●8

意識を失ったステラちゃんを引きずりながら、俺は加添とともにエンタープライズ号に乗り込んだ。船尾の窓から見えるのは、無音で爆散する名前知れずの超大型宇宙船。さっきまで俺たちが幽閉されていた船だ。


「生出君、だっけ? 君面白いね。まあ、みんな面白いけど、君は特に」


「生出って誰?」


「君の事だよ、生出沐丹君。自分の名前だろ、犯罪者として有名になったり新聞に載ったり指名手配された時自分の名前が分からなくちゃ不便じゃないか」


「指名手配されるのはお前だ加添。変なクスリ盛りやがって」


「君たちが自分の意志で打ったんじゃあないか。僕はただ条件をセットしたまでだよ」


「今すぐ俺たちを解放しろ」


「僕に頼むまでもない、簡単じゃないか。天野君が言ってた事は本当だよ、この世界から解放される条件は、この世界における死だ。死ねば助かるんだよ」


額を冷たいものが伝う。何だろう、この感じ。


「怖いのかい? まあ、誰だって最初はそうさ」


「馬鹿言え、これでも小学生の頃は1ダメージ受けただけで自殺してやり直す自殺魔だったんだぞ俺は」


人呼んでノーダメキルレ厨。またはリセットさん。


「あまりの大量自殺っぷりに運営から指名手配された事もあったな」


「それなら、何も怖くないだろう?」


どこから持ち込んだのか、加添の手にはアイスピックが握られていた。柄の部分を俺に差し出す。俺はそれを掴み。自分の首筋にあてがう。


「待ってくだサイ! 私を置いてかないでくだサイ!」


ステラちゃんが目を覚ましたようだ。


「死ぬなんて、自分じゃ怖くてできないでス! 先にワタシをやってくだサイ!」


いくらゲームの中とはいえ、そしてJKに涙目で懇願されているとはいえ、女子を撃ったり刺したりするのは気が引ける。俺はもぎ取れそうなほど何度も首を横に振った。


「二人とも、名案があるよ。一番怖くない方法で行くのはどうだい?」


加添はしゃがみ込み、白い布切れをコクピットのコンソールの下から取り出す。あれは某猫型ロボットの腹にある異次元ポケットではないか。まるで手品のように、布の中から黒い球体を取り出した彼は、妙に低い猫型のダミ声で、しかし高らかに、道具の名を告げた。


「うちゅうはかい爆弾~♪」


おぞましくも低能なその名を耳にした瞬間、俺たちは固まり、プッと吹き出し、そして青ざめた。球体には『99』と、数字らしきものが表示されている。『98』みるみる『97』うちに『96』数字は『95』減っていく。


全プレイヤーを道連れにでもする気だろうか。


「仮に宇宙を破壊する方法があったとしても間違いなくそんな鉄球じゃ無理だろ」


しかしここはゲームの中だ。現実の物理法則を期待しても仕方ないのではないか。


「ほう、では、ここで問題です」


加添は某ラクシー並みに怪しげなアイテムを手にしたまま唐突に問いかけてきた。


「宇宙は何から出来ているでしょう?」


知るかよ創造主にでも聞け。と吐き捨てようと口を開けると、俺の左隣で手が挙がった。


「ハイ! プランク定数で定義された数字でス!」


ステラちゃんは意外に勉強が出来る子のようだった。


「ステラちゃん、どうせこいつの事だからそんな模範解答は求めちゃいないぞ」


「はい、もちろんハズレです。よく考えてください、一体どうやれば宇宙を破壊できるのかあああたたたたた」


気が付くと俺は手にしたアイスピックで加添を刺していた。親指の付け根から赤い筋がゆっくりと引かれる。滑り落ちた黒い球体は床に落ち、ピンポン玉のように軽い音を立てて何度か跳ねた。


「お前のくだらないクイズに付き合ってやる。が、あまりにも意味不明な質問だからせめて選択肢を寄こせ、選択問題なら答えてやる」


両手を抑えて過呼吸になるほど痛がりながら加添は言った。


「い、一番……サイコロステーキ」


「こいつ馬鹿にしてマス!」


「にに、二番……ソフトせんべい」


「もうそれでいいよ2番だ2番さあとっとと答えを教えろ」


「ささ、さ三番……愛!」


どうしようもないな、でも、選ぶしかなさそうな気がする。


床を転がるうちゅうはかい爆弾(仮)を持ち上げてみる。『67』異常なほど軽い。中身が何も入ってないどころか、『59』殻となる外側の球すら、質量がゼロなんじゃないかというほど軽い。


「もし正解したら、この宇宙のみんなに死を与えよう」


物騒なことを言う。物騒な名前の道具ではあるし、もしその名の通りの効果を発揮するなら、まあ確かにみんな死ぬだろう。そんな事が可能なのか。最近は過疎化しているそうだが、それでもG7の一角であるスターゲの同時接続プレイヤー数は優に一千万人を超えているはずだ。


「不正解なら、回答者に永遠の命を与えよう」


なんだそりゃ。


「もはやついていけないぞ。いやこの船で目が覚めた時からとっくについていけなくなっていたんだが、説明を求む」


そう言ってステラちゃんの方を見る。彼女は腕を組んで考え込む。


「その黒い玉、ひょっとして噂になってるアレでスか」


あれ、説明できるの? 困らせてやろうとしたのだが。


「スターゲは約半年に一回、ゲーム全体をリセットしてマス。その時この世界にたった一個だけ出現するアイテムがある、という眉唾物の話でス。たしかオッカムとかいう名前でシた」


「そいつがコレなの? 何ができるの?」


「入手したプレイヤーにだけ聴こえるよう、アイテムが問題を出してくるんデス。で、正解すると、次回のゲームに自分のステータスやスキルを持ち越せるって噂なんデスよ、たしか。でも、今まで入手したプレイヤーはいないらしいデス」


「なんでエンタープライズ号の中にあるの? ていうか、なんでエンタープライズみたいな実在の宇宙船をスターゲの……こんな超未来スペースオペラの世界観に登場させちゃっていいの?」


世界観を愛するヘビーユーザー諸氏からクレームの嵐なんじゃなかろうか。


「キャンペーンだよ」


加添が口をはさんできた。


「もうすぐ、リアルの方のエンタープライズが本物の火星に到着するだろう? その記念コラボキャンペーンで、船を丸ごと再現して登場させたのさ。沐丹君がブリッジの赤いボタンを押したとき、救難信号が発信されて、近傍のプレイヤーが太陽系の位置を知ることになった」


「超未来の銀河系でプレイヤーたちが幾つもの恒星系を渡り歩くゲームでスが、太陽系の場所はトップシークレット扱いなんでス」


そういえば、ステラちゃんはこのゲームのデザイナーをやっている。詳しいわけだ。


「天野君はアイテムの場所を突き止めて、自分のクランの戦艦でエンタープライズ号ごと捕縛し、ここに乗り込んできたってわけだ」


そんな整合性の取れた展開だったのかよ。知らなかったよ。


「ところが、エンタープライズを狙う別の船の襲撃に会い、白兵戦闘になりマス。その隙を見て私たちは脱出したわけデス」


俺はな~んにもしてないが。


「さあ、選択の時間だよ。うちゅうはかい爆弾改めオッカムの起動は、どの道、止められやしない」


「ちょっと待て、お前偉そうにしてるけど、お前が作った問題じゃないんだろ。さしずめこの俺の頭脳を借りて正解を導き出し、自分のステータスを次回に残そうとか考えてんだろ」


「あり得る話でスね」


「まあ、この問題は純粋に学術的なものだと思うけどね。キャンペーンの一環として、ゲームのプレイヤーにも天文学や宇宙開発に興味を持ってもらいたいんじゃないかな」


だとしても、あまりも漠然とした、クイズにすらならない問いじゃないか。問題というより、命題に近い。クリアアイテムにたどり着いたプレイヤーはクレームつけるんじゃなかろうか。


「おそらく、宇宙のあらゆる構成要素のうち、それ以上分割できない最も小さな単位について問いかけてるんじゃないかなあああたたたた」


俺は気が付くと再び加添を刺していた。『21』


「森羅万象のうち最小の存在とは何かってことか。古代ギリシャの時代から哲学者や物理学者が散々ぱら追求し続けてきた問いじゃないか。面白くもなんともないぞ」


そして、こう答えた。



※選択肢※



宇宙は何で出来ている?



一番、サイコロステーキ   ――●7へ


二番、ソフトせんべい    ――●7へ


三番、愛          ――●7へ

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