●1

古代ギリシャ人は、アトムという――つまり原子の事だが――それ以上分解できない、最小の粒が集まって世界を形づくっていると考えていた。


「でも、原子ってもっと小さい粒で出来てるんでしょ」


「原子は、素粒子によって出来てますが」


モクニ先生の簡易物理学講座が始まる。


「素粒子を粒と呼べるかは分からないですね。それ以上分解してしまうと、もはやエネルギーと物質は区別できませんから」


「ふうん。じゃあ、物質はエネルギーで出来てるんだ? でもさ、空間てどうなの?」


「空間も、おそらくはエネルギーで出来てますよ」


「じゃあ、エネルギーが答えなんじゃないの?」


「エネルギーも、分解可能だったらどうします?」


「ええっどうしよう」


「ほとんどの素粒子は、粒子と波の性質を同時に持ってますが、つまり量子ですが、少なくとも、粒子として考えた場合、実はもっと細かく分解できます」


正確さよりも分かりやすさを優先して説明した。


「じゃ、ソレが答えじゃない? あ、ちょっと待ってまさか、さらにまた分解できる?」


「実験で証明されたわけじゃありません。理論的には超ひもとか、次元の巻き上げとか、膜理論とか、いろいろあるみたいですね」


「終わりがないじゃん。延々、どこまでも分解しようと思えばできるんじゃないの?」


「かも知れませんね」


実は、もう一通り入力したのだ。俺の知識の及ぶ範囲で、現代の物理学やら量子力学の導き出した解答を、あらかた答えてみた。結果はすべてダメだった。


「宇宙はそれ以上分解不可能な理論上のアトムつまりモナドで出来ている!」


破れかぶれのファイナルアンサーを繰り出した。回答が返ってこない。処理に時間がかかっているのか。つまり。


……当たりか……?


「ログインパスワードを」と機械音声が告げる終わる前に「わかったわかった」と制した。


ため息が出た。


「私にやらせてよ」


「先輩のターンですね。もうずっと先輩のターンがいいですね」


さらっとネットスラングが出てくる。親父を恨めしく思ったが、まあ気付かれなければ何も問題はないのだ。


「宇宙は……そう、アイで出来ている」


「ログインパスワードを入力してください」


「惜しい!」と先輩。


何が惜しいのか。


「思ったんだけど、この場合の宇宙ってさ、こっちの世界の宇宙の事なんじゃないの?」


先輩の言葉をきっかけに思考が巡る。そうか、盲点だった。


「ゼノンの世界は……まあ、ポリゴンとか質量コリジョンとか、あとフラグ変数とかシェーダとか、物理エンジンで出来ているはずです」


「つまり、ソースコードとリソース?」


これは、イケるかもしれない。


「宇宙はポリゴンで出来ている!」


先輩に先を越された。


が、ダメだった。お決まりの文句が返ってくる。


「着眼点はいいかもしれませんよ。つまり、そうなってくると、アトムじゃなくて、ビットの話になってきますね」


「宇宙はソースコードで出来ている!」


ダメだった。が、続けざまに俺は言った。


「宇宙は情報で出来ている!」


これもだめだ。


「宇宙はゼロとイチのビットで出来ている!」


「ねえ、結局分解してない?」


アウトだった。先輩が割り込んできた。


「宇宙は神が……いや紙で出来ている! 紙じゃなかったらインク!」


「それは、このケースにおいては、多分、ある意味、正解ですが」


「インクじゃなかったら色! 白と黒との色彩!」


黒い玉の答えは同じ。


しかし。


そのとき、ふと、頭の中で何かが繋がった。



白と黒。


そうか。


そうか。気が付いた。




どっちの世界も、同じなんだ!




この質問の指す宇宙とやらが、俺たちが現実と呼ぶあっちの世界の宇宙なのか、こっちのゼノン世界の宇宙についてなのか、なんて、そんなの、大した問題じゃあなかった。


なぜなら二つの世界は、どちらも、『それ以上分解できない』因子で出来ている。


アトムとビットは、『モノ』と『コト』は同じ要因から成り立っているんだ。



ヒントは山のようにあった。


大学入学からの数日間で、俺の目の前を無数に通り過ぎて行った。


なぜ、今更気が付いた?



わかった、これが答えだ。


解答の、頭文字は……




※選択肢※




『S』だ。 ―――●-1へ



『A』だ。 ―――●0へ



『I』だ。 ―――●Xへ



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