オリジナルジャージの出来栄えは……?

 マサオの家に着いたトシヤはインターホンを鳴らした。


 キンコーン


 何度聞いてもマサオの家のインターホンは高級感のある重厚な音だ。さすがはお金持ち…… などとトシヤが思っていると玄関のドアが開き、マサオが家の仲から出て来た。


「どうよ、なかなか良いデキじゃね?」


 トシヤの前に現れたマサオは出来たばかりのオリジナルのサイクルジャージを纏い、ドヤ顔で言った。マサオが一人で考えたデザインならともかく、四人で考えたデザインで、しかも最終的にデザイン案を清書し、綺麗にイラストに起こしたのはハルカだ。だが、揃いのサイクルジャージを作ろうと言い出したのはマサオだし、『誕生日のプレゼントに』とも言ってくれていたのでトシヤとしては突っ込むわけにもいかない。


「おう、良いじゃん」


 まあ実際、オリジナルジャージの仕上がり具合は良い感じでもあることだしココは素直に認めておいた方が無難だ。そう判断したトシヤが頷くとマサオはおもむろにくるりと回って後ろを向き、背中を見せた。


「ちなみに後ろはこんな感じなんだぜ」


 マサオが見せた背中にはロードバイクに乗って坂を上っているネコのイラストがでかでかと描かれている。


「ははっ、なかなかの再現度だな」


「だろ? 笑っちまうよな」


 トシヤが感心した様な声で言うと、マサオは面白そうに笑った。デザインを決める時は可愛らしいネコのイラストにマサオは難色を示していた。しかし、出来上がったサイクルジャージを見て、意外と気に入った様だ。


 二人が顔を見合わせ、ひとしきり笑った後、マサオは「ちょっと待ってろ」と玄関ドアを開け、家の中に引っ込んでしまった。そしてすぐ、ビニール袋に入った新品のサイクルジャージを持って出て来た。


「で、コレがお前の分な。少し早いがハピバだぜ、リボンは掛けてないけどな」


「おお、サンキュ!」


 オリジナルジャージを作ることを決めた時に言っていた通り、マサオはトシヤにサイクルジャージを誕生日のプレゼントとして手渡したのだ。マサオはこういう約束は決して違えない男だ。サイクルジャージをプレゼントしてもらってトシヤは万々歳の筈なのだが、どういう訳か礼を言った後、何か言いたそうな目でマサオを見ている。


「うん? どうした?」


「いや……あの……」


 それに気付いたマサオが尋ねるが、トシヤは何とも歯切れが悪い。何か言いたげではあるのだが、どうにも言い出せないでいる。


「どうしたってんだよ……って、あっ……」


 マサオは何か感付いた様だ。


「そうか……そういうことか」


 全てを見抜いたかの様に言ったマサオはフッと口元に笑みを浮かべ、また玄関ドアを開け、家の中に入った。そしてまたすぐに新品のサイクルジャージを手に出て来た。


「ほれ、ハルカちゃんの分」


 マサオは新品のオリジナルジャージをもう一枚トシヤに持たせてやって言った。さすがはマサオ、トシヤの考えなどお見通しだ……って、これぐらい誰でもわかるか。


 ハルカの分のジャージを持たせてもらい、これでハルカに会う大義名分が出来たとトシヤは今度こそ万々歳の筈だ。だがしかし、トシヤは未だ何か言いたそうな顔でマサオを見ている。


「どした? 早く行ってこいよ、ハルカちゃんのトコへよ」


 いつものマサオなら『俺も一緒に行く』と言い出すところだが、今日は珍しくトシヤを一人で行かせようとした。まあ、これは恐らくハルカは補習を受けているのだからルナとは別行動、つまりトシヤと一緒に言ってもルナとは会えないとマサオが読んだからなのだろう。


 するとトシヤがおずおずと口を開いた。


「お金は後で良いよな?」


 何の事はない、トシヤはオリジナルジャージの代金のことを気にしていたのだ。恐る恐る尋ねたトシヤにマサオは微笑みかけ、あっさりと答えた。


「何だ、そんな事か。いいよ、ハルカちゃんの分もお前への誕プレってコトにしといてやるよ」


『後で』どころか『誕生日のプレゼントにしといてやる』とは何と言う太っ腹ぶりだろう! しかもハルカへのプレゼントでは無く、トシヤへのプレゼントとしてだ。つまりこのオリジナルジャージをトシヤからのプレゼントということにして、トシヤとハルカの仲をより深めてやろうというマサオの策略……いや、思いやりだ。これはもうマサオ様様、神様仏様マサオ様と言うしかあるまい。それまで伏し目がちだったトシヤが顔を上げ、目を輝かせた。


「マジか!?」


「ああ。だから早く行ってこい」


 親指を立てて言うマサオにトシヤは大きく頷くとサイクルジャージのジッパーを下げ、二枚の新品ジャージを懐に押し込み、またジッパーを上げた。サイクルジャージはピッチピチだ。そこに二枚のサイクルジャージを懐に押し込んだのだからジッパーは途中までしか上がらない……いくらサイクルジャージが伸縮性に富んだ生地で縫製されているとしてもだ。


 トシヤは懐に抱いた二枚のサイクルジャージを落とさない様に出来るだけ上体を起こし、逸る気持ちを抑え、ゆっくりと学校……いやハルカの元へとリアクトを走らせた。



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