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【宇宙】エンタープライズ号まもなく着陸へ
【有人火星探査】二度目の挑戦、ついに正念場
【速報】エンタープライズ降下船が最終チェックもクリア
ニュースサイトの見出しが珍しく宇宙開発の話題一色に染まっている。が、世間の注目度は低い。「どこのスタジオで撮影されてるんだ?」だとか「実は十回目ぐらいの挑戦なんだろ」とか、お前の応援しているアイドルは実は男でしかもクローニングされた十体目なんだぜと返してやりたくなる低能極まりないコメントしかない。誰もが信じたいものしか信じないので、まあ人類は確実に衰退に向かっている。俺はチェインに触れ、ウィンドウを一斉消去し、建物に戻る。
一度しか会った事のない男の葬儀に出る気もせず、俺は一度も会ったことのないおじいさんの葬儀に参列しようと歩いた。
「いや、そっち隣の会場やん」
天野に襟を掴まれ渋々、当初の目的地である加添の葬式場に向かう。黒服に身を包んだ蟻んこ共がワラワラと蠢いている。
「なぜ呼ばれた、俺が参列する意味あんのか」
「まあ、そう言うなや。周りよく見てみ」
妙に多かった。多すぎる。人があふれていて、隣の葬式会場まで埋め尽くさんばかりだ。セレモニーホールの入り口には高級外車が列をなして停まっている。外国人もちらほら見かける。見覚えのある顔もある。
「なんか前世で出会ったような気がするぞ、あのじいさん」
「前世やない、テレビで見ただけやろ。あれフレーダーセンやで」
スターゲを制作し運営している世界的VRゲーム企業、マクスウェル・シノニムス社――通称MS――の最高経営責任者つまりCEOである。なんでそんな大物がこんなとこに居るんだよ。
「こんにちは! お金ください!」
早速俺は乞食として歩み寄った。
「何だねキミは?」
ドイツ語訛りの英語は、一瞬で日本語に翻訳され俺の耳に届く。いやあ、乞食に優しい時代だなあ。
「お金ください! くれなきゃラクシーの事をマスコミにバラしちゃうぞ~☆」
フレーダーセンは目を丸くした。青い虹彩の中で、瞳が極限まで小さく絞られ、眼球が飛び出しそうなほどに、だ。
「知らない、そんなものは」
「しらばっくれるなよ、今めっちゃ驚いてたぞあんた」
外国人特有のオーバーリアクションのおかげで強請りが捗る。しばらく無言で睨み合った後、フレーダー先生は言った。
「コッチヘ来なさい」
腕を引かれ、両開きの扉をくぐると、オペラハウスと見まごうばかりの広大な空間が広がっていた。優に千を超す数の人間が収容されている。舞台の上にはあの胡散臭い笑み、加添の遺影。そして、蓋の開いた棺の中には見覚えのある顔。
空席を見繕うなり、俺と天野、フレーダーセンは並んで座った。
「君がイデ、モクニ サンだったかな」
すげえ、世界的企業のCEOに名前覚えられてるよ俺。早く逃げ出さなきゃ!
「キアキ サンも連れて来たんだね。スーリから話は聞いてるよ」
天野と加添を、それぞれ下の名前で呼んでいる。お前ら一体どうやって繋がったんだよこんな大物と。
「スーリは我が社の日本法人の社員なんだ。素晴らしい才能の持ち主だ。こんな事になって本当に残念だよ」
などと語る割に、まったく残念そうに見えない。にやけている風にすら見える。
「ソウセイキクラブは、今どうなっているのかな」
「消滅寸前ですよ、詳しくは知りませんがすべて天野のせいです」
ちらりと天野の方を見ると、眠そうな目で俺の発言をスルーしていた。
「それは、残念だね」
なぜ、残念なのか。そもそもが、なぜ、昨年GDPが世界五位にまで転落してしまったちっぽけな島国の、中堅とは名ばかりのアホ大学の弱小サークルを知っているのか。
「私は若い頃、留学生として日本の大学に来ていてね。そこで出来た友人たちと、ゲーム制作のサークルを立ち上げたんだ」
まさか、まさか。
「それが創世記部なんやな」
「そのとおり!」
翻訳版の音声の向こうに、EXACTRY!という肉声がはっきり聞こえた。
「あの頃は楽しかった。あのサークルの仲間たちは、今世界中のあちこちで活躍しているよ、中には宇宙飛行士もいる」
そんな馬鹿な。宇宙狭すぎるだろ。
馬鹿な、と思いつつも、可能性を探ってみる。
「ひょっとして、エンタープライズですか」
「そう、あの火星へ向かった宇宙船。あそこにはタケルがいる」
タケル。たける。知っている人物のような気がする。誰だっけ、誰だったかな。
「八馬問競武やで。人類初の有人火星探査船に、なんと日本人が乗っとるんやな」
そうか、テレビで見たんだ。
「正確には、初じゃない」
俺が指摘すると、フレーダーセンは首を振った。
「コロンビア、アレはとても残念だった」
人類史上初めて、有人での火星探査を『試み』たコロンビア号。火星軌道上で原因不明の事故に遭い、乗組員の四人は帰らぬ人となった。文字通り、肉体の欠片すら、血の一滴すら地球に帰ってこなかった。中学三年のころ、よく天野と、事故の話で不謹慎にも盛り上がったのを覚えている。
「でも、不可避な必然でもあったね」
フレーダーセンはそう言った。
「事故について、なにか知ってるんですか?」
超大企業ともなると、一介の経営者が宇宙開発と関わりを持っていたりするのだろうか。
「ワタシが知っているのは、事故についてじゃあない。連邦政府にコネクションがあるわけでもないしね、私は単なる経営者であり、ゲームクリエイターだ」
そうですか、クリエイターでございますか。クリエイター(笑)様の、このしゃべり方。分かりにくく、回りくどい。まるで加添だったが、さすがに刺すわけにもいかない。
「ワタシが知っているのはね、モクニ、この世界について、だよ」
俺はキレた。
「さっきご自分をクリエイターとかおっしゃってましたが、そっちの意味でしたか」
対抗して回りくどい言い回しを返す。
「どういう意味だい?」
「神なんでしょう? そりゃ世界について知ってますよね」
あちこちからすすり泣く声が聞こえてくる。葬式の盛り上がりはピークに達したようだ。
「コロンビアはね、見えない壁にぶつかってしまったんだ」
すすり泣きは、しかし驚嘆と畏怖の叫び声にとって代わる。葬式ってレベルじゃないぞこの盛り上がりは。そっちに気を取られて、フレーダーセンの言葉が右から左へ流れていった。
式場の群衆が見つめる先。フレーダーセンが指さす方向へと眼をやる。
でかい献花の下にゾンビが居た。
加添がむくりと起き上がり、イケメンスマイルで元気そうに手を振っていた。
俺に向かって。
俺も両手を振って笑顔で彼を送る、さっさと成仏してくれ俺を恨むんじゃねえこっち向くんじゃねえ。加添が何か言った。
「うちゅうはかい爆弾~♪」
全く似ていない寒いモノマネ声を出しながら、どこからともなく黒い球体を取り出す。
またそれかよ、同じネタを2度繰り返されても全く笑えないぞ。うすら寒いぞ。というか、この後何が起こるか考えてもうすら寒いぞ。気が付くと、俺は叫び声を上げていた。
「天野、逃げろ」
オッカムはカウントダウンを続けている。
俺は立ち上がり、参列者の肩や足を踏みつけながら壇上へと向かう。
「と、言ったな。あれは嘘だ」
ゾンビが何やらしゃべった。意味不明で、付き合っている場合ではない。気がする。
『80』おいおい『79』ここは『78』ゲームの『77』中じゃなく『76』現実の『75』世界だ『74』よね『73』じゃあな『72』んであん『71』なものが『70』
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