夏休み三日目、ハルカは補習中。トシヤは……さて、どうしたものか
夏休みの三日目、トシヤが目を覚ましたのは日がとっくに高くなってからだった。
もちろん夏休みだから昼まで寝ていても構わない(そんな事はないぞ)のだが、ハルカが補習を受けていると思うとなんだか自分だけダラダラするのは悪いような気がし、トシヤは身体を起こし、ベッドから出た。
「あら、今日もどこか走りに行くの?」
夏だけあって日が高くなっていると言ってもまだ十時過ぎだ。とは言えトシヤが夏休みにも関わらず連日早起き(あくまでトシヤにしてはだが)するなんて……と驚いた顔で言う母親にトシヤは冷めた声で答えた。
「いや、夏休みだからっていつまでも寝てたらダメだって言うの、母さんじゃないか」
『夏休みだからっていつまでも寝てたらダメだ』全国各地の母親が夏休みに言いそうな事(実際トシヤは毎年夏休みの遊びに行く予定が無い日は昼過ぎまで寝ていたからそんな事を言われるのだが)だ。そしてコレは夏休みだけでなく冬休みや春休みにも適用されるのは想像に難くなかろう……それはさて置きトシヤは顔を洗い、遅い朝食を済ませるとサイクルジャージに着替えてリアクトに跨った。
リアクトに跨って家を出たものの、トシヤにはこれといって行く当てがあるわけでもない。しかも財布にはお金がちょびっとしか入っていないので遠くに行くわけにもいかない……まあ、ロードバイクの燃料代は自分の食べ物や飲み物代なのだから千円もあればなんとかなるのだが、まだ夏は始まったばかりなのだ、今後の展開を考えると一人で行動する時はできるだけお金を使わないに越したことはない。
ともあれトシヤは何も考えずにリアクトのペダルを回した。そしてその末にたどり着いたのはトシヤ達が通う学校だった。
「ハルカちゃん、今頃補習受けてるんだろうな……」
校内に入ってハルカの顔を見に行きたいところだが、トシヤは今、サイクルジャージ姿だ。つまり制服を着ていないのでそういうわけにもいかない。呟いたトシヤは学校に背を向けてまた走り出した。
*
その頃、ハルカは補習を受けながら、教室の窓から空を見て恨めしそうに呟いた。
「あー、良い天気」
青い空と白い雲が織り成す夏ならではのコントラストはとても美しく、教室に居るのがもったいないぐらいだ……まあ、補習を受けなければならないのは自業自得、テストで赤点を取ったハルカ自身に責任があるのだが。
「つまんないなー、山を上りに行きたいなー」
この青空の下ロードバイクで走ったら、さぞかし気持ちが良いだろうって? いや、正直なところ、暑いだけだ。しかもハルカは『山を上りたい』と言ったのだ。これから日はもっと高くなり、気温はまだまだ上がるというのに…… クライマーという生き物は普通の人とは少しばかり違う思考回路を持っているのだろう。
「トシヤ君、渋山峠、上ってるのかな……」
ハルカの口からトシヤの名前が出たが、トシヤがついさっきまで学校の前に居たことなど知る由もない。
*
学校を後にしたトシヤは当てもなくプラプラとリアクトを走らせた。まあ、ポタリング(目的地を定めず、ゆっくりと散歩する様にゆっくり走ること)だと言えないことも無いが、ポタリングはゆったり楽しむものなのに対し、今のトシヤは『楽しむ』どころか「早く時間が経てば良いのに」などと思っている。そう、トシヤは時間が経って昼前になれば学校に戻るつもりなのだ。そうすればハルカと会えるかもしれないから。
サイコンの時計を見ると十一時前。ハルカの補習が終わるのが十一時半とすると残すところあと約三十分、そこらへんでボーっとして過ごすには長く、何処かに走りに行ってしまうには短い中途半端な時間だ。さてどうしたものかと考えているうちに、トシヤはふと背中にむず痒さを感じた。サイクルジャージの背中ポケットに突っ込んでおいたスマホが振動したのだ。ハルカから「補習が終わった」とメッセージが入ったかと期待したトシヤはリアクトを脇に止め、スマホを取り出してメッセージを確認したが、残念ながらそのメッセージの送り主はハルカでは無かった。
「なんだマサオかよ……」
これはまた随分な言い草だ。もちろん普段のトシヤならこんな風に言いはしない。だが、ハルカからだと胸を躍らせたメッセージの送り主が期待に反してマサオだった事に対する大きな落胆がトシヤにそんな一言を口走らせたのだ。もちろんマサオに罪は一切無い。
そんなマサオからのメッセージの内容はと言うと、いつぞや作る事にした『揃いのサイクルジャージ』が出来上がり、マサオの家に送られてきたという報告だった。
コレは朗報だ。トシヤはハルカに会いたくて学校まで来たものの、約束をしているワケでは無いのだ、会ったら会ったでどんな顔をすれば良いかわからない。しかしこれで「サイクルジャージを渡す」と言う大義名分が立ち、胸を張ってハルカに会いに行ける(そうか?)ではないか。
気合を入れて走れば学校からマサオの家まで往復しても三十分はかからないだろう。言って見れば良い感じの時間潰しにもなる。トシヤはマサオに「すぐ行く」と返信し、リアクトのペダルを踏んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます