ハルカと知らない男が二人きり!?

 ゆっくりとしか走れない為、時間が経つ割に距離はあまり稼げない。学校まであと少しの信号待ちでトシヤがサイクルコンピュータを確認すると、時計は微妙な時間を示していた。


「あいたー、コレは間に合わんかもしれんな……」


 独り言ちるトシヤだが、そう悲観することは無い。間に合わなければハルカの家に向かって走れば良いだけの話だ。いくらゆっくりとしか走れないとは言え、ロードバイクでママチャリに追いつけないなんて事は無いだろうから。


 そしてトシヤが校門の前に到着したのはお昼ちょっと前だった。ハルカがもう学校を出たかどうかわからない以上、校内に乗り込んで教室まで様子を見に行きたいところだが、制服を来ていない以上そういうわけにはいかない。トシヤはとりあえず校門の前でハルカが出て来るのを待つことにした。

 スマホでメッセージを送れば確実なのに何故トシヤはそんな非効率的なことを? 理由は簡単、トシヤは『サイクルジャージが出来たから』と前もってハルカに知らせるより、何の前触れも無くサイクルジャージを持って現れることで『サプライズ感』を演出しようとしたのだ……それをハルカが喜んでくれると信じて。


 校門の真ん前で待とうかとも思ったトシヤだったが、さすがにそれは目立ち過ぎてハルカに嫌がられるかもしれないと思い直し、そそくさと少し離れたところに移動してリアクトから降りた。


 少し離れたところから校門を見つめるトシヤは遠目に見れば不審者に見えないことも無い。実際、補習を終えたのであろう生徒がトシヤの横を通る時にチラチラと横目で見たり、ヒソヒソと何やら話をしている風に感じられたのだが、まあそれはトシヤの気のせい・自意識過剰なのだろう。


 そんなうちに一人の生徒がトシヤに声をかけてきた。


「あれっ、トシヤじゃねーか。何やってんだ、こんなトコロで?」


 言うまでも無いだろうが、もちろん男子生徒だ。


「コレかよ、十万以上する自転車ってのは」


 興味深そうにリアクトを見る男子生徒はトシヤのクラスメイトだった。すると更に二人の男子生徒が寄ってきた。


「マジかよ、チャリに十万円!?」


「俺だったらもうちょっと頑張ってバイク買うわ」


 言いたい事を言う二人だが、それが一般的な感想かもしれない。もっとも十万円だとバイクを買う為には『もうちょっと』ではなく『かなり』頑張らなくてはならないだろうが。


 普段のトシヤだったらロードバイクの魅力について熱く語るところだが、今はハルカと会えるかどうかが一番大事なことだ。校門の方を気にしながらやり過ごす様に適当な返事をしていると、女性生徒と男子生徒が喋りながら自転車を押し、校門から出て来るのが見えた。


「良いなぁ、青春だぜ。俺だってハルカちゃんと……」


 呑気に呟いたトシヤだったが、女子生徒の顔を判別した瞬間、足の力が抜ける様な衝撃を受けた。


「は……ハルカちゃん……?」


 何とか踏ん張ってリアクトを転す事だけは免れたトシヤの口から言葉が漏れた。ハルカのクラスにも男子生徒は居るのだからハルカだって男子と話をすることぐらいあるだろう。もちろんトシヤにだって無い事は無い。だがしかし、女の子と二人っきりで学校から帰るなんて経験は未だかつて一度たりとも無い。


「おい、どーしたトシヤ?」


「あ、アレって二組の遠山と竹内だろ? 二人で仲良く下校なんてデキてんのか、アイツ等?」


「そっか……羨ましいんだな、竹内が」


 トシヤの心情など知る由もなく口々に言いたい事を言うクラスメイト達。そしてハルカは竹内君と話していた為にトシヤに気付かないままに校門を出て、幸か不幸かトシヤとは反対の方向に曲がった。


 トシヤはハルカの背中を見ながら思った。


 ――そりゃぁ同じ組の男と教室から校門まで一緒になる事ぐらいはあるよな。でも、すぐに自転車に乗って別々に帰るんだ。そうだ、そうに違い無い――


 トシヤは早くハルカが自転車に跨って竹内君と別れ、一人になることを望んでいた。だが、ハルカは一向に自転車に跨る素振りを見せず、遂にハルカは竹内君と並んで自転車を押し、喋りながら角を曲がって見えなくなってしまった。


「じゃあ俺、帰るわ」


 トシヤは力なくリアクトに跨ると、クラスメイト達にボソッと言ってハルカとは反対の方へノロノロと走り出した。

 ハルカと反対の方向に走り出したのは、もちろんカモフラージュだ。学校をぐるっと一周すればクラスメイト達に見つからずにハルカを追いかけることが出来る。トシヤはザワザワする気持ちを踏み潰すかの様にペダルに力を込め、少しスピードを上げた。


 その頃、ハルカと竹内君は未だ話をしながら並んで歩いていた。話と言っても補修に対する不満とか、早く補修期間が終わってぱーっと遊びに行きたいなどという他愛のない話で、まあ一般的な高校生男女の会話でしか無かった。

数分が経ち、スピードを上げて学校をぐるっと回り、角を曲がったトシヤがハルカと竹内君に追い着こうとしていた。そしてハルカと竹内君の話し声が聞こえるぐらいまでトシヤが距離を詰めた時、竹内君は後ろからトシヤが迫っているなど知る由も無く、さり気なく話を切り出した。


「今度、一緒に遊びに行かねぇ?」


 竹内君が見事なまでにさり気なくと言うか自然な感じで切り出したものだから、ハルカは気軽な返事をした。


「んー、良いよー」


 ハルカはクラスの何人かで遊びに行こうと誘われているとしか思っていなかったし、そもそも後ろにトシヤが居るなんて夢にも思っていなかったのだ。だが、目の前でハルカが他の男子の誘いを受け入れたことにトシヤはもの凄い衝撃を受けた。


「ハルカちゃん……」


 声にならない呟きと共にペダルを踏む足から力が抜け、逆にブレーキレバーに添えた指に力が入り、リアクトのスピードが落ち、トシヤとハルカの距離はまた離れた。ハルカと竹内君の話し声がトシヤには聞こえなくなってしまう程に。




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