悲しき観音様
冷門 風之助
前編
俺は愛用のS&WM1917のシリンダーに、ハーフムーンクリップを二つ、合計6発の.45ACP弾を積めた。
それからついでにベルトにつけたダウンポーチにあと9個を入れる。
あと、特殊警棒、それから靴も確かめた。
靴ったって、そんじょそこらのモノとは訳が違う。
爪先に鋼鉄の鉄板が仕込んである。
建設現場なんかで使われる安全靴を改造したものだ。
これでトラックに踏まれても平気で、いざとなりゃ武器にもなってくれる。
さて、いざ出陣、である。
え?
(まるでどっかのワンマンアーミーの劣化版じゃねぇか?)だと?
ふざけるなよ。
伊達や酔狂でこんなナリをするもんか。
ビジネスだよ。
ビ・ジ・ネ・ス。
彼女こと『鮎川加奈』は、おどおどと言った体で俺の事務所のドアを開け、ゆっくりと入ってくると、俺の勧めたソファに、きちんと膝を揃えて坐った。
ブラウンのジャケットに水色の長そでのワンピース。派手とは言えないが、そこそこ女らしさを強調しているメイク。
年齢は24歳。
肩まである黒髪をポニーテールにして結っている。
しばらくもじもじした後、ハンドバッグから名刺を取り出した。
昔、ある依頼を解決した際に知り合った、某中堅芸能プロダクションの社長だった。
その人が俺を紹介してくれたのだという。
『で?』
俺は彼女の前にコーヒーのカップを置くと、先を続けるように促した。
コーヒーを啜り、凡そ一分ほど黙りこくり、それから意を決したように、
『滝川京介先生を探すのに力を貸してください!』
声を張って俺に言った。
滝川京介。
名前だけなら俺だって知っている。
それほど有名な人物なのだ。
『漫画の神様』が昔、無免許の天才外科医が活躍する人気作品を描いていたが、あんな外科医が実際にいたのだ。
滝川は、某一流国立大学をトップの成績で卒業した後外科医になった。
若くして『オペの魔術師』と呼ばれ、どんな難手術も完璧に成功させてしまう。
その後米国の大學に留学し、あちらの大学院を出て、博士号を取得。
世界を股にかけて活躍し、称賛と尊敬を一身に集める身となった。
しかし、彼はそんな称賛には全く関心がないようだ。
どんなに頼まれても、相手が権力者であろうと、大金を積まれても、気が向かないと手術は引き受けない。
その癖気分次第ではたとえほんのはした金であっても承諾し、しかも手抜きはゼロ。医師会の圧力など、どこ吹く風という御仁である。
『しかし、お見かけしたところ、貴方はどこも悪いところはないように思いますが?』
俺の言葉に、彼女はすっくと立ちあがると、ジャケットを脱ぎ、ワンピースのボタンをはずし始めた。
『止してください。金がないから私の身体で・・・・というフレーズは通用しませんぜ』
それでも彼女は構わずに着衣を脱ぎ、ブラジャーまで外すと、くるりとこちらに背を向けた。
思わず、
『あっ』と声を上げそうになった。
彼女の背中には見事な観音菩薩がおわしましたのである。
『・・・・ま、訳を聞きましょうか』
俺は少し戸惑いながら、手まねで彼女に服を着るように促す。
再びきちんと衣服を着けると、もとの通りに膝を揃えてソファに坐りなおした。
彼女・・・・鮎川加奈は、元不良少女だった。
幼くして父親に死に別れて以来、母と二人暮らしだったのだが、その母親が男出入りが激しく、お世辞にも立派な親とは言えなかった。
些細なことで諍いを繰り返し、家出も数えきれないくらい。
当然、学校も行ったり行かなかったり。
煙草、飲酒、深夜徘かい、無免許運転、ケンカ・・・・。
不良の通過儀礼は一通りこなした。
そんなある日、一人の男と出会う。
彼は今時の言葉で言うところの、
『半グレ』というやつで、その筋の下働きのようなことをしながら、悪の限りを尽くしていた。
人生を半ば捨て鉢になっていた彼女にとっては、そんな男の存在は本当にキラキラ輝いて見えた。
背中の『観音様』は、その時彼に勧められて彫ったのだという。
だがしかし、そんな関係が長く続く筈もない。
男はやがて、組織の抗争に巻き込まれ、鉄砲玉として使われた挙句、拳銃でハチの巣にされて命を散らしてしまった。
それがきっかけで、加奈は憑き物が落ちたように暗い世界から足を洗った。
もともと勉強はそれほど嫌いではなかったので、その後は必死になって勉強をし、
通信制の高校を卒業して大学にも通った。
そこで彼女は学生演劇の舞台公演を観たのをきっかけで役者の道を志すようになり、ある劇団のオーディションを受けた。
見た目は平凡だが、力強い演技力を認めてくれた演出家により、彼女は合格。次第に頭角を現し、看板女優になった。
そんな折、公演を観に来た映画監督によって、彼女はその監督の最新作にヒロインとして抜擢されたのである。
だが、問題が一つあった。
その映画のヒロインはけなげではかない女性なのだが、ヌードシーンがあるのだという。
ということはカメラの前で肌を曝さねばならない。
幾らなんでも健気で可憐なヒロインの背中に観音様の絵があっては不味いだろう。
彼女は背中の『絵』については、これまで秘密にしてきた。
たまりかねた彼女は雑誌で読んだ天才外科医滝川京介の存在を知った。
『そこで私にその滝川京介を探して欲しいというわけですか?』
『いいえ、居場所はもう分かっているんです。でも・・・・』
彼女はそこでまた俯いた。
何となくやな予感がする。
俺は現実主義者だ。
予感なんて訳の分からないものに頼って飯を喰っているわけじゃないが・・・・・・。
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