中編

『O市にあるS地区ってご存知ですか?』


 ほらな、やっぱりだ。


 予感が的中してしまった。

 

 O市は関西の中心都市と言ってもいい。


 その中のS地区・・・・ここは別名『東洋のサウスブロンクス』なんて、物騒な


名前で呼ばれている。


 いや、場合によっては本家本元のニューヨークよりも、もっと物騒になっているといってもいい。


 今更言うまでもないことだが、我が国では政治家の怠慢と『個人の自由』とやらが珍しく合致したせいかどうか知らないが、銃、それもハンドガンの所持がなし崩しに自由化されてしまった。


 それによって海外から胡乱な人間や武器が流れ込み、あちこちで凶悪犯罪が頻発するようになった。


 しかし警察はそれに対して手をこまねいているばかりで、有効な手立てが撃てない。


 そこで、


 『腐った卵は外に出さずに閉じ込め、悪臭が流れ出さないようにする』とばかりに、全国の幾つかの都市の幾つかの地域をほぼ無法地帯にしてしまった。


 関西のO市のS地区もその一つだった。


 そこは街の中心から少し離れたところで、周囲を昔ながらの掘割に囲まれた中洲のような場所で、通称『島』、或いは別名と呼ばれていた。

(昔はもっと別の呼び名があったようだが、今では誰もがそうとしか呼ばない)


『島』に入るには石橋が一つしかない。


 他の橋は全部封鎖されてしまって、渡ることさえ不可能だ。


 橋の手前と向こう側にには交番が一軒づつあるが、今では常駐しているお巡りはいない。


 警察にも見捨てられた街なのだ。

 

 そんな『島』には今や魑魅魍魎が群れ集っている。

 

 まさしく『東洋のサウスブロンクス』だ。


 滝川涼介医師は、いまその『島』にいるのだという。


 彼女が俺を頼ってきた気持ちも、これで幾らか合点がいった。


 確かにあそこは、とてもじゃないが女が一人で行けるような場所ではない。


 飢えた野獣の檻に丸裸で入るようなもんだ。


『お願いします!お金は幾らでも払います。一生かかってでも!』


 彼女はまた頭を下げた。


 俺は腕を組み、考え込んだ。


 お世辞にもランボーほどのタフさがあるわけではないが、それでも一応この稼業で飯は喰っている。


 頼まれて断る訳にもゆかない。


『わかった。引き受けよう・・・・その代わり料金はきっちり貰う。1日6万と必要経費、あとは危険手当として4万円の割増料金だ。いいね?』

 

 我ながらお人よしだとは思うが・・・・・乗りかかった船だ。


 いや、

『女には弱い』と言うべきかな?



さて、支度は整った。


俺と鮎川加奈は、翌日下りの博多行き『のぞみ』に、午後12時きっかりに乗車した。



文無しと言う訳ではないが、お世辞にも大金に恵まれている訳じゃない。


普段なら自由席、良くても指定で我慢するところだが、この日は彼女が何故かグリーン車の席を確保してくれたのだ。


のぞみならば、2時間と少しでO駅に着いた。


しかし、問題はそこから先である。


駅からはタクシーを使うつもりでいた。


ところが、どの運転手、どの車も、


『S地区』とか、


『島』の名を告げると、


『堪忍しとくなはれ』


『大将、あそこだけは御免ですわ』


 と断られてしまう。


 かれこれ6台は当たっただろうか?


 しかしどれもこれもスカを喰らってしまった。


 タクシーというのは、普通は『乗車拒否をしてはならない』規則になっているというのは、東京も関西もさして変わらないのだが、あの『島』だけは特別らしい。


 俺と加奈は、途方に暮れたように立ちすくんでいた。


 すると、そこに一台の何の変哲もない白ナンバーのセダンが現れ、ドアを開けて一人の男が声をかけてきた。


『大将、行きまっせ。5000円でどないだ?』という。


 俺は男の顔を確かめる。


 明らかに東洋系で、言葉も流ちょうだが、日本人とはどこか違う。


(白タクだな)

 

 俺は気づいた。


 最近ではこの手の違法営業が結構幅を利かせている。


『S地区・・・・つまりは「島」だぜ?それでもいいのか?』


 俺が言うと、


『よろしおま。ただし「橋」の手前まででっせ。』


 これで話は決まった。


 俺達二人には、選択の余地はない。


 構わずに後ろのドアを開けて車に乗りこんだ。


『島』へ向かう道中で、ドライバーは色んな話をしてくれた。


 彼は東南アジアの某国から職を求めて来日したのだが、思ったほど働ける場所が少なかった。


 そんな時、先に来ていた友人の紹介で白タク稼業を始めたのだという。


 違法だということは百も承知であるが、そんなことはどうでもいい。


 こんな稼げる職は他にはありまへんからな。と笑って見せた。


 俺は余分にチップを渡す約束をして、 


『島』に関する情報を仕入れることにした。


 彼によれば、『島』は今、二つの勢力が幅を利かせ、互いに反目しあって勢力争いを繰り返しているという。


一つは日本人のゴロツキや半グレが集まって作った『餓狼会』。


もう一つは主に外国から不法入国してきた集団の『ANGRY BANDITS』という集団である。


 どちらも凶悪であることには変わりないが、今のところ武装化という点では前者より後者の方が進んでいるが、どちらも一歩もひかず、にらみ合いの体が続いてるという。


『じゃ、滝川京介って医者を知ってるか?』


 俺はそういって、もう2千円イロをつけた。


『あのセンセね・・・・そりゃもう有名だっせ。今のところは、餓狼会のシマにある診療所にいはるみたいやけど、分け隔てなく誰でも見てくれるちゅうんで有名みたいですわ』


 鼻歌交じりにハンドルを操りながら、彼は答える。


『島』の入り口の橋に着いたのは、駅から40分後のことだった。


『大将、悪いけどここまでや。後は歩きでお願いしますわ。ほな、気ぃつけて』


 運転手は俺から金を受け取ると、


『帰りはまた呼んでくれたら迎えに来まっせ』と、携帯番号を書いた紙を渡してくれた。


『ありがとよ・・・・わざと遠回りしてくれて』


 車を降り際、皮肉交じりに俺が言うと、奴は首をすくめて、


『ほな、さいなら』と、首をすくめて舌をぺろりと出した。


『てへぺろ』も若い女がやると、もっと可愛らしいんだがな。


『さあ、行くぜ。俺から離れるなよ』


 車がUターンして立ち去ると、俺は彼女の肩を叩いた。
















 








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