだが……

「あーもう!そんなのどうだっていいよ!」

ぶんぶんぶんぶん、と未来が頭を振ったから前髪に付いていた水が飛び跳ねた。

「や、やめなさい!制服が濡れるでしょ!」

どうにか手でガードするが、少し濡れてしまった。

「知らなーい」

未来は私に向かって、ベーっと舌を出し、急いで自室に着替えに行った。

「はぁ……」

毎日余裕がなく、忙しい朝は疲れるものだ。ため息の1つや2つ、出てしまう。

けれどこのため息は疲れ、によってではなく……

(未来、可愛かったなぁ……)

という、恋愛的な意味でのため息で。

未来より歳が一つ上の姉である、私、望未は、妹、未来に恋をしているのだ。



「お姉ちゃん、なんでにやけてるの?なんかいいことでもあった……?」

私は、いつも真面目な顔のお姉ちゃんが少し笑顔になっていたから気になった。

「へ?い、いや?にやけてなんか!そ、そう!昨日のテレビ、楽しかったなーって!思い出し笑い!」

「……なんでそんなに慌ててるの?なんか怪しい……」

(今朝の舌を出した未来が可愛かったなんて言える訳が無い……!)

「お姉ちゃん、ついに彼氏出来ちゃったりしたの?」

「そんな訳ありません」

ぷいっ、と、他所を向かれるが、私は上目遣いで続ける。

「唯夢(ゆめ)先輩から聞いたよ?また告られたんだって?」

未来がニヤニヤ、と聞いてくる。

「あ、あれは……って、唯夢、また勝手に言って……!」

学校に行ったら問い詰めてやるんだから……と思った。

「モテるっていいなー」

「未来こそ、どうなの?」

いたらどうしよう……と、ドキドキしながら聞いてみた。

「私は……今は男の子よりも友達との関係の方がちょっと……」

「ん?」

未来が俯いて小声で言ったから聞こえづらかった。

「い、いや、なんでもない……あ!そうだ!私、お姉ちゃんがいないと生きていけないほど依存してるからお姉ちゃんと付き合うー」

そう言って未来は抱きついてくる。

「な、何馬鹿な事言ってのよ、ちゃんと自分でしなさい!」

未来を引き剥がしながら私は言った。

「はーい……そう言いながらもお姉ちゃん、何でもしてくれるから好きー」

未来は笑顔で言う。

「はいはい」

「ぶー、塩対応だなー……あ、学校ついたね、じゃあまたねー」

「勉強頑張りなさいよ」

「はーい」

そう言って未来は、駆け足で学校の玄関へ向かっていった。

そして私も……と思ったのだが……

(何あれ!可愛すぎる!付き合いたい!もっとぎゅーってしてほしい!)

心が騒がしくて学校どころではなく、ゆっくり歩いて心を落ち着かせた。



「ただいまー」

「お姉ちゃんおかえりー、あんまり遅くなかったね」

ちょうど夕飯が出来たらしく、リビングからはグラタンのいい匂いがする。

「思いの外早く終わってね、あ、明日少し早めに学校行かなきゃだから未来、一人で学校行ってね」

「えー、早めに起こされるー」

未来は頬を膨らまして怒った顔をした。

「文句を言うなら自分で起きなさい」

「ぶー」

何も言えなかったのか、膨らました頬を縮め、ぶーっと音を出した。

「お姉ちゃんおかえりなさい、今日はグラタンよ」

「やったー!グラタン大好き!着替えてくる!」

望未は大急ぎで自室に向かった。

着替えながら私は思う。

(はぁ……今日の委員会大変だったけど、未来を見ると癒されるなぁ……これで明日も頑張れる!)

私は、そんな幸せな日々がずっと続けばいいと思っていた。



次の日の朝、お母さんが大急ぎで私を起こしに来た。

「ちょっと!未来!起きなさい!未来!」

「ん~……あとちょっとだけ……」

「お姉ちゃんが!望未が!車に轢かれたって!!」

「……え?」

幸せな日々は、続かなかった。



「望未さんは、車に轢かれ、駆けつけた救急隊員が応急処置を施しましたが、即死、だったらしく……」

お姉ちゃんが運ばれた病院にすぐ向かったが、そこには無残な姿のお姉ちゃんらしき人がいた。

「そ、そんな……望未……望未……起きて……」

お母さんがお姉ちゃんらしき人の手を握り、泣きながら、望未、と名前を呼び続けていた。

私は、現実を受け止めきれず、その場でただ立ち尽くすことしか出来なかった。



次の日、お姉ちゃんのお葬式が行われるらしい。

私は、昨日、家に帰ってから自室から一歩も出ておらず、今日も出たくなかったので、学校を休んだ。

お姉ちゃんのお葬式だって、行く気がない。

私のお姉ちゃんは死んでない。

お姉ちゃんが死んだなんて嘘だ。

そう、ベットの中でずっと自分に言い聞かせていた。

しかし、体は正直で、昨日のお昼から何も食べていなかったから、お腹が空いていた。

部屋から出たくなかったが、しょうがないのでゆっくりと自室の扉を開けた。

家には誰もおらず、リビングの机の上を見たが、ご飯は置いてなかったため、家の近くのコンビニに行くことにした。



5分ほど歩いただろうか、コンビニに向かうはずが、気づいたら近くの砂浜に来ていた。

お腹は今も、ぐーぐー、と鳴っている。

「この場所……」

私達姉妹が、よく遊びに来ていた砂浜。

私達姉妹が、嫌なことがあった時に来る砂浜。

そんな、思い出の場所。

平日の昼頃に砂浜に来る人などおらず、私は1人、砂の上に座った。

ぼんやりと海を見ていると、昔の記憶を思い出す。


「おねえちゃんまって!」

先を走っているお姉ちゃんを追いかけている私。

「みらいー!はやくはやくー!」

「おねえちゃんはやいー!」

お姉ちゃんは足が早くてなかなか追いつけない。

「こっちだよ!みらい!」

「おねえちゃっ」

そして私は転んでしまう。

「みらい?みらいだいじょうぶ!?」

「うええええん」

「よしよし、いたくないいたくない、おねえちゃんがおんぶしてあげるからね」

「ぐすっ、おねえちゃんありがとう〜」


「お姉ちゃんなんか嫌い!」

「こら!未来!待ちなさい!」

「お姉ちゃんが悪いんだから!」

駆け出していく私。

お姉ちゃんは追って来なかったが砂浜で10分ほど黄昏ているとお姉ちゃんがやってきた。

「はぁ……やっぱりここにいた」

「……」

「……私も、悪かった、ごめん……でも、未来だってもう中学生なんだから……」

お姉ちゃんは優しい声で声をかける。

「分かってるもん!分かってるけど……きつく言わなくなっていいじゃん……」

私は泣きそうな顔でお姉ちゃんを見た。

「それは……ごめん……ついカッとなって……」

お姉ちゃんは俯いてそう言った。

「……私も、ごめん……私の為を思って言ってくれたんだよね……ごめんなさい……私の事、嫌いになった……?」

「……嫌い、になんてなれないよ……未来のことは、大切に思ってる……」

「お姉ちゃん……」

「お家に帰ろう、ご飯、できてるよ」

「お姉ちゃん大好き!」

「こ、こら!未来!」


ひとつひとつ、記憶を思い出す度に、私は、気づいたら涙を流していた。

お姉ちゃんがいなくなってから、初めての涙だった。

一度流れた涙は、止まることを知らず、どんどん溢れてくる。

涙を流しながら、私は確信した。

私は姉に依存していたわけではなかった。

確かにお姉ちゃんがいないと何も出来ない。

けれど、お姉ちゃんと一緒に過ごしたくて、触れ合いたくて、依存、という言葉で騙してきただけ。

私は、恋愛的な意味の、好きを、隠してきたんだ。


私は、お姉ちゃんのことが好き。


私は、どうしようもなく、お姉ちゃんのことが好きだったんだ。


声を上げながら、私は泣いた。

もうこの気持ちを伝えることは出来ない。

もうお姉ちゃんと一緒に過ごすことは出来ない。

私は、1人に、なっちゃったんだ。



1時間ほど経っただろうか。

泣き疲れた私は今度こそコンビニに行こうとしたが、流石に赤く腫れてしまった目では行けないため、一旦家に戻ることにした。

たくさん泣いたからだろうか、少し、スッキリした気分になった。

「お姉ちゃんのお葬式、まだ間に合うかな……」

そう考えながら家に戻った。

「ただいまー」

(って、今この家には誰もいな……)

「おかえりー」

「えっ?」

(だ、誰の声……?)

私は、警戒しながら家に上がった。

すると、2階からお姉ちゃんが私に向かって手を振っていた。

「お、お、お姉ちゃん!?」

「未来、おかえり」

お姉ちゃんは笑顔で、そう言った。

「え、お姉ちゃん……え、死んじゃったんじゃ……」

私はパニック寸前だった。

「んー、私もそう思ってたんだけど、なんか、幽霊になっちゃった」

てへっ、と言わんばかりのウィンクと笑顔。

「……」

私は言葉が出なかった。



「で?気づいたらここにいたと?」

はぁ、と私はため息をしながら言った。

「そうそう、車にぶつかったってのは覚えてるの。それで、気づいたら私のベットで寝てた。感覚としては寝て起きた、みたいな?」

髪の毛をいじりながらお姉ちゃんは言った。

(呑気だなぁ……)

「ということは、なんで幽霊になったかも分からないんだよね?」

「そういうことです」

「はぁ……」

「まぁまぁ、こんな形だけど帰ってきたわけだし、いいじゃないか~」

と、私の頭を撫でようとする。

「もう、幽霊なんだから触れないでしょ」

そう思ったのだが……

「触れる……」

「本当だ……」

意味不明である。

「すごい!未来に触れる!」

と、身体中ベタベタと触られる。

「ええい、うざったい!」

私はお姉ちゃんを突き飛ばした。

「わっ」

突き飛ばされたお姉ちゃんは壁にぶつかりそうになる。

「あっ、あぶない!」

しかし、すぅーっと、お姉ちゃんは壁をすり抜けた。

「えぇ……」

はぁ…と、二度目のため息である。

「そこは幽霊なんだね、お姉ちゃん……」

「そうみたい……」

なんでかな……と考えていると、お姉ちゃんの首元に目がいった。

「お姉ちゃん、そのネックレスは何?」

お姉ちゃんはあんまりネックレスとかブレスレットとかを身に付けない人であったから、珍しかった。

「あー……いやぁこれはね、なんか知らない間に着けてたんだよね」

「ふーん……」

特に気にもせず、ぼーっと考えていると私のお腹が鳴った。

「未来……」

哀れな目で私を見てくる姉。

「う、うるさい!昨日の朝から何も食べてないから!お姉ちゃんのせいなんだから!」

「わ、私?……あ、もしかして私が死んじゃったから……」

「ち、ちが、ちが……わないけど……って、急に死んじゃったりするから!」

さっきまで泣きじゃくっていたせいか、思い出すだけで少し泣きそうになったが何とか耐えた。

「そ、そんな……私だって死んじゃうとは思わなくて……わざとじゃないし……」

俯きながら、お姉ちゃんは言った。

このままだとまた沈黙が……と思って、私はご飯を食べることにした。

「た、確かに……とりあえず、ご飯、食べてくるね」

「いってらっしゃーい」


はぁ……

さっきからため息ばかりついているような……

まず、わからないことが多すぎる。

家に帰ったらお姉ちゃんがいて、お姉ちゃんは幽霊で、でも私だけ?触れて、なんでここにいるのか分からなくて……

はぁ……

今日だけで幸せ、たくさん逃げていったな……まぁ、お姉ちゃんがいるなら、いいんだけど……

台所に行きながら私はそう思った。

朝見た時は冷蔵庫の中まで見なかったため、試しに冷蔵庫を開けてみると、昨日の夕食の残りだろうか、野菜炒めとお母さんからの手紙が添えてあった。

「食べられるようになったら食べてください」

手紙にはそう書いてあった。

「お母さん、ありがとう……」

私は小声で呟き、電子レンジのスイッチを押した。

電子レンジの中で回転している野菜炒めを見ながら、ふと、思った。

(あれ?私、お姉ちゃんのことが好きって気づいたよね……)

大好きなお姉ちゃんともう一緒に過ごせないと思っていたのにお姉ちゃんは今、自室にいる。幽霊だけど。

私はだんだんと顔が赤くなっていくのがわかった。

(あわわわ……お姉ちゃんが……いる……!)

さっきまでは普通の態度を取っていたが、自室に帰るのが怖くなってしまった。

どんな態度を取ればいいのかわからなくなったからだ。

ピーピーピーピー、と、電子レンジが鳴る。

けれど、私は頭を抱えながら考え込んでしまった。

高校2年生、初めての恋。

戸惑ってしまうのも、当たり前である。

「……ねぇ……ねぇ……ねぇってば!」

「わっ!!」

気づいたらお姉ちゃんが私の目の前にいた。

「電子レンジ、終わってるよ?」

「わ、分かってる!」

私はぶっきらぼうに電子レンジの扉を開け、中の野菜炒めを取り出し、リビングの机に置いた。

「というか、壁から急に顔出すのやめてくれる?結構びっくりするんだけど」

「あははは……ごめんごめん、なんだか楽しくてね」

「もう……呑気なんだから……」

私は野菜炒めを食べ始めた。

普段と変わらない野菜炒めのはずなのにすごく美味しく感じた。

そのせいもあって、すぐに全部食べてしまった。

私が野菜炒めを食べている間、姉はと言うと、私の目の前に座ってにこにこ顔で見ていた。

「何?なんかついてる?」

ティッシュで口を拭きながら私は言う。

「べーつーにー」

にこにこ、と、見てくる。

私も見つめ返してやろうと思ったのだが……

(あれ?お姉ちゃんってこんなに可愛かったっけ……)

と、思ってしまい、また顔が赤くなっていたらしく……

「未来、顔が赤いけどどうかしたの?もしかして風邪?」

「ち、ちがっ!熱い野菜炒め食べたから身体もあったかくなっただけ!」

「そう?」

「ちょっとトイレ行ってくる!」

私は、逃げてしまった。



部屋に戻ると私は大事なことを忘れていたのに気づいた。

「どうしたの?そんなに慌ただしく着替えて」

ふよふよと浮きながらお姉ちゃんは言った。

浮くのが気に入ったのだろうか。

「どうしたも何も、お姉ちゃんのお葬式が!」

野菜炒めを食べたあと、本格的にお腹がすいてきたのでお菓子などたくさん食べていたからお葬式のことをすっかり忘れていた。

「あ~……」

「まだ終わってないといいけど……!」

学校の制服を着て、私は家を出ようとする。しかし……

「そういえば、お葬式の場所、知らないや……」

「あらら」

「どうしよう……」

お母さんに電話するという手もあったがお葬式中だったら申し訳ない。

「まぁ……私はここにいるし、行かなくてもいいんじゃない?」

「そういうものなの?」

「た、多分……?」

「お姉ちゃんがそう言うなら、いいのかな……?」

亡くなった本人が行かなくていいと言うならいいのかもしれない、けれどバチが当たったりしないものなのだろうか……

「ねえねえ、そんなことよりさ、どこか出かけに行かない?」

「そんなことって……自分のお葬式なのに……」

「本当に私が見えてないか気になって!」

わくわく、と言わんばかりの笑顔の姉。

「はいはい、わかりましたよ」

さっきの砂浜での出来事はあんまり思い出したくないが、ずっと部屋にこもっていたせいか、外の新鮮な風はとても気持ちがよかった。

だから、風にあたりながら体も少し動かしたいなと思っていた。

とりあえず、私はせっかく着た制服を脱ぎ、軽い私服に着替え直した。



「わぁ……本当に見えてないんだね……」

家に居た時と変わらず、お姉ちゃんはふよふよと浮きながら移動している。

お姉ちゃんは反射的に通行人を避けているが、どうせすり抜けるのに意味はあるのか……と思ってしまう。

「ねぇねぇ、私、本当に幽霊なんだね!」

(何を喜んでいるんだこの姉は……)

「というか、あんまり話しかけないでよね、他の人には見えてないんだからお姉ちゃんと話すと私の独り言って思われるんだよ?」

私は小声で言った。

「確かに……そうだね、だったらあんまり未来に迷惑かけないようにちょっと適当に飛んでくる!」

「……いってらっしゃーい」

この姉、楽しんでるな……

そう思っても仕方がないはしゃぎようだった。

(大した用事もないし、私も適当にぶらつこう……)

私は、ぼーっとしながら歩き始めた。

(……ちょっと待てよ、たった数分間だったけど、さっきのはデート、だったのでは?)

私はふと、そう思ってしまった。

お姉ちゃんと、2人で、出かける。

(うん、デートだわ)

一度そう思ってしまうともう大変である。

(うわぁぁぁ、初めてのデートだぁぁぁ)

私はその場でうずくまりたい気分だったがさすがに人が多かったので、ひとまず公園に向かうことにした。

(というか、お姉ちゃん、どっか行っちゃったしデートじゃないかも……)

ふわふわとどこかへ飛んでいってしまって今はもう見えない。

(はぁ……少し、心を落ち着かせよう……)

公園はさほど遠くはなく、すぐに着いた。

私はベンチに座って深呼吸をした。

心はすぐに落ち着いたのだか、私は油断していた。

お姉ちゃんがいなくなった恐怖が、ふつふつと湧いてきたのだ。

もう5分ほど経っただろうか、全然お姉ちゃんが帰ってこない。

今度こそ消えてしまったのではないだろうか、もう二度と会えないのではないだろうか。

そんな不安と恐怖に押し潰されそうになる。

「……お姉ちゃん……お姉ちゃん……」

と、私は空を見ながら呟いた。

「お姉ちゃん!お姉ちゃん!どこ!」

気づいたら空を見回しながら大きな声を上げていた。

運が良く、周りに人はいなかった。

「……お姉ちゃん……お姉ちゃん……」

声がだんだんと小さくなり、顔も俯き、目が潤んできた。

(あぁ……さっきまでのは夢だったのか……そうだよね……幽霊なんて……お姉ちゃんなんているわけ……)

そう思った瞬間だった。

「ん?未来?どうしたの?」

「おねえ、ちゃん……?」

私はゆっくりと顔を上げる。

「……?お姉ちゃんだけど?」

そこに居たのは首をかしげながらこちらを覗き込んでいたお姉ちゃんだった。

「お姉ちゃん!!」

私はそう叫びながら思わずお姉ちゃんに抱きついてしまった。

無意識だったかもしれない。

お姉ちゃんの存在を確かめるように、強く、抱きしめた。



「落ち着いた?」

「うん……」

「ならよかった」

詳しい時間はわからないが、しばらくの間、お姉ちゃんに抱きついていた。

(すぐに落ち着いたけど、離したくなくて落ち着いてないフリをしたのは秘密だけど)

「お姉ちゃん、何してたの?」

「んー、適当に高く飛んでみたり壁すり抜けたり……」

「結構楽しんでるんだね……」

呆れた声で私は言った。

「でも、飽きるのが早くてね、未来を探す方が時間かかったよ」

お姉ちゃんは今、浮いていない。

普通に立っている。

……いや、立ってるように見せかけて浮いているのかもしれないけれど。

「……そんな遠くに行ってなかったと思うんだけど……」

「道に迷っちゃってね~」

あはは~、と姉は笑いながら言った。

(私の事見てなかったっぽいから、さっきのこと、バレてなさそうでよかった……)

「この後、どうする?家に帰る?」

お姉ちゃんが首を傾げながら聞いてきた。

「うーん……ちょっと疲れたし、帰る」

なんか、心身共に疲れてしまった。

「わかった、帰ろ~」

そう言うと、お姉ちゃんはすたすたと歩き始めた。

(……浮いてなかったんだ)



帰り道、私はふと思った。

(……私、どんどんお姉ちゃんのこと好きになってない!?)

先程も、抱きついてしまってなかなか離れることが出来なかった。

昔なら、依存、という言葉で逃げていたが、今はもう、好き、なのである。

(もうお姉ちゃんは、いないんだから……)

私の気持ちを伝えることも、私の気持ちが伝わることもお姉ちゃんにとってはきっと迷惑だから。

私は、この気持ちを隠さなければならない。

そのために私ができることは……

「ん?どうしたの未来、なんか、私の事避けてる?」

「え?そ、そんなことないよ?全然!いつもと同じ!」

「そう?ならいいんだけど……」

ちょっと大袈裟すぎて疑われちゃったかな……



そして次の日。

「じゃあお姉ちゃん、行ってくるね」

「いってらっしゃーい」

未来は普段通り、学校に行った。

だけど……

やっぱり昨日からおかしい!

朝起こしてあげた時も何だかよそよそしかったし、普段言ったことがないのに「あ、ありがとうございます……」なんて言われちゃったし……

きっと何かがあったんだろう、そう思って私はこっそり学校に行くことにした。



「未来……大丈夫?あの……お姉さんのこと……」

「うん……もう、大丈夫だから」

(はぁ……案の定聞いてくるとは思っていたけどこんなにたくさんの人から言われるとは……)

私の机の周りには7人の女の子。

「うん、うん、もう本当に大丈夫だから……」

(未来ったら大変そうね……)

望未は窓の外からその光景を見ていた。

すると、望未はふと気づいた。

「あれ……?明日花(あすか)ちゃんは……?」

幼馴染である、明日花と未来。

昔から仲良しでずっと一緒にいたから、今もそうだと思っていた。

しかし、一緒にいるどころか、一言も話していないのだ。

「昔からの友達なのに、こんな大きな話題で一言も話さないなんて……」

望未はしばらく二人の様子を観察した。

すると、明日花はちらちらと未来を見ているのに気づいた。

「何かある……」

そう思い、望未は観察を続けた。

分かったことはどうやら2人は喧嘩をしていること。

未来のクラスメイトがまだ喧嘩してるよ……とか言ってたから多分正しい。

それと、長い時間喧嘩していること。

これも未来のクラスメイトがもう2ヵ月経つと言っていた。

「どうにか仲直りさせれないかな……」

私は未来が家に帰ってくる前に家に帰った。

そして未来が家に帰ってくると、「出掛けてくる」と未来に言ってから、私は明日花の家に向かった。

明日花の家には昔、未来と行ったことがあったから覚えていた。

ちょうど明日花も家に帰ってきたらしく、彼女の自室もすぐに分かった。

「おじゃましまーす……」

誰にも聞こえないが、一応挨拶をしてから家に上がる。

明日花は着替えた後、椅子に座り、何か本を読んでいるようだ。

何を読んでいるのか気になったため近づいてみると、急に明日花が立った。

「わっ!」

と、声を出して驚いたが明日花は何事もなかったかのように私の体をすり抜け、自室から出ていってしまった。

(そっか……私、幽霊なんだね……)

部屋に1人、残された私は明日花の机の上に置いてある1冊の手帳を見つけた。

ちょうど日付が今日のところが開いてあり、カレンダーかと思ったが書いてある内容で日記だと分かった。

そこに書かれてたのは……

「今日は……未来が登校してきた。お姉さんがいなくなったのに……未来は強いんだね……だけどどこか寂しげな顔をしていた。私も励ましたい。けれど……私には、その一歩が踏み出せなかった。喧嘩なんて、あの時、すぐに謝ればよかったのに。」

「なるほど……」

私は決意した。

「幽霊になった私の目的……未来のために、すべきことは……!」



家に帰ってきた私はすぐに未来に明日花との関係について聞いた。

「未来、ちょっといい?」

「ん?何?お姉ちゃん」

「未来……明日花ちゃんと喧嘩しているんだって?」

「っ!……どこで聞いたの」

未来は私を睨んだ。

「今日、学校に付いて行ったの」

「お姉ちゃん……学校、来てたんだ……」

「未来は喧嘩について、どう思ってるの?」

「わ、私は……」

未来は顔を伏せる。

「仲直り、したほうがいいんじゃない?」

「お姉ちゃんには関係ないでしょ!」

未来は急に大声を出した。

「私だって仲直りしたいよ……だけど、もう……」

「未来はまだ、生きてるじゃん……」

「えっ……」

「未来はまだ生きてるじゃん!いついなくなるか分からないんだよ!私だって、もっと色んなことしたかったのに!」

失って気づくもの。

後悔だってたくさんある。

今、生きている未来には後悔して欲しくないから。

「未来は……未来には……後悔、して欲しくないの……きっと明日花ちゃんだって、仲直りを望んでいるはずだよ……」

「お姉ちゃん……」

未来は意を決して、明日の放課後、よく遊んでいた公園に来てくれと明日花にメールを送った。

明日花から、わかった、と一言だけのメールがすぐに返ってきた。



「それで……未来、話って何?」

「それは……えっと……」

お姉ちゃんは影から見ている。

私は意を決して、言い出した。

「……ごめん!」

「えっ……」

「ついカッとなって、結構暴言とか言っちゃって……本当にごめんなさい……でもね、私、気づいたんだ……お姉ちゃんがいなくなってから……もう、何も失いたくなくて……明日花も、そうだから」

「……」

「だから、私……明日花と、また、仲良くなりたい。昔みたいに、また、笑いあって、喧嘩はするけど、仲直りしてもっと仲良くなって……」

「……」

「また……仲良く、できるかな……?」

未来は、目から、一筋の涙を流した。

その、悲しそうな笑顔は、明日花の胸に強く突き刺さった。

「私も、たくさん、言っちゃったから……ごめんね……未来の気持ち、よくわかった……お姉さんがいなくなって、一番辛かったのは未来なのに、私は喧嘩のこと、気にして、すぐに励ますことが出来なくて……すごく、後悔してたの……本当に、ごめん……こんな私でも、また、未来と、仲良く、笑い合えるかな……?」

ぼろぼろに泣きじゃくっている明日花。

「……仲良く、なりたい」

「未来……」

「明日花……」

未来は明日花に抱きついた。

2人は涙を流していたが、綺麗な笑顔であった。



次の朝。

「未来ー!もう学校の時間だよー!」

「明日花ー、ちょっと待ってー!」

あっという間に仲良しになった2人。

私はよかったよかった、と見ていたが、胸がチクリと痛くなった。

「あー……いいなぁ……」

(後悔しない、かぁ……)

昨日、私自身が言ったことを思い出した。

いつ消えるかわからない今、後悔しないためにしたいと思ったことはした方がいい。

(私……まだ未来のことが……)

未来と明日花を見ているとふつふつと湧いてくる気持ちがあった。

その気持ちは、嫉妬。

(私も、伝えて、みようかな……)

明日は休日。

未来とどこかにでかけて、そのまま告白なんて出来たら……

(うわーーもーーどうしようーー)

いろんな妄想をしていたらいつの間にか夕方になっていた。

「ただいまー」

「お、おかえりー」

お姉ちゃんがもじもじしている……

「どうしたの?お姉ちゃん」

「えっ?あっ、いや、そのぉ……」

なぜ顔が赤いんだ……

「なに?」

「明日って、暇?」

「暇だけど」

途端にお姉ちゃんの顔が明るくなった。

「ちょっと、私、ショッピングに行きたいなっ!」

「……勝手に行けば?」

すぐにお姉ちゃんの顔は暗くなった。

もしかしてお姉ちゃん、面白い?

「なんでそんな事言うの!」

「だってお姉ちゃん、服とか買う必要ないじゃん」

「ほ、ほら!未来の服久しぶりに選んであげる!」

「お姉ちゃん昔からあんまり……」

「そういうこと言わないの!」

ねぇーいこうよーいこうよー、と駄々をこねるのは昔から変わっていない。

(……あんまりお姉ちゃんと一緒にいたくないんだけどな)

「わかった、わかった、行けばいいんでしょ?」

「やったー!未来だいすきー」

そう言うと、お姉ちゃんは頭を撫でてきた。

(……お姉ちゃん、冗談でも今そういうこと言われるとにやけちゃうからやめてね)



「……私、あんまり喋らないからね?」

「ごめんごめん、一緒に来てくれてありがとうね」

今日の予定は映画を見て、ご飯を食べて、適当に買い物に行くという、よくあるデート。

そう、今からデートするのである。……私幽霊だけど。

「映画、流石に一席でいいよね……」

「まぁ……大丈夫だと思うよ……」

あはは……と、苦笑いしながらお姉ちゃんは答える。

映画の内容は、未来の希望もあって、アクション系だった。

私も好きなジャンルだったため楽しく見れていたが、ちらちらと未来の横顔を見ていたから、あんまり内容は入ってこなかった。

ご飯はちょっとしたカフェで食べることにした。

未来は、映画がとても楽しかったらしく、感想を語り合いたい!と興奮していたため、私は声で、未来は携帯に文字を打って会話した。

案の定盛り上がり、未来が「そうそう!」と、ちょっと大きな声で言っちゃったため、「……ごめんなさい」と謝る羽目になったけど……



買い物では、私が行きたい場所を言い、未来が見えるか見えないかくらいの頷きをして、行く場所を決めていた。

ほとんどは私の行きたい場所を未来が肯定していたが、ちょっと怪しいお店は否定された。悲しい。

ひたすら私だけが喋っている買い物だったが、どこか懐かしい気がしたのは私だけじゃなく、未来も顔には出さなかったが、楽しんでくれているようだった。



あっという間に時間は過ぎ、家までの帰り道。

「今日はありがとうね、付き合ってくれて」

「まぁ……最近一緒に買い物とか行けてなかったから、楽しかったよ」

「そっか……なら、よかった」

お姉ちゃんは遠くを見ていた。

(お姉ちゃんは幽霊、か……)

いつまでお姉ちゃんが幽霊でいれるのかわからない。

だからいつ消えてしまうのか、お姉ちゃんも不安に思っているのだろうか……

そんなことを考えているとお姉ちゃんが私の方を振り向き、言った。

「ねぇ未来、砂浜、行かない?」

「突然だね……いいよ」



「ここは昔から何も変わらないね」

「そうだね」

砂浜には、誰もいなかった。

夕日が周りをオレンジ色に染めていた。

「未来、私は、なんで幽霊になったと思う?」

「……」

「あのまま、消えてしまうのが普通だと思うんだよ。だって、幽霊になってまでしたいことなんて、わたしにはないと思っていたから……」

「……」

「でも、私は感謝しているよ?こんな形だけど、また未来に会えて、一緒に出かけられて……本当に、楽しかった」

「……私も、楽しいよ」

お姉ちゃんは、笑顔だった。

「私ね……未来に言ってなかったことがあるの」

「……?」

「私……私、は……」

「……」

「私、ね……未来のことが、好きなの」

「えっ……」

「ずっと昔から、好きなの……未来と一緒にいると、胸があったかくなって、幸せな気持ちになって……」

「……」

「きっと伝えることが出来ないと思っていた……いや、伝えちゃいけないと思っていたの、だって、女の子同士だし、姉妹だから……」

「……」

「でもね……でも、明日花ちゃんと仲直りすべきだって言った時、私、伝えたよね……後悔しないで欲しいって……だから、私自身も、後悔したくないって思ったの」

「……」

「私は、未来のことが好き。大好き。」

こんなお姉ちゃん見たことがない、と思うくらい眩しくて、輝いていて……

でも、私は、目を逸らさず、聞いていた。

(これじゃあ……逃げられないよ……)

「私だって……お姉ちゃんが死んじゃってから……お姉ちゃんのことが好きだったって気づいて……そしたらお姉ちゃん、幽霊になって家にいて……どんどん大きくなるこの気持ちを、幽霊であるお姉ちゃんに伝えたら、迷惑だって思ってたから……ずっと隠して、避けてきたのに……お姉ちゃん、ずるい」

「未来……」

「私もお姉ちゃんのことが好き。大好きなの!」

「未来!」

「お姉ちゃん!」

そして互いにハグをする。

お姉ちゃんの体温は感じない。けれど、確かにそこにお姉ちゃんは存在している。もう、隠さなくてもいいというタカが外れたことによって、好きという気持ちが溢れてくる。

「未来……」

「お姉ちゃん……」

そして二人は、そっと唇を重ねた。



次の日。

今日も休日だったが、2人とも家でぼーっとしていた。

私達の間には、今、微妙な空気が流れている。

やっと結ばれたと言うのに、何故……

(もっと、こう……色々あると思ってたのに!)

シーンとした部屋。

私は携帯を弄っているふりをし、お姉ちゃんは寝ている。いや、寝ているふりかもしれない。

『…………』

んー、これでいいんだろうか……

何か違うような……

いや、絶対違う!

「あー!なんでこんなに静かなのー!」

私はついに吹っ切れた。

「未来うるさい」

「ごめんなさい」

『…………』

「なんで沈黙なの!なにか話そうよ!」



「何を?」

「思い出話とか!」

「まぁ……いいけど」

初めは乗る気じゃなかったお姉ちゃんもだんだんと楽しくなってきたようで。

私達はたくさんの思い出話をした。

小さい頃の話、最近の私の出来事などなど。

姉妹でこんなに話したのは初めてだったから、時間はあっという間に過ぎていった。



夕方頃。

「ねぇお姉ちゃん、手、繋いでいい?」

「いいよ~」

お姉ちゃんの手は私と同じくらいの大きさだった。

「お姉ちゃん、もう一回だけ……」

「んー、何をー?」

「わ、分かってるくせに!」

「わかんないー」

「お姉ちゃんずるい!」

そう言うと、急にお姉ちゃんから奪われた。

「んーー」

「……これでいい?」

「いきなりは、ずるい……」

「いたずら、したくなっちゃって」

「じゃあ私も」

夕飯ができるまでの間、二人は互いを求め合った。



夕飯が終わり、お風呂にも入って、あとは寝るだけ。

私はそーっとお姉ちゃんのベッドに潜り込んだ。

「未来……何してるの……」

お姉ちゃん、そんな冷たい目で私を見ないで……

「え?えっと、その、あの……」

私が何を言おうか迷っていて、もじもじしていると、お姉ちゃんが、

「布団に入るのか入らないのか、どっちなの?」

と、誘ってきたため……

「入る!」

と、速攻で布団の中に入った。

「未来……狭い……大きくなりすぎ……」

「ふ、太ってないから!!」

「こうして寝るのって、初めてだっけ?」

「小さい頃は……一緒に寝てたっけ?忘れちゃった……でもでも!恋人同士、では初めてだよ?」

「はいはい……」

「もーーお姉ちゃんだって私のこと好きなくせに……」

「もう夜遅いから寝るよ」

「お姉ちゃん!」

「未来……大好きだよ」

そっと触れるだけの口づけ。

「うん、私も、お姉ちゃん大好き」

私もそっと、返した。

そして2人は、互いに抱き合いながら、眠りに落ちていった。



次の日。

「いってきまーす」

私は明日花と一緒に学校に行った。

お姉ちゃんは、適当に学校に行くよ、と言って、また寝てしまった。

毎日が楽しい。まだ付き合って3日しか経ってないけれど。

そう思えるくらい、充実していたんだ。



「……え?未来が……?わかりました、すぐ向かいます!」

私はお母さんの大きな声で目を覚ました。どうやらかなりの時間、寝てしまっていたらしい。

「お母さん、どうしたんだろう……」

お母さんの顔は青ざめており、とても急いでいた。

嫌な予感がし、私はお母さんの後をついて行くことにした。



お母さんが向かった場所は、病院。

「みらい……!」

ピッ、ピッ、ピッ、ピッ……

そこに居たのはベットで横になっている未来。

まるで死んでしまったかのような姿だった。

お医者さんの話では、未来は私の時と同じ、交通事故にあって頭を強く打ったらしい。

今は、意識不明の重体で、意識がもどるかどうかわからないと言う。

「……まだ生きているなら、きっと……!」

私は、空高く飛んだ。



「ん……」

目を覚ますと、私は雲の上にいた。

「わっ!えぇ……」

しかも、羽が生えているよく分からない生き物に私の両腕を掴まれ、上へ上へと引っ張られている。

「これは……天使?」

私はすぐに察した。

(今朝、私は学校に行く途中で車に轢かれて……あぁ、私、死んじゃったんだ……)

せっかくお姉ちゃんと結ばれたのに、こんな結果になるなんて……

(でも、天国にはお姉ちゃんがいるし、また、会えるよね……今度は幽霊じゃないお姉ちゃんと会えるんだし……)

私は、不思議と、悲しい気持ちにはならなかった。



「……いたっ!」

私は天使に連れてかれている未来を見つけた。

(私の時と、同じだ……なら……!)

「未来っ!」

私はびっくりした。お姉ちゃんがいるとは思わなかったから。

「お姉ちゃん……」

「未来、だめ……それ以上行ったら、だめ!」

「お姉ちゃん……天国で、また、会えるよね……会えなくなることよりも、いっそのこと死んで、お姉ちゃんと、幸せになりたいよ……」

「それは……だめ!残された人達のことを考えなさい!明日花ちゃんだって、お母さんだって、たくさんの人が悲しむでしょ!」

「お姉ちゃん……」

(私の時と同じようにやれば……!)

「私を連れていきなさい」

私は未来を引っ張っている天使にネックレスを見せた。

すると天使は未来を掴んでいた手を離し、私の両腕を掴んだ。

(やっぱり……あの時の出来事は、奇跡なんかじゃなかったんだ……)

「そのままじゃお姉ちゃんが連れてかれちゃう!もう、会えなくなっちゃう!」

「いいの……本来、私が行くべきだったから……」

「お姉ちゃん!」

「実はね……私、助けてもらったの。知らない人だったけど、君にはまだやることがあるんでしょ、って、私を助けてくれた」

(知らない人……ううん、きっと、あの人は……)

「……」

「きっと私のやるべき事は、未来を、助けることだったんだよ」

「お姉ちゃん……」

「でもね……告白……できてよかったなぁ……まさか付き合えるなんて、思ってなかったし……」

「わ、私だって……!」

「……もう、時間がないみたいだね……未来、私の分まで、強く、生きてね」

「お姉ちゃん!」

「最後に、一つ、お願い、聞いてくれる?」

「……」

「ーーーー」

「……わかった……お姉ちゃん」

「じゃあね、未来……大好き」

「私も、大好きだよ……」

そしてお姉ちゃんは、空の彼方へと消えていった。



目が覚めると、白い、壁が目の前に広がった。

その壁が天井だと認識するまで少し時間がかかった。

「……お母さん」

「……未来?未来!気づいたのね……今お医者さん呼んでくるから!」

「あっ……」

そう言うと、お母さんはどこかへ行ってしまった。



「軽く見させてもらいましたが、特に異常はないようです。またあとで詳しい検査をしますね」

「娘をよろしくお願いします」

「お母さん」

「どうしたの?」

「あのね、お姉ちゃんがね、助けてくれたんだ」

「お姉ちゃんが?」

「私、あとちょっとで行ってはいけない所に行きそうだったの。でもね、お姉ちゃんが助けてくれたんだ……」

「お姉ちゃん……最後まで、優しかったんだね」

「うん……お姉ちゃん、優しかったんだぁ……」

私は気づいたら泣いてしまっていた。

もう、今度こそ、会えない。

お姉ちゃんとは、本当のお別れなんだ。

私は、お母さんの胸の中で、たくさん泣いた。



1週間後。

ポチッ

「よしっ」

私は、目覚まし時計より早く起きると、軽く勉強をしてから、リビングに向かった。

お姉ちゃんからの最後のお願い。

それは、「後悔しないでね」だった。

あの時お姉ちゃんは……

「私は死んじゃった時、後悔することなんてないと思っていたの……でもね、たくさん、後悔してた。もっとやりたかったことがあったの、未来ともね……だから、未来には、後悔しない人生を送って欲しい。毎日一生懸命に、生きて、欲しいの」

と、言っていた。

だから私は、まず日頃の生活を変えようと思った。

ぐうたらしてても時間の無駄。

私も、もう、なにも、後悔したくないから。

身支度を軽く済ませて、私は自室を出ようとする。

「未来!携帯忘れてるよ!」

「ありがとうお姉ちゃん……って、え?」

自室を見回したが、そこには誰もいない。

「気のせい、だよね」

私は携帯を取り、玄関に向かった。

「未来ー!はやくー!」

「わかってるー!」

私は、外に出て、空を見上げる。

そこにお姉ちゃんの姿はないけれど、きっと笑いながら私を見てくれている、そんな気がした。


「お姉ちゃーん!!大好きだよー!!」

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幽霊姉(ゆうれい)は後悔しない。 とりけら @torikeran

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